カールは一人休憩室でうなだれていた。
今回の戦闘は、結果から言えばジェミニボックス側の勝利に終わったと言って良いだろう。
向こうは全滅。こっちの死者は僅かに三名。ただし、その三名ともにカールのよく見知った人たちだった。
メカニックのザッドに、同じくメカニックのロッソ・タウワ。
ロッソとは、そこまで親しくしていた訳ではないのだが、ザッドとコンビをくんでいたのか、何だかんだでゼーラスの組み立てと調整でお世話になっていた。
そして、あと一人はリシットである。
後から聞いた話だが、残された戦闘データを解析すると、リシットは勝っていたらしい。一機のハイザックを足から切り飛ばし、直後にもう一機をビームライフルで撃破。
しかし、足を切られたハイザックが突進、組み付いた末に、ビームサーベルでゼーラスのコクピットを貫いたと言う。
その後、ハイザックも何かに引火でもしたのか、爆発を起こしたらしい。その為、回収されたリシット機は前から見た分には大したダメージを負っている様には見えなかった。
フライングアーマーは爆発したハイザックの余波を受けて派手に汚れてたいたが、損傷らしい損傷は受けていない。
恐らくだが出撃寸前に施された耐熱塗料のおかげもあったのだろう。
皮肉にも、その性能を証明してみせたという分けだ。
あの時、カールが残っていれば、少なくともリシットは死なずに済んだのではないか?
カールは自分を責めた。
それに対し、グスターブは仕方がない事だと言ったが、カールは割り切れない。
それでつい「軍人は、随分と人が死ぬのに慣れているんですね」と、わざと相手を怒らせる様な言葉を投げかけてもみる。カールは、誰かに叱って欲しかったのかも知れない。
しかし、グスターブは乱暴にカールの頭を撫でただけで、特に何も言っては来なかった。
艦長のハッサスやイドからも良くやったといったニュアンスの言葉をかけられただけで、特に誰もカールの行動には一切触れない。
ある意味、彼の独断専行と命令違反とも言って良い行為があったはずなのに、だ。
うなだれるカールの目の前に、突然飲み物が差し出され、次いでミュリアムの顔が覗き込む。
本当は誰とも話をしたくなかったのだが、飲み物を差し出したまま彼女は動かないので、仕方無しにそれを受け取った。
そして、ミュリアムはカールの側に腰掛ける。
暫くの沈黙の後、彼女は話しかけてきた。
「アンタさ、うぬぼれが過ぎてんじゃないの」
「うぬぼれ?」
そこで初めてカールは顔を上げる。すると、ミュリアムが怒った様な目を向けていた。
「何、一人で戦争してる気になってんのよ。 ここに居る連中はさ、アンタみたいな甘ちゃんの素人に同情される程、安っぽくないのよ」
そこで、ミュリアムは飲み物を一口すする。
「これじゃ、カールが起こした戦いに私らが巻き込まれたみたいじゃないの。 そんな事、絶対にないんだから。 大体、今回の事だって全員の働きがあったからこそ、最小限の被害で済んだんだ。 カールがいち早く敵を見つけたのは認めるけど、それだって結果論だよ。 戦いってのはさ、僅かな差で命を拾うもんなんだ。 それは、相手だって同じ。 自分の都合で全部を拾おうなんて、おこがましいにも程がある」
それだけを言うと、ミュリアムは自分の飲み物を一気に飲み干し、ゴミ箱に突っ込んで去って行く。
一人残されたカールは、暫く手にした飲み物を眺めた後、ミュリアムと同じ様にして一気に飲み干した。
搬入作業は、結局、ゴタゴタのせいで予定していた時間以上にかかってしまった。理由として、戦闘後の処理も同時に進めなければならなかったからだ。
乗員は何時も通りに動いている感じだったが、やはり仲間を失ったと言う少なくないネガティブな状況からか、普段よりも覇気が無く、どこか作業も滞っている雰囲気があった。
しかし、今はそれを叱り飛ばすわけには行かないだろう。実際、作業の手間は変わっていないのだ。おかしいのは、同じ様にしても落ちている効率である。
ゼーラスが5機追加された後、ジム2の4機は本来お払い箱になる予定であった。
