約一ヶ月程の訓練の後、ジェミニボックスは予定作戦地点へと移動を開始した。
今回の目的は、地上におけるティターンズの新たな拠点、キリマンジャロ攻略を支援する事にある。
実際の攻略は地上組織のカラバが行い、これをエゥーゴが宇宙から牽制を入れる形で援護するらしい。
そして、ジェミニボックスはそのサイドから更なる支援に入る事になる。
と言っても重要地点の担当ではなく、万が一に備えての警戒と言った形で配置されるに過ぎない。
ただし、地球の重力圏に近い位置での作戦となるのは間違いがなく、下手をしたら引力に捕まって地球に落ちる可能性も十分にあり得る為、危険な任務に変わりはなかった。
特に、カールは降下作戦などシミュレーション以外ではやった事が無い。それ故に今までに無い程に緊張する。
その緊張を解すべく、彼はMSの整備を必要がないにも関わらずやっていた。
何度も繰り返したチェックは、当たり前の様に異常なしの判定を返し、全て問題が無い事をカールに伝える。
それを見てカールは溜め息を付くと、辺りを見回してみた。
そこにはカールらが運んできた追加分も合わせてゼーラスが5機並んでいたが、何時も見ていた姿とは様相が異なっていた。
何故なら、全機が追加装備を施されていたからだ。
ゼーラス用追加装備の開発にはカールも関わっていた。
ゼーラスが次期主力MS競争に不利との情報が流れた辺りから、それを挽回する意味で用意されていた物だ。
ただし、途中からコストの面で見合う装備では無いという事がわかり、結局は採用が見送られたはずの装備でもある。
しかし、それが5機分も用意されていた事にカールは驚いた。
カールの記憶が確かならば、試作品と予備を合わせても2機分しか無かったはずなのだ。
後の3機分はどうしたのかとも思ったが、後にモルドが調べた話によると、どうも先行量産と言う形で作られた物が既に3機分あったらしい。
開発中止となった時点でRS社が引き取る事となり、今回、それを全部放り込んできたと言う分けだ。
「ありがたいのか、不味いのか…」
カールは溜め息を付いた。次いでに言うと、装備品と一緒に入っていた書類の中には、ご丁寧にカールにクビを言い渡す紙切れも入っており、それを持って彼はRS社を目出度く退社となってもいる。
彼の溜め息は、それに対する物も多分に含まれていただろう。
ただ、悲壮感や焦りは無い。
むしろ、RS社を心のどこかで軽蔑していた自分がいたし、働いている内に何となく勢いを失っている空気の様な物も感じていたので、この会社自体が長く無いのではと言う思いもあった。
何より、彼自身もやる気が無くなりつつあり、丁度良かったのかも知れない。
カールはコクピットを出ると、改めて並んだゼーラス達を見てみる。
追加装備とは主に背部バインダーへの物であり、そこには専用のアームで二つの独立したシールドが両側に張り出す形で付けられていた。
そのシールドは、装備された状態で先端に当たる部分にビームライフル相当の火器を一門、下側には実体弾を2発備えており、それを二基も装備しているので単純な火力と防御力が上がっているとされている。
特に、これに装備されているビームは、エネルギーパックと本体ジェネレーターの直結の両方で使用が可能であり、威力的な増減と手持ち武器としても使えると言うフレキシブルな運用方法まで考慮されていると言う。
因みに、シールドはMSZ-006Xと言うアナハイムのプロトタイプMSから踏襲したとも言われており、鋭い三角形状をしていた。
これらが開発されていた当時、関係者はただのシールドを装備するだけで戦闘力が向上すると自画自賛していたのだが、後にただのシールドなのにコストがかかり過ぎると非難されてもいる。
また、これらシールドの取り付けは遠心力増加による操作特性の変化までもたらしていて、扱い難くなると言うデメリットも生み出していた。
ただし、これについては試作段階での話でもあり、ある意味で十分にデータが集まった今ではどうなっているかは分からない。
