ZガンダムAWS   作:ST郎

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27.遠く長く続く道のり

 

 

「ミュリアム・・・ミュリア・・・」

「…ハロルド? ハロルド!」

「はは、やっとお目覚めかい。 お嬢さん」

「止めて下さい。 私、そんな呼ばれ方する柄じゃないんだから。 ハロルド?」

 そう言い返すと、彼、ハロルド・ガウェードは白い歯を見せて笑った。

 

 彼は私が所属するジオン海兵隊の隊長であり、頼れる上官、そして恋人だった。

「待って、ハロルド!」

 彼が、また行ってしまう。

 

 敗北濃厚となった戦争の中で、敵から私達を逃がす為に彼はただ一人残って戦ったと言う。私は、その場にすらいなかった。故に、仲間からその最後を聞かされただけだ。

 だから、私は今も戦場を彷徨っている。

 その彼が、今また側に居る。必死に手を伸ばすが届かない。追いかけようとするが、体が動かない。その間にも、ハロルドはどんどんと遠くへ行ってしまう。

 

「ハロルド、ハロルド! 私も連れて行って。 お願い、置いていかないで!」

「ミ・・・・」

「ハロルド!」

「ミュリ・・・・」

「…」

 

 

『ミュリアム! 聞こえるか! 生きていたら、返事をしろ!』

「ハロルド…? あれ、カール?」

 まだはっきりしない意識を取り戻すかの様に、ミュリアムは頭を振った。

 ヘルメットが重い。

 彼女はまだ覚束無い手で、それを取る。

 コクピット内には警報ランプが派手に灯って真っ赤となっていたが、外のモニターを見ると既に地上に降りた状態である事が分かった為、どうやら無事である事だけは分かった。

 その外ではカールが必死になって呼びかけている姿も映っている。

 

「よっ…と」

 心配するカールを安心させようとコクピットの開閉装置をいじるが、全く反応しない。

「あら? あれ?」

 何度か試みた後、更にバックアップ用の操作も試みるが、コチラも駄目だった。

(まあ、相当むちゃしたからね)

 ミュリアムは他人事の様に思った。

 

「聞こえる? カール」

『! 良かった、やっと返事してくれた。 ミュリアム、無事なのか?』

「ええ、今の所ね。 ところで、開閉装置が反応しないんだけど」

『やっぱりか。 外からも操作できないんだ。 爆発ボルトも駄目なんだけど…』

「嘘!? ちょっと離れて。 中からも試すから」

 了承の旨を告げてカールが離れたのを確認してから、ミュリアムは強制排除の操作を入力するが、今度はエラーを返して来てやはり駄目だった。

「全く、貧乏部隊の泣き所よね」

 ミュリアムは溜め息を付く。

 こうした脱出装置に関しても、本来であればある程度の動作テストを行わなければならない。

 だが、ジェミニボックスではそれすらも必要最低限にすら届かない頻度で行っていた為、動作不良の危険性は以前から指摘されてもいた。

しかも、ゼーラスはウェーブライダーと言う変形をする関係上、背部にも簡易的なハッチがあるので、手間がかかると言う事から余計に疎かにされがちだったのである。

 もっとも、今回の場合は大気圏に突っ込む事を殆ど強引に行った為、その影響とも言えるだろう。

 

「カール、聞こえる? やっぱり駄目みたい。 そっちのゼーラスで何とか出来ない?」

『分かった。 やってみる』

 そう言ってカールは自機の方へと駆けて行った。

 

 数十分後、ウェーブライダーのパーツを強引に引っ剥がし、更にコクピットハッチを備え付けの工具でこじ開けて、ようやくミュリアムは外に出る事が出来た。

 

「うーん…久しぶりの地球だわー」

 そう言って伸びをしながら深呼吸をする。空気が美味い。

「ここって、どの辺りかな?」

 カールがキョロキョロと当たりを見回す。

「さてね。 適当に降りちゃった様だし、データの追跡も空振ったわよ?」

 そう言ってミュリアムがカールに視線を送ると、彼のゼーラスでも同じだったらしく首を横に振る。一応、降下中の地形は記録されてはいるはずだが、それと照合できる程、細かいデータベースがMSに備わっている訳ではない。

