ZガンダムAWS   作:ST郎

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6.ゼーラスJ型 3

「い、いててて。 もう少し、優しくして下さいよ」

「なーに、言ってるの。 これくらい大した事ないわよ」

「それって、軍人さんの基準ですよね?」

「あたしらだって、立派な民間人だよ」

 グスターブに促される様にしてカールは医務室へと来ていた。そこでサムことサマンサ・ワイナアナの手当を受けていたが、これがかなり雑で痛い。

 サムも女性であったが、かなりふくよかな体型をしていて本当に医療関係者なのかと疑いたくなる程だ。

 聞けば、彼女も軍人出のいわゆる軍医と言うやつらしいのだが、乗員の殆どが痩せ型の中にあって、彼女だけが肥えていると言うのにカールは複雑な事情を勝手に想像する。

 

「ハイ、終わり。 脇腹の方は、多分ただの打撲とは思うけど、よっぽど痛くならない限りは我慢なさい。 薬とか、この船では貴重だからね」

 最後にカールの口端に絆創膏をピッと貼りウィンクして見せたサムだったが、カールにはそれが脅迫に見えた。本当にこの船は大丈夫なのだろうか。

 

「ザッドは?」

 事のあらましを大体聞いていたサムは、一通りの治療を終えた後でグスターブに尋ねる。

 それに対し壁に寄りかかって見ていたグスターブは、腕を組んだままで肩をすくめて返事をする。それで分かるのか、サムは「そう」とだけ返した。

 

「戻ります」

 これ以上この場に居たくなかったカールは、あらゆる事を無視するつもりで扉に向かったが、予想に反して誰も止める事がなかったので、そのまま入り口へとすんなりと辿り着いてしまう。

 出る時にグスターブをチラッと見たが、特に関心を向けていると言う様子は無い。

 一体、何なんだ。

 カールはモヤモヤした物を感じながら自分の戦場へと足を向けた。

 

 暫く顎を擦る風にしてたグスターブであったが、唐突にサムに尋ねる。

「あの坊や、どう思う?」

「あたしは良い子だと思うけどね」

 デスクに向き直り、何事かをしたままサムはグスターブも見ずに答えた。

「表面上の事を聞いているんじゃないぜ?」

「…あのバカ野郎の事なんて、あたしは最初から信じてなかったよ。 まあ、確かに、アイツのせいで、始めはあの坊やの事も疑ったけどさ」

「ふむ」

「ふふ。 一人で正面切ってケンカを売るなんて、それだけでも芯が通っている証拠だと思うけどね。 今までの頑張りだって、きっとあの子の本当の姿なんだよ」

 それに対し、グスターブは無言で頷いた。

 

 

 あの一件以降、作業は驚くほど早く進んだ。

 

 取り外しと組み立てには、実質的に1日程度で完了してしまった。一週間もかけたカールが、馬鹿らしく思えるくらいだ。

 そもそも、近年のMSは整備性の事まで考えられて作られている。その為、専門職の手にかかれば、パーツの組み換え程度は簡単な作業とも言えるのだろう。

 実際、カールも本社工場で何度かそうした光景を見ていたが、まるで玩具の部品を交換する様な感じで、簡単にやってのけている感じだったのを覚えている。

 工場では施設等が揃っていたので尚更だったのだろうが、それでも、専門の手にかかればMSの組み立ては難しい事ではないのだ。

 

 正しく組み立てられたゼーラスJ型を前に、カールは格納庫の床に座り込むと、幾つかのケーブルを自分の端末に引き込んで最終チェックを行う。

 

 大雑把にシステムを確認をしてみたが、問題なく各部は認識されエラーも出てこない。

 しかし、今までの事からどうしても慎重になってしまう。

 特に心配なのが、本来は取り付けるべきではない機体に装備を付けた事で、何かの不具合が発生している可能性である。

 

「よ、天才テストパイロット。 調子はどお?」

 何時の間に近づいてきていたのか、ミュリアムが肩越しに端末を覗き込んできた。

 四つん這いの姿勢を宙に浮かせると言う、相変わらず器用な体制をしている。

「ええ、良い感じですよ。 少なくともエラーは出てません」

「そうじゃなくて」

 そう言ってミュリアムは、カールの口端に貼られている絆創膏を指で突付く。

 

