好感度数値が見えるようになった。よく話す彼女達は〝13〟だった。泣きたい。   作:鹿里マリョウ

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大学呪験という呪いの装備に取り憑かれて長らく放置していたので書き直しました。


変な数字が見えるようになった朝

 身体が熱い。

 

 体の芯から、手足の爪先まで、血液が沸騰しているかのように熱が疼く。

 だが、目の前は暗く、全く状況が分からない。平衡感覚すらおかしくなっていて、自分が立っているのか横になっているのか。宇宙に投げ捨てられたら、こんな感じだろうか。

 

 とにかく熱くて、訳も分からず手を伸ばす。

 

 

「──ッ!!」

 

 救いを求めて飛び出した手は、僕に被っていた布団を弾き飛ばした。

 

「・・・・・・え?」

 

 ベッドの上であった。

 

「夢?」

 

 現在の状況を(かんが)みるに、先程の灼熱体験は夢の出来事だったらしい。しかし、未だ身体を焼く熱さの残滓は体にこびりついている。

 汗で張り付く寝巻きがこれまた鬱陶しさを際立たせていた。

 

 

 ・・・・・・最悪の寝覚め。これが、僕の「異常な日常」の幕開けだった。

 

 

 

 ■■■

 

 

 

「水、飲みたい・・・・・・」

 

 過去一気分の悪い夢のせいで、最悪の朝になってしまった。

 とにかく何でもいいから気分をリセットしたい。と、項垂れながら自室のドアを捻る。

 押し寄せる廊下の冷たい空気が心地よい。

 

 

「──朝から情けない顔ですね、兄さん。癪に障ります」

「──ッ!!?」

 

 誰もいないとタカをくくって廊下で深呼吸を繰り返していたが、なんか目の前に妹がいた。いつも通りの羽虫を見るような冷たい視線。

矢羽猪(やばいの)秋葉(あきは)。僕、矢羽猪(やばいの)直来(すぐくる)の妹。

 鋭い目つきが特徴の秋葉だが、いかんせん他のパーツも整いすぎているので、むしろ厳しい視線もクールビューティーを彩る一因としてプラスに働いていた。

 烏の濡れ羽色のロングヘアは淀みなく、スレンダーな身体と完璧なマッチングを魅せる。

 学校でも注目の的。毎日のように告白されているのを目にする。

 目付きが悪いだけの僕と大違いだ。

 しかしこの妹、僕への態度が人に対するそれじゃない。秋葉の目には僕がハエに写っているのかもしれない。

 最悪の朝がもっと最悪の朝になってしまった。秋葉のことが嫌いな訳では無い。ただ苦手だ。いや、怖いと言った方が正しいのか。特にその睨み。現在進行形のその睨み。こわい。

 

 ・・・・・・あれ?

 

「・・・・・・なんですか、じっと見つめて。まさか実の妹である私に欲情して視姦しているのですか。いよいよもって終わってますね。私以外の女性にやったら即刑務所行きですよ」

「まじで僕の事なんだと思ってんの?」

 

 朝イチに妹から性犯罪者のレッテルを貼られた。なんで朝からこんなに(なじ)られているんだろう・・・・・・。

 

「実の妹を性的に捉える変態だと思っていますが、違うのですか?」

「違うから。そこまで落ちてないから。秋葉の頭に乗ってる数字が気になっただけだから」

 

 そう、この妹、何を思ったのか頭の上に〝15〟という数字を浮かばせているのだ。最新のファッションだろうか。今の若い子が心配になる。

 

「数字?なんのことです?とうとう脳みそまで不良品になってしまいましたか?」

「いや、頭の上に浮かんでるピンクのやつだよ。〝 15〟ってのが浮いてんじゃん」

「はあ?兄さんのお巫山戯に付き合っている暇はありません。これ以上兄さんの近くにいることに耐えられそうもないので、私は先に学校に向かいますね。兄さんも遅刻はしないで下さい。私の評価にまで関わりますので」

 

 ため息混じりに踵を返す秋葉。結局明確な答えは返ってこなかった。いったいあの数字は何なんだ。アレつけたまま学校行くのか。それでいいのか優等生。

 階段を降りて玄関へと向かう後ろ姿を、ドン引きしながら見送った。

 

 そういえば、何故秋葉は僕の部屋の前で立っていたのだろうか。

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 ・・・・・・クラス全員つけてる。

 ・・・・・・登校したら、クラスの皆の頭上に、ぷかぷか数字が浮いていた。逆に数字がないのは僕一人だけで、何故か恥ずかしい。

 