 

「ここは…どこの砂漠…かな?」

 ミュリアムが手で日差しを作りながら、辺りを見回す。

「砂漠? これって砂漠なんだ」

 それを聞いて、地球に降りるのが初めてなカールらしく、足元の砂をすくいながら頓珍漢な感想を漏らす。

 カールも映像や知識で砂漠ぐらいは知っているだろうが、本物となると大きさがピンと来いていない様子だった。

 もしかしたら、彼の中では未だに砂と砂漠が結びついていないのかも知れない。

 下手をしたら、ここを沢山の砂が置いてあるバックヤードくらいに考えている可能性もある。

 

「全く…そんな呑気な事を言っていられる状況じゃないんだから。 下手したら、私達脱水症状で干からびて死ぬかもしれないんだからね」

「え!? 何で水がないの?」

「あんた…ねぇ」

 それを聞いてミュリアムは確信する。

 コイツは、砂漠が公園に置かれている砂場の拡大版くらいに思っている上に、決まった地点には水飲み場でも配置されているとでも思っているのだろう。

 

「この、この!」

 ミュリアムはカールの両頬を思いっきり引っ張ってやった。

「ひゃ、ひゃにほふるんは。 ひゃめへふははい」

「何言ってるのか、全然分からないわよ。 この!」

 一頻りじゃれた後、ミュリアムは改めて状況を確認してみた。

 周りは見渡す限りの砂だらけであり、先ず間違いなく、どこかの砂漠地帯だろう。

 キリマンジャロ付近から降りたとしたら、可能性としてはエジプトだろうか?いや、突入角度から言えば随分と流れたはずであり、やはり断定は出来ない。

 第一、ミュリアムの判断基準は突入前、遥か上から見ていた景色なので、当てになるわけがなかった。

 

 次にMSの方を見てみると、カール機は多少表面に焦げが見えるが無事そうであり、変わりに自分の愛機が改めて酷い事になっている事に気が付いて溜め息をつく。

 脚部付近は熱で真っ黒になっており、更にバインダーの方もボロボロとなっていた。機能が失われる分けだ。よくもまあ、無事でいられた物だとも感心する。

 

「そう言えば…私、途中で意識を失ってた?」

 まだ頬を押さえていたカールに振り向くと、彼はコクンと頷いた。

 

 

 

 地球の重力に捕らわれて落下し始めた時、カールは素直に死を受け入れようとしていた。

 機体は激しく振動し、コクピット内では警報と赤色灯が引っ切り無しに点灯を繰り返していたが、異常な冷静さを保っていたカールは、それらを逐一チェックして分析する余裕さえ見せる。

 まだ機体は耐熱限界を超えた訳ではなく、後数十秒くらいは持つ可能性があった。推進機を全力で使ったらどうなるかもシミュレートしてみたが、結果は何も変わらないと出ていたので、やっぱり駄目かと目を瞑ってシートにもたれ掛かる。

 その時、下から突き上げる様な衝撃を感じ、何だろうと確認しようと目を開けた瞬間だった。

 

『カール! 生きているの? カール!』

「ミ、ミュリアム!?」

 下を見ると何時の間にやって来たのか、ウェーブライダーが潜り込んで断熱圧縮による影響を一手に引き受けている。

「ミュリアム、何で君がここに居るんだ!」

『仕方ないじゃない。 アンタが落ちるのを見たんだから』

「耐熱塗料は!?」

『間に合う分けないでしょ。 それより、MSをしっかり固定して。 バランスを取り易い様な姿勢にして』

 

 分かった、と言うカールの短い返事を聞いた後、ミュリアムは一時的に相手側からの通信を切る。これ以上問答している余裕が無くなってきたからだ。

 ただし、映像の方はオープンにしてある為、状況はそれで分かるから意図は伝わるはずだ。

 ミュリアムは懸命にウェーブライダーの姿勢を保とうとする。

 無茶な突入によって機体は激しく揺さぶられ、更にカールに追いつく為に加速した事もあって速度の方も大分出てしまっていた。そして、それが更に操作を困難な物としている。

 加えて上にMSを置いた事でトップヘビーになってしまい、それが揺れをよりシビアな物へとも変えて彼女を苦しめる。

(不味い、不味い)

