「カール・ヒノ、入ります」
そう言ってから、カールは例の16番室の扉を開く。
中では相変わらずふてぶてしい態度のハッサスと、こちらをジロリと睨むイドが居た。
もう少し驚くかと思っていたが、やはりこの二人だとこんな物なのだろう。
しかし、モルドが入ってくると、イドの眼光が鋭さを増したのをカールは見逃さなかった。
「お久しぶりです」
モルドが挨拶しても、二人は何も返さない。それどころか、ハッサスは伸びをすると不機嫌そうな顔をした。
「どう言う事だ? 何も聞いていないんだが」
不機嫌そのままに、ハッサスがモルドに返す。
「まあ、私の独断ですので」
「独断? ほう…」
それを聞いて、ハッサスの顔がやや緩んだ。
そう、今回の事は、ある意味でモルド・サブルが勝手にやっていた事だった。
エゥーゴが本格的に活動して以降、アナハイムは綱渡り的に支援を開始し始めた。
そのパイプ役の一人としてモルドも動く事になったのだが、一方でジェミニボックスへの支援は全く考慮されず、それがずっと彼の中で気がかりとなる。
少なからず関わった1人として何とかしてやりたいと言う気持ちはあったが、エゥーゴの正規部隊とも言えるアーガマへの支援も実質的に手一杯であり、更には民間人を引き入れると言う事態にあっては、様々な方面への働きかけも必要となって奔走した結果、モルド自身もジェミニボックスを省みる余裕など無かったのだ。
どっちにしろ、向こうはスポンサーが違ってもいる為、何とかなっているだろうとも考えていた。
ところが、一段落してから調べてみると更に悲惨な状態となっており、しかも支援組織として今も活動させられていると言う事実を知ってから、何とかしようと彼なりに空いた時間を使ってどうにか準備をしてきたのだ。
とは言え、今ではアナハイムの一社員と言う立場にある関係上、やれる事にはどうしても限界があった。
特に人員の確保は絶望的であり、結果として二流、三流を引っ張り込むのがやっとで、パイロットに至っては結局接触すら出来ずじまいとなる。
よく考えれば、これは当たり前だろう。
戦う意思がある者は最初からエゥーゴに入っているだろうし、意思の強い兵ならば所属している組織に留まるか戻るはずなのだ。それが、ティターンズであれ、ジオンであれだ。
その中でようやく見つけた…と言うか、ダメ元で引っ張ってきたのがカール・ヒノである。
ジェミニボックスへの支援条件の一つとして、モルド直属の上司からはゼーラスの完全処分が上げられてもいた。しかも、ただの処分ではない。戦闘による消失を義務付けられた。
一瞬、ジェミニボックスを消せと言う意味かとも思ったが、実際には部隊の解体を現場で行うと言う事らしくて安心する。
ただ、これらを聞いた時、モルドはRS社がジェミニボックスに支援を渋る理由が、何となく分かった気がした。
連中は、恐らく日和ったのだろう。
ジェミニボックスの一方的な敗北がキッカケだったかは分からないが、少なくともその辺りを境としてRS社は支援体制を縮小している。
まあ、この辺の事情はエゥーゴやアナハイムにも非がないわけではない。
支援していた傭兵部隊の働きに対し、作戦失敗の判定を一方的に出したのだから、RS社としては堪った物では無かったであろう。
確かに得る物無く損害だけを出したのは確かだが、それとて運も絡んでいたと言う部分もある…と思いたいが、アナハイム側が仕組んだ事も否定できないので、余計にモルドはジェミニボックスの連中が気の毒に思えたのだ。
そうした経緯もあってか、RS社はティターンズとの交渉に余地を残そうとも思ったのだろう。
以降、ジェミニボックスとの関係どころか、エゥーゴやアナハイムとの連携もないがしろにし始めたのだ。
恐らくだが、最初の頃は駄々をこねる程度で嫌がらせをしていたつもりかも知れないが、その後の情勢を見て本格的にRS社は考える様になったのかも知れない。
実際、六ヶ月間の動向を振り返ると、エゥーゴは必ずしも上手く行っているとは言えなかった。
幾つかの作戦において目的を達成したとは言い難く、更にはアクシズとの交渉にも失敗している。
それによって生まれた隙きをティターンズには突かれ、逆に同盟の様な物まで結ばれてしまっている始末だ。
更に忘れては行けないのは、ジュピトリスと言う新たな勢力がティターンズには合流しており、単純な力関係で見ればエゥーゴはかなり不利であるとも言える。
そして、ここに来てのブレックス准将の暗殺である。
現状だけを見ればエゥーゴには何一つ好材料は無い。
ただ、それでもRS社が今もティターンズに近づかないのは、色々と理由があるからだ。
一つは、Zガンダムと言うMSの存在である。
そのMSについては最高機密の為に詳細は今も伏せられてはいるのだが、一応はエゥーゴとのパイプを何かしら持つRS社もそれなりに情報を手に入れていたらしく、その存在には注視していたらしい。
結果、エゥーゴのポテンシャルと言うのを無視できる物ではないとも考えていた様で、なかなか決断できない材料の一つとなっていたらしいのだ。
実際、幾つかの戦局で持ちこたえたMSとしてモルドも話だけは聞いていたし、それによってエゥーゴ自体の士気は高いとも聞いている。
そもそも、RS社が開発したMSもZ計画からデータを引っ張って作った事を考えれば、その完成形とも言えるMSの実力に関しては、彼ら自身が良く分かっていたのかも知れない。