 ザッドとの喧嘩があった時、丁度ミュリアムは偵察任務に出ていた為その場に居なかった。

 その後も補給艦との接触準備の為に色々と忙しく動いていたらしく、カールも今になって初めて顔を合わせたくらいだ。

「止めて下さいよ。 痛いでしょ」

 腕で払うが、ミュリアムは意に介さない。

「で、何時動かせるの?」

 カールの心配をしていたと思ったら、途端にMSの心配をする。本当に何なんだと、彼は思った。

「全項目のチェックが終わってからです。 少なくとも、後二日くらいはかかりますよ」

 実際、細かいチェック項目を一から順にやって行くと、カールの能力ではそれ位かかるはずだ。ザッドを含む整備員連中とは組立の時こそ協力してやったが、後の仕事はカールに一任された。

 

 ザッドとは気まずさはあったが、仕事と言う割り切りでもあったのか、何事もなかった様に一緒に作業だけは黙々とやってくれたので、正直助かったと言える。

 カールも特に関係改善にそれ以上努めたいとは思わなかったので、同じ様に黙々と作業に打ち込む事で、わだかまり等は敢えて無視していたつもりだ。

 どの道、補給船が5、6日頃には来るのだから、後はそれに乗って、ここからは立ち去る事になる。

 ただ、それで中途半端に仕事を残して行くのも我慢できない。逃げたとか、放り投げやがってとか、良い様に言われているのが想像できたからだ。

 だからこそ慎重にチェックをした上で完璧な状態でテストに入り、一発でクリアして連中に目にものを見せてやろうと目論んでいた。

 

 一方で日数的な事を考えると、実際に動かせる機会は少ないだろと言うのを考慮しての事でもある。

 何せ、他のMSの発進や、その他の乗員とのスケジュール調整の兼ね合いもあるのだ。

 ジェミニボックスの連中は、ただでさえカールの扱いには厳しい。だからこそ、連中に泣きの頼み事をする真似だけは避けたかった。

 

「MS戦をやるって聞いたけど?」

「あんなの、そっちの不甲斐なさに出た嫌味です。 民間人の僕が戦える分けないでしょ」

 

 どうやら、あの時の話は艦内中に広まっているらしく、誰も彼もが、カールに何時出撃するのかとからかってきていた。

「私達が不甲斐ないぃ?」

 途端にカールの首を、後ろからミュリアムが締める真似をする。

「ちょ、止めて下さい」

 徐々に締め出す事にカールは慌てたが、しばらくしてようやくミュリアムが開放する。

「根性見せなさいよ」

 それだけを言うと、ミュリアムはその場を後にする。

「何だったんだ」

 カールは乱れた襟元を直すと共に、何かに当たりたかったのか、絆創膏を自分で剥がして端末の方へと貼ってやった。

 

 補給船は予定よりも早く到着した。

 話では5、6日はかかると言っていたのに、3日後には来ていたのだ。そのせいで、艦内は慌ただしい。

 様々な補給物資が担ぎ込まれ、それの確認と仕分けにてんやわんやと言った感じだ。

 その中でカールはAE社かRS社、どちらかの担当が来ていないかと探してみたが、見つけ出すことはできなかった。

 念の為に聞いて回ったりもしたが、やはり来ていないと言われる。

 通信した時から、余り日数が経っていない為に嫌な予感はしたが、これはないだろうと憤った。と言うのも、ゼーラスに関する指示書や連絡においても、何も来ていないからだ。

 もしかしたら、カールが不具合の原因を見つけた事で、それが本社に伝わって必要ないと判断された可能性もあって、カールを不安にさせる。

 

 更に彼を焦らせたのが、補給船が既に来ていると言うのに、予定通りにゼーラスのテストをカールにやれと言ってきた事だ。まあ、スケジュール的に決まっていた事でもあるので、ある意味で仕方がない。

 それに、やって出来ない訳ではない。

 

 この時点でも、カールは何とかして見せると、一人気を吐く。

 補給船は様々な事情により、十時間はここに留まる予定だと言うし、それを考えれば、テストを行ってもギリギリで間に合うと考えていたからだ。

 それにしても、このタイミングになっても、尚もカールにテストをさせる事に彼は理不尽だと思った。まあ、これがジェミニボックスの連中だと諦めてもいたが、やはり、どこか納得が行かない。

