「聞いてないですよ。 だいたい、MSの操作なんて、やった事ないんですから」
『何を言っとる。 あれだけMSを上手く扱う奴が』
「それはプチMSの話でしょう。 大型、それも軍用の新型を現地調整の為に乗るなんて、僕にできる分けないですよ」
派遣された真相を身を持って知る事になったカール・ヒノは、本社の担当者、ディバッツ・コーズに不満をぶちまけた。
現在、補給を受ける為にジェミニボックスはコロニーの近くまでやって来ている。
お陰で、ようやく本社とも連絡が取れる様になったのだが、この位置に来るまで一ヶ月以上も待たされたのだ。
その間に溜め込んだ鬱憤は、本当はこんな物ではない。
ジェミニボックスに到着早々、カールは寄せ集めの洗礼を嫌という程に味わう。全員がそうだが、連中はどこかしら歓迎しない雰囲気を持っていた。
そして、誰も彼も一癖も二癖もある連中ばかりで、そもそもやり難い。
無愛想な上に何を考えているのか分からない艦長。
やたらと細かい事にまで気を配り、側に居るだけで緊張する元連邦軍少佐。
荒くれの元ジオン兵に、ちっとも協力しない整備員達。
全く事情を聞かされていなかったカールは、艦長のハッサス・バートンと副官的な元連邦軍少佐、イド・ノーガル、そしてMS部隊の実質的な隊長である元ジオン兵、グスターブ・バレンから話を聞かされて仰天する。
ゼーラス開発に少なからず関わっていた自分でさえ知らなかった、改良機の現地テストをやれと言われたのだ。
何で自分が?
当然の疑問であったのだが、誰もそれに明確に答えてくれる者は居なかった。
その時は既に本社からは遠く、連絡も簡単にはできない状態にあったからだ。
しかも艦長をはじめとしたジェミニボックスの連中は、このゼーラスの改良案には全くのノータッチの姿勢を見せ、解体こそやったが後はカールに丸投げすると言う有様だった。
正直、専門外である事をやらされるのには面食らったが、仕事で来た以上はやるしかない。第一、他に頼れる者など居ないのだ。
結果、カールは孤立無援で一ヶ月間戦い続ける事になる。
先ずやらなければならなかったのは、ゼーラスの組み立てからであった。
床に横倒しにされていたのがそれであり、両脚部と頭部を新装備に換装しなければならなかったのだが、規格がRS社独自の物であると言う事から、現地のメカニックに嫌がられると言う問題が起きていた。
じゃあ、今までどうやって整備していたんだと文句を言いたかったのだが、接している内に、それらが単なる言い訳に過ぎない事を悟る。
連中、もらえる金以上の仕事は遣りたくないと言うのが本音なのだろう。
仕方無しにカールは組み立てまで自分でやる羽目になった。
幸い、ゼーラスの各部パーツ取り付けの手伝もしていたので、その経験とマニュアルをにらめっこしながら、連日連夜に渡って作業を敢行、何とか形にする事はできた。
新装備は頭部と脚部。
両足にはエンジンが入っており、これによって出力が上がるとされている。頭部もより高精度なセンサーが採用された物で、後で届く新型ビームライフルと併用する事で攻撃力と命中精度の両方が強化されるらしい。
脚部はエンジンが入っている為、見た目的には下膨れなシルエットとなってはいたが、その割にはノーマルのゼーラスとそれ程変わらない太さでも収まっており、カールには、どうしてもそれで改良できているとは思えなかった。
むしろ、重量が増えただけではないかとも考えていたが、それは半分当たりで半分は間違いだったと言える。
頭部は、ノーマルゼーラスがゴーグルタイプであったのに対し、新装備は変則的なツインアイとなっていた。
外から見た形状はツインアイっぽいのだが、カバーグラスの方は繋がっており、一見するとゴーグルタイプなのだ。ただし、内部カメラは複数あるので、性能は高いのだろう。
形になったゼーラスを見た時、カールは一人で勝ち誇っていたのだが、問題はその後だった。
各部のセッティングともなると、専門ではないカールには難しすぎたのだ。
あーでもない、こーでもないと一人で唸っていたら、流石に見かねたのか何人かが少なからずアドバイスしたり手伝ってくれる事もあった。
だが、それとて気分の良いやり取りとが常に行われていたとは限らない。
罵倒され、文句を言われ、時にはカールの能力不足を責められる事もあったのだ。
専門ではない自分に言われても、それらは全て的外れだと思ったのだが、迂闊にそれらを認めてしまえば会社の名前に泥を塗ると言う強迫観念から、カールは歯を食いしばって耐えた。
一週間で何とか組み立てを完了し、次の一週間でOSと各部の認識を成功させ、更に一週間で倉庫内での駆動テストにまで漕ぎ着けたのだが、そこからは完全に行き詰まる。
