「なる程…ね」
カールから気を失って以降の話を聞かされた後、ミュリアムは返事をしながら足元の砂を蹴った。
何となくだが、助けるつもりが助けられた事に複雑な気持ちになったのだ。
そして、ゼーラス・ヤークトとカールを交互に見る。
ジェミニボックス内で噂になっていたあの話、あれは事実だったのかも知れないと今更ながらに思う。
とは言え、ミュリアムもニュータイプについて詳しい訳ではないので、カールに敢えてその話をする気にもなれなかった。
言った所で、本人でさえも理解できないだろう。
それに彼女なりに懸念している事もあった。
カールがそれらしき力を発揮するのは、どう考えてもゼーラス・ヤークトに乗った時だけだ。
だとしたら、このMSには何かある。或いは、このマシーンこそが人を変えてしまう悪意のある何かが備えられているかだ。
とは言え、今回はその力に助けられた事も確かな為、余計に彼女を複雑な気分にさせた。
「これからどうするミュリアム?」
「どうするって…私のゼーラスは完全に使い物にならないし、カールのゼーラスも推進剤は残ってないんでしょう?」
ミュリアムの問いかけにカールが頷く。状況は絶望的だ。土地勘が無いだけに、どこに向かって良いかさえも分からない。
幸いなのは、カールのゼーラスは歩く事くらいは可能なので、何とか移動する手段が残っている事くらいだろう。
地上に降下する直前、上空のデータは取ってあったため一応は助けが呼べそうな場所に検討は付いていたが、MSの稼働時間と距離的な面を照らし合わせるとどうしても厳しい。第一、向かう場所に敵が居ないとも限らないのだ。
いや、自分達の所属を考えると周囲は限りなく敵だらけと考えた方が良いだろう。
「問題は、向かう方向よね……カール、アンタとこのRS社って、地上に支社とかないの?」
「無いはずだよ。 あったとしても、既にクビになっているから助けてはくれないと思うよ」
「ナニソレ?」
「そっちこそ、エゥーゴとかジェミニボックスの伝手は無いのかよ。 地上組織のカラバだっけ? そこと連絡が取れたら…」
「アンタねぇ、ウチらのスポンサーはRS社だって忘れたの?」
「だったら、何でアナハイムの支援を受けてエゥーゴ傘下で戦っているのさ」
「知らないわよ。 カールこそ、そのアナハイムに連れて来られたんじゃないの」
そう言って再びミュリアムはカールの両頬を引っ張る。そもそも、現時点では連絡する事も簡単では無いので、無駄な言い争いをしている事に二人は気が付かない。
「はだだだだ…!! ひゅ、ひゅりあむ、はれ!はれ!」
そう言ってカールはミュリアムの背後を指差す。
「え?」
彼女が振り返ると、遠くから砂塵を巻き上げて車の様な物が向かってきているのが見えた。
「カール!」
「ミュリアム!」
これで何とかなると、二人は思わず抱き合った。
オープントップに、粗末な布地で屋根を付けた車でやって来たのは、無精髭を生やしたガタイの良い一人の中年っぽい男性であった。
砂漠の日に焼けて浅黒くなった肌は、その体格の良さと合わせて豆タンクと言っても良い印象を持っている。
頭にはターバンの様な物を巻いていたが、服装はジオンの物を着ている為、カールに緊張感が走る。
「よう、あんたら連邦の人かい?」
それを聞いた途端、ミュリアムが勢い良くパイロットスーツを脱いでベストを見せる。
「私が連邦に見える?」
カールはそれを見て、何時もながら良くパイロットスーツの中に着れるなと思った。やっぱり胸が…などと不敬な事を考えていたのを見抜かれたのか、ミュリアムの肘鉄がカールの脇腹に入って悶絶する。
「海兵隊か」
「そうよ。 そっちは突撃隊?」
「…まあ…な」
男はライアック・ゼウベと名乗った。ジオン兵と言う事だったが、逸れ者なのか今も所属しているのかは、ハッキリと本人が言わなかったので分からない。
ただ敵意は無く、困っているのなら助けると申し出てくれた。しかし、カールは額面通りに受け取るのも怪しいと、警戒しながら対応する。
「このMS、ガンダムか?」
「え!? うーん、違うかな。 ゼーラスって言って…」
それを聞いた途端ライアックが帰る素振りを見せた為、ミュリアムが慌てて口を挟む。
「そうそう、ガンダムよ。 ゼー……そう、"ぜえたガンダム"って言うの」
言いながら、否定の言葉を挟もうとしたカールの足の甲を思いっきり踏んづけて黙らせた。
