無事に宇宙へと帰る事ができたカールとミュリアムは、その後、どうにかしてジェミニボックスの母港となっていたスペースコロニーにまで辿り着く。
だが、色々と時間がかかり過ぎて、着いた時には年も明けようとしていた頃だった。
ところが、そうまでして辿り着いたというのに既に艦自体は解体されていたばかりか、部隊まで解散されて隊員の行方すらも分からなくなっていたのだ。
その後、ミュリアムはカールとも別れる事を選んだ為、実質的にジェミニボックス部隊は完全に消滅したと言っていい。
ミュリアムはこのまま傭兵を続け、更に仲間の安否を確かめる為にも探すとの事だったので、最初はカールも同行しようとした。
しかし、ミュリアムはそれを許さなかった。
カールを激しく拒絶した挙げ句、元の生活に戻れと強く突き放したのだ。
彼女は言う。カールはまだ戻れると。
ではミュリアムは駄目なのかと食い下がると、彼女は悲しそうな顔をした後、過去と向き合ってくると一言だけ言い残して去って行った。
それから五ヶ月が経とうとしている。
カールにとっては短い様で長い五ヶ月間だった。
潜り込んだスペースコロニーで就職活動を開始し、幾つか受けた企業の中からレイソートと言う企業に採用されて働きだしてもいる。
レイソートはアナハイムとも関連が深い企業ではあるが、以前居た会社の様な黒い繋がりは無い様に思える。
良くは分からなかったが、レイソート自体、アナハイムとは関係の無い会社の子会社らしく、直接的には関係が無いらしい。
実際、存在的には町工場と言った感じだ。
そこでもカールはプチMSのドライバーとして重宝されており、高待遇を受けていた。
理由としては腕が良いかららしいのだが、それを聞いても彼はピンと来なかった。と言うのも、周りの評価は必要以上に高く、彼を困惑させてもいたからだ。
戦場で優れたパイロットを見続けたせいか、カールの基準はおかしく成っていたのかも知れない。
それから、世界の情勢も更に動いていた。
恐らく2月頃であろうが、エゥーゴとティターンズの戦いに決着が付いたらしい。詳細は今も不明のままだが、少なくともティターンズの解体話しがあちこちから出ていたので、間違いないだろう。
この事に関しては、ある人物からの情報があっての事でもある。
数週間ほど前だが、出張先でカールはモルド・サブルと会っていたのだ。
出会った時カールは一瞬疑ったが、向こうも驚いていたので本当に偶然だったのだろう。
その彼から、更にジェミニボックス解体直後の話と、幾つか隊員達のその後をも聞かされた。
話によれば、ジェミニボックスの連中はカール達が死んだと思っていたらしい。
実際、死亡扱いとなって書類は提出されたそうだが、正規の物では無いので何れにしてもカール自身に影響は無いとも言われた。
ハッサスは民間の抗路線で船長をしているらしく、少なくない繋がりを今もモルドと持っているらしい。
イドとグルードは傭兵を続けているらしく、どこかの戦場で今も戦っているとの事だった。
グスターブはサイド3のコロニーに帰ると言っていたらしいが、その後の消息はモルドにも分からないと言う。
その他、多くのスタッフもそれぞれの道を歩んで行ったらしく、何れ会うこともあるだろうと言われた。
皆、それぞれの方向に進んで取り敢えずやっている。
その事実は、何となくカールの励みになった気がした。彼らも、何れはカール達が生きている事を知って喜んでくれるに違いない。
それと、モルドはRS社の近況も教えてくれた。
どうやら、多額の負債を抱え込んでいるらしく、明日明後日には潰れてもおかしく無いんだとか。
また、これとは全く関係ないが、最近のニュースでセム・ゾインと言う人物が、詐欺とも横流しとも言われる罪で捕まったと言っていたのを見た。
ただし、顔などは出なかったので、自分が知る人物と同一なのかは分からない。
今日も定時に仕事を終えたカールは徒歩で帰路に着く。
彼は工場地帯と呼ばれて区別されている、コロニー内エリアの一角に建てられたアパートを借りて住んで居たが、何時も帰り道は閑散としていた。
