好感度数値が見えるようになった。よく話す彼女達は〝13〟だった。泣きたい。   作:鹿里マリョウ

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後輩と戯れる朝

 保健室でベッドに寝転んでいる。

 保健室の先生も席を外しており、ただ僕が独りボケーッと静けさを感じるだけの時間。

 他の生徒達は授業中。しかし、だからといって背徳的な高揚感が来るわけでもない。そんな気分にはどうしてもなれない。

 言ってしまえば、僕は放心状態であった。

 

 原因は間違いなく、広角さんさえ含むクラス全員に嫌われている可能性があるということだ。

 もちろんこれは、皆の頭上に現れる数字が好感度パラメータであるなんていう無根拠の妄想を基盤とした話なのであって、信憑性は著しく低い。僕のバグった頭が、全く意味の無い数字を無作為に割り当てている説の方が、可能性としては遥かに高い。

 しかし何故だろう。好感度パラメータという言葉が脳内から離れないのだ。

 

 せめて広角さんは普通くらいあって欲しかった。今まで向けてきた笑顔は仮初だったのか、と勘ぐってしまう。

 これからの学校生活が不安だ。念の為、休み時間には寝たフリで外界との関係を遮断しよう。弁当は一人で黙々と食べよう。放課後は直ぐに帰ろう。・・・・・・いつもの僕だ。

 

 ま、まあとりあえず、当面広角さんには近づかない方がいい。

 あの笑顔の下で何を考えてるのか分からないうえ、クラスの反感を買うリスクもある。

 さっき授業のチャイムがなった時も謎にごねてきたしな。私も一緒にサボりますとか、保健室でもできる授業があるからとか、優しくするよとか。

 完全に肉食動物の目だった。怖かった。

 

「はあ、僕は最早誰を信じれば・・・・・・」

 

 溜め息が虚しく空気に溶ける。水を張ったような静けさが再び落ちる・・・・・・かとも思ったのだが、

 

「ナオキ先ぱぁああああああああい!!!」

 

 保健室のドアが壊れんばかりの勢いで開かれた。

 そして人間離れした速度で僕の懐にダイブをかます女子生徒。

 

「ナオキ先輩、ナオキ先輩ナオキ先輩ナオキ先輩ナオキ先ぱああああい!!」

 

 左右に跳ねた犬耳のような二束の髪を振り回して、その女は僕の腹に頬ずりしてくる。

 

「ナオキ先輩大丈夫っすか!?何処か具合悪いっすか!?それともさぼりっすか!?」

 

 グイグイと顔を近づけて、彼女は心配そうに眉をひそめている。

 可愛い八重歯がチャームポイント。妹や広角さんにも引けを取らない犬っ子美少女である。

 名前は辺和(へんわ)夏海(なつみ)。僕が妹以外で交流のある唯一の後輩である。

 

「スグクルね、ナオキじゃなくて」

「了解っす!ナオキ先輩!」

 

 ・・・・・・。

 僕の名前の直来(すぐくる)だが、ご覧の通りナオキと間違えやすいのだ。

 そして夏海は毎回間違える。何度注意しても訂正しないところを見ると、わざとやっているのだろう。仲のいい人らのお決まりの掛け合いみたいなもの。

 

 

 まあ、この子も〝13〟なんですけどね・・・・・・。

 

 夏海の頭上にはこちらを嘲笑っているのかとすら感じられる〝13〟の文字。

 さて、今イチオシの好感度パラメータ説をとると、今の状況はとてもまずい。

 なぜならこの子、ここら辺じゃ知らぬ者はいないクレイジーな不良なのだ。

 不良集団四十人を一人でのしたという伝説すら持っている。・・・・・・というか、その現場に僕もいた。もっと言えば、その惨事の原因は僕だった。

 経緯を説明すると、僕が不良に絡まれた。夏海が来た。ボコボコにした。以上となる。

 最初は数人だった不良も、夏海の圧倒的暴力を目の当たりにして、増援に次ぐ増援。最後は四十人という大勢力に膨れ上がった──ものの、結局全員地面に臥す結果となったのだ。

