会社から突然の辞令を受けたカール・ヒノは、上の連中からは支援部隊と称される傭兵部隊、ジェミニボックスへとやってきていた。
時は宇宙世紀0086、12月頃。
工場も本社もスペースコロニーにあるRS社だが、朝出勤するとその場で辞令を受け、その日の内に急かされるまま出発し、その後も目が回る様な状態で引っ張り回されて、気がつけば遠く離れた宇宙の果てに居ると言う感じでカール・ヒノは現在に至る。
その為か、彼は連絡用小型艇、通称スペースランチから降りても呆然としていた。
周囲を見渡せば人は居るが、まるでコチラに無関心であり、それぞれが忙しそうに動いている。
(どうしよう…)
訳も分からずここへ来てしまったカールは、引きずり回した案内人が即座にランチに乗って去ってしまった為、次に何をして良いのかと頭でまとめられずにいた。
そうした事もあってか、途方にくれて辺りをキョロキョロしていたのに、自分の見知ったMSが置いてあるのに気が付くのに随分と時間がかかってしまう。
いや、気が付かなかったのは色が彼が工場内で見た、如何にも製造中と言ったグレーや錆色とは違っていた性もあったかもしれない。
そこにあるMSは、濃い緑を基本色に白のストライプが入った塗装が施されていたので、パッと見でも認識を鈍らせる様な状態となっていたのだ。
「ゼーラスだ…」
ようやく気が付いたカールは、彼自身が開発にも関わった事のあるMSが三機、他のMSと混じってコンテナ内に置いてある事に気が付いて呟いた。
その他のMSと言っても、カールには良く分からない。
恐らくジム2だとは思うのだが、軍用MSをじっくり間近で見る機会など無いので、どうにも判断できない。
第一、前の型のジムも溢れているらしいので、マニアでもない限りは判別などできないだろう。
ゼーラスの内一機は横倒しにされ、脚部と頭部が取り外されて大掛かりに何かがされている感じだった。
ただ、自分が携わっていたゼーラスと目の前にあるMSは少し形状が違っている。まあ、カールが触っていたのは試作機だと言う事だったので、ここにある以上は量産化された物なのだろう。
そう言えば、二機の試作機の内一機は外部に持ち出されたまま帰ってこなかったな。と、今になってすっかり忘れていた事を思い出す。
しかし、既に量産機も配備されていると言うのに、今更自分を呼んで何をするというのか。
カールはRS社所属のテストパイロットである。
と言っても、あくまでもサブであり、腕や足と言った部分的な動きのテストをするのが主な役割で、MSを実際に動かす為のメインとされるテストパイロットではない。
元々、カールは同社のプチMSを使う部署に所属していた。
彼は特にMSが好きだった訳ではない。
コロニー暮らしの貧困層、しかも早くに親すら失った彼が手っ取り早く稼ぐ方法として身につけたのが、たまたまそれだったと言うだけだ。
実際、この世界、特にコロニーにおいてMSを動かせる者は需要が高く、引く手あまたと言って良かった。
ほぼ独学とスラム街の怪しい教習所で一通りの事を習っただけだと言うのに、それでもカールはRS社の入社試験で見事に合格したのだった。
ペーパー試験などもあるにはあったが、少なくともカールのいたコロニーでは持ち出し型端末は掃いて捨てる程あった為、それこそジャンク屋を彷徨くだけで基本的な教養すら身につけられたので、それも問題とは成らなかった。
その分、学校に通う連中は更に高度な事を学んでいる為、技術を身につける以外に対抗する手段は無いとも言える。
その後、純粋に仕事に打ち込んだと言う事もあったのだろうが、彼は自分でも驚くほど腕を上げて行き、それが目に止まったのか会社から各種のMSに関する資格なども積極的に取らされ、最終的にテストパイロットとしてMS開発部門へと異動させられたのだ。
彼は困惑した。
MSを本格的に操作するなど、荷が重すぎると考えたからだ。
もっとも、彼のその心配は杞憂であり、実際の仕事は雑用に近い物であったと言えるだろう。
テストパイロットと言っても、各部位を決まった動作、回数で動かすだけの地味な仕事が殆どであり、本格的にMSを動かすこと等なかったからだ。