だが、先の戦闘でジム2が二機、ゼーラスが実質的に1機失われている為、ジム2も、そのまま残される事になった。
リシットのゼーラスは部品取りに使われる事になる。よって、ジェミニボックスの現在の戦力は、オーバーホール中の物とヤークトタイプを含めて、ゼーラスが9機。ジム2が2機となる。ただし、ジム2の内1機は、部品取り用となる為、動けるMSは実質10機だ。
そのジム2も既に予備パーツは少なくなってきているので、何れはゼーラスと交換しなければならないだろう。
乗るのはもちろんグルードだが、彼から今暫くはジム2を使いたいと言う申し出があった為、それを尊重する形での決定でもある。
これで戦力的に数は据え置きの上に質も強化されたはずなのだが、どこか喪失感が漂う。
いや、たかだか傭兵部隊にしては異常な戦力の拡充に、皆、不穏さを感じ取ってもいた。
そのグルードが、ジム2の足元に来て作業を見守る。より正確に言うならば、彼が見ていたのは、戦場から回収された敵の大型ビームライフルだ。
ハイザック擬きが持っていた奴で、全くの無傷であった為、利用できないかと調べている最中だった。
「どうだ?」
メカニックが手を止めたタイミングを見計らって、グルードは聞いてみる。
「どこにも異常はないし、壊れている所もありませんが、コイツはジム2には無理ですよ。 カールのヤークトタイプでやっとってところです」
その返事にグルードは、そうかと短く返した。見た目通りに威力はありそうな武器だったので、何とかジム2の装備品として利用できないかと思っていたが、あてが外れた。
特に、内蔵されているセンサーが優秀で、これを利用できれば遠距離攻撃の精度も上げられただろう。
「で、どこ製だ?」
「印はありませんが、パーツとかの感じで言えば、アナハイムでしょうね」
「やはりな」
見た瞬間から、グルードもそんな予感がしていた。
それなりに連邦の装備品を見てきた彼にも、どこか、これは違うという感じがしていたのだ。
洗練されすぎているというか、連邦の物と比べると小綺麗にまとまった感じがある。これは彼なりの意見だが、そうした点はアナハイムの特徴だとも思っている。
図らずもジェミニボックスは、アナハイム製の兵器を試す手伝いをしたとも言えるだろう。
後からグルードも聞かされたが、今回の任務には、どうやらアナハイムの一部が暗躍しているらしいとの事だったので、早速、その一部を目にした様な気がしたのだ。
「死神どもめ…いや、ハイエナか」
軍の理不尽さに嫌気がさして抜け出たと言うのに、今もまた、それに近い事に巻き込まれようとしている。しかし、逃げ出す分けには行かない。ここまで来ると、仲間を守る為に最後まで戦うしかないからだ。
「所詮、兵隊など、誰かの駒でしかないってのか」
グルードは、その場を後にした。
あれから少し気分を持ち直したカールは、格納庫に来て作業の様子を見ていた。
中には今、ゼーラス3機とジム2 1機が置かれ、メカニックらによって手が入れられていた。
カールのゼーラス・ヤークトとオーバーホール中の物は整備点検され、そしてリシットのゼーラスは解体中である。
残りのゼーラスは外に駐機されており、戦闘は終了を宣言されていたが、ある程度のレベルを維持して警戒態勢が敷かれていた。
ゼーラス・ヤークトの背部には、失ったフライングアーマーが取り付けられようとしている。本格的な整備も行われるらしいのだが、気遣いで言ってくれたのか、カールは邪魔だから手を出すなと言われているので、大人しく見守っているのだ。
ゼーラス・ヤークトの側には、新装備と言うビームライフルも置かれている。話によると、MSN-001とか100とか言うMSに装備予定の物らしい。
そのビームライフルは、予備も含めて3基収められていた。もっとも、既に1基は持ち出されて誰かのゼーラスに配備されているらしかった。メンテナンスパーツはある為、それでも支障は無いと判断しての扱いなのだろう。
しかし少々様子が違っていたのは、整備にはアナハイムの連中も混じっている事だ。
