「MSらしき光だと? こんな所にか?」
老朽艦メトレスカの艦長が双眼鏡を片手に叫ぶと、暫く遠くを見た後、驚いた様に隣に居る人物を振り返る。
「これを見越していたのか?」
「まさか、偶然ですよ。 大体、出遅れたタイミングで遭遇するなど…それに、本当に友軍の可能性はないのでしょうね?」
「作戦上、ここに展開している部隊は無い。 アレキサンドリアの連中とも確認は取っている」
そう言って、艦長は再び双眼鏡を覗く。
それを見て随分とアナログな人だと思ったのは、グリタス・デンケであった。
彼自身は、双眼鏡の変わりに最大望遠で映し出されたモニターを見ている。
まだ距離がある為にハッキリとした姿は出ていないが、恐らくサラミス級の可能性が高い。そして、二重に見えるそのシルエットは、例のフォークシップともジェミニボックスとも呼ばれている因縁の相手の可能性が高かった。
「正に、運命…」
グリタスは誰にも聞かれない声で、一人呟く。
彼は今、様々な手立てを経て、数ヶ月以内に除籍扱いとなる老朽艦に乗り込んで居た。
エゥーゴの大規模作戦が展開されると言う情報を掴んだ後、グリタスは何とかティターンズの作戦に動向を試みようとした物の、全く相手にされる事は無かった。
ただし、別方向からの追撃に関しては勝手にして良いとの許可は得た為、上手く口車に乗りそうな相手を見つけてここまでやって来たのである。
老朽艦にとって最後の大仕事となるかも知れないと、メトレスカ艦長は快くグリタスらの申し出を受け入れてくれた。
彼らはティターンズでは無かったが、定期的なパトロール任務で終わるよりはと協力する事を約束してくれたのだ。
もちろんだが、単にグリタスの話だけで決まった訳ではない。
ムラサメ研究所を通じて、更にティターンズを経由していたからこその話でもある。
メトレスカはサラミス級の一隻であり、一年戦争期に作られた物をそのままMSが運用できる様に改装された艦でもあった。
それ故に能力は限定的であり、足りない部分を補おうとして追加装備をした結果、かなりバランスの悪い船ともなっている。
外観こそ改サラミス級に似ているが、どう言う訳か右舷に更に開放式甲板を増設していて、そこにもMSを駐機できる様にしていた。
単に置き場所としてしか機能していない為、見かけ以上にはMSの運用能力は持ってはいない。
聞いた話によれば、本来であればまともな整備用の構造物が付く予定もあったらしいのだが、予算やらの問題でこの様な中途半端な姿になったと言う話だ。
そのメトレスカの右舷甲板には、一機のMSが専有する様にして固定されていた。
そのMSとは、当然バウンド・ジグである。
大型なバウンド・ジグにあっては、むしろメトレスカの中途半端な構造は幸いと言えただろう。
と言うより、使える艦を漁ってグリタスの方が目をつけたと言う方が正しいかも知れない。
「取り敢えず、偵察を出す。 MS隊、順次出撃。 ただし、相手は敵の可能性が高い。 各自で判断して対応に当たれ」
艦長から指示が出ると、メトレスカ前方に駐機されていたハイザックが全機出撃する。その数3機。
そして、最後に変わった容貌をしたMSが遅れる形で発進した。
そのMSは試作型の奴をムラサメ研究所から渡され、グリタスが手土産と称してメトレスカに持ち込んだ物である。
そのMSは書類上に記載された形式番号はRMS-108となっていた。つまりはマラサイ系統の物と思われる物の、外観上は大きく異なっている。
頭部の後ろに迫り出したカバーにこそ面影が見えるが、その頭部は前の方にも鋭く構造物が飛び出しており、更には胸部と腰部のパーツも前後に異常に伸びていた。
一言で言い表すとしたら、三角形のパイが立っていると言った方が的確かも知れない。
元々ムラサメ研究所で開発が進んでいた試作機らしいのだが、強化人間が使うには能力が不足しているとされて早々に計画が中止となって放置されていた物らしい。
この為、形式番号も名称も専用の物を与えられてはおらず、今ではメトレスカの連中によって勝手にカイルンとか呼ばれていた。
名付けたのは搭乗する事になったMS隊の隊長、ロガー・キッツアで、特に意味は無いという事だったが、強いて言うならかつて飼っていた彼のペットの名前らしい。
ただし、後から他の隊員達に聞いた話では、隊長は動物嫌いで有名でもあるので、本当なのかは不明でもある。まあ、どの道グリタスにはどうでも良い話だ。
RMS-108あらためカイルンは可変MSに当たり、所謂第3世代に分類されてもいる。
異形なボディはその変形の為の物らしく、更に脚部もおかしな事になっていた。
つま先か脛辺りのパーツが前部分に長く伸びており、おおよそ地上での歩行には向かない形状になっている。
そのカイルンが浮き上がると、機体全体が縦に縮むと言った変形を開始し、90度前方に回転すると、次に脚部が両側に開いてカニのハサミを展開した様な形態をとった。
そして、迫り出した推進機が火を吹いて、恐ろしい速度で加速して行く。
「まるで凧だな」
そう感想を漏らしたのは艦長である。
確かに、両側に飛び出たハサミを除けば、菱形の凧に似ていなくも無い。
(ああ、カイト…カイルンなのか?)
特に意味もなくグリタスは思った。恐らく自分でもその連想は外れだろうと、どうでも良い感想を持つ。
彼の本音で言えばバウンド・ジグだけで十分だったのだが、色々な制限と関係上、カイルンを持って行かなければならなかったのだ。
ムラサメ研究所とて予算を無制限に取れる訳では無いので、可能な限りデータを収集して今後に活かす必要がある。
それに付き合わされる現場はどうなのかとグリタスはウンザリし、メトレスカもいい迷惑だろうと思ったのだが、以外にも連中はすんなりと受け入れてくれた。
もっとも、新型機と言う妙な勘違いをしている節があるので、グリタスからすると何とも複雑な心境ともなる。
これが最後の機会となるかも知れない割には、何だかグダグダに成ってきたとグリタスは溜め息を付いた。
「艦長、こっちも出撃します」
それに対し、艦長は双眼鏡を覗いたまま「おう」とだけ返してきた。
・
・
・
「準備は良いですか」
『何時でも行けるぞ』
最終チェックの手を止めずにラフトが返事を返す。
グリタスも生体モニターを見ながら、異常が無いのを実際の数値と本人の様子から確認を行う。
ただし彼の手元のチェックには、ラフトに与えられた特注パイロットスーツの操作も含まれている。
出発直前、グリタスは特注パイロットスーツのモードを自動監視に切り替えた。
これにより、ラフトが暴走したとしても何とかするはずである。
ただ、その何とかするの意味には彼の破滅も含まれていた。
その事についてはラフト自身には伝えていない。
『グリタス、チェック終了だ。 バウンド・ジグ、出るぞ』
通信の直後、ラフトが操縦桿を押す画像にノイズが走って切れる。
外から眺めると、バウンド・ジグが通信用ケーブルを強制排除して浮かび上がり、推進機を吹かして加速して行く。
ただ戦う事だけを自分以外の誰かに使命付けられたラフトは、それこそが己の意思と思い込んで疑っていない様だった。
既に小さな光点となる程にバウンド・ジグは遠のき、それをグリタスは眼鏡を外して見送るのだった。