 

「これは?」

 元連邦軍少佐にして副官的な役割をするイド・ノーガルが、補給船でやって来た者と、例の16番室で話をしていた。手には、書類らしき物を持っている。

 周りには艦長やグスターブも居た。

「その内容の通りです。 支援部隊は、指定宙域にて、監視活動を行って下さい」

「何がある?」

 口を挟んだのは、艦長だった。

「私も詳しい事は……ただ、ティターンズが何かをしようとしている事だけは確かかと」

「俺たちは、本当に監視だけで良いんだろうな?」

 更に口を挟んだのは、グスターブだ。

 

 彼は長年の経験から、この急過ぎる任務にキナ臭いものを感じていたのだ。いや、それは艦長やイドも同じだったのだろう。

 特にイドは、例の鋭い眼光を書類を届けた相手に向ける。

「わ、私は、それを届けに来ただけで。 本当に知らないんですよ。 第一、任務に関しては、その書類の方が詳しいはずです」

 その連絡員は、両手を振って慌てた様にする。

 確かに、任務に関しては書類に書かれている。色々と指示もあるが、最終的には極秘に監視せよとあって、それが一番腑に落ちなかった。

 今まで、偶発的にティターンズとニアミスをする事はあっても、こちらから近づく事など無かったからだ。

 しかも簡単に書かれているが、極秘に監視するなど、たかが支援部隊では容易にできる物ではない。

 

「こちら、ゼーラスJ型。 発艦口ブラボーにて待機。 発進許可を願います」

 自前の宇宙服を着込んだカールは、手際良くパネル等を弄って発進準備と各種のチェック作業に入る。

 ようやくここまで漕ぎ着けたが、補給船が何時帰るかと、ヒヤヒヤしながら乗り込んでもいた。

 補給船が帰るには、まだ5時間程の余裕があるが、テストでは、どんな問題が出るかは分からない。その解決に手間を取られたりトラブルが起きれば、5時間なんてあっという間に吹っ飛ぶ。

 

 因みに発艦口、或いは搬入口ブラボーとは、船体真ん中の正面出入り口の事で、天井の方がアルファと呼称されている。

 そのアルファは殆ど使われない。使われるとしても物資搬入専用、それも戦闘中以外のみの使用とされており、普段の出入りはブラボーから行われていた。

 理由としては、ブラボーの方が視界が広く、出入りに対して監視がし易いかららしい。

 カールはアルファから出入りした事は無いが、確かに上の方は開けられた幅分でしか視界が確保できない為、中と外の連携がし難いだろうとは予想できる。

 ただ、アルファと呼ばれる搬入口がそうなったのは後からの話しらしく、運行初期はメインとしても使われていたらしい。

 それが変わってしまったのは、コンテナ自体の強度に問題があると分かってしまったからだと言う。

 

 最初、アルファの出入り口は非常に大きく開放され、MSの出入りも簡単に行われていたらしいのだが、強度面で問題が出てどんどんと入り口を塞いでいった結果、遂には用途が限定されてしまったのだ。

 そんなの設計段階で気が付けよとカールも思ったのだが、その設計図など無いと言われて呆れた。

 

 そうした理由からか、ジェミニボックスのコンテナは内部こそまともに作られているが、外装は寄せ集めで構成されている為、強度が全然足りなかったらしい。

 しかも、これは運用中に急遽行われた処置らしく、如何にこの船と部隊がまともでないかが分かる話しだとも言えよう。

 

「ああ、もう。 何でこんなギリギリで」

 準備をしながら、カールは愚痴た。管制から連絡が来るのが遅いのにもイライラさせられる。

 本来ならば、その時間は僅かであり、管制側がチェックする当然の時間でもあったはずだ。

『こちら管制、暫く待て』

「オイオイ……」

 待たされる理由は何となく分かる。周囲を見れば、まだ搬入作業の為に人が動いているからだ。ノーマルスーツ等を既に着ている者は別として、それ以外の人間は退避する必要がある。

 

 ジェミニボックスのコンテナにも、一応エアロックの為に出入り口付近は二重となっていたが、その中間部分はどうも完全では無いらしい。

 その為、MSを出す際には、必ず乗員は宇宙用スーツを着るか、退避しなければならないのが決まりだ。

 