何でも、ヤークトタイプのデータを直接回収したいとかで、数名が端末を繋いで何やらやっている。思い当たる事があったカールは、念の為に聞いてみた物の、変な顔をされただけだった。
一応説明を受けたが、ヤークトに取り付けられた頭部と脚部には、操作を補助する為の制御装置の一種が試験的に付けられているらしく、その戦闘データを持ち帰る為、彼らは戦闘直後を好機と見て、わざわざ乗り込んできたのだ。
それには複雑な思いもあったが、これで改善されて、ジェミニボックスの連中の役に立つならとも思い直す。しかし、ただの制御装置の一種と言う説明には納得が行かなかった。
説明したアナハイムの人間は、嘘をついている様には見えなかったが、本当にそれだけの機能しかないのだろうか。
「気分はどうだ」
ぼーっと眺めていたカールの側に、グスターブが寄ってきて尋ねる。
「何とか…」
カールは気のない返事をした。完全には整理できていない。しかし、グスターブはそれで良いと言った。慣れてしまうのは、違う事だと言ってくれた為、カールは少しだけ気持ちが楽になった様な気がした。
「なあ、ここに初めて来た時の事を覚えているか?」
今更ながらの質問にカールは少しだけ眉をひそめる。ただ、今になって取り繕う様な返事はしない。
「最悪でしたよ。 みんな、僕に厳しかったですし、非協力的だったし」
その返事を聞いてグスターブは苦笑した。
「そいつは、悪かった。 だが、それには理由がある」
「理由?」
「セム…セム・ゾインの事を知っているか?」
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セム・ゾインは、RS社が何処から引っ張ってきたメインテストパイロットである。
彼の自称によれば、連邦軍の元エリートパイロットであり、ガンダムにも乗った事があるそうだ。
最終階級は少佐とも言っていたが、何れも本人談なので確認はできていない。
カールの目から見た彼は気難しい所があり、社員らにも横柄に振る舞っていたが、それは一流パイロットとしての誇りだと解釈していた。
実際、それ相応の腕を持っていて、カールでも出来ないMSの操縦を楽々とやって見せていたのだ。
そんな感じで悪い印象はなかったが、それは会う回数が少なかったので本当の姿を知らなかったからだと言ってもいい。
そして、グスターブから語られた彼の本性は、カールが幻滅するのに十分であった。
セムはゼーラスの試作機を、このジェミニボックスでテストする為に一緒に派遣されて来たと言う。
セムが本社に姿をなかなか見せなかった理由や、試作機一機が姿を消した理由が、今になってようやく分かる。だが、カールは更に驚愕の事実を知る事となった。
そこでも彼は傍若無人に振る舞い、事ある毎に衝突。それどころか、ジェミニボックスの連中を尽く馬鹿にしたらしい。
お陰でジェミニボックス内ではRS社その物の評判がガタ落ちし、後からやって来たカールに対してもそれは同じで、それが険悪な対応を取られた理由でもあったらしいのだ。
加えて、セムは口で言うほどMSの操縦は上手くなかったらしい。
実戦に近い形で戦闘データを得る為、このジェミニボックスの連中を相手に何度も模擬戦をしたらしいのだが、ジム2相手に苦戦、時にはボロ負けしたと言う。
その時の相手はグスターブやグルード、そしてミュリアムだったらしく、しかも自分で煽って彼らを本気にさせた為、遂には試作機その物を自分のミスで破損させるに至る。
その辺の話を聞く限り、やはりカール相手にはジェミニボックスの連中は手加減をしていたらしい。
ただ、話はここで終わっていない。想像する部分もあったが、むしろカールの中で色々繋がって、本当の意味で驚愕する事になるのは、ここからだった。
カールが聞かされていた話では、ゼーラスの試験は全行程が無事に終了し、量産機も問題なく納品されたと言う事になっている。
だが、納品された量産機は、実用に耐えられない不具合を幾つか抱えており、遂にはAE社に送り返されて、再調整を受ける羽目になったのだそうだ。