更には、そのZガンダムのパイロットがニュータイプらしい事も聞き及んでおり、正に一年戦争の焼き直しになる可能性は十分にあるとも見たのだろう。
ただ、RS社が特に問題視としていたのが、これまで行ってきた事の精算をどうするかであり、それがゼーラスと言うMSの処分と言う分けだ。
アナハイムに対してしきりに返せとか、処分しろとかの連絡が来ている様だが、逆に弱みと見たアナハイムは無視している。
とは言え、これはアナハイム側も爆弾を抱えている様な物であり、RS社が形振り構わずティターンズにこの事を話せば、向こうは喜々としてアナハイムに制裁を加えてくるだろう。
故に、アナハイムでもゼーラスの扱いには困っていたのだ。
単純に処分すると言っても、MSはそれすらも高額となる。秘密裏に行うとなれば尚更であり、自社製ですら無いMSにそこまで金をかける理由など全く無い。
逆にRS社にそのまま送り返すと、連中の手綱を完全に手放してしまう上に、ある意味で損ばかりを被る事にもなる。特に実機を伴ったデータ等をティターンズに渡されるのは避けねばならない。
それなら宇宙に放り出せと考える者も居るが、既にゼーラスはティターンズ、或いは連邦のデータベースに登録されている可能性が高く、万が一回収されて調べられる様な事があれば不味いし、ティターンズは案外鋭い組織でもある。
まず間違いなく、こちらの動向を探る手立てを取っているはずなので、不審な形でMSを処分するのを黙って見過ごすと考えるのは甘いだろう。
そこで考えられたのが現場での処分と言う方法だ。
戦闘中だろうが戦闘後だろうが、宇宙空間で派手に爆発させて消失させるのはコストが安く済むので、アナハイムにとっては都合が良い。
しかも、その組織はエゥーゴと何ら関係がある事は間違いがないので、後から何かしら調べられた所で、アナハイムとしては知らぬ存ぜぬを通しやすくもなる。
特に、MSが戦闘中に消失するのは当然としても、戦闘後であっても"何かの不具合があった"で爆破処分するのも容易となるのだ。
ただ、それをやるにしても今度は別の問題がある。
ゼーラスを戦力として整備するには、どうしてもRS社の協力が必要なのだ。
アナハイムの都合としては捨てるも同然なのでどうでも良いだろうが、それを使うジェミニボックスの連中はそうは行かない。
内部部品の幾つかはアナハイムからも持ち出す事はできるが、殆どのパーツはRS社に納品されてしまっているので、まともに動かす為にはそこから取ってくるしか無いのだ。
そこでモルドが動いたのである。
彼がエゥーゴからアナハイムへと異動となったのは、ただの偶然ではない。その能力を買われての事でもある。
その能力を存分に発揮して、モルドはRS社を派手に脅した。
名目上、既にエゥーゴの看板は背負っていないはずだったが、それすらも利用し、あの手この手でRS関係者を陥落させる。
ただ、脅すだけでは当然連中も動かなかっただろう。
モルドは抜け目なく飴もちゃんと用意していた。
ゼーラスの処分を秘密裏に責任を持って請け負った上で、更には連邦軍MS部品提供事業への話を用意したのだ。
どっちの組織もある意味で日和見を決め込んだ似た者同士である為か、都合良く話は進む事にもなった。
RS社にしてみれば、どちらの勢力にも楯突かずにこれまでの業務を続投できるばかりか、場合によってはどっちにも取り入る事が可能なポジションを得られると思ったのだろう。
連邦にしてもアナハイムやエゥーゴ、それどころかティターンズを煙たく思っている連中は多く、そこから少しでも離れた企業を使える事は歓迎したのだ。
こうして問題であったMSの予備パーツの取得と整備を一気に行えたモルドであったが、どうしてもパイロットの調達だけはできなかった。
居る事には居るのだが、どれも問題がある上に、予算的にも折り合いが付き難い連中ばかりで困る事となる。
そんな中、RS社との交渉中にふと思い出す。そう言えば、カール・ヒノが居たと。
ダメ元でRS社に聞いてみると、特に問題なく引っ張って行く事に許可が降りた。まあ、話を聞いている内に、どうやらカール・ヒノもRS社にとっては今やお荷物と成りつつあったらしい。
そこで本人に直接あって交渉をして見る事にした。
ある意味で素人でありパイロットとしてもどうかと思ったが、ここに来て、モルドは別の問題がある事に今更ながら気が付いたのである。
ゼーラスJ型は、彼専用と言って良い機体であり、このままジェミニボックスに持ち込んでもガラクタ同然となる恐れがあったのだ。
一応、建前としては本人の意思を尊重するとしたが、当然の様にモルドはジェミニボックスが置かれている現状や、今回の作戦が最後で解体されるなど、彼に意図的に動く方向へと傾ける材料を与えた。
すると、カール・ヒノは数日ほど考えさせて欲しいと言ったが、モルドは必ず来るとそこで確信し、そして連れて来る事に成功したのだ。
ただ、そこまでやっておいて自分でも思う。
目的と手段が何時の間にかズレている事に。
そこで、彼は更に自らジェミニボックスに乗り込むと言う、大きな決断をする事にした。
こうする事で、少なくとも補給に関してはある程度融通が利くはずである。
彼らの過酷かつ理不尽な扱いに、モルドは自らを生贄にしてでも手を貸すつもりでいたのだ。