好感度数値が見えるようになった。よく話す彼女達は〝13〟だった。泣きたい。 作:鹿里マリョウ
どっと疲れた。朝起きて妹に罵倒され、登校では猛獣を片手に白い目で見られ、まだ一限も始まっていないにも関わらず、僕の疲労はピークに達していた。
朝のHRまでの時間は、机に突っ伏して過ごす。これには、疲労回復の目的と、極力存在感を出さないという目的がある。いつも秋葉から目立つなと言われている。この言いつけを守らなければ、あとが怖いのだ。そもそもコミュ力不足で話しかけたくても無理なんだけどね。
まあもう夏海と会っちゃったし言いつけ破ってるけど。・・・・・・また一段やる気がなくなった。バレるかな。バレないといいな。
暗い思考が延々と続くので、僕は耳に意識を向ける。クラスメイトの会話を聞き、参加した気分を感じて気を晴らすのだ。机に伏して視界が遮断されている分、より音に敏感になった。
「やあ、おはよう春香さん。今日はいい天気だね」
隣の広角さんの席あたりから声。これはきっと
それに沢屋くんは顔も良い。性格もリーダー気質。クラスの中心が良く似合う人だ。
「・・・・・・・・・・・・うん、おはよう沢屋くん」
返す広角さん。変な間があった気がしたけど、どうしたんだろう。
沢屋くんを皮切りに、他のクラスメイトも広角さんに挨拶していく。相変わらず広角さんは人望が凄い。
人が集まって騒がしくなる。いったいどうやったらここまでの人気者になれるのか。瞼を軽く持ち上げ、薄目で広角さんを見た。
「──あっ♡」
・・・・・・滅茶苦茶目が合った。
薄目で見ていることもバレているっぽい。現在進行形でこちらを見つめてきてるし、何より俺が目を開けた瞬間広角さんは小さく声を上げたのだ。確実にバレている。
広角さんが例の雰囲気を纏う。そう、肉食獣の雰囲気。広角さんの心の中は、何盗み見てんだよ潰すぞ、といった感じと予想する。
怖いし気まずい。
早く目を逸らした方がいいのだとは思うが、既に目が合って数秒は経っているのだ。今更急に逸らしても大丈夫だろうか。影でバカにされたりしないかな。
和気あいあいとした喧騒の中、僕と広角さんだけがじっと見つめ合う。
盛り上がりの中心にいる広角さんと、外にいる僕。
笑顔で圧をかける広角さんと、薄目で必死に気配を消そうとしている僕。
なんとも滑稽な対比構造は、しかし第三者によって断ち切られた。
「そうだ春香さん、今日の放課後空いてるかな?駅前に新しいケーキ屋さんができたらしくてさ。よかったら一緒に行かないかい?」
沢屋加杉くんが、僕と広角さんの直線上に割り込んできたのだ。
すかさず僕は顔を腕の中に埋める。
ありがとう沢屋くん。やっぱり僕の憧れだ!
でも今見た沢屋くんの数字は〝3〟。片思いみたいな気持ちになった。
「・・・・・・・・・・・・ごめん。無理かな」
広角さんの返答。やはり間がある気がする。
「そうか、なら明日とか──」
「しばらくは無理かも」
今度はすごい食い気味。
「あ、うん。じゃあ、春香さんの都合のいい日ができたら教えてよ。ああ、僕の予定なら気にしなくてもいいよ。広角さんの為ならどこでも開けちゃうからさっ!」
断られても折れない心、流石だ。
沢屋くんの爽やかな声に強い憧れを抱きながら、僕は再び寝たフリに戻る。
深い呼吸を繰り返す。寝ている時の再現だ。今度こそ誰にもバレないように頑張るぞ、と意気込んだその直後、
「──はくちッ!!」
・・・・・・普通にくしゃみが出ちゃった。
は、恥ずかしすぎる。死にたい。
クラス中から視線を感じるような気がして、僕は震えながら顔を伏せることに全力を尽くした。
■■■
〈side 広角春香〉
朝起きてまず目にするのは、スグクルくんの顔。かわいい。
天井に貼られた写真からめいっぱいの元気を貰い、リビングへ。
両親とご飯を食べた後、身支度をして学校に出発する。登校中の電車で見るのはもちろんスマホ。マップを開けば、その上に青い丸が光っている。
言うまでもなく、スグクルくんの現在地だ。正確には、スグクルくんのスマホの現在地。
「んふふっ♡」
スグクルくんはまだ家。スグクルくんの部屋着を想像して、頬が緩んでしまう。とってもかわいい。
幸せで胸を温めながら、電車に揺られ学校へと向かった。
学校に着くと、今度は挨拶の練習をしなくちゃいけない。スグクルくんに最高のおはようを届けるためだ。
「広角さんおはよー」
「うんっ、おはよ!」
「春香おは〜☆」
「チャラちゃん、おはよっ!」
幸い練習相手は沢山いる。
声のトーン、笑顔の明るさ、その他の体の動きを細部に至るまで検証。スグクルくんの為だけに、〝完璧な広角春香〟を作る。
スマホを確認すると、スグクルくんが学校に着いたのが分かった。
胸が高鳴る。喜びと緊張でだ。
青い点が近づいてくる。深呼吸。先程までのシミュレーションを思い出す。
青い点が教室の前まで来て、遂に本物のスグクルくんが現れた。
「スグクルくんっ!おはよっ!」
可能な限り明るく親しみやすくした挨拶に、とびきりの笑顔を添える。
「あっ、広角さん。お、おはよう、ございます」
色んなところに目を泳がせながら、スグクルくんは挨拶を返してくれた。わああ!うれしい!かわいい!すき!たべちゃいたい!