 予めMSが出される時間は予定されていたはずなのに、その辺を無視して作業をするのを見て、如何に連中がいい加減なのかとカールは愚痴た。

 そのくせ手順や決まりは守らせようとするのだから、余計に彼はイライラする。

 

 その間を使って再チェックを行う。気になるのはビームライフルとシールドも装備していた為、機体のバランスが釣り合っているかどうかだ。

 本来であればクリーン状態で発進して様子を見たかったのだが、それだとできるチェック項目の数が限りなく減ってしまう為、敢えて装備して出る事にした。

 

 そのビームライフルはジェミニボックスで違法改造されたと言って良い代物であり、本来の装備品ではない。よって、余計に勝手が違う状態でもある。

 ゼーラス用のビーム兵器は、本来はジム2用の物らしいのだが、今は何かしらのパーツを付け足されて砲身が長くなっており、更に威力を高める為に外部にも何かの装置が付けられていた。エネルギーパック化もされているので、継戦力も向上しているらしい。

 これを全部のゼーラスが装備していた為、カールは呆れた声を出したものだ。

 

 と、コクピット前面に、人がやって来たのが映し出される。ミュリアムだった。

 しかも何時も通りの格好で、宇宙服を着ていない。その状態で彼女はノックをしたり、身振り手振りでハッチを開けろという仕草をする。

 基本、MSは人が中に入る事でオートロックされる為、外にもハッチを開ける装置はあるが、叩き割るなどの強硬策を取らないと行けないので、通常は中に居る者に開けてもらう必要があるのだ。

 何かあったのかとロックを解除してハッチを開放すると、彼女はスルリと潜り込んできた。

「ちょ、オイ。 もうすぐ外に出すんだぞ」

「分かってる。 私も同行するの」

「スーツも着てないのに? 認められないよ。 降りてくれ」

「時間無いわよ。 今更私を追い出す方が危険だっての。 それに、ちょっとしか出ないんでしょ。 問題ないわよ」

 本当にいい加減だとカールは考えたが、確かにもう時間はない。既に周囲の人間はスーツを着ていない者は退避しており、同時に管制からも連絡が入った。

『オーケーだ、ゼーラス。 エアロック前に出ろ。 ぶつけるなよ』

「り、了解。 ところで、スーツも着ていない者が中に・・・」

『ああ? 知るか。 そっちで対処しろ』

 ムカつく。カールは舌打ちした。

 

 エアロックが閉まると同時に前部ハッチが開放され、ジェミニボックスの特徴とも言える2つの艦首が目に飛び込んでくる。

 何となく船を見ていた時は、この間から発進できるのではないかと考えてもいたが、MSに乗って目の前にすると、なるほど、確かにこれは無理だ。

 

 一機ずつがゆっくりと発進する程度なら問題ないだろうが、常時出撃する為に使うのは難しいだろう。

 加えて背後のエアロックの構造も考えると、推進機を下手に吹かせばそこを破壊しかねない。

 それに、ここから見て初めて気が付いたのだが、船首付近には補強の為か、それとも他に役割があるのか、上下の方に鉄骨まで渡してあるので更に狭く感じる。

 

 それだけを確認したカールがコンソールの各種スイッチを操作すると、背部に設置されたクレーンがゼーラスを掴み、所定の動きを始める。

 先ず前面に押し出し、持ち上げてから左側へとスライドさせると、あっと言う間に甲板にまで到着した。

 直後、MSを固定する各種アームが次々と外れ、クレーンは勝手に戻って行く。その様は赤色に塗られている事もあって、何か異形の生物を連想させる。

 

 甲板に来ると、直ぐに誘導員がやって来て"待機せよ"のポーズを送って来ると、そのままの姿勢で辺りを見回す。

 数機のMSが駐機していたが、今のカールには見ている余裕はない。

 スケジュールでは三機のMSがカールの前に発進する事になっていた。

 二機は偵察の交代に、後の一機はチェイサーだ。

 直立不動で発進位置に既に待機していた三機は、あっという間に出撃して行く。カールに緊張が走る。

 

