ZガンダムAWS   作:ST郎

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18.帰還1

 

 オイルの匂いと、耳障りな鉄を打ち付ける音。

 コクピット内に居ればある程度遮断されるはずのそれらを、カールの感覚は情報として勝手に五感で再現させる。

 だが、以前と違っているのは、それらの情報には何故か強く焦げた匂いが追加されていた事だろう。

 焦げた匂い。それは熱せられた砲身であったかも知れないし、推進機から漂う燃焼剤のニオイだったかも知れない。

 しかし、ここは戦場ではなかった。

 

 あれから六ヶ月が過ぎようとしている。

 ジェミニボックスを無事降りたカールは、再びRS社に戻されて変わりない日々を過ごしていた。

 変わった事があったとしたら、彼はテストパイロットから転属となり、今はただの作業員の一人として各種の業務に勤しんでいた事だろう。

 目まぐるしい毎日は、やがて彼が戦った日々をまるで幻の様に思わせる事なり、何時の間にか意識せずとも忘れそうにすらなっていた。

 いや、或いはカール自身が忘れようともしていたのかも知れない。

 実際、グスターブからは忘れる様にも言われていた。

 

「お前には一切負うべき責任はない…」

 カールは、グスターブが言った最後の言葉を呟いてみた。

 そして、同時に思い出す。

 その時のグスターブの寂しそうな目と、複雑そうな顔を。

 彼の本心は、もしかしたら残って欲しかったのだとカールは勝手に思っている。

 

 カールも残る理由を何とか探そうとしたが、結局は無駄だった。

 ハッサスからは半ば強制的に出て行く事を命じられ、会社の方からも戻る様に連絡が来たからだ。

 特に、彼が居る理由の一つとなるはずだったゼーラス・ヤークトを降ろされては、為す術もない。

 更に付け加えるのであれば、ゼーラス・ヤークトがRS社に戻されるのであれば、何か手を打つ方法も理由もあったかも知れないのだが、アナハイムが引き取るとなればお手上げである。

 ある意味で諦めに近い状況に陥った為、カールは気持ちを切り替えようと必死にもなっていた。

 

 現在のカールは、単なるプチMS操縦手であり、扱いとしては今も平社員に過ぎなかったのだが、給料は驚く程もらう様になっていた。

 その変わりに、会社からは書類にサインさせられ、厳重な守秘義務が結ばされてもいる。

 要は口止め料も含むと言う事なのだろう。

 それに対してカールは特に不満はない。

 あれ程望んだ帰還と、平穏無事な日々。これ以上、何を望むと言うのか。

 しかし、文字通りに生死を共に潜り抜けた仲間達の事だけは、忘れようとしても忘れる事はできなかった。

 

 メカニックのザッド・バナドとロッソ・タウワ。

 ザッドとは最初の頃こそ最悪な出会いであったが、メカニックとしての腕は一流であり、今になって教わった事がカールの血肉となって一番根付いていたと言える。

 それはロッソも同様だ。

 

 艦長のハッサス・バートンと副官とも言えるイド・ノーガル。

 どこまでもぶっきら棒で冷淡な対応をされていたが、その実、一番大人として接してくれたのはこの二人だったろう。

 お陰で、カールは思慮深さを多少は持ったかも知れない。

 少なくとも、若さを言い訳にした無礼さには気をつける様になっていた。

 

 グルードとグスターブは、パイロットとして限られた時間で戦う術を教えてくれた。

 彼らが居なければ、恐らくカールは無事に生きて帰ってこれ無かっただろう。

 そして、ミュリアムである。

 

 ジェミニボックスから降りる日、遂に彼女と出会う事はなかった。

 MSとパイロットの補充に駆り出されたと言う話しだったが、何となくカールは彼女らしいとも思った。

 ジェミニボックスは曲がりなりにも軍艦であり、そこに乗る兵士は戦う為に働かなければならない。

 中途半端な存在であったカールでは、やはりずっと居られる場所では無かったのだ。

 それでも、ミュリアムが何時の間にかカールの精神的な支えになっていたのは良く分かる。

 彼女が居なければ、カールはこうも強く居られなかったかも知れない。

 それは、ジェミニボックスから降りた後もそうだと言える。

 戦いの日々こそ忘れようとする事はできたが、戦いの中で出会った人々の事を、彼らの無事を願わない事は無かった。

 それを胸に秘めながら、カールは仕事に没頭する。

 戦場と言う特殊な環境下に身を置いたせいか、カールは自分でも感覚が変わったと感じていた。

 