 頬を興奮に染めながら敵を屠っていく光景は今でもトラウマで、辺和夏海への消えない恐怖心を植え付けている。

 

 そんな辺和夏海の好感度が、〝13〟。

 恐怖である。

 この人懐っこく頬ずりしてくる笑顔の下には、どんな悪魔が潜んでいるのだ。

 僕を油断させる笑顔。敵意など感じられない。しかし嫌われているかもしれないと考えると、脳裏にあの時の光景が蘇り、途端に寒気が腹の底から湧いてくる。

 

「ナオキ先輩?」

「ひいっ!?」

 

 表面に出さないようにしていた感情の機微も、彼女には容易く見破られた。

 

「どうしたんすかナオキ先輩、今日なんか変っすよ?」

 

 夏海が自分の顔を僕の顔へと突き合わせてくる。

 かわいい。など場違いなことを思ったのも一瞬、いや二瞬。・・・・・・三瞬。夏海に詰め寄られた恐怖に身を固める。

 

「ま、待て!ステイ!夏海ステイ!」

 

 可愛さ、恥ずかしさ、気まずさ、怖さ、色々なものがごちゃ混ぜになり、かなり気が動転していた。

 突いて出た言葉は、彼女のような強者へ口にするには不遜過ぎるものだった。

 夏海の不良としてのプライドに触れた──

 

「なんすか!?犬ごっこすか!?わんわん!」

 

 わけでもなくとても乗り気に返してきた。

 

「わんわん!ナオキ先ぱ〜い!わふわふ〜」

 

 いやめっちゃ乗り気だな。

 予想外が過ぎる夏海の反応に当惑していると、目の前で驚くべきことが起きた。

 

 〝13〟→〝14〟

 

 ・・・・・・上がった。

 数字が上がった。13から14に。このタイミングで。

 クラスでは、広角さんに詰め寄られた時に男子たちの数字が下がった。

 ここでは、夏海と遊んでいる時に彼女の数字が上がった。

 嫉妬されて下がった。仲良くして上がった。

 嫌われて下がった。好かれて上がった。

 

 妄想が、現実味を帯びる。

 

 この数字は、好感度を表しているのだ、と。

 

 もちろんまだ疑念は残っている。しかし、それでも今は、不思議とこの数字を好感度パラメータと信じる自分が強い。

 

 最高は妹の秋葉で〝15〟。

 あそこまで僕を嫌っている秋葉が最高という事実に大いにショックを受けるが、とりあえず置いておこう。

 上限はやはり〝50〟あたりだろうか。秋葉からの嫌われ具合を考慮すると、〝15〟が半分にほど近くなる〝40〟でも足りない気がする。だから〝50〟。それ以上という可能性は考えたくもない・・・・・・。

 

 しかし僕は、自分が思っていた以上に嫌われてるのか。

 だが、ここで知れたことは大きい。もし知らぬまま生活していたら、いつか大変な事になっていたのではなかろうか。

 ここからである。ここから、この好感度が見えるというアドバンテージを活かして、なんとか安全な高校生活を実現するのだ。

 

 脱ぼっちを全力で目指す。そうと決まれば先ずは、比較的好感度の高い秋葉、広角さん、そして目の前の夏海の好感度を、半分の〝25〟まで引き上げることをひとまずの目標としよう。

 

「うぅ〜〜♡やばいっす♡ナオキ先輩の匂いすごすぎて♡♡こんなの中毒になっちゃうっすぅ♡♡」

 

 ・・・・・・これはいい匂いって褒められてるのだろうか、それとも臭いと馬鹿にされているのだろうか。

 好感度は下がっていない・・・・・・ということは臭くはないのだろう。

 