 甲板の前後を確認する風にしてから、誘導員が発進位置まで移動する様に合図を送ってきた。

 誘導程度の移動であればカールにも難しい事はない。ただし、カタパルト等無い船なので、発進位置は特別な補強がされた場所から行わなければならない。

 そこからズレたら、当然ながらどやされるだろう。

 もっとも、そこまでピンポイントでもないので心配する程でもないのだが、構造の全体像を知らないカールとしては緊張せずにはいられないのだ。

 

『こちら、管制。 進路オールグリーン。 ゼーラス、発進せよ』

「了解。 ゼーラスJ型。 カール・ヒノ、出ます」

 無謀な同乗者の事も考慮して、カールはできるだけ静かに発進させる。一応、テスト機故に調子を見ながらと言う名目もあった。実際、カールは自前の端末に送られるデータも見ながら、チェックしながら操縦してもいたのだ。

 離陸して母艦からある程度離れたところで、カールはチラッとミュリアムを見た。

「遠慮しないで良いよ。 思いっきりやって」

 それに頷くと、カールは徐々にスロットルを開けた。と言っても、カールもパイロットスーツを着ている訳ではないので、全開にはできない。

 

 推進機が唸りを上げ、あっという間にゼーラスは加速する。流石に速い。これでもまだ七割程度の出力なのだ。

 ゼーラスは基本的に背部にあるテール・バーニアスタビライザーとか言う物を主推進機としているが、このJ型は更に脚部にもエンジンが備わっているので、単純に計算してもノーマル機より1.2倍近い推力を持っているはずである。

 因みに、ゼーラスに備わっているこのテール・バーニアスタビライザーは、後のZガンダムの物と比べると短い為、ロングと言う名称では呼ばれていない。

 

 小さく展開した別モニターを見ると、チェイサーが一定の距離を開けて着いて来ているのが見えた。あっちはジム2だったが、やはり性能に差があるのか、推進機が派手に唸っているのが見える。

 そこで主推進機を止めて、慣性のまま進む。ある程度来たところで、手足を動かして方向転換をしてみた。

 いわゆるAMBACと言う奴を試したのだ。良い具合だ。各部にも何も異常は無い。

「へー、上手いじゃない」

 さも感心した様に、ミュリムが声を上げる。それにはカールもまんざらではなかった。

 ただし、直後に放った彼女の一言「これなら、私がカバーに入らなくても大丈夫そうね」を聞いて、直ぐに考えを撤回する。

 

 何だかんだで、カールもMSの操作には自信があった。もちろん、戦闘など以ての外だろうが、普通に動かすのであれば、例え軍用であっても行けるとは思っていた。

 工場での開発時にも部位的とは言え動かしていたので、それも大きな自信を伴う。

 ただし、実際に動かすまでは不安が半分あった事も確かだ。

 しかし、動かしてみると、意外としっくり来る。いや、あまりにも違和感が無いのが逆に怖い。

 

(戦闘用MSって、こんなに動かし易い物なのか? プチMSよりも簡単じゃないか)

 今まで乗ってきたMSの基準が低いだけに、何とも判断しかねていたカールだったが、突然不思議な感覚に覆われる。

 自分の感覚が大きく広がって行き、心臓の音がやけに煩く感じる様になったのだ。

 注意して聞いていると、複数の心臓音が響いているのに気が付いた。その一つが、ミュリアムの物だと気が付くのにも、そう時間はかからなかった。

 そして広がった感覚は、チェイサーの挙動、偵察に行ったMSの軌跡、母艦の位置から偵察から帰ってきたMSの存在まで、カールには手に取る様に分かる様だった。

 

(何だってんだ…コレ?)

「…イ」

 星が…こんなに近くに見える。

「…ール」

 誰か呼んでる?誰だ…

「ねえ、カール! どうしたのよ、しっかりして」

 ミュリアムに呼ばれて、カールはハッとする。当たりを見回すが、妙な感覚はもう無い。

「大丈夫? MSに酔ったとか? 操縦、変わる?」

「い、いや、大丈夫だよ」

 珍しく、心配そうな顔をミュリアムがしていた。直後、通信が入る。

『オイ、返事しろ。 ゼーラス』

「チェイサーに応答してよ。 予定宙域を外れそうになっているんだって」

「こ、こちらゼーラス」

『何だ、通じているんじゃないか。 これ以上は進むな。 念の為、引き返せ』

「了解」

 今一度、宇宙の彼方に目を見やってから、カールはゼーラスを反転させた。

 

