書類が挟まったバインダーを片手に、ミュリアムはジェミニボックスの搬入口で暇を持て余していた。
とあるスペースコロニーの宇宙ドッグに居る為、今は無重力状態でもある。
それによって、ヘルメットを被っていない彼女の髪は乱れ放題だったのだが、特に気にする素振りも見せない。
今までショートヘアーを保っていたのに、彼女は最近は伸ばしたままにしていた。理由としては切る時間が無いとしてもいたが、自分自身にも理由は誤魔化している可能性があった。
バインダーで仰ぐ仕草をする度に彼女の髪は揺れ、それによって更に乱れていったが、成すがままにする。
髪を整えた所で、相手が来るとは限らなかったからだ。
本来なら来ているはずの時間になっても、予定していたMSとパイロットが現れない。
普通なら怒っても良い出来事だが、今となってはこれが日常茶飯事ともなっていた為、ミュリアムもすっかり当たり前の事だとして慣れてしまっていた。
と言うのも、下手をしたら1日じゅう待っても来ない可能性もあったし、逆に予定時間を大幅に超えてやってくる可能性さえあったからだ。
この搬入業務自体、本当であればミュリアムの仕事ではない。
しかし人手が足りない現状、パイロットとしてやれる事が限られていた彼女は、率先して仕事を請け負う形をとっており、それでこうして居るのである。
リストに改めて目を落とすと、そこにはnameと書かれた欄には"エゥーゴ"、 搬入物を記入する所には"MS-3"、"パイロット-1"、"その他人員-1"とだけ簡潔に書かれてあった。
以前ならもっと多くの情報が記入されていただけに、それだけで現在のジェミニボックスの現状を突き付けられている様な気がして、彼女は溜め息をつく。
サイド1での一件以来、ジェミニボックスの扱いは更に厳しいものとなっている。
何故か、スポンサーであるRS社が更に支援を出し渋る様になっており、予定されていたMSと人員の補充すらままならなくなっていた。
それどころか、修理の為に預けたMSさえ、そのまま帰って来る事がなかった。
ゼーラス・ヤークトは使い手が既に居ない為に良いとしても、通常型のゼーラスさえ戻ってこないとは、全くの予定外である。
もっとも、パイロットの数も増えていない為、MSだけ戻ってきても同じではあるが、予備のパーツさえ滞り始めている為、ジェミニボックスの作戦能力は深刻な状態にあると言っていい。
ただ、その理由は、今まさに手にしているリストによって示されているとも言えるだろう。
物品などを納入する相手の名称を書き入れるnameの欄には、ここ最近は会社名ではなくエゥーゴと言う名称のみが記入される様になっていた。
正式ではないにしろ、ジェミニボックスはすっかりエゥーゴ所属と言う扱いになっているらしく、それによってRS社はティターンズに睨まれない様に表面上は無関係を装うとしているらしい。
或いは、ティターンズ側から本当に睨まれてしまった為、完全に萎縮してしまったか。
どちらにしろ、ジェミニボックスのスポンサーはエゥーゴと言う、今まで直接的な繋がりの無い相手となってしまい、更にはミュリアムも良く分からない、企業のメンツやら派閥やらの関係で補給が上手く行かなくなっているらしかった。
まあ、言ってしまえばエゥーゴと言う、ジェミニボックスにとっては曖昧な存在が首輪としてぞんざいに付けられ、首輪をされた側も頼れるか分からないのに当てにしていると言うのが現状らしいのだ。
しかもジェミニボックスは活動自体は続けさせられている為、消耗に対して補給が追いつかない状態ともなっている。
と言っても、作戦能力が完全に低下した今となっては偵察任務等がせいぜいであり、ハッキリしていないスポンサーの方も特に戦力としては期待していないらしので、余計に扱いが雑になっているのかもしれない。
その証拠が、この搬入リストの雑な表示と、予定が何時も未定な部分に見て取る事ができる。
エゥーゴと言う名称も、恐らく都合良く使われているだけの飾りの可能性が高い。
RS社が今も動いているかは分からないが、一応は予定として立てる際に、便利な隠れ蓑位に書き込まれているだけなのかも知れないし、或いは本当に支援しようとしているどこかの企業が、参入する機会を狙って書き込ませているのかも知れない。