 登校中は殆どの人間に数字はなかったのだ。

 クラスの中だけで流行っているのかもしれない。でも秋葉がつけている理由は謎だな。

 数字の数は概ね4か5あたり。

 しかし、誰一人として自分の頭の上の異物について触れない。どころか視線も意識すら向けないのだ。

 これはおかしい。最新の流行、しかもクラス中で流行りまくるほどの物だとしたら、今はこの浮く数字の話題で持ち切りになっている筈だ。何かがおかしい。まるで誰も、数字が見えていないかのように生活している。

 

 もしかして僕だけに見えているとか?

 

 思い出すのは、今朝の悪夢。

 あの灼熱によって僕の脳みそは、本当に不良品になってしまった、などと最悪の想像をしてしまう。

 

 

 そして、その想像が真実であるという確信を得たのは、すぐ後のホームルームだった。

 

 中年の先生が入ってくる。その頭にも、5の数字。

 平然と本日の伝達事項を伝えていく。

 彼は巫山戯るような教師ではない。そんな教師がこの異常ファッションを注意しないわけがないし、まして自分も参加するなど有り得ない。

 

 確信。

 僕の脳みそは、不良品になった。

 

 一瞬ドッキリの可能性を疑ったが、それもない。なぜなら僕ボッチだから・・・・・・。

 

 ホームルームが終わり、急いで携帯で検索をかける。

 

 頭上、数字、病気──検索。

 

 ろくな情報が出てこない。ヒットしたのは大量の創作物ばかり。所謂好感度パラメータなるもの関連の漫画やら小説やら。

 

 ・・・・・・いや、流石にないよな。

 一瞬本当に好感度パラメータなのではと馬鹿な勘ぐりをしてしまったが、そんなはずもない。

 

 放課後病院に行くことを決意して、一限目の用意をする。──だがその頭の中には、依然として先程の好感度パラメータという言葉がこびりついたままだ。

 自分で言うのもなんだが、僕は全くこのクラスに馴染めていない。コミュニケーションというのが大の苦手なのだ。たった一言の発言であっても、いちいち相手の受け取り方を気にしてしまう。

 休み時間を寝たフリでやり過ごすなどざらなことだ。

 

 そんな僕にとって、相手の気持ちを一目で知れるというのは、非常に魅力的な話である。

 もしも、もしもこれが本当に好感度を示しているなら、僕にとってこんなに嬉しいことは無い。

 

 有り得ないとは理解しながらも、つい妄想を広げてしまう。

 好感度パラメータ説を考えると、登校中のほとんどの人に数字が現れなかったのも説明できるのではなかろうか。全くもって見ず知らずの人間に対して、好感度というものが存在するはずもない。だから好感度を示す数値そのものが出ていなかったのだ。

 無根拠の妄想でも、なんだか謎解きに正解したようでテンションが上がる。

 

 フフ、そうすると十段階評価で好感度を示しているっぽい。皆の僕への印象は良くも悪くも普通だな。秋葉は・・・・・・あ。

 

 そこで、先程までに高まっていたテンションが一気にしおれた。そう、秋葉の数字は15。つまり数字の上限は10に留まらない。それも僕をかなり煙たがってる秋葉が好感度15なら、その上限は50以上が妥当、場合によっては100までなんてこともあるかもしれない。

 ・・・・・・ど、どうやらこれは好感度パラメータではなかったようだ。クラスの皆からの好感度が秋葉より低いなんてことある筈が無いしな。・・・・・・ないよね?

 

 

「大丈夫?スグクル君。顔色悪いよ?」

「──あ、う、うん」

 

 一人顔を青くしてると、すぐ隣の席から声をかけられた。不意のことだったので軽く詰まった返事になってしまった。ちなみに不意じゃなくてもよく詰まる。

 

「具合悪いなら保健室行く?私でよければ連れてくよ?」

 

広角(こうかど)春香(はるか)。クラスのマドンナ。というか学校のマドンナ。

 茶髪気味のボブカットとパッチリとした瞳は元気を振りまいている。そして胸が大きい。

 誰にでも、それこそこんな僕にでも優しい人格者でもある。

 

「あ、ありがとう広角さん。でも大丈夫だよ」

「そう?無理しないでね?──あ、それと広角なんて他人行儀な呼び方じゃなくて春香って呼んでくれると嬉しいな!」

 