他のMS開発現場など見た事は無かったが、これをテストパイロットと言って良いのか流石にカールも疑問に思う物の、社内では少なくともそう言う扱いになっていたので仕方が無い。
しかし、カールは現場では重宝がられ、プチMSによる作業の手伝いから支援、開発中のMSの動作テスト等、本当に多岐に渡って関わらされた。
まあ、場合によっては既に帰宅して寝る準備をしているのに呼び出されたりする事もあったが、元の貧困さを知っているだけに文句は言えない。
不満が一つあるとすれば、どう考えても自分の方が時間的に長く働いているのに、メインのテストパイロットよりも給料が安い事だと言える。
もちろん、カールの給料は決して安い方ではない。
だが、メインのテストパイロットは時折MSを動かすだけでカールと同等以上の給料をもらっているらしく、そこには納得できなかった。
ただ、同じ事をやれと言われれば、やはり無理なのだろう。
そんな感じで彼が関わって開発していたのが、社内秘匿名称、ZX-006。通称ゼーラスと言うMSだった。
入社式当日、副社長が挨拶で「我社はAE社と競うだけの力を身につけて行く」等と力強く語っているのを聞いた時は、意味不明で流石に大丈夫かこの会社と思った物だ。
MSに大して興味の無いカールでさえも、AE社の存在は良く知っていた。
今や、スペースノイドが生活する上において、AE社の名前や製品を切り離すなど不可能となっているからだ。
特にMS開発においては、今や連邦軍でさえも凌ぐと言うのが一般的な評価であり、それと競うなど当初は鼻で笑う様な話だと思った。
ところが、目の前に自社製MSが実際に戦艦の中に置かれているのを見ると、急に実感めいた物が湧いてくる。
案外、あの副社長が言っていた事は実現可能な事なのかも知れない。
「カール、カール・ヒノ!」
突然、自分の名前を呼ばれた事にカールはハッとする。
キョロキョロと見回すと、つなぎ服を着た一人の男が、何やらバインダーの様な物を片手にコチラを面倒くさそうに見ていた。
「あ、ハイ。 僕です」
カールは慌てて返事をし、重力に翻弄されない様に慎重に体を制御して、その男へと上手に近づく。
つもりだったが、慣れない場所と緊張からか、思った以上に勢いがついてしまい、気が付いた時には既に制御できない速度が出ていた。
しかし、意外にもそれを優しく受け止めたのは、その面倒くさそうに名前を呼んだ男だった。
かなり慣れているらしく、間違えれば自分も巻き込まれるのを上手く回避すると、カールの勢いを削いで床にゆっくりと立たせてくれたのだ。
「あ、ありがとう、ございます」
「気をつけろよ。 怪我でもされたら、面倒だからな」
そう言って笑った男の顔は、意外にも優しい。日焼けなのか整備の汚れか、顔は浅黒い。
身長は、170cmにやや届かないカールよりもやや高い程度だったが、がっちりとした体格をしている。面倒くさそうにしていた顔は、癖か地顔なのだろうか?
「16番へ行ってくれ。 艦長らがお待ちだ」
そう言って格納庫の上の方を指した男は、直様踵を返すと足早に去ろうとする。
「あの、お名前は!」
「グルディ・バッジ。 グルードとでも呼んでくれ」
振り向きもせず手にしたバインダーをひらひらさせながら、グルードと名乗った男は、そのまま何処かへと立ち去った。
再び一人取り残されたカールは今一度あたりを見回してから、床を蹴って上の方へと体を運んだ。今度こそ、慎重に。
「16番って……」
不安を覚えながらも指示された方向へ移動してみれば、直ぐにその意味が分かった。
今どきでは珍しい、何かしらのプレートに手書きでカラフルにペイントされた案内図と、船内の壁面には同じくプレートと揃えられた色のラインと数字が描かれている。
カールが知る限り、今どきの宇宙船でこうした案内の方法は珍しいと言えた。
端末の様な物も置かれていたが、使っていないのか使えないのか画面は暗い。そもそも電気が来ていないようだ。
「これが、ジェミニボックスってところか」
RS社において支援部隊の存在は一般的には秘匿扱いとされている。
実際、社員の殆どがその事を知らない。
RS社ではMS開発はカモフラージュされている上に、関係者以外は立ち入れない厳重なセキュリティが施されている場所で行われている。