何かしらのエラーや不具合が連続して発生し、動かす事はできても予定の能力に達しないなど、カールにはお手上げ状態が続いたのだ。
仕方無しに出来る範囲で解体して原因を探ろうとするも、やはりチンプンカンプンだった。ただ一つ、それで怪しい所が判明する。
てっきり新装備はRS社製だと思っていたのだが、各部にAE社のマークが見える事から、別会社製故の予期しない不具合、もしくは、より高い専門的な知識が必要だと考えられた。
この点に付いて艦長であるハッサスにも聞いて見たのだが、そちらで対処すべき問題だと、にべもなく返されてしまう。
そんなカールに、ジェミニボックスの連中は容赦なく心無い言葉を浴びせて来る。
中には「何時まで、メカニックごっこをして遊んでいるんだ」等と言われ、流石に切れそうになったが、ここで問題を起こせば会社をクビになる可能性がチラついて何とか堪えた。
大体、ここには自分の味方は居ない。
初日に会った人の良さそうなグルードと言う男に相談しようとも考えたのだが、彼は時折見かける程度でしかなく接触するのさえ難しい。
また、彼はMS部隊の重要な一人だったらしく、それ故に整備等で巻き込むわけにも行かず、声をかけ難いと言う理由も邪魔をした。
第一毎日忙しそうにしていたし、頻繁に呼び出されたりMSに乗って発進してもいたので、本当の意味で見かける以外に接点がなかったのだ。
碌でもない連中。
それが、カールが最初に持った、ジェミニボックス全員への評価でもある。
それ以降、彼は乗員の事をできるだけ無視し、表面的にしか付き合わない様にしていた。
しかし、腑に落ちない事がある。
カールに対するあまりにもな態度もそうだが、自分達が使うはずのMSに連中がここまで非協力的な理由が分からない。
そして、もう一つ。現地改修機をその場でテストしろというのは、あまりにも変だ。
新装備を現地で装備して使うと言う事はあるかもしれない。しかし、それはメーカー側である程度テストが済んでいる事が前提となる。
だが、今扱っている装備品は、明らかにマッチングからして初めてと言う感じがしてならない。
専門ではないので断定はできないが、全く別機体の設計図や性能で装備品の擦り合わせをしただけの様に思えるのだ。
そんな状態で彼は一ヶ月間この日を待った。そして、遂に本社担当と話が出来たのである。
「僕が優秀と言うのはそっちではそうなんでしょ。 認めますよ。 でも、組み立てから調整までやるなんて聞いてません。 それに専門じゃないんだから、これ以上は無理です。 実際、完全に行き詰まっているんだから。 何とかして下さい」
『…なぜ、君が組み立てている? そっちにも整備員やメカニックくらい居るだろう?』
「知りませんよ。 金の分以上には働きたくないって。 兎に角、新装備とゼーラス側のマッチングは、専門的な知識が必要なのは確かなんです。 例え、ここの人たちが加わったとしても、不具合は解消しませんよ。 大至急、専門家なり設計者なりを寄越してください。 それと、メインのテストパイロットはセムさんでしょ。 あの人が適任なんだから。 僕なんかより、よっぽど立派にできるはずです。 その為に、高い給料をもらっているはずですよ。 後は知りませんからね! 時間も無いんでコレで」
担当者は尚も何かを言いかけたが、カールは言いたい事だけを言うと強引に通信を切った。
一人あたりが通話できる時間は限られている為それを匂わせはしたが、本当はあと数十秒は話せたはずだ。
チラっと通信担当者を見ると、肩をすくめる様な仕草をする。
今まで溜まっていた不満や文句をカールは全方位で発散できた気がして、少し気が晴れた感じがしていた。
それに気を良くした彼は鼻をフンと鳴らしながら肩を怒らす様にすると、その場を後にする。
向かった先は格納庫。ゼーラス改良機、通称J型の所だ。
ゼーラスには、今のところA型だのB型だのと言ったバリエーション機は無いはずだった。
なのに行き成りすっ飛ばして何故J型なのかと疑問に思ったが、マニュアルによれば、Jと言うのはヤークトと言う意味から来ているらしい。これで、カールは一つ確信めいた物を勝手に得る。
AE社には、ジオン系の技術者も多く居ると言われており、それらの人間が関わっているとしたら、行き成りJ型とされる可能性も十分にあり得る。
これらから導き出された答えは、AE社がRS社に嫌がらせをしていると言うシナリオだ。
幼稚な発想ではあるが、それだと、今現在起きている全ての事に納得が行く気がした。
メインではなくサブのテストパイロットである自分が寄越されたのも、誰一人、この改良機に関して無知かつ携わろうとしない事も。