ここからは想像だが、試作機は試験を全部終わらせられなかった可能性がある。グスターブの話では、試作機が破損した後、セムは早々に立ち去ったと言うのが、その理由の一つだ。
その時グスターブが不可解に思ったのは、セムと試作機を持ち帰ったのは、所属不明の船だったと言う事である。グスターブの私見によれば、それはチャーターされた民間船の様だったとも言う。
とすれば、セムは、極秘裏に試作機を回収、破棄なりした可能性もある。
その上で試験結果を捏造し、全ての工程が問題なく終了したと報告でもしたのだろうか。
そんな事が、本当に可能なのだろうか。たかが一テストパイロットがやるにしては、余りにも大胆に過ぎている。
しかし、色々な所で思い当たる事があり、それらを考えるに、カールは身震いがする思いだった。
これは明らかに重大な背任行為でもある。特に、戦闘用MSの不具合は生死に直結するだけに、RS社が訴えられたら莫大な慰謝料を請求されてもおかしくはない。
ただし、グスターブが続けた話によれば、それは出来ないのだという。彼は、それについては口を次ぐんだが、そもそもジェミニボックスのスポンサーが誰であるのかを考えれば自ずと答えが出た。彼らは弱い立場にあるのだ。何と理不尽な事か。
しかも、それが本当であるなら、RS社は会社ぐるみで隠蔽している可能性も出てきた。そして、更に色々な事が理解できてくる。
ゼーラスの整備や改良をAE社が行っていることや、何も聞かされずカールがジェミニボックスに送り込まれた事。
ただ、担当したディバッツの対応を見るに、彼も知らされていない可能性はある。どこまで誰が知っているのか。
メインパイロットのセムは忙しいと言っていたが、本当の話なのか。
そこまで聞いて、カールは途端に自分のゼーラス・ヤークトに不安を覚えたが、グスターブの話によると、不具合は1から7号機を納入して使った時に見つかったらしく、その後の機体は改善されたらしい。
少なくとも、14号機以降は実用に耐えられる様に完全な改良が施されたらしく、それ以外の機体に関しては納入順と言う事もあって、後追いで完全な状態にする為、今になって整備が完了してやって来たとの事だった。
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「そんな…それで、僕にあんなに…いや、当然なのか」
カールは二の句が告げられない。理不尽な扱いの理由は分かったが、それ以上に、本社と関係する人間が迷惑をかけていた事もあって、申し訳ない方の気持ちも大きくなったからだ。
「今まで、すまなかったな。 正直、最初の頃は、俺たちもどうかしていた。 だが、お前の頑張りは誰もが認める所だ。 そして、実際に俺たちを助けてもくれた。 だからカール、お前は船を降りろ」
「え!?」
突然の事にカールは戸惑う。ようやくジェミニボックスの連中と距離が縮まろうとしているのに、再び突き放そうと言うのか。
「そんな…まだ、ゼーラスのテストは途中なんですよ」
「後の事は、俺達が引き継げば良いさ。 実は言うとな、艦長からはお前を追い出せとも言われている。 何もなかったら、ゼーラスを搬入すると同時に、お前をあのまま貨物船に置いてくるつもりだったんだ」
グスターブは、優しく笑みを浮かべていた。もはや、最初の頃の部外者を見る目ではない。カールは、自分でも情けない顔をしていたのが分かった。
「そんな顔をするな。 お前は兵士じゃない。 あのセムと同じ人間ならいざ知らず、今の俺たちにとっては、お前も大事な仲間だ。 死ぬべき人間ではない以上、ここで帰るべきだ」
そう言ってグスターブは前を向く。
「無理…ですよ」
「何故だ?」
意外そうな顔をして、グスターブがこちらを向いた。帰りたがっていたカールも、今になってそんな事を言う自分に内心驚いてもいる。
「セムさんとウチの会社の話が本当なら、例え今帰ったとしても、再び戻される可能性があります」