値段の割に間取りが広く、アパートとして特に人気が無いと言う訳ではないのだが、如何せん工場地帯である事とコロニーの中心街からは遠い為に、大抵の人がエレカ専用の道を利用していて歩行者用の道路には殆ど人が居ないのだ。
カールもエレカを利用しようと思ったらできたが、常に徒歩での往復を心がけていた。何故なのかと問われると、自分でも良く分からない。
もしかしたら、今も兵士としてあろうとして鍛錬を継続させているつもりなのか。
或いは、一人で居られる時間が欲しいだけなのかも知れない。
そう思いながら歩いていると、前方から珍しく派手めな服装を着た女が歩いてくるのが見えた。
サングラスをかけ、大き過ぎる旅行用のトランクを引きずっている。
とは言え、特に珍しい光景でもない。
この工場エリアには、時折、こうした他所から来たらしい人間が働き口を求めてやって来る事もある。
身一つ、しかも何らかの事情を抱えている場合、どうも人は目立たない道を歩きたがるらしい。或いは、一人で歩く事によって己を整理し、決心を固める為の時間として必要なのか。
カールが正にそうであった。
その女とすれ違いながら、カールはミュリアムの事を思い浮かべた。
彼女のその後は、全く知ることが出来ていない。
モルドとの話にも出てこなかったし、彼から聞いた限りでは仲間とも接触していなかったらしい。単にタイミング的な物もあったかも知れないが、何れにしてもミュリアムの消息は不明なままだ。
彼の記憶に残るミュリアムの笑顔が浮かぶと、彼の名前を呼ぶ声色まで鮮明に思い出せた。今更だが、もっと強く彼女を引き止めるか、着いていくべきだったのでは無いかとカールは後悔していた。
「カール!」
今も耳にハッキリと聞こえるミュリアムの声…
「って、え!?」
驚いて顔を上げると、前方数メートルに手を振る女が居た。
誰だとカールが訝しんでいると、再び女はカールの名前を呼ぶ。
「カール」
間違いない、ミュリアムの声だったが、彼女はすっかり雰囲気が変わっていた。
「どうしたんだ…ミュリアム? 何故、ここに? いや、何で僕がここに居るって…」
「もう、カール落ち着いて。 そんなにいっぺんに質問されても答えられないわよ」
言いながらも、二人は手を取り合って再会を喜び合う。
近くの公園に移動した後、二人はどうでも良い会話をしてから互いをまじまじと見る。
何というか、本当にミュリアムは大きく変化してしまっていた。
肩よりも伸びた髪に、化粧までしていて垢抜けている。以前はどこか幼さの様な物が抜けきれていなかったが、今ではすっかり大人の女性と言って良い程に落ち着いてもいた。
「なあに? 変な目で見て」
「ち、違うよ。 そんなんじゃ…」
そう言いながらも、カールは顔を赤らめて俯く。それを見てミュリアムが吹き出していた。どうやら、中身はそこまで変わっていないらしいのを知って、カールも安心する。
実際、自分の変化にはミュリアム自身も驚いていた。
自分の中で止まっていた時が動き出しでもしたかの様に、短い期間に己自身が変化した様な感覚もあった。
そして、その先に彼女が見ていたのはカールであった事にも気が付き、それで会いに来たのだ。
「頑張ってた?」
「ああ、今はレイソートって会社で働いているんだ」
「知ってる。 モルドから聞いた。 皆んなの事も」
「え? じゃあ、ミュリアムの所にも現れたのか?」
それに対して彼女は首を振る。説明はしてくれなかったが、多分、強引な手法を取ったのだろう。彼女らしいと言えば、彼女らしい。
「私ね、恋人が居たの」
それを聞いて、カールはドキリとする。
「彼が死んだ場所に行ってきてね、お別れして来たんだ」
そう言って立ち上がったミュリアムは伸びをする。
その顔はどこか清々しく、吹っ切れた様に、これまでに見たことが無い良い顔をしていた。
(そうか。 過去と向き合ってきたのか)
カールは心の内で納得して頷いた。