全ては、両社のメンツとか思惑がぶつかりあった結果なのかも知れない。
意地を張っているのか、相手を下として扱う為にやっているのかは分からないが、両社共にブタなカードを出し合って泥仕合をやっている様にカールには感じられた。
だからこそ、カールの様なテストパイロットかもどうかも分からない人間が、寄越されたのだろう。
「馬鹿げてるよ」
ゼーラスを見上げながら、カールは一人愚痴た。
「よ、天才テストパイロット」
あからさまなからかいに、カールは正面を向いたまま相手に見られない様に苦虫を噛み潰した顔をしてから、元の表情に戻して平静を装って…と言うよりは、作り笑いをしながら振り向く。
「何か用です?」
声をかけてきた相手は、元ジオンの女性兵士、ミュリアム・トレノアだった。
ジェミニボックスにも数人の女性が居たが、何れも屈強とか図太いと言う言葉が当てはまり、色気なんて物はない。
ミュリアムはその方向性とは違うが、色気が無いという点では同じだった。
胸はぺったんこだし、元海兵隊所属と言う事からか、常にベストの様な物を着ていたので尚更だ。
加えて髪型もショートカットにしている上に、金属アレルギーとかで飾り気も無い為、パッと見は男にしか見えない。
実際、初日に顔を会わせた艦長たちの中にミュリアムも居たのだが、カールはてっきり男だと思っていた程だ。
一つ違和感の様な物を覚えていたとしたら、随分と中性的なイケメンだなと思ったくらいだろう。
その後も何度か一緒に作業をして、その度に馬鹿にされたり文句を言われたりもしていたが、女性だと気が付いたのは一週間以上も経った頃だ。
ジェミニボックスで働く大半の人間は浅黒い肌の色をしていた。
理由は日焼けや人種的な物も入っているのだが、ミュリアムの場合は、そのどっちとも言えない浅黒い肌の色をしていた。
しかし、その日に限ってやけに唇がピンク色をしていたのが気になり、それを指摘した時、初めて女性だと気がつく。
何でも、無くしていたと思っていた恋人からもらった口紅をやっと見つけたとかで、そうした会話も含めて女性だと判断できたのだ。
もっとも、それで何かが変わった訳でもなく、相変わらず向こうはカールを時に敵対視して声を荒げ、あるいは小馬鹿にしてきた。
カールはカールで、口紅を引いた程度では色気が全く変化しない、小煩いこの女が側に来るのには迷惑でしかなかった。
恐らくだが両者とも手の内を分かっている為か、今日も見えない火花が散る。
「おタクのあの乗機、何時になったら発進できるのさ」
ミュリアムが親指でゼーラスを指す仕草をする。ハスキーボイスと言うよりはカスレ声寄りで、やはり知らない人が見たら女とは思わないだろう。
「発進できないのは、僕のせいじゃない。 新装備との相性が根本的に悪い可能性もあるんだ。 第一、テストパイロットが組み立てまでやらされるなんて、聞いた事がないですよ」
「ウチらは、現場で必要があれば何でもやるけど?」
「軍人さんはね。 僕は、そうじゃない。 第一民間のテストパイロット、それもサブとしての扱いに、こんなのは難しすぎますよ」
年齢で言えば、ミュレアムの方が年上のはずなのだが、階級と言った物も明確ではないこのジェミニボックスにおいては、下手に出ると格下扱いとされるのをカールも学んでいたので強気に出る。
「何? ウチらに泣きつきたい訳? どうか、組み立てを手伝って下さいって」
「冗談じゃない。 組み立てなら既に終わっているでしょ。 マッチングの問題が解決できないって言っているんです」
「それを解決するのが、おタクの仕事でしょ。 て・ん・さ・い・テストパイロットさん」
「っ~」
これ以上相手をしていられないと思ったカールは、くるりと向きを変えると、床を蹴って艦内の方へと戻る中段に設けられた入り口スロープへと飛ぶ。資料の整理も山積みなので、自室のパソコンでも弄ろうと思ったのだ。
すると、グスターブ・バレンがスロープの方に居て、コチラの方…と言うよりは、格納庫の下の方を見ていた。
「随分と仲が良くなったな、小僧」
カールが到着すると、すれ違いざまにグスターブが言い放つ。
「あれで仲が良いって、心外ですよ」
首だけでカールも振り向き格納庫の方を見ると、ミュリアムがメカニックの人間と何事かを話しているのが見えた。
一ヶ月経った今でこそ、ミュリアムとの関係は多少はマシになったとも言えるが、暫くの間は、本当に険悪だった。
何せ、行き成り背中から蹴飛ばされたと言うのが、彼女との実質的に最初の接触だったからだ。
確かに、MSの導線上でカールがウロウロしていたのも悪いが、何も蹴らなくても良かったのではないか?