何せ、書き込むならタダでできるのだから。
何れにしろ、ミュリアムが持っているリストに書かれたエゥーゴと言う取引相手は、自分らの都合に合えば提供してくる程度の連中でしか無いのだ。
少なくとも、ここ最近携わっているミュリアムにとっては、そうであった。
サイド1での戦いは、ジェミニボックスの弱点を完全に晒しただけの結果となった。
十分な装備を持っていなかったジェミニボックスは、それを備えた相手に対しては脆弱であったのである。
MSの性能とパイロットの質は互角だったかも知れないが、支援体制と言う見えない部分では圧倒的に劣っていた。
MSの優劣は性能だけでは決まらない。
もっとも左右するのは訓練した時間にあるとも言える。
特にMSは他の兵器と違って、個々の機体が専任と言えるパイロットと上手くマッチングするかが重要ともされていた。
それには十分な訓練が必要となってくるのだが、当然、そこには消耗品や日々のメンテナンスを過不足無く行えるかどうかとの調整が必要となってくる。
ジェミニボックスにはそれが無かった。
その証拠がMSの数と、それなりに腕の立つパイロットを、手っ取り早く送り込むと言う手法にあると言える。
訓練回数をできる限り減らして消耗品の補給を減らすのは、スポンサーとしては確かにコスパとしては最高であったのだろう。
だが、戦力として使い物になるかと聞かれたら、兵士としての立場からすると圧倒的に不利と言わざる得なかった。
事実、サイド1で遭遇した敵は、万全さに裏打ちされた備えをしていたらしく、それが見えない差ともなっていたとも言える。
MSを貴重品として扱うこちら側に対し、敵は消耗など微塵も気にかける事無く体当りしてきたり、酷使するかの様な戦い方を見せてもいた。
即ち、どんなに乱暴に扱ったとしても、それを補えるだけの十分な補給品を持っているし受けられる体制があったのだ。
その様な状態にあるのだから、当然ながら訓練時間も圧倒的だったのだろう。
MSの性能は確かにゼーラスの方が僅かに上回っていたはずだが、そのアドバンテージすら全く感じられ無い程に敵は機体を使い熟していた。
ジェミニボックスの連中が生き残れたのは、瞬間的な戦闘力が単に優れていただけに過ぎず、本物の力の前には結局跳ね返されただけである。
後に知ったツインチューブとか言う母艦に引き連れられた敵に圧勝できたのは、直ぐそこに補給船が来ていた為、消耗を気にする必要が無いと言う面もあったはずだ。
それでもパイロットを失ってはいたので、やはり普段の訓練量は足りないのである。
そうした面を無視して勝利できる者が居るとしたら、それこそニュータイプなのだろう。
と、唐突に搬入を知らせるブザーが鳴り響く。
それによってハッとしたミュリアムは、一瞬だけ時計を見て時間を確認してみた。予定時間より30分ほど遅れていたが、昨今の状況からするとこれでも早い方だった為、内心は驚いてもいた。
「珍しい…」
意識せずにミュリアムは呟いていた。
搬入されたコンテナは三基。これまた珍しい事だった。ここ最近は入ってくれば良い方であり、予定数など揃った事など無かったからだ。
だが、コンテナを確認してミュリアムは顔をしかめる。
コンテナの真ん中に何かしら消されたマークの痕跡があるのだが、その一部からアナハイムと推測できたからだ。
ミュリアム自身は特にアナハイムに思うところは無いのだが、連中が絡んでくるのは何かが起こる前触れと言うのが経験上あった為、自然と身が強ばる。
コンテナの方は運んできたスタッフらしき連中が手際良く運ぶ為、特にコチラ側ではする事もなかった。
何せ、既に入れる為の準備だけは終えていたのだから、後は相手に任せるだけで良いのだ。
その搬入作業をしている連中の手際は本当に良かった。それだけを見ていても、連中がアナハイムである事は間違い無いのかも知れない。
またぞろ、変な物と任務を運んできていなければ良いのだが…。
そう思っていたところ、ミュリアムはパイロットスーツをヘルメットまで全着用した者が一人、こちらに近づいて来るのに気が付いた。
「パイロット一人、確認。 今日は時間以外は予定通りか」
リストにチェックを入れつつ、ペンで唇付近を抑えると、ミュリアムは僅かに目を瞑る。