 心の中でミュリアムはそればかりを呟く。モニター越しにカールが何か叫んでいる様にも見えたが、今は構っている暇はない。

 と、彼女はある時点で諦めざる得なくなる。

 機体への負荷が限界を迎え、崩壊していると言う警報が鳴り始めたからだ。

 経験した事の無い状況でもあった為、彼女は決断と操作の全てに迷いが生じる。

 いや、実際に機体の一部が燃え上がる形で分離したのを見て、心が折れたのかも知れない。

 これ以上無茶な操作をすると、一気に機体がバラバラに成る可能性すら出てきた為、怖くて操縦桿すら触れなくなったのだ。

 もしかしたら大丈夫と言う可能性もあったが、もはやミュリアムの許容を超えた事態ともなっていた為、これ以上強引にやる勇気はなかった。

 

「ごめん、カール。 ここまで見たい」

 通信をオンにして、相手と連絡を取ってみる。すると、雑音混じりだが返事が返って来た。

『やっ・り、そう・・機体の崩壊・・見え・・。 良いんだ。 こっち・・ゴメン』

 やがて、モニターの方にも強くノイズが走ると、いよいよ通信の方も途絶する。

 今度はミュリアムがシートに深く身を沈める番だった。

 

 

 何か、何かないか?

 ミュリアム機が限界なのは、カールからの方が良く分かった。

 無茶な突入と速度で異常な高温に包まれており、それによって機体の一部が溶け始めると同時に、パーツがボロボロと剥がれ落ちて行く。

 それでも、カールは助けられる手段は無いかと懸命に探る。

 いや、何なら自分を犠牲にしてでも、ミュリアムだけでも助けられないかと考えていた。

 

 機体を反転させて、こっち側のフライングバインダーを盾にする事も考えたが、この速度と熱では位置を入れ替えること自体が難しい。それに、下手に反動を付けると制御不能なスピン状態に陥る可能性すらあった。

「くそ、どうしたら良いんだ。 ゼーラス、力を貸してくれよ。 ミュリアムを助けたいんだ!」

 叫びながら、カールは無意味に操作レバーをいじる。既に姿勢は固定し、操作系もロックしていた為、今の入力は反映されない事が分かっていての事でもあったのだが、それでもガチャガチャと無意味に動かし続けた。

 

 どれ位の時間が経っただろうか。

 ミュリアムには、数時間と言われても疑わない程に、長い時間が経過した様にも思えた。

 実際には十秒程度、あるいはもっと短かったかも知れない。

 今まで感じた事の無いような激しい振動が発生し始め、それによって彼女も大きく揺さぶられる事となる。

 もはやシートに座っている事さえままならない状態となり、どこから感じるのか、熱と異常な緊張感で精神すら磨り減らしていたミュリアムは、遂に気絶してしまった。

 

 しかし、彼女は意識を失う寸前、不思議な光景を見た気がする。

 機体全体を、断熱圧縮により発生した物とは違う光が包み込み、それによって熱が遠ざけられると同時に、振動も小さくなって行く様な気がしたのだ。

(もしかしたら、コレが死ぬって事なのかな)

 薄れる意識の中で、それがミュリアムが覚えていた最後となる。

 

 

「何だよ、コレ!?」

 ミュリアムがぼんやりとしてしか見ていなかった光景を、カールの方はハッキリと見ていた。

 機体全体を不思議な光が包み込み、それによって突入時の影響が遠ざけられると同時に振動すら消えて無くなっていたのだ。

 さっきまでの騒々しさが嘘の様に静まり返り、後は既に負ったダメージに対して警告音が鳴り響いているだけである。

 試しにカールが警報装置を切ってみると、それ以降は全く鳴らない為、少なくとも熱などによる機体へのダメージは無くなってしまったらしい。

 

 何か実感の沸かない光景にカールは呆然と見回していたが、突然鳴り響いた警報音に現実に引き戻される。

 また熱によるダメージを負ったのかと見てみると、今度は高度と速度に対する警報が鳴らされている事に気が付く。周囲を見回すと眼下には雲間が広がっており、既に危険域を突破した事が理解できた。