カールは、この時点で帰らない意思を固めて、真っ直ぐとグスターブを見る。
「そうかも知れん。 しかし、戻ることになったとしても、事が終わった後だ。 わざわざ、死地に赴く必要はない」
「今更ですよ。 僕らが見つかったって事は、帰りの船だって安全だとは限らないじゃないですか」
その言葉にグスターブの表情が変わる。その意味はカールには良く分からなかった。しかし、こちらの意思は尊重しようという気にはなったらしい。
「戻る戻らないは、お前が決めて良い。 こっちも雇われである以上、強制は出来ないしな。 それにカールの言う通り、既に俺たちが発見されているなら、確かに無事に帰れるとは限らん」
それだけを告げると、グスターブは去っていった。
それから2時間が経過し、ジェミニボックスは全ての準備を終えて出発、目的地へ向けて移動中であった。
だいたい落ち着いた所で、艦長のハッサス、イド、グスターブ、ミュリアムがお馴染みの16番室に集まって、事前ミーティングの様な物を行っていた。
メンバーの選定は、元ジオンと元連邦が半々と言う形で決めている為、この人員で固定されている。ぶっちゃけると、面倒が無ければ誰でも良い事になっていたが、生真面目な連中が結局は請け負うと言う形で今に至っているのだ。
「結局、カールは降ろさなかったのか」
暫くの談笑と、それぞれの細かな報告の後、ハッサスがグスターブに訪ねてきた。遠回しにカールを扱っているのは、ジェミニボックスのスポンサーがRS社である事と、ハッサス自身が名目上はエゥーゴ所属である事とも関係している。
それ故、ある意味で部外者のグスターブに動いてもらう方が、何かと言い訳が立つとの判断だった。
「ああ、本人の意思に任せる事にしたんだが、そうなったらしい」
「無理にでも、降ろすべきだったんじゃないのか」
ハッサスの意見を聞いた後、暫くしてからグスターブがそれに答えた。
「カールの奴に言われて気が付いたんだが、アイツもアナハイムの手の内とは考えられないか?」
その言葉にハッサスはやや肩を落とし、イドは背筋を伸ばしてグスターブをやはり眼光鋭く見た。ミュリアムは、表情を変えない。
「確かに…一連の事を考えれば、ありえない話ではない。 しかし、巻き込まれたのはカールか? それとも、我々か?」
それにはグスターブは即答しなかった。実際、どこまで何者が関わっているのか、現状では想像の域を出ないからでもある。
一つ言える事は、カールが来た当たりから、何かが動き始めた様な気もするという事だ。
カールが全て知ってやって来ている可能性も考えたが、ここに来ての行動を見る限り、それは無いだろう。
例えそうだとしたら、カールは相当な役者と言う事になる。何せ、癖の強いジェミニボックスの連中を出し抜いているのだから。
そうであると言うなら、グスターブ達に打てる手はない。彼の手の中で、死ぬまで踊らされるだけだ。しかし、カールの誠実さに嘘はないだろう。
そうした面から考えても、その様な事はないはずだ。だとしたら、偶然に過ぎないのかも知れない。グスターブは、あるオカルト的な話を思い出す。
MSの中には、自分で搭乗者を選ぶ物があると言う。例え遠くに離れていたとしても、必ず巡り合う事になるのだとか。
単なる偶然と笑い飛ばす事もできるが、それまでウダツの上がらなかったパイロットや平凡に過ぎない者が、そのMSに出会った事で運命を変えた瞬間を彼も少なからず見てきたので一概に否定はできない。それが良いか、悪いかは別として。
例のガンダムのパイロットは、その最たる例とも言えるかも知れない。
そして、カールとゼーラス・ヤークトも、出会うべくして出会った可能性があった。ゼーラス・ヤークトは、陰謀を成就させる餌の可能性もあるが、それだけにカールという存在は、何者かの企みを打破するこちらの切り札となる可能性もある。
「例のモルドの奴にカマをかけて見たんだが、カールの事は知らない様だったな。 まあ、あっちも唯の紐に過ぎないだろうから、重要な事は知らない可能性もあるが」
「それで?」