と言ってもコロニー自体が大すぎるので、隠れて何かをやろうと思えば何でもできた。
事実、RS社もミノフスキー粒子を散布した上でMSを持ち出しては、大っぴらにテストしていた程である。
そうした事からMS開発に直接関わる部署は、必然的に支援部隊の事を知っていたし、カールもその内の一人と言えた。
当然の様に守秘義務を書類により結ばされているので、表向きは何も知らない風を装っている。
ただ、直接的にもたらされる情報というのは限りなく少ない為、支援部隊の事は噂程度にしか知らないのが現状でもあった。
そうした中でカールが知っていたのは、せいぜいジェミニボックスと言う名称や、寄せ集めの部隊と言った程度の事である。
何より、評判はあまり良くないとも聞いていた。
そして、艦内の様子を目の当たりにした事で、それらの噂が一部は当たっていると納得する。
わざわざこの様な案内を設けているのは、何もかもが寄せ集め故に、現地で改善してきた結果なのだろう。
この母艦ジェミニボックスさえ、故障艦を再生した為、普通の作りでは無いと考えられるし、元ジオン兵向けに考慮された物であるかも知れない。
そんな事を考えている内に、カールは16番のラインが途切れた場所へと辿り着いていた。
「RS社から来ました。 カール・ヒノです。 入ります」
等と挨拶したが、彼は一泊開けて待つ。すると、扉の向こうの方から「入ってくれ」とくぐもった声がしたので、ようやく扉を開けた。
中に入ると、そこには異様な光景が彼を待ち受ける。
如何にも軍人と言った風情の男が四人。一人は部屋奥の壁際に立っていたが、残りはそれぞれの椅子に腰掛け、連邦、ジオン、それぞれの軍服を着崩して、ふてぶてしそうにコチラに顔を向ける。
三人は中年と言った感じだったが、実際の齢以上に年季の様な物をまとっていた。残りの一人は若くイケメンと言った感じだが、こちらも独特の雰囲気をまとっていて、全員が一般人とは異なるのが見た目でも分かった。
それぞれの軍服はひと目見てそれだと分かる物だが、階級章やら所属を表す様な物は誰一人として付けていない。
それどころか、中には引き千切った様な跡があり、規律的に不安を覚える。
ただ一人、カールには分からない制服を着、キャップで艦長と分かる人だけは身なりをきちんとしていたが、両足を組み肩肘を付いて、やはりふてぶてしくカールを見ていた。
その艦長らしき人物の制服は一見すると連邦っぽいのだが、妙に垢抜けていて似合っていないと言うか、軍人色があまり無い。後に聞いた話では、反地球連邦の制服とからしい事が判明する。
「子供? お前、何歳だ?」
不躾に、腰掛けているジオン兵の軍服を来た男が訪ねてきた。歳の頃は30くらいだろうか。がっしりとした体格で、如何にも軍人ぽい。
「19…いえ、あと数ヶ月で二十歳になります」
緊張した面持ちでカールは答えた。相手の態度からすると突っ込まれそうでもあったが、今の彼にはそれ以外に武器はない。
しかし、予想に反して相手は何も言わなかった。その代わりに、椅子に更に深く腰掛け直し、手と足を投げ出してふてぶてしさを増す。
(こ、怖い。 帰りたい)
内心、この場から今直ぐ走って逃げ出したい気持ちになったのは、何もジオンの軍服を来た男の性だけではない。
むしろ、連邦軍の服を来た男の方がカールには怖かった。
さっきからコチラに鋭い眼光を向けており、視線もそらさなければ、瞬き一つせずにカールを見ている。
何を考えているかは分からなかったが、まるで、こっちに襲いかかる隙きを伺っている様にさえ思えた。
「優秀なテストパイロットと聞いたが…どうかね」
沈黙の時間も耐え難かったが、それにも増して最悪の質問を艦長がカールへと投げかけてくる。
「え!? 優秀……」
困惑するカール。テストパイロットと呼ばれるのさえ恥ずかしいのに、更に優秀などとは。そもそも、自分が呼ばれた理由が未だに分からない。
「"ゼータエックス"の改良機、そっちで現地改修の調整をしてくれるんだろ」
そう言ったのは、眼光の鋭い連邦の服を着た男だった。
「か、改良!? 何の話ですか」
その一言に、場の空気が白けた感じになる。
(俺は悪くないのに!)
カールは心の内で叫んだ。