蕾はいつか散らなければならない   作:口十

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この者の顔は誰も知らない

 一度首を切ってから何年だろう。だらだらだらだら過ごして・・・。

 

 六花(りっか)の頭はもう飯のことしか考えられなかった。『ボディガードやってます』という張り紙を路地裏にペタペタ貼って、一週間に一つ仕事が入ればラッキー程度の金しか手に入らなかった。だから才能を行使して例えば暴力団の若頭殺して金品盗んで生計を立てていた。

 

 仕方なかった。そう言えば自分の心を保てる気がした。

 

 産まれてすぐゴミ箱に捨てられた六花を助けてくれる心優しい人間はおらず、コンビニのゴミ箱から食べ残しの米粒や漬物なんかを食べて生に縋り付いていた。・・・そこまで必死に生に縋り付く理由も今になっては分からない。

 

 六花が首を切った理由は純粋に生きる理由を見つけるためだった。何でもよかった。何なら本当に微々たるものでも、殺人の才能でもよかったのだ。 

六花が引き出した才能は偉人は偉人だった。だが・・・

 

「・・・引き出したのが馬鹿とか・・・最悪だ」

 

 六花が引き出したのは『獏なひと時』。仏生寺弥助という剣豪の才だった。無能な六花にとっては聞いたこともない人間だ。

 

 図書館に盗み入って知ったのは文字も読めない無学者であって、素行は悪い無地位の人間だったそうだ。代わりに誰にも防げなかった左上段からの面打ちばっかしていたらしい。

 

 仏生寺弥助、本名を吉村 豊次郎と言う剣豪は記録の多くない人間だ。試合記録などはほぼほぼ残っていないし、写真として現存しているものはない。そんな人間が、人格者でもない無学者がここまで残っているというのは異常な事態である。

 

 弥助の才を得た六花は、ただぼけぇっと過ごしていた。

 

「おい!」

 

 呼びかけに反応し、六花はすぐさま左に続く裏路地の方へ眼を向けた。ポケットの輪廻の枝に手をかけて。

 そこいらにある闇が、影が凝縮したように蠢いて、次第に人の形を作っていく。

 

「・・・うぅん?」

 

 六花には理解できぬことが起こっていたが、事実、それを理解できるものはそれこそ全知全能程度だろう。

 

 重瞳の左目を持つ人の形をした、武そのもの。その名を『項羽』と言う。

 

 六花は生まれてから研ぎ澄ました、五感とも第六感とも言い難い、天賦の才ともまた違う、環境が作り上げた感覚によって、この男に敵意はないと判断した。つまり、誰かの復讐であったり、名を聞いて倒しに来たものではない。

 

「廻り者ぉ・・・誰だぁ? 初めまして、だよなぁ」

 

 武、項羽はぽかんと口を開けた。剣豪の才を持つ者にしてはあまりに間抜けすぎるからだ。

 

 剣豪を含め戦で名を挙げた偉人の多くは自らの才を伸ばすにつれ、完全なる廻り者になるにつれ、練度、気配も研ぎ澄まされていくものだ。それは才を求めるあまりに。

 

 だが、六花にはその一切がない。そこいらを歩く一般人と同様、果てはそれ以下かもしれない。

 

「お前、弥助で合ってるよな?」

 

「あぁ~、前世はなぁ。今は六花なんだ。覚えてる最初の記憶が六つの花なんだ。だからなぁ・・・それで、名乗ってるわけだ」

 

「信じらんねぇ・・・一回輪廻帰りして戦り合おう」

 

 項羽は試しに敵意をむき出しにしてみた。すると、六花は敵意無いまま、輪廻の枝で首を切り、敵意無いままその手に刀を構えた。

 

「戦るかぁ・・・」

 

 六花が適当に構えた刀は、顔の覇気の無さに比べ、あまりに綺麗だった。剣道の基本の立ち方を寸分の狂いなく行っている。

 

「あぁ、えぇっと・・・なんだっけ。あれ、あ、面打ちするぞぉ」

「はぁ―――!?」

 

 項羽の呆れた顔が変わるのは刹那よりも速かった。

 項羽の髪が少しだけ斬れたのだ。

 皮膚に当たるスレスレで刀を掴まなければ、項羽の顔は両断されていた。

 

「おぉ、防いだかぁ・・・」

 

 再び、六花は同じ構えに戻る。

 

 六花の一撃目を防いだ者は現代人にも輪廻返りした者の中にもいない。

 弥助の才能『獏なひと時』は実にシンプルなものだ。刀を瞬間移動と見紛う程の神速で打つ剣技。

 

「二撃目は・・・いつぶりだぁ? とにかく、凄いな」

 

 へらへら笑う様は項羽を斬る者には思えなかった。だが、少し顔に覇気が見えた。

 

「今度は防いで見せてやるよ・・・来い」

「じゃぁ行くぞ~。今度も面打ちだからな」

 

 行って、今度は大きく振りかぶる。

 項羽は周囲の壁を黒い波で覆い、面打ちに備えて動かした。しかし、そこはプライドがある。身を隠すことはしなかった。

 

 これが大きな差を生んだ。

 

 弥助の技は予告打ちをしても必中するほどの速さだったと言われる。その速さを進化させたものが『獏なひと時』だ。打ち、戻し、再び打つ。それを繰り返すだけだ。

 しかし、名だたる剣豪が負けたのは、異常に早いからだけではない。強いと思わなかったから。

 刀を振る時、そこには必ず何か思惑が乗る。主なものは、殺す、や倒す。それらが無ければ、そちらに目が移ることもない。戦を積んだ者が至る極致を無意識に利用したのだ。

 

 再び、刀は項羽の顔を両断するまでに近づく。そして、再び寸手の所で項羽は受け止めた。黒い波を操るのでは間に合わなかったので、再び手で。

 

「凄いなぁ・・・っとと」

 

 六花は再び構えを戻した・・・と思ったら、腕がだらんと落ちてしまった。

 

「・・・あ?どうした?」

 

「いやぁ、こんなに使うのは初めてでな。疲れた」

 

 その場に座り込んだ六花に対して、項羽はやれやれ、と肩をすくめた。

 

「名前、何て言うんだ?」

「世界最強の項羽様だ」

 

 むふん、と胸を張る項羽。

 

「お前を勧誘しに来た。偉人の杜に来ないか?」

「・・・あぁ、勧誘かぁ。ことわ―――」

「金、入るぞ」

「よし行こう」

 

 項羽はははと笑って六花に向かって手を伸ばした。それを、すぐさま笑顔で六花は握った。

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