「ミュリアム、これからどうするんだい?」
「ん? んー…まだ決めてない」
「傭兵を続けるつもりなのか?」
「傭兵は流石にもう無理。伝手も失ったし、私は裏切り者みたいんなもんだし」
ミュリアムはフフッと笑ったが、どこか寂しそうな印象をカールは受けた。
「良かったら、僕の所においでよ。 部屋も余ってるし、一人くらいなら面倒を見ること位もできるよ」
カールは間違いなく、この時まで朴念仁には違いなかった。
彼から出た言葉の意味には、かつての仲間を助けてあげたいと言う思いの方が強かったからだ。これでは、相手の方が一歩、前に進める努力が必要となる。
「ふふ、それってプロポーズ?」
「ええ!? そんなつもりじゃ…いや、そうなる様にしないと行けないんだよな」
そう言って立ち上がると、カールはミュリアムの手を力強く握る。
そして、二人はそのまま歩き出した。
依然、閑散として人通りの少ない、遠く長く続く道のりを。
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
巨大な倉庫に何体ものMSが並べられ、その内の一つを老人が見上げていた。
MSと言っても、中身は殆どが入れ替えられており、外装はともかく中身は一般に手に入る既製品に置き換えられている為、機能としてはオリジナルには及ばない物ばかりだ。
老人は富豪と言っても良い人物であるが、ここは、彼の父親が道楽の末に所有した物でもある。
彼の父親は、前の代から莫大な資金を受け継いだだけではなく、経営の才もあって幾つかの会社まで立ち上げていた。
その過程でアナハイムと言う巨大企業とも関係を結ぶと、更に金を持て余し、遂にはMSをコレクションすると言う趣味に走ったのだ。
その資産を、彼は幾つかの会社も含めて色々あって全て受け継ぐ事にした。その理由の一つは、この倉庫内にあったMSにあるとも言えるだろう。
今、その老人の傍らには、一人の男が怠そうにして立っている。
サングラスをかけ、着崩した風貌は如何にもガラが悪いのだが、どこかスキのない雰囲気も醸し出している。
そして、その男は、何やら報告書の様な物を読み上げてもいた。
「…以上が、お探しの母船と思しき残骸から、データが消える前に引き出した資料の全てだ。 残念ながら、これ以上の事は不明で、何も分からん。 それと、民間のデータベースを調べた限りだが、カール・ヒノ、ミュリアム・トレノアなんて人物も見つけられなかったぜ。 念の為、アンタの会社、レイソートの方も調べさせてもらったが、やはり空振りだった。 そう言う訳でコッチの意見としては、当該人物は最初から居なかったってのが結論だ。 で、どうする?」
それを聞いても、老人は暫く黙ってMSを見ているだけだったが、今度は鋭い眼光で報告した男を見る。
それにより、サングラスをかけた男は身を竦めると、少し観念した様にしてから話し出す。
「ああ、お察しの通りだ。 吸い出したデータはコピーのコピーだ。 本物かどうかも怪しい。 所々に出ていた数値、あれを合わせると辻褄が合わないからな。 だが、良い所までいったはずだ。 むしろ、包み隠さず報告した事を評価して欲しいね」
それを聞いても、老人は鋭い眼光を向けたままだ。
「~そんなに睨んでくれるな。 こっちも出来る限りの事はやった。 第一、情報の出どころは、アンタが紹介したアラン・ウィリスだか、サクルとか言う奴も絡んでる。 これ以上文句があるなら、そっちにも問い合わせてくれよ」
「そうか…」
そこで初めて、老人は溜息をついて男を睨むのを止める。
老人は再びMSへと視線を移し、今度は手だけで合図をした。
それを見て、報告していた男も軽く手を上げてから立ち去る。
男が行って暫くしてから、老人は視線を下の方へと落とした。
他のMSが立派に飾られ、形式番号や名称、性能などを堂々と示したプレート共に置かれている中で、その機体だけは"ゼエタガンダム"と言う名称のみが書かれているだけだった・・・・・
ZガンダムAWS 完