そう抗議したが、激しい口論にまで発展。アウェイと言う事もあったのと、イケメンと思った相手に気後れして、カールの方から引いてしまった。
それは即ち、自分は下だとここでは言っている様な物だ。
以降、出遅れたこともあって事ある毎に衝突していたのだが、一週間を過ぎた当たりから、彼女との関係は少しだけ変化した。
見かねたのか、それとも馬鹿にする材料を見つけようとしたのか分からないが、ミュリアムも徐々に手伝い始めてきて、その頃から対応が柔らかくなった様な気がする。
もちろん、最初に比べての話だが。
「仲良くするつもりが無いのは、ここの人たちの方ですよ。 ミュリアムさんだって、本当はどうなんだか」
「まあ、そう言うな。 ミュリアムと歳が近いのは、お前さんだけなんだ。 ちょっとは遊んでやれ」
最後の台詞に、ワザと意味深な事を含めたのをカールは感じた。
以前なら、それで取り乱したのだが、ここに来て随分と鍛えられたので、彼もある程度の図太さを持っていた。その為、反撃に出る。
「遊ばせてもらえるなら、組み立てとか手伝って欲しいですね。 大体、あのゼーラスは、あなた方が使うんでしょう? もっと協力してくれても良いんじゃないですか」
「何言ってやがる。 あれは、お前さんの専用機だ。 第一ゼーラスは俺たちには使い難いんだよ」
「僕の専用機って…え?」
思わぬ返事にカールは言葉を失う。もちろん、前半の嫌味にではない。
「ゼーラスって、性能が悪いんですか?」
カールも開発には関わったが部位ごとにしか見ていなかったので、このMSの全体的な性能に付いては、そう言えば知らないと今更ながらに思ったからだ。
スペック的には知っているつもりだったが、それは単なる数値であり、実際の性能となると実感がない。それ故、急に不安になる。
プチMSや作業ポッドをカールも扱っていた以上、機械の数値的な性能が、必ずしも使う側の求める物とは違う事を理解はしていたつもりだったからだ。
「いや? ゼーラスは良いMSだぜ。 性能と言う点では申し分ない。 お上品な新兵が扱うにはキツイかも知れないが、俺たちなら問題ない。 特に、ウェーブライダー形態で発進すれば目的地に早く着けるし、そうした面は作戦を有利に進められるからな」
「じゃあ…」
「ただな、色んな意味で複雑すぎて、俺らの手には余るんだ。 必要な時に動かせないんじゃ、意味がない」
そう言えば、ゼーラスは予備機を含めて、20機程が作られていたはずだ。
なのに、このジェミニボックスには、外で駐機している物と合わせても5機しか見たことがない。しかも内1機は、カールが手をかけていて使う事ができない。
では、残りのゼーラスはどこにあるのか?
「他の機体は?」
「アナハイムで整備を受けてるよ」
「アナハイム?」
てっきりRS社で整備を行っていると思っていただけに、カールは驚いた。
いや、確かに、生産はAE社でOEM…とはちょっと違うらしいが、向こうの生産ラインを利用したと聞いた事がある。
RS社でも生産はできない事は無いと言っていたが、その辺の決定についてはカールは聞かされていない。
そうした契約において、整備もアナハイムがやるという事になったのだろうか?
だとしたら、余計に腑に落ちない事がある。
整備もアナハイムが行っているのであれば、新装備だって、その辺をちゃんと調べてから作ったはず。ならば、マッチングしないというのはおかしい。
嫌がらせをRS社にするという発想は、カールでも子供じみて疑わしいと思っていただけに、グスターブとの会話が本当なら話が違ってくる。
カールは、心当たりを求めて急いだ。