「もう!〝広角さん〟じゃなくて〝春香〟って呼んでっていつも言ってるのに」
「あ、あはは」
スグクルくんは曖昧に笑うと、自分の席に座り机に突っ伏してしまった。いつもの寝たフリ。でも周りのお話には興味があるようで、しっかり聞き耳を立てているのも分かる。なんだか警戒心の強い小動物みたいだ。えへへ、今日もかわいいなぁ。
毎朝のこの時間は至福のひとときである。視界にスグクルくんの尊すぎる姿だけを捉え、じっくりその可愛さを堪能する。うぅ、しあわせすぎて溶けちゃいそう。
──あれ?でもなんか今日のスグクルくんはテンションが低い感じがする。
どうしたんだろう。なでなでしてあげたい。
うーん、なでなでしちゃっていいのかな?
隣の席で負のオーラを纏うスグクルくん。正直とっても母性本能がくすぐられます。
なでなでしにいくか、いかないか、一瞬の逡巡の後、私は本能に従うことにした。
スグクルくんに優しく語りかけ、胸に抱いて頭を撫でる。そしてそのまま保健室に連れ込んで昨日できなかった続きを・・・・・・。
期待に胸を膨らませながら席を立つ────その直前。
「やあ、おはよう春香さん。今日はいい天気だね」
〝邪魔な虫〟が入り込んできた。
・・・・・・・・・・・・は?
自然と手がシャープペンシルに伸びる。が、そこで思い留まった。ここで
「・・・・・・・・・・・・うん、おはよう沢屋くん」
一応挨拶だけはしておく。〝完璧な広角春香〟のためだ。
その後もゾロゾロと群がってくる〝虫〟たち。ささくれだつ心をなんとか抑えながら対応していく。できるだけ話題を振ること意識する。そうすれば勝手にペラペラ喋ってくれる。
そうして隙を作って、スグクルくんを盗み見る時間を稼ぐのだ。
寝ているアピールをしつつもしっかり聞き耳を立てちゃっている可愛いスグクルくんに、どうしても頬が緩んでしまう、そんな時だった。
「──あっ♡」
スグクルくんの瞼が少しだけ持ち上がり、しっかり目が合った。不意打ちのような可愛すぎる行動に、意図せず声が漏れてしまう。運良く沢屋加杉の声量にかき消されたようだが、危なかった。
じっとスグクルくんを凝視する。
もしかしたらバレないと思ったのかな?もう、可愛すぎるよぅ♡♡しかもまだ薄目で見てきてる。目を瞑るタイミングを図っているのかな?うぅ、可愛い♡本当に食べちゃいたい♡♡なんでそんなに可愛いのぉ♡♡襲っちゃうよ?襲っちゃっていいよね?いくよ?あと三秒で押し倒しちゃうからね?3、2、1──
「そうだ春香さん、今日の放課後空いてるかな?駅前に新しいケーキ屋さんができたらしくてさ。よかったら一緒に行かないかい?」
・・・・・・今度はシャープペンシルをしっかりと握った。
一度ならず二度までもスグクルくんとのえっちな展開を阻んだ沢屋加杉。しかも今度は私とスグクルくんのちょうど間に割って入ってきたのだ。
「・・・・・・・・・・・・ごめん。無理かな」
胸中に殺意の渦が巻く。少しでも気を抜けば、そこをどけと、口から出てしまいそうだ。
殺りたい。でもスグクルくんに嫌われたくない。
「そうか、なら明日とか──」
「しばらくは無理かも」
うるさい。喋るな。心の中の葛藤が、殺意の方へ傾いていく。
「あ、うん。じゃあ、春香さんの都合のいい日ができたら教えてよ。ああ、僕の予定なら気にしなくてもいいよ。広角さんの為ならどこでも開けちゃうからさっ!」
心底気持ち悪い。ああ、ダメだ。負の衝動が抑えきれない。
黒い感情に塗り潰された頭の片隅で、スグクルくんのことを想う。うぅ、スグクルくん、スグクルくん、私、悪い子になっちゃうかも、うぅ、ごめんなさいスグクルくん・・・・・・。
ペンを持つ手に力が篭る。沢屋加杉目掛けて手が動き出す。
「──はくちッ!!」
瞬間、私の中の全てが吹き飛んだ。
か、かわ、かわ、かわわぁ♡♡
〝13〟→〝14〟
か、かわわすぎるよ、スグクルくん。もぅ、すきぃ♡
私の頭に、もう他の〝虫〟たちの存在は消え去っていた。
もぅ、もぅ♡スグクルくん♡スグクルくん♡分かったよスグクルくん♡私もっと完璧になるね♡♡
今の、あの時と変わらない〝広角春香〟ではダメだ。もっと完璧にならなければ。スグクルくんの恩に応えなければ。うぅ、かわわぁ♡♡
■■■
「この子は特に害は無さそうだけど・・・・・・あれ?」
モニターの一つが、突然ブラックアウトする。
「締め出された?この子に?・・・・・・訂正、この子、危険」
抑揚の薄い声がぽつりぽつりと紡がれる。
「消しちゃった方がいいかな?」
とても平然に、まるで日常的なことだとでもいう調子で、〝消す〟という言葉は零された。
「──どう思う?
『うん、マフユは正しいと思うよ』
「ふふ、ありがとう、スグくん」
女ひとりの部屋に、声が二つ。女の声と、幼さを感じる男の子の声。
男の子の声は、スピーカーから発せられていた。
『マフユは正しいと思うよ』
「ふふふっ、嬉しい、スグくん、嬉しい・・・・・・♡」
♡はアリなのかナシなのか問題
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モハメド・アリ
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アリだけど多すぎるのはナシ
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どっちでも
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モハメド・ナシ