「ねえ、もう終わりなの?」

 端末を片手に、カールが帰る素振りを見せた為か、ミュリアムが話しかけてきた。

「一応、この状態でやれるチェックは済んだし、これ以上は僕には無理だ」

「じゃ、私にも操縦させて」

 そう言って、ミュリアムが無理やりカールの膝の上に座ると、操縦桿を奪う。

「ちょ、何やってるんだ。 駄目だよ」

「いいから、いいから」

 そう言って、パネルを操作し始めるミュリアム。恐らくだが、自分の操作しやすい様に調整か何かをしたのだろう。ただ、ノーマルスーツで殆ど身動きが取れないカールには、それが見えない。

 

 本来なら女の子が膝上に座るという、ある意味で美味しいシチュエーションではあるが、宇宙服が分厚すぎてそれも伝わらなかった。

 その後も二人の攻防が続くが、その会話はチェイサーには筒抜けになっていた。

「何やってんだか」

 モニター越しに、二人のイチャつきによる影響で動きを乱すゼーラスを見ながら、チェイサー機に乗るパイロットは呆れた顔をする。

 

「さあ、行くわよ」

 完全にコクピット内を制圧したミュリアムは気合を入れると、思いっきった動きをゼーラスに求める。

 すると、彼女も予想していなかった反応を返してきて、それに驚いた。

「え!? ちょ、何この反応。 うわ!」

 前に進んだかと思ったら、次の瞬間には急ブレーキをかける形となり、それにミュリアムは振り回される。カールも当然同じ様になるが、喋る余裕は無い。

「ちゃんと調整したのに…何で、こんな挙動をするのよ」

 更にパネルを弄って操作するが、やはり、彼女の思い通りにゼーラスは動かない。

「アンタ、こんなの良く動かせるわね」

 体を捻ってカールを見ようとするミュリアムだったが、その相手は宇宙服に埋もれる形となっている上に、彼女自身の椅子になっているので表情は見えない。

「そっと、やらないからですよ。 テスト段階なんだから、乱暴にしたら駄目ですって」

 カールがヘルメットのズレを直そうとしながら叫ぶ。

 言っている事は分かる。だが、この反応の仕方は異常だ。

 

 見えない為にどんな操作をしたかはカールには分からなかっただろうが、見た目の粗暴さに反して、ミュリアム自身は丁寧に操作する方だった。

 それでも、このゼーラスJ型と言うMSの操作性は製品レベルのそれではない。

 自分の予想する範囲では反応が鈍く、かと言って少しでも入力を強くすると突然牙を向くように動くのだ。

これまでノーマル機に慣れていた事もあってか、ミュリアムには手に負えない様に思えた。

 

 に、してもである。

 大抵、MSのOSには、そうした事も含めてサポートする様にできているはずなのだ。それなのに、そうした補正が一切反映されている様子がない。

 そうした仕様だとしたら使う者への嫌がらせとしか思えない。そして、それを扱えるカールに、ミュリアムは本当は凄い奴では無いのだろうかとチラッと視線を送る。

 が、相変わらず宇宙服に埋もれて無様に藻掻いているのを見ると、「違うか」と小さく溜息を漏らした。

 

 

 テストはミュリアムの悪戯を含めても10分程で終了した。

 実際にはチェックを絡めたりして進めていたので、MSその物を動かしていた時間は10分にも満たなかったかも知れない。

 今ゼーラスは格納庫の方に移され、再チェックとデータの整理をしているところだが、ここで更に2時間近くかかっていた。

 それでもチェックリストの項目は殆どが埋まっていない。短い時間では、こんな物だろう。

 どの道、そこから先については、高い技術と専門性が必要ともなってくるので、カールが手を出したところで、必要なデータやチェックが得られるとも思えない。

 後は、他の腕の良いパイロットか、本社のテストパイロット、セムなりに任せれば良い。

 二時間弱後には、補給船に乗って帰るのだ。今更、どうしようもない。

 ただ、イザお別れとなると、こんな船と乗員でも名残惜しいと感じる。

 ミュリアムと仲良くなれたかは分からないが、思い返せば、少なからず彼女は拠り所になっていた可能性もあって、今更ながらに感謝する。

 しかし、その前にカールは、もっと別の人物と話す必要があった。

 