 名前呼び。広角さんがいつも僕に要求してくるものだが、僕にはハードルが高すぎる。

 

「う、うん。努力はしてみ──っ」

 

 そこで気づく、広角さんの頭上。そこには、〝13〟の文字が堂々と居座っていた。

 いまさっき否定した好感度パラメータという妄想が再び去来して、一瞬息が詰まる。そんなわけが無いと自分に言い聞かせるも、やはり完全に振り払うことはできないようで、体が強ばったまま数秒が流れる。

 

「う〜ん、やっぱり体調悪そうだよ?一緒に保健室行った方がいいんじゃないかな?」

 

 その硬直を勘違いした広角さんが顔を覗き込んできた。優しさに溢れる行動に感謝と尊敬の念が湧くが、やはり恥ずかしさやら気まずさやらが勝り、さらには13の恐怖も加わって、まともに目を合わせられない。

 

「うん、顔も赤いし絶対行った方がいいよね。そうだよね」

「い、いや、本当に大丈夫だから」

「ううん、だめだよ。一緒に行こう?」

 

 僕の意見が一瞬で無視されました。何故だか広角さんの当たりがやけに強い気がする。やはり嫌われているのだろうか。

 

「大丈夫、心配しないで。何もしないよ」

 

 心配そうに距離を詰めてくる。・・・・・・いや、これは心配そうな顔とはだいぶ違う気がする。と言うよりむしろ、捕食者のような雰囲気を醸し出してにじり寄って来ていた。

 パッチリとした双眸は獲物を捕捉した獣の如く瞳孔を開き、暗く濁って光を失っている。

 

 本能が警報を鳴らす。が、体は指の一本も動かない。目も逸らせなかった。普段なら目と目を合わせるなんてできないのに。蛇に睨まれた蛙という言葉どおりの状況である。

 

「保健室に行くだけ。行くだけだから」

 

 固まる僕とは反対に、依然広角さんは近づいてくる。最早、鼻先が触れそうな程至近距離だ。

 

「一緒に・・・・・・ね?」

「は、はひ」

 

 異常事態と被捕食者的な恐怖に思考は停止し、逆らうなという本能の悲鳴に任せることしかできなかった。

 

 ──その時である。僕が間近に迫る広角さんに震えているその横で、複数名の数字が突然変わった。

 

 5か4を持った幾人かの数字が、一つ下がって3も見られるようになった。

 急なことで呆然とする。広角さんの存在も一時頭から離れ、クラスを見回した。そして気づく。数字が下がった人たちは、全員男子だった。

 心臓が跳ねる。クラス一のコミュ障野郎がクラス一の美少女に詰め寄られている場面を見れば、男なら嫉妬してしまうだろう。まさにそのタイミングで数字は下がった。

 

 ──まさか、本当に・・・・・・?

 

「──ねえ」

 

 再度、心臓が跳ねる。それもさっきよりも遥かに大きく跳ねた。

 

「なんで?なんで今私から目を離しちゃったの?」

 

 寒気すら感じるオーラを、目の前の淀んだ瞳は放っていた。

 

「教室に気になるヒトでもいるの?」

 

 なんなんだこのプレッシャーは。怒っているのか?何故?

 

「い、いや、別にいないよ」

「本当?嫌いなヒトとかもいない?いたらちゃんと言うんだよ?」

「大丈夫、いないって」

 

 仮にいたとしてもここで言ったら明日から虐められるだろ。・・・・・・まさかそれが狙いなのか!?

 

「そっか!なら安心!それじゃあ、保健室に出発進行だよ!」

 

 広角さんがハツラツと笑いながら僕の手を引いていく。その笑顔が本当の笑顔なのか、分からない。だが、ここで広角さんに逆らうのは得策ではないだろう。

 先の広角さんは、普通ではないオーラを放っていた。とにかく下手に反感を買う行動だけは気をつけなければ・・・・・・。

 本来ならば飛び跳ねて喜ぶはずの、美少女に手を引かれるというシチュエーションに、僕は何故か恐怖感のみを抱いて、無抵抗に保健室へと連れていかれるのであった。

 

 

 ──てかなんで恋人繋ぎなんだ・・・・・・。怖くて聞けないけど。

 

 

 




プロット的に20話前後で終わります。

♡はアリなのかナシなのか問題

  • モハメド・アリ
  • アリだけど多すぎるのはナシ
  • どっちでも
  • モハメド・ナシ

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