パイロットの補充は今まで無かった訳ではない。しかし、大抵の場合、何かしらの理由で直ぐに船を降りる者が多かった為、予定通りに来たからと言って喜べる訳ではなかった。
金の問題、実際に見た設備の問題。
色々な事があって、来た連中は直ぐに帰ってしまうのだ。
普通に考えれば、こんな襤褸船の、半壊した部隊で働こうという気にはなれないだろう。
ある意味、ここに集っているミュリアム達自体が特殊であるとも言えるのだ。
溜息をついてからミュリアムが顔を上げると、パイロットがコチラへと真っ直ぐに向かってくるのが見えた。
まさか自分のところに向かってくるとは思えず、ミュリアムは思わず後ろを振り向いたが誰も居ない。その間にもパイロットらしき相手はどんどんと近づいて来るので、ミュリアムは軽く床を蹴って距離を取ろうとしたが、相手は更に加速して一気に距離を縮めてくると、遂にミュリアムの両肩を掴んでしまう。
「ちょ、何? やめてよね」
身を竦めるミュリアム。バイザーは遮光状態になっているので顔が見えず、余計に彼女を怯えさせたが、直後に開いたバイザーの中に見えた顔を見て思わず叫んでいた。
「カ、カール!?」
「久しぶりだね。 ミュリアム」
「何で、アンタがここに居るのよ」
少し怒った調子で返事するミュリアムに、カールはフフッと笑った。
何時もの横顔を見る事ができて、何だか嬉しいとも思ったからだ。
「何? 何笑ってんのよ。 笑い事じゃないわよ。 ここに戻る事が、どう言う事なのか分かってるの?」
怒りながらもミュリアムは乱れた髪を撫で付けて整える。
その仕草を見てカールは、ああやっぱり女の子なんだと、妙な感心を持った。
と言うか、数ヶ月も見ない間に随分と"女の子らしく"なっていた事にも驚く。
「分かってるよ。 次が最後の任務でジェミニボックスが解体するって事も。 パイロットが不足しているって事も」
「ちょっと…何でアンタがそんな事…」
そこまで言ってからミュリアムはハッとしてコンテナの消されたマークを見る。なる程、やはりアナハイム絡みかと納得した。
「アンタ、何時からアナハイムの回し者になったわけ?」
「回し者って…僕はジェミニボックスが困っているって聞いたから来る事にしたんだ」
「別に困ってないわよ!」
そう言ってミュリアムはそっぽを向いてしまったが、その顔は少しだけ笑っていた。
その後ろ姿を見ながら、カールはここは何も変わっていないと思うと共に、帰ってきたんだと実感する。
「恋人との再開を邪魔して悪いが、カールくん、ちょっと良いか?」
「誰が恋人よ!…コイツ、誰?」
「えっと、アナハイムの人でモルド・サブルさんだ」
言われてじっと睨んだミュリアムだったが、直ぐに思いついた様な顔をした。
「ああ、補給で来てたアナハイムだかエゥーゴだか分からないって人ね」
「!」
モルドは少し驚く。
ミュリアムの事は、彼自身は書類上で頭の片隅に置いていた程度であり、直接会った事はなかったと思っていたのだが、彼女の方はどこかで見かけていて、しかも覚えていたらしい事にびっくりしたのだ。
もっとも、あの時のミュリアムはずっと髪が短くて今と全然印象が違う為、中年特有の若い娘の見分けがつかないと言う、世間一般的な能力を持っていたモルドでは、どの道覚えていなかっただろう。
「何だ、知ってたのか」
「え!? うーん…見かけたって程度だけどね」
そう言ってミュリアムは口籠る。彼女が覚えていたと言う裏には、実際にはハッサスらが不満を漏らしていた時の事も関係しているので、余り突かれるとボロが出そうだったからだ。
「私も驚いたよ。 こっちとしては君を見かけた覚えがなかったからな」
「ま、まあ、お互い、あの時はバタバタしていたしね。 それより、カールに用何でしょ?」
「ああ、えっと…カールくん、艦長たちの所へ一緒に来てくれ。 ミュリアムくん、艦長たちは?」
「例の場所に居るわ。 カール?」
「ああ、あそこね。 分かった。 こっちです」
そう言ってカールは床を蹴って移動すると、それをモルドが追う。途中、カールは振り返って「また後で」とミュリアムに声をかけたが、彼女は体ごと背いて無視をしたつもりだが、自分でも顔が綻ぶ事に焦る。
「ちょ、ちょっと、そこでコンテナの梱包を解かないで!」
照れ隠しも含めて、ミュリアムは搬入作業へとワザと集中する事にした。