ハッサスがグスターブに続きを促させる。
「今の状態だと、カールを帰してもタダで済むとは限らん。 …これは、俺の勘に過ぎないが、アイツは…カールは、ここで帰しても何らかの形で戦場に戻ってくる可能性がある」
「運命、と言う奴か」
イドが伏目がちに言った。命のやり取りをしている内に、彼は現実を見ようとする目とは別に、抗えない何かを常に感じる様にもなっていた。
アナハイムの暗躍と、揃えられる舞台に集結しつつある役者達。カールもその一人だとしたら、確かにグスターブの言う通りになってもおかしくはない。
皆、それぞれに思うところがあったのか、一様に黙り込んでしまった。
「問題は、カールを戦力として、今後も考えるかどうかだ」
沈黙の時間を破り、イドが話す。
「謀略云々は置いとくとしても、任務の性格上、必ず戦闘は起きる。 その際、彼を単なる客として大事に匿うのか、それとも任務中は一兵士として扱うのか。 半端なままで置いとけば、結果的に我々が彼を殺す事になる」
カールがテストパイロットとして優秀なのは誰もが認めるところだが、兵士ではない。
カールが最初の戦闘で敵を撃破できたのは、正に怖いものを知らない故の幸運に過ぎなかった。今後、そのままの状態で戦い続けていけば、その恐ろしさを知った時に限界が来るだろう。
生きて帰ってからなら問題は無いが、戦闘中にそうした状況になれば、確実にカールは死ぬ事になる。
実際、カールのセンスの良さはテストパイロットとして見た場合での話しであり、兵士としての才能という点で見れば、ジェミニボックスの誰もが無いと評価するだろう。
戦場には恐るべき相手はごまんと居るのだ。その狡猾さ、残忍さ、敵を倒すと言う絶対的なメンタリティー。それらを前にして比べた場合、カールのたかがテストパイロットと言う薄いバックボーンは、瞬く間にメッキが剥がれ落ちる。
その前に彼の立ち位置をハッキリさせて扱わなければ、思わぬ形で死ぬことにもなりかねない。
初戦で生き残った事と敵を撃破できた幸運を、自分の力と見誤る状況ができているだけに、カールは己を省みる事ができない可能性が高くなっているからだ。
ゼーラス・ヤークトを操ると言う力を持っているカールは、ある意味で諸刃の剣を手に入れた存在でもある。
今までであったなら。任務が監視に過ぎず、アナハイムの暗躍に巻き込まれていないままであったなら、確かに後方支援程度でハッタリの要員としても使えただろう。
しかし、現にカールは力が使える事を、自ら証明してしまった。
どこでどう、彼の事が伝わるのかは分からないが、陰謀を巡らす連中がもし居たとして、カールを高く評価した場合、それ相応の戦力をぶつけてくる可能性も考えられる。
いや、ゼーラス・ヤークトと言う存在が既にある以上、相手もそれに見合う戦力を用意していると見るべきだろう。
ゼーラス・ヤークトは、既に場にカードとして切られているのだ。誰かが必ず動かすと言う状況になる可能性が用意されていると言って良い。
そして、そのプレイヤーは、必然的にカールとなるだろう。
そうなったら、今の弱い精神状態では、今後は彼自身が危うくなってくる。
そうなる前に兵士として鍛え上げるのか、それとも一般人として完全に別扱いにするのか、選択が迫られているのだ。
イドの話には、そうした意味も含まれていたが、何れを選択するにしても、ジェミニボックスでの彼の扱いは厳しい物となる。
ここからは結果的に人を殺すのではなく、自分の意思を持って敵を倒し、人を殺す覚悟が必要となってくるからだ。
もちろん、それを拒否して自分の生死を他人に預けると言う選択肢もあるが、力を手に入れた以上、その垣根をカールは迂闊にも飛び越えようとする事もあるだろう。
その先に直面するかもしれない悲惨な状況など、今の彼には理解できない故に戦いを簡単に考え過ぎているのだ。
そうさせない様にするには、カールを軟禁状態に置くと言う事も考えなければならない。
何れにしろ、カールの扱いを一つ間違えれば、それはジェミニボックス全員の死に直結しかねなかった。