 さて、好感度を上げるために、現状を再確認しておこう。

 まず、僕と夏海は今保健室のベッドで〝犬ごっこ〟なるものをしている。その内容は、夏海が犬の真似をするといったシンプル?なもの。

 じゃれつく犬のように僕の胸に頬擦りを繰り返してくる。好感度が見えなければイタい勘違いをしていただろう。

 しかし今の僕には分かる。夏海が好きなのは〝僕〟ではなく〝犬ごっこ〟なのだ。僕のことはていのいい道具ぐらいにしか思っていない。自分の趣味、悦楽を満たすのに利用できそうだったから利用した。そういう点ではパシリとたいして変わらない。

 

 だがこの〝犬ごっこ〟の遊びに付き合い、夏海を満足させ続けることができれば、やがて〝凡百のパシリ〟から〝エリートパシリ〟になれる日が来るかもしれない。

 今夏海が僕にして欲しいことは・・・・・・、

 

「よ、よしよし。いいこいいこ」

 

 そう、ご主人役だ。これこそ夏海が求めた正解のはず。その役割を全うすべく、僕は恐る恐る、それはもう恐る恐る夏海の頭を撫で始めた。

 

「はぐっ♡や、やばいっす♡♡それやばいっす♡♡うぁ♡や、やめてぇ♡戻れなくなっちゃうっすからぁ♡♡」

「あ、ご、ごめん」

 

 制止の言葉に夏海の頭から手を退ける。

 頭を撫でるという行為はまずかったか?背中が冷や汗で湿る。

 

「あ・・・・・・あぅぅ♡あぅぅ♡・・・・・・ぅぅう♡や、やっぱりやめないでくだひゃい♡♡もっといっぱいなでなでしてくださいっすぅぅ♡♡」

 

 ど、どっち!?

 撫でられるのが嫌いなのか好きなのか。だが、

好感度をあげるためにも夏海に逆らうことはしない方が良い。僕は言われるがまま再び撫で始めた。

 

「あ、あぁあぁあ♡♡こ、これ♡これ知っちゃったらもうムリっす♡♡んぁっ♡なでなでされてないとすごい寂しくなっちゃうっす♡♡死んじゃうかと思ったっす♡♡」

 

 こ、これはごっこ遊びの一部なのだろうか。ロールプレイングとは思えないほどの気迫が伝わってくる。夏海は演技派だったのか。

 

「はぅぅ♡♡もう戻れなくなっちゃったぁ♡完全に壊れちゃったっすぅ♡・・・・・・飼って♡♡先輩なしじゃ生きていけないからっ♡♡飼ってくださいっす♡♡」

 

 やばい。夏海のとんでもない性癖が顕になってしまっている気がする。やばい。

 

「お金も♡払う♡──っすからぁ♡♡首輪つけて♡わたしの全部、先輩のモノにして欲しいっす♡♡支配して欲しいっす♡♡」

 

 ここは沈黙だ。下手に何か言うと後戻りできなくなる。黙って頭を撫で続けるのが吉。

 

「あぎゅっ♡あっ♡♡まって♡急にっ♡激しっ♡♡あっ♡あぁあぁああ♡♡♡」

 

 夏海が一際強く叫んだかと思うと、そのまま僕の胸に顔を埋め脱力してしまった。

 

「な、夏海?夏海さん?」

「・・・・・・ぅ、ぁぁぅ♡・・・・・・あぅぅ♡・・・・・・」

 

 押し付けられた顔の底から、意味をなさない声が漏れ出ている。

 ・・・・・・そっと体を揺すってみる。

 

「──あっ♡♡・・・・・・あぅぅ♡あぅぅ♡」

 

 僕の手と夏海の肩が触れ合った瞬間に、その身体は大きく跳ねた。しかし依然として言葉はない。本当にどういう状況なのだこれは。

 夏海が発する鳴き声は、甘えた調子が伝わってくる。〝何か〟を求めている声音だ。その〝何か〟とは、おそらく撫でること。

 