 ザッドは格納庫に居たので、直ぐに見つける事ができた。

 側に近づいてみたが、一瞥しただけで、話しかけては来ない。

「あ、あの、ザッドさん。 申し訳ありませんでした。 そして、ありがとうございます」

 そう言って、カールは頭を下げた。見なくても、周囲が注目しているのが分かって恥ずかしい。

 暫くの沈黙の後、ポンと肩を叩かれる。

 顔を上げると、ザッドが親指を立てて笑っていた。

 それにカールも笑顔で答える。

 ここに来て初めて、カールも心から笑えた気がした。

 

 カールは、何となく良い気分になっていた。

 色々苦労したが、それはそれで良い勉強になったし、自分の技量以上の仕事を終えたと言うのは自信にもなっている。

 知らんぷりして帰る事も考えたが、それだと心残りだ。

 実際、ミュリアムはMSで出ているらしく、最後の挨拶ができない可能性があった。

 それで急にお世話になった人達くらいには、最低限の挨拶をするべきだと思いついたのだ。

 ミュリアムは恐らく補給船の護衛で途中まで送るのだろう。だとしたら、彼女は後でもチャンスはあるかも知れない。

 残り1時間を切り始めていたので、カールは急いで、もっとも顔を合わせたくない連中の所へと足を運ぶ。艦長らハッサスにも最後の挨拶をしようと思ったのだ。

 どの道、艦を降りる為には、手続きした上で艦長かイドに許可をもらわないと行けない。変な空気のまま連中に許可だけをもらいに行くのも後味が悪いと考えたので、今の内に気持ちだけは良くしようと考えたのだ。

 

「カール・ヒノです。 入ります」

 改まってブリッジに入ると、案の定、乗員たちが訝しげな視線をコチラに向けていた。

 それらを無視して、艦長の側まで歩み寄る。

「色々、お世話になりました。 お別れの挨拶にきました」

 それを聞いて、どんな顔をしてくるのだろと多少は期待していたカールだったが、艦長から返ってきた反応は、予想していた物とは全く違っていた。

 

「何を言っているんだ? 君に、帰還の命令は出ていないはずだが?」

「は?」

 固まるカール。頭の中では、コイツは今更何を言っているんだと思った。冗談にしては最後まで悪ふざけが過ぎる。

「いえ、補給船がもう出ますので、それに乗って帰るんです」

 疲れた感じでカールは答えた。もう、相手をするのも嫌だと思ったのだ。

「誰か、カール君の帰還命令を聞いた者は居るかね?」

 その質問に対し、その場に居る誰もが首を振る。

 そんな馬鹿な!

 

 カールは通信室へと走っていた。

 勢い良く飛び込んできた事に、そこに居た通信士が肩をビクつかせたが、カールはお構いなしだった。

 更に何事かとコチラを見たが、それを押しのけて本社に急いで連絡を取る。

 暫く待たされた後、担当者のディバッツ・コーズが画面の前に現れた。

 

「どう言うことです! 僕はもう、帰って良いんじゃなかったんですか!」

 カールの剣幕に、ディバッツは困惑した顔を見せる。

『ゼーラスは、不具合があるんだろう? それを解消しない内は戻れんよ』

「……不具合は解消できたんです。 後はテストを行うだけで良いんですよ」

『それなら、尚更君が残ってやらないと。 第一、AE社の担当者にも既に連絡を入れたんだ。 君以外に、誰が対応するんだ?』

「そのAE社の担当、補給船に乗ってませんでしたよ。 それに、僕が出来るのは基本的な事だけです。 後の難しいテストを、やれる自信なんてありません。 セムさんはどうしたんです?」

『セムは忙しいんだ。 ともかく、今回の一件は君に任せるつもりで辞令が出されてあるんだ。 最後までやってくれないと困るよ』

 そう言うと、ディバッツは、カールが最初に連絡を取った時と同じ様に、一方的に通信を切った。

 カールはヘッドフォンを叩きつけ様と腕を上げたが、通信士がやんわりと手を差し出してきたので、ゆっくりと戻す。

 そのまま、同じ様にしてゆっくりと通信室を出たが、廊下の壁を思いっきり蹴飛ばしてやった。

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