「へぇー、やっぱりガンダムか。 良いぜ。 力になってくれる奴を紹介してやろう」
それを聞いてミュリアムは「えへへ」と作り笑いをするのであった。
道中、ライアックは殆どの事について教えてはくれなかった。
ここが何処なのか、何をする為にこんな場所に居るのか。
ただ、ライアックに案内されて到着した、砂漠の村とも隠れ家とも言える場所に着いてから、その理由が全て分かる事になる。
ライアックが力を貸してくれると紹介した相手は、アラブ系の男で、名前をアラン・ウィリスと名乗った。
如何にもな民族衣装と、名前の違和感からしてカールは偽名ではないかと思ったが、とてもそれを聞ける様な雰囲気ではなかった。
カールとミュリアムは、その男を前にテーブルを挟んで椅子に座っている。いや、座らされたと言う表現が正しいかも知れない。
周囲には、武器を持った男達が数人居る。
恐らくだが、ここは非合法で武器やら何やらの取引をしている場所らしい。どうりで詳しい場所をライアックが言いたがらない分けだ。
と言うか、途中から目隠しをされて連れて来られたので、嫌な予感はしていた。
「ライアックの奴から聞いたが、宇宙に出たいんだって?」
ライアックは案内するとさっさと行ってしまったが、既に話しだけは通してあるらしく、ここに来る間に彼に言っておいた事情だけは伝わっている様だった。
「ええ。 是非、お願いするわ」
ミュリアムが返答すると、アランは小箱を開けて葉巻を取り出す。
「で、幾ら払う?」
その葉巻らしき物を弄りながら、アランはこちらを値踏みするかの様に返事を待つ。
正直、ヤバい所に来たとカールは思った。護身用のハンドガンすら入り口で取り上げられていたので、何かあったら対処しきれる自信も無い。
「お金なんて無いわよ。 あったら、こんな砂漠で助けを求めないでしょ」
カールの不安を他所にミュリアムは堂々と接する。いや、その態度と対応を見るに、彼女はある程度、この様な事態を予想していたのかもしれない。
「じゃあ、話は終わりだ…と、言いたい所だが、あんたらMSを持っているんだってな。 それと引き換えなら、話しを聞いてやっても良い」
「なっ!?」
声を上げたのはカールだった。しかし、それをミュリアムが制する。
「良いけど、確実に宇宙に連れ出してくれるって保証はあるの?」
「…俺らも面倒事はゴメンだ。 あんたらが何処の軍隊に所属しているか詮索もしねぇし、喧嘩を売る様な真似もしねーよ。 こっちが得する交渉にさえ、応じればな」
そう言ってアランは腕組みをしながら椅子に仰け反った。
それに反応してミュリアムが身を乗り出そうとした所を、今度はカールが止める。
「だ、駄目だよ。 ゼーラスを売り渡すなんて」
小声でミュリアムに忠告するが、逆に同じ様に小声で反論されてしまう。
「何言ってんのよ。 元々、今回の作戦でゼーラスは処分する話だったでしょ。 大体、どうやって宇宙に持ち帰るのよ。 他に方法もないでしょ」
それを聞いて、流石にカールも口籠る。だが、これは本当に処分と言って良いのだろうか。
「あ、あの、質問があります」
ミュリアムが返事をする前にカールが口を挟んだ。
「何だ?」
相変わらず腕組みをして仰け反ったまま、アランは聞き返す。
「手に入れたMSって、どうするんです? まさか、戦闘に…」
「それはない。 まあ、パーツの方は使われる可能性は否定しないが、こっちは主に金持ちのマニア向けに売るんでね」
それを聞いてカールとミュリアムは顔を見合わせた。
どっちにしても結果は彼らの望む様には成らない。
結局、他に手立てが無いカール達は、ゼーラスを引き渡す変わりに宇宙へと渡る算段を付ける事となる。
今はそのゼーラスが置いている場所に、アランとそのスタッフと共に来ている所だ。
「ガンダムって聞いたが…コイツは、違うよな?」
アランが相変わらず葉巻を弄りながら、コッチも見ずに聞いてきた。
何時吸うんだよ、と心の中でカールはツッコミを入れつつ答える。
「系列機…って所かも。 所謂プロトタイプのプロトタイプって奴で…」
カールは、自分で言ってて何だそりゃ?と思う。
「まあ、良いさ。 アイツが、それで納得するならな」
「え?」
アランが何か言った様だが、最後の方はカールには聞き取れなかった。
ミュリアムはと言うと、軍人らしく重要なデータだけは消して回っている最中だ。