 単に作業手順に沿って動くのではなく、あらゆる事態に対処しようと周囲を無意識に読み取り、来る状況へと対応する様に動く。

 彼は忘れたとは言いながらも、プチMSに乗っている間はずっと己の敷いた戦場を漂っている状態にあったと言える。

 それが更に彼の操縦技術を磨かせると共に、周囲への評価へとも繋がって行くのだが、同時に特殊な人間、近寄りがたい空気をまとっているとも思われる様になっていたのだが、本人がそれに気が付く事は無かった。

 もしかしたら、自身も意識しない程に周囲に無関心だったのかも知れない。

 

 その日、カールはとある一室へと呼び出されていた。

 そこは何の変哲も無い会議室ではあるが、それなりのテーブルと椅子が用意されている。

 作業場の会議室を普段から利用しているカールからしたら、ワンランク上の設備を持っているとも見る事ができた。

 ただ、ジェミニボックスの16番室を思い出すと、見てくれだけの場所の様にも思えてならない。

 むしろ、機能性だけに削ぎ落とされた作業場の会議室の方が、よっぽど立派だ等とも思ったが、そこで自分の感覚もどうかしていると改めて思うのだった。

 

 呼ばれて出向けば、社内報でしか見た事の無かった部長職の人間と、これまた知らない人間が彼を出迎えた。しかも、部長の方は直ぐに退室する。

 

「では、私はこれで」

 そう言って部長は足早に去って行く。その態度を見ると、まるで関わりたく無いとでも言う様な空気が読み取れる。何となくだが、カールは社内のお偉方には避けられている様な感じもしていたので、その態度は珍しくもない。

 ただし、部長の態度には違和感の様な物も感じたが、理由は直ぐに分かった。

 目の前の人物に原因があったのだ。

 

「初めまして…かな。 カール・ヒノくん。 私の名はモルド・サブル。 一応、アナハイムの人間だ」

「はあ…」

 促されるままにカールは差し出された手と握手する。

 今更アナハイムの人間が何の用だと言うのか。

 

 まあ予想は付く。

 恐らくゼーラスに関する事だろう。

 だが、データに関しては全て提出済みの上に、それに関する聞き取りなども済んでいた。

 特に細かい部分に関しては、むしろRS社の専門部門の方がよっぽど詳しいはずである。

 更に言えば、ゼーラスに関する事は社内でも極秘…と言うよりは、もはや腫れ物扱いでもあった為、専門とされる部署でさえも話すのを嫌がっている有様だ。

 部長が逃げたがった理由もここにあるのだろう。

 

 時間が経ちすぎた今では、カールもゼーラスについては記憶が曖昧に成りつつあったので、今になって何を聞かれたとしても専門部署以上に語れる自信はない。

 特に細かな数値データに関しては膨大であり、カールもいちいち覚えている訳ではない。

 その旨をカールは相手が喋り出す前に淡々と話した。

 この辺は、自分でもハッサスやイドを意識していたかも知れない。

 

 一通り話し終えてから相手を見ると、向こうは腕組みをして目を瞑ったままで静かに聞いていた。

(何だ、コイツ?)

 相手の態度を見るに、どうやらカールの予想した対応を求めていない様な気がした。

 そして、それは当たっていたと言える。

 

「ふふ。 カールくんは、随分とジェミニボックスの連中に感化されていると見えるな。 今の喋り方、まるでハッサス艦長…いや、イド・ノーガルでも相手にしている様だったよ」

 それを聞いて、カールはドキリとする。この男、ただのアナハイムの社員じゃない。少なくとも、ジェミニボックスの人間の事を知っている。

 最後に関わった任務にアナハイムが絡んでいると言う事を噂程度には聞いていたカールは、途端にこの男に不信感を抱くと、久しく忘れていた戦地での状態が覚醒して、知らずに尖った感覚を起こしていた。

 

「おっと、そんなに警戒しないで欲しい。 確かに色々な面で動いてはいるが、別に君を調べに来た訳じゃないんだ。 ただ、協力して欲しくてね」

「協力? 何を、ですか」

「再びジェミニボックスに乗って欲しい。 いや、より正確には、ゼーラスJ型に乗って欲しいと言ったところかな」

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