 無事に降りられた。そう思ったのも束の間、今度は別の問題が持ち上がる。

 減速できないのだ。

 ミュリアムに連絡を取ってみるが全く応答がない。モニターの映像も入って来ない為、あっちの状況も分からなくてカールは焦った。

 

「ミュリアム、無事でいてくれ」

 そう言ってカールはMSの四肢を固定状態から解除し、操れる様にすると滑空状態で自機の体重移動だけでバランス取りを始める。

 直感的に、この速度と高度では、下手に自機の推進機を無駄に使う事はできないと考えたからでもある。

 オートバランサーと手動による機体への補正を入れながらも、速度と高度を打ち込んで必要な推進機の噴射時間と推進剤の残りを照らし合わす。

 結果、コンピューターが弾き出した答えは非情な物だった。

 今のままでは、どうやっても地表に激突してしまう。

 それを回避する為には速度を押さえないと行けないのだが、その為に推進機を使えば今度は地表付近での減速に使える分が消えてしまい、どの道同じだった。

 

「何かないのかよ」

 尚もモニターを弄って全ての可能性を探るカールだったが、最善と言える策は何も無い。全ては速度と引力による力が勝ってしまっており、どうにもならない状態だった。

 と、急に機体が不自然に振られ始める。

 慌てて操縦桿を握ると、オートでは間に合わない事態に対処する。

 動きを見て後方で何かが起きていると判断したカールは、小モニターでも確認ができるにも関わらず振り返る。

 すると、ミュリアム機のウェーブライダーから、パラシュートが出て開いているのが見えた。そう言えば、ウェーブライダー状態であれば自動的に開く様にもなっている装備である。

 ただし、今の速度に対応できる様な物ではない。それでも、カールには僅かな希望ともなっていた。

 

 行けるか?

 再度コンピューターに問うが、まだ足りないと言う結果が出る。

 いや、もはや悠長にシミュレートしている暇さえ無くなりつつあった。

 そんな中でカールは直感を頼りに動き始める。

「ごめんミュリアム、しばらくの間、耐えてくれ」

 そう言うと、ウェーブライダーの上で自機を逆立ちさせ、更に反動を付けて上下を反転させた。

 これにより、ミュリアム機にぶら下がる形となったが、直立したカールのゼーラスが重りとなって姿勢自体は安定する。

 更に、カール機の背部バインダーが進行方向に向いた事で、抵抗が増えてある程度の減速にも成功した。

 ただし、余計な空気抵抗によって操作自体も困難な物となる。

 どこに落ちるかは、もはや運次第だろう。

 

「よし、行くぞ!」

 カールは迫る地表をモニターだけで確認しながら、自分の勘だけを頼りにゼーラスの推進機を全開にした。

 

 

 推進剤は結局持たなかった。

 いや、コンピューターが出した計算結果から言えば、後の結果だけを見ると十分であったとも言える。

 何せ、地表付近まで降りてから切れてしまった上に、その時はカールの予想以上に減速も出来ていたのだから。

 また、予めそれを計算した上で背部を見せていたカールは、バインダーを対ショックの盾として地面へ着地を試みる。

 ミュリアム機だけはしっかりと腕と足で固定し、絶対に落とす物かと意味も無く自分の四肢も踏ん張った。

 

 地面に近づくにつれ、段々と視界が悪く成ってくる。モニターには細かい何かが荒れ狂っている様子が映し出されており、カールの乏しい知識がどうやら砂嵐らしい事を漠然と過ぎらせる。

 それによって機体の制御は更に難しくなったが、逆に減速できている様にも思えた。

 やがて走る鋭い衝撃と振動。

 しかし、それらは直ぐに収まり、彼は無事に地表に降り立つ事に成功したのだった。

 

 成功した要因の一つは、恐らく下が砂地であった事も関係していたかも知れないし、全く関係なかったかも知れない。

 専門家ではないカールには、とにかく無事で降りられたと言う結果だけが全てだ。

 そして、暫くの暗闇の後、辺りが急速に晴れ渡ってから周囲を見回して彼が最初に思った事と言えば、随分と巨大な砂場だなと言う事であった。

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