その辺に付いてはカールよりも彼女が詳しい為、下手に触らずに任せてある。
アランの方でも、こうした軍事機密は厄介事を招くとして、むしろ任せるままにしてくれた。ただし、基本的な動作をするOS関係を残す事だけは、半ば恫喝に近い形で念押しされてもいる。
そして、一通りの事が終わった後で、ようやく話が進んだのだが、出された条件にカール達はクビを傾げた。
「ゼーラスで直接向かえって…それなら、もっと別の手段を講じてくれてもいいじゃないか」
てっきり、彼ら主導の元で目的地に連れて行ってもらうと思っていただけに、今更自分たちで行けと言われたのにカールは困惑する。いや、事情が段々と飲み込めるにつれ、実はもっとヤバい状況にある事が分かりつつもあったので、今ではカールもゼーラスを動かす事に躊躇いがあったのだ。
それと同時に、ゼーラスを持ち帰れるのかという希望も見出して揺れる。
「勘違いするな。 交渉は、まだ前段階だ。 これは俺達の安全を確保する意味もある。 あっちに無事に着いたら、そこで残りのMSも引き取らせてもらおう。 パスとかチケットも、そこで初めて交換だ。 推進剤とかの補充もしてやったが、間違っても空は飛ぶなよ。 死にたいなら別だがな」
そう言ってアランは端末に映し出されたルートを指でトントンと叩く。
どうやら、この付近はどこかしらの軍の縄張りでもあるらしい。或いは、もっと別組織の何かか。カールらが発見されずにいたのは、どうやら砂嵐のお陰だとも言えよう。
そして、アランはクドい程、それを避けて自分達だけで行けという事を説明してきた。
リスクは全てコチラ持ちと言う訳で、何一つ抜け目が無い。まあ、この状況では贅沢も言っていられないので、従う意外にないだろう。
渋々カール達は了承した。
カールらが自分達で向かう為だけにゼーラスの整備が進む。
推進剤の補充に、簡単な整備。
非合法な組織とは言え、人材の方は優秀な者が揃っているのか、その手際は良かった。
その為、カールとミュリアムはただ見ているだけで良く、暇を持て余してもいた為にアランに幾つか尋ねてみる。
「ライアックさんとは、親しい関係なんですか?」
それを聞いて、一瞬、アランの動きが止まった様にも見えた。
見ず知らずのカール達に対し、入り口で少し話をしただけなのに、とてもマトモではないアランらがマトモに取り合ったのを見るに、ライアックとアランは余程の信頼関係にあるとも思えたからだが、不味い事を聞いたかも知れないと、カールは内心で舌打ちする。
そして暫しの沈黙の後、アランは、ゆっくりと喋りだす。
「奴は…亡霊だ」
「亡霊?」
「ああ、アイツは部隊を見捨てて、一人だけ逃げ出したらしくてな。 それで、今も後悔の念を背負って砂漠を彷徨いているのさ」
アランは、ライアックについてある程度の事を話してくれた。とは言っても、重要な部分ははぐらかしていると言う感じで、表面的な事だけを述べたに過ぎない。
因みに、ライアックは中年かと思っていたのだが、実は20代そこらだと聞いてカールだけは驚いた。
「付き合っているのは、哀れみから?」
ミュリアムが聞き返した。
「哀れみ? 違うな。 奴は上得意様って奴だ。 砂漠を彷徨いて、使えそうな物や情報を持ってくる。 それを俺らが買い取って、更に高値で売るって寸法さ」
アランは下卑た笑いをしたが、ミュリアムにはワザとそうした態度を取っている様にも見えた。
「じゃあ、ライアックさんは、生活をする為にここに居るんだ…」
そうカールは結論づけようとしたが、アランは首を振った。
「奴は今も仲間の敵討ちをしようとしているのさ」
「敵討ち? もしかして、自分の部隊を全滅させた相手を探しているって事?」
ミュリアムが、アランに迫る形で聞き返した事にカールはちょっと驚いた。
「は! 奴は自分の部隊がどうやって、どんな風に全滅したかも知らん」
「じゃあ、何で…」
「知らんよ。 …奴のMSを見た事があるか? 砂漠で拾い集めた物を自分で修理した物だが、滑稽さに笑うぞ。 まあ、姿だけはオーガって感じだが、俺には奴の哀れさの生き写しにも見えて道化に見えるね」
それだけを言うと、アランは会話を一方的に打ち切って去ってしまう。
それを、置き去りにされた二人が砂漠の風に吹かれ、言いようの無い気持ち悪さと共に見送るのだった。
出発は翌日の朝となった。