何より、腕の良いパイロットなら問題無いのではと言う見方もされていたので、ジェミニボックスに元から居たパイロット達なら大丈夫だろう。
一方で、カールは自分の乗機であるゼーラス・ヤークトを見上げてみる。
コッチには残念ながら追加装備はされていない。
元から数が限られている上に、更にバランスが変化したヤークトタイプでは、カールの腕も含めて厳しい装備であろう。
ただ、整備していた時に分かったのだが、ゼーラス・ヤークトの基本性能には変化が見られていた。
変わったと言っても重量が僅かに軽くなっている程度なので、特に動作関係に変化や異常は見られない。恐らくだが、何かの装備品を外したか、もしくは小型軽量な改良品と交換したか。
そのお陰なのか分からないが、気分的には逆にキビキビと動く様になったとさえ思える程だ。
実際、六ヶ月のブランクがあったはずなのに、カールは僅か一ヶ月でジェミニボックスのパイロット連中とも、互角に渡り合う所まで勘を取り戻してもいる。
そこには単純にMSの性能差の様な物が感じられたのだが、その中で一つ気が付いた事もあった。
以前の様に感覚が際限なく広がると言う事がなくなっており、操作への集中がし易くなっている事だ。むしろ、感覚は自分の操るMS側へと向けられている気さえする程であり、ヤークト自体の操作性が素直になっている様な感じさえする。
ただし、ミュリアムや他のパイロットには分からないらしく、相変わらず彼らにはじゃじゃ馬扱いされていた。
「そんな事ないよな…」
「誰に話してるの?」
ゼーラス・ヤークトに語りかけていた所に、上からミュリアムがひょっこりと顔を出した為、思わずカールは落っこちそうになる。と言っても無重力下なので、単にバランスを崩すだけで済んだが。
「ミュリアム、びっくりさせるなよ」
「うふふ」
こいつ、ワザとやったな。カールは心で毒づいた。
「だって、カールがいっちょ前に緊張してるもんだからさ。 からかい時だなって」
「何のからかい時ですか」
それを聞いてミュリアムは更に笑うと、そのまま自分の機体の方へと去っていった。
「全く…」
文句を言いながらもカールの顔には余裕が戻って来ていた。
「重要地点以外からの支援、それによる止め石か。 我々には妥当な任務だが…」
そう言ってハッサスはイドばりにギロリとモルドを見た。
それに対してモルドは両手を水平に開くと、「知らない」と言うジェスチャーを返す。
つまり、モルドを含めてアナハイムが関わっている可能性がチラホラと見えていた為、ジェミニボックスの誰もが警戒していたのだ。
「お前さん、自分で我々に支援を漕ぎ着けたと言ってたが、何処まで誰に頼ったかまでは把握していないって事か?」
「知りうる限りで裏は取れていますが、その範囲内では白ですよ。 ただし、腹黒い部分までは流石に」
それを聞いて、そこに居る全員が溜め息を付くと言う珍しい光景を見せた。
それにより、モルドは思わずキョロキョロと全員の顔を見回してしまう。
「カールは遂に追い返せなかったな」
後悔を滲ませる様な顔をしてハッサスが呟いた。
「面目ない」
それに対して返事をしたのはグルードだが、グスターブも同じ顔をして頷く。
結局、彼らは伝手を頼っても補充のパイロットを引っ張ってくる事ができなかった為、カールの扱いも曖昧にしてしまったのだ。
もしかしたら、初日でモルドが言い放った言葉にも拐かされたのかもしれない。
カールは彼らが思っていたよりもずっと強いと言う可能性に、知らず知らずの内に頼ろうとしていた部分も確かにある。
いや、カール・ヒノと言う男は成長著しく、それを見たいとも思ったのかも知れない。
実を言えば、一ヶ月の訓練でコテンパンにしてやれば双方ともに諦めが付くと思っていたのだが、結果は全くの逆となってしまった。
戦いを離れていたはずの男は、MSの操縦と言う点では更に洗練さを増し、経験を己の中に染み根付かせて兵士へと成長させていたのだ。
恐らくだが、無意識の中でずっと戦場の痕跡を拾い集め、それを再構築した中でも戦っていたのかも知れない。
しかも、その中には、恐らくモルドが話したジェミニボックスに来る前の物も含まれている可能性も高い。