 しかし、と僕は時計を見る。時刻は一限目が終わる数分前を指していた。

 このベッドで男女が重なり合ってるという状況を誰かに見られたとしよう。そんなことになれば忽ちその人の好感度は底を突くだろう。

 

 ゆっくり夏海を退かす。相変わらず鳴き声を微かに響かせる以外には特に抵抗もなく退かせられた。

 服装を整えていると、ベッドから視線を感じる。

 チラ見すると、夏海が潤んだ瞳を向けてきている──気がした。そんなに真っ直ぐに見つめられても、僕は気まずさのあまり目を逸らすことしかできない。だから今夏海の顔を見たのも一瞬である。やけに蕩けたように見えた表情も見間違いかもしれない。今回の遊びに夏海が満足いったかは結局のところ僕には分からないのだ。

 

 急に不安になってきた僕は、ぎこちない動きで一人横になる夏海に掛け布団をかけて、そそくさと保健室を後にした。

 

 

 

「──あぅぅ♡優しい先輩♡♡大好きっすぅ♡♡」

 

 〝14〟→〝15〟

 

 僕が保健室のドアを閉じる瞬間、数字が上がった光景を僅かに捉える。どうやら満足してくれたようだ。

 喜びを噛み締める僕は、しかし夏海の声までは捉えることができなかった。その直線的な好意が篭った呟きに気づけていれば、僕のこの先の非日常は大きく変わっていたかもしれなかったというのに──。

 

 

 僕はその後教室に戻り、自分の荷物をまとめて職員室に行った。幸い僕のクラスの一限目は移動教室だった為、特に誰かと会うことも無く、スムーズに先生に早退を取り付けることができた。

 

 よし、早速近くの診療所へ行こう。

 

 

 

 ■■■

 

 

 

「スグクル君お見舞いに来たよ!!」

 

 授業の終了をチャイムが告げたおよそ三秒後、広角春香は保健室のドアを破壊も辞さない心持ちで開放する。

 

 ──が、そこに目的の人である矢羽猪直来はいない。代わりに可愛らしい後輩がベッドに顔を埋めて悶えていた。

 

「あぅぅ♡あぅぅ♡ナオキ先輩ぃ♡♡アタシ、犬っす♡♡ナオキ先輩の忠犬っす♡♡飼ってくださぃ♡♡躾てくださぃぃ♡♡」

「──は?」

 

 知らないメスがいる。スグクル君はいない。私がいない間にスグクル君に擦り寄っていた。私の、スグクル君に。コイツが?

 

「・・・・・・おい」

「次会った時も、いっぱい頭撫でて欲しいっす♡♡そ、それから、お散歩もしたいっす♡♡首輪引かれて、ナオキ先輩のペットだって脳髄まで刻まれたいっす♡♡♡」

「おいっ!!」

 

 普段の広角春香を知るものなら、間違いなく耳を疑い現実を疑うであろうどす黒い声音が張り裂けた。

 

「・・・・・・チッ、うっさいなぁ。今忙しいんだよ。消えろ」

「あなた、一年生の辺和夏海だよね?いつもスグクル君の周りをウロチョロしてる。あのさ、突然で悪いんだけど、今後一切スグクル君に近づかないで貰えるかな。あなたみたいなのがスグクル君の隣にいると彼が汚れちゃうの」

「あ?・・・・・・ああ、お前いつもナオキ先輩のそばをウロチョロしてる奴か。はぁ。お前こそ男子共に股開いてろよ、ちやほやされたいんだろ」

 

 不良と人気者。対極に位置する二人が、真っ黒な殺気をぶつけ合う。全ては、愛しい人の隣を勝ち取るために。

 矢羽猪直来の預かり知らぬところで、彼を巡る怪獣対戦が行われているのだった。

 

 

 

 




人は自分が最初に信じたことを絶対に正しいと思い込む傾向を持つ(246課題より)。

♡はアリなのかナシなのか問題

  • モハメド・アリ
  • アリだけど多すぎるのはナシ
  • どっちでも
  • モハメド・ナシ

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