補給に関しては既に終了していたのだが、アランによって熱源的な事を含め、探知され難い昼前辺りが良いだろうと忠告を受けたからだ。後、嵐がまた発生するらしく、それを隠れ蓑にもできるからとも付け加えられた。
どの道、カール達も疲れていた為に、休みたい思いがあったので丁度良かったと言える。
ミュリアムのゼーラスは早々に運ばれて行ってしまった為、二人はカールのゼーラス・ヤークトで一晩を明かす事になった。
こんな状況でもミュリアムはスースーと寝息を立てながら熟睡しており、図太いと言うか、やはり軍人何だと妙に感心する。
逆に、カールの方は心配事が多くて眠る事ができない。
照明こそ落として暗かったが、スタンバイ状態のコクピット内にはモニターを通して外の景色が映し出されており、カールはそれを眺めながら色々と物思いに耽る。
ジェミニボックスは無事だろうかとか、今頃皆んなは心配しているだろな等とか言う事に始まり、MSをこんなに簡単に不正な取引に使って良いのかとか、止めどもなく考え込む。
更には明日の道のりに付いても考えては悩む。
アランを今も信用できない事もそうだが、ハッキリと情報を出さない為に、どこの軍隊が警戒に当たっているのか不明と言うのも不安だった。
まあ、こっちの所属に関しても全く聞いて来なかった為、彼らにしてみれば、一から十まで軍隊とは関わりを持ちたく無い事の現れでもあるのだろう。
ただ、それだけに使えるはずのミュリアム機のビームライフルを持っていかれたのは痛い。これについては後から思いついたのだが、もはや遅かった。一応、話はしてみたのだが、当然の様に金を請求されたので取り返す事は断念したのである。
そもそも、連中はビームライフルが使えると知ると真っ先に持っていったらしく、最初から狙っていたのかも知れない。本当に戦闘に使われる恐れは無いのかと、また一つカールの不安が募る。
因みに、ミュリアムのゼーラスは半壊状態であったが、内部パーツは売り物になるとの事で、それらも喜々として彼らは持ち去った。
「カール、眠らなくても良いから、目だけは瞑ってなさい」
何時の間にか起きたのか、或いは気配を察してそう言ってくれたのか、ミュリアムが気遣いの言葉を投げかける。
その忠告を受けて、カールは目を瞑って眠る努力をする事にした。
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翌朝、予定通りに出発する準備をカール達は整える。
と言っても前日には殆どの事は終わっていた為、むしろアラン側からの最終的な確認と念押しを再度行われる事に比重が置かれてもいた。
「くれぐれも言っておくが、高度を上げて飛ぶなよ。 近くの軍隊に掴まってMSが出張ってきたら、もうどうにもならんからな。 その時点で、俺達の取引は終了する。 例え軍のMSを振り切って目的地に到着したとしてもだ」
自分達が違法な事をやっているのが分かっているのか、偉く念の入れようだなとカールは思った。
その会話の最中、余程どこの軍隊が近くにいるのかを聞こうともしたが、その都度目ざとく悟ったミュリアムに睨まれて黙らされる。
彼女としては、これ以上話がややこしくなるのを、経験として嫌ったのだろう。
念押しを強く受けた後、ようやくカール達は出発する事になった。
ところが、モニターを確認していたカールは「おや?」と思う。
「どうしたの?」
「いや、推進剤が必要以上に多く入っているんだけど…」
ミュリアムの問いかけにカールも確信無く答える。
高度を上げて飛ぶなと言う割には、推進剤は必要以上に補給が行われていた。
あれ程までに警戒する位なら、距離的な事を計算してギリギリ程度に制限する事も出来たはずだが、モニターに表示された燃料計は有り余る程の数値が示されている。
「きっと、向こうに着いて移動させる事も計算したんでしょ」
ミュリアムは別段気にかける様子も無く答えた。
そうなのかな、とカールもその場では納得する。
出発するゼーラスとか言うMSを、アランは相変わらず、吸いもしない葉巻を弄って見送っていた。
そのMSが、一瞬だけ首をコチラに向けると手を振る。それに彼も手を上げて応えた。
まあ、ここまで丁寧に対応してやったのだから、恩義を感じてくれたのかも知れない。
「ま、せいぜい気をつけな」
そう言って、アランはニヤリと笑った。