もしかしたら、ハッサス達はカールの中で封印されていた何かを開けてしまった可能性もある。
そうした事情と自分たちの現状を見た時、ハッサス達は遂にカールを一人の兵士としてしか見れなくなっていた。
まだ補充の兵が居たら補欠扱いもできただろうが、パイロットすら不足している状態では頼らざる得ないのだ。
それについて、更に複雑そうな顔をしたのはグスターブであった。
ある意味、カールの成長は彼の望んだ事でもあったが、余裕の無い状況で頼れる存在として再び現れるとは思ってもいなかったと言える。
もはや、カールは後方に下がって支援が定位置のルーキーではない。
自分たちと同等の戦闘力を持っており、下手をしたらMSの性能も相まってグルードとさえタメを張れるポテンシャルすら備えていた。
だとしたら、戦力が不足している現状では否が応でも頼ってしまうだろう。
いや、混戦に陥った場合、臨機応変が求められる状況にあっては、もしかしたらカールは自ら前に出てくるはずだ。
もはや、グスターブらが押さえておける様な器ではなくなっていた。
だからこそ、作戦の内容に付いても慎重に成らざる得ない。
再び搬入されたゼーラス・ヤークトといい、何かまた厄介事が付いて回っている様にも思えたのだ。
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人の思いと言うのは、時に望まぬ事を強く意識し過ぎると逆に呼び込む事もあるのかも知れない。
ジェミニボックスの連中が強く懸念したからなのか、彼らにとっての最悪は着々とその元へとやって来つつあった。
ただし、そこには彼らが警戒対象としたアナハイムは存在しておらず、全く別の方向から生み出されてもいたと言える。
それを成した者の名は、グリタス・デンケ。
失敗作の烙印を押されたラフト・サイマーと、バウンド・ジグに今一度チャンスを与えようと画策した彼は、ティターンズとは別の組織に助力を乞うことにした。
その組織の名とはムラサメ研究所。
元々ラフトの再調整に協力してもらったのがムラサメ研究所であったが、それによって彼らにも得るものがあったらしく、グリタスが話をすると強く興味を持ってくれたのだ。
そもそもラフトは、連邦内の弱小組織に所属していた。
その組織は名前すら与えられない日陰の部署であり、資金も含めて非常に苦しく、下手をしたらその存続さえ危ぶまれる所である。
だが、ティターンズの台頭を逆に好機と見た彼らは、形振り構わず近づいて利権を得ようとしたのだ。
しかし、当時の状態で提供できる素材は不十分でもあり、そこで彼らが協力を仰いだのがムラサメ研究所であったのだ。
そして、その実験へと供されたのがラフト・サイマーなのである。
試験の結果や実況見分においては、ラフトは高い結果を見せつけた。
これによって、ティターンズでも彼の事を組織の一員として正式に扱う事を試験的にであれ許可したが、結果としては失敗したと言っても良いだろう。
元より、ティターンズはニュータイプに対して強い偏見を持っていた組織でもある。
この事によって、その価値的な視点は更に下がったとも言えるだろう。そして、その事はムラサメ研究所の扱いにも影響を与えたかも知れなかった。
何れにしろラフトの居た組織は完全に信用を失ったと言っても良く、再び存続の危機に見舞われたと言える。
そうした理由から、本来であればラフトへの扱いは更に厳しい物となるはずであったのだが、そこにグリタスが色々な伝手を使う事で、再度利用する方向へとお膳立てする事に成功したのだ。
その一助として頼ったのがムラサメ研究所なのである。
恐らくだが、ラフトの居た組織が交渉しても応じる事は無かっただろう。
しかし、グリタスが持ってきた数々のデータとバウンド・ジグには興味を持ったらしく、それによってラフトの身請けを引き受けさせる事に成功する。
これを持って、グリタスはラフト及びバウンド・ジグの専属管理者として、ムラサメ研究所でもそれなりの立場を得る事になった。
ただし、成果を出さなければならないと言う厳しい条件も付けられていた為、しばらくはデータ提供の為にラフトを弄くり回す日々が続く事にもなる。
そして、遂に自由に使える予算と時間を得たグリタスは、自己満足の為だけに動こうとしていた。
即ち、ラフトとバウンド・ジグが、決して失敗作や試作品の類に無い事の証明である。
それが出来る舞台はどこでも良かったが、単に仕入れた情報が、運命の歯車を再びジェミニボックスと彼らを出会う方向へと向かわせてしまう。
ムラサメ研究所を通してティターンズより得た情報によれば、近々エゥーゴが大規模な作戦活動を行うらしく、それに合わせてグリタスはラフトとバウンド・ジグを投入するつもりでいた。
予想される宙域はある程度絞られてはいたが、それでも投入するタイミングや場所となると、もはや博打に近い。
可能であれば、噂に聞くアーガマ率いるZガンダムの相手をするのが理想でもある。
何れにしろ、大規模な戦闘で結果を残せば、流石にティターンズもラフトを無視する事はできないはずだった。
グリタスがここまで拘る理由は彼自身にも分からない。
今まで日陰者として扱われたり、派閥争いに負けて蔑ろにされた事に対しても飄々として来たつもりなのだが、実際には自分の中にも何かがくすぶり続けていたらしい。
それがラフトとバウンド・ジグと言う機会を手に入れた事により、何かしらを手にする可能性があると考えたとしても不思議では無いだろう。
少なくとも、彼は今ある好機を逃せば後は何も無いと考える様になり、必死に邁進していた。
そこに例え破滅の道がチラついていたとしてもだ。
「調子はどうですか?」
グリタスは、バウンド・ジグを見上げるラフトの側にやって来ると、そう語りかけた。
「ああ、調子は万全だ。 ところで、これが俺のMSか? 見たこと無いタイプだな」
この日の為に再調整を受けたラフトは、自分が乗り続けていたはずの愛機の事すら忘れている様だ。ただし、バウンド・ジグ自体、あれから改装が行われてもいる。
まず目立って変わったのが頭部パーツであり、ジムタイプの物から狐ともウサギとも言える外観をしたモノアイ型に変更されている。
これは強化人間への対応力向上を意図として変えられた部分でもあり、既に開発が終了した可変MAからの流用でもあった。
更に、背部に備え付けられていた有線式の攻撃兵器は取り払われ、変わりに強力な推進機と無数の姿勢制御用装置が付けられていた。
これによって以前よりも加速性と運動性能が向上しており、もはや常人では扱える様な代物ではなくなっていた。
文字通り、強化人間専用機と化していたのだ。
基本兵装は、手持ち式のビームライフル一機とビームサーベル二つのみとシンプルに成っていたが、その代わりに継戦能力と耐久力が向上してもいる。
因みに、ビームライフルも可変MA用の物をそのまま渡されて利用している。
相手がビット等を持たない対ニュータイプMSとして導き出された答えが、今のバウンド・ジグと言えるだろう。
の、はずだったのだが、ティターンズの横槍によって今は大型のビームキャノンの様な物を、更に追加装備と共に取り付けられていた。
話によるとオーガスタ研究所から回されて来た物らしく、これも本来であればガンダムの名を冠するMSの物らしい。
その追加装備は、普通のビームライフルとしても使える上に、ジェネレータと直結する事で戦艦を一撃で葬りされる威力でも撃てると言う事だった。
バウンド・ジグでは、そのジェネレータ直結状態で撃ったデータを手に入れる為、予め増設型ジェネレータと接続され、機体のヘソあたりから突き出す様に取り付けられている。
書類上ではライフルと成っているが、その大きさはキャノンと言って良い。
試作品と言う事で数発程度しか撃てないらしく、その後は強制パージできる様にもなってはいたが、どこまでも思い通りには行かないなとグリタスは思った。
とは言え準備は既に万端と言える状態であり、後は戦場に出て真価を発揮するだけだ。
グリタスは、眩しそうにバウンド・ジグを今も見上げるラルトを見て、その眼鏡をかけ直す仕草をした。