迷い込んだブーメラン<改>   作:ひえん

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空への帰還

 特殊戦三番機雪風は試験と周辺空域調査の為に飛ぶ事となった。

 

 その為、この国の防衛軍担当者とフライトに関する打ち合わせを行う。そして、その場にはパイロットである深井中尉だけでなく、別世界の深井零…深井大尉も同席してフライトプランを練る。出席した担当者はこのフライトの理由が『帰る為の手がかり探し』だと聞くと、急ににこやかな笑顔で対応してきた。こちらに帰る気がしっかりあると分かって笑顔を見せたのだ。どうやら、すぐにでも厄介払いしたくてしょうがないらしい。深井中尉はその露骨な態度に内心呆れながらも説明を受ける。

 当日の飛行予定時間、飛行予定空域の情報、進入禁止空域や民間機の使用する航路の位置、当日の気象予報、使用無線周波数、非常時の対応について…等々。そして、同席していた深井大尉が口を開く。無人機も飛ばしていいか、と。深井中尉はそれを聞いて驚く。レイフという機体を別世界の自分は飛ばすつもりらしい。別世界の自分は何をするつもりなのか、深井中尉にはその真意が分からなかった。

 

 そして、フライト当日になった。雪風とレイフは今回、自衛火器として主翼下各パイロンに70mmロケット弾19発入りのポッドを計4つ搭載する。離陸準備を行う整備員達は慣れた手つきでポッドにロケット弾を装填し、配線と信管をセットしていく。深井中尉はその搭載作業を黙って見ていた。こういう作業の様子はどこも変わらないな、と思いながら。

 すると、百由が機体に近づいていくのが見えた。何故か分からないが今回のフライトにアイツを乗せる事に決まってしまったのだ。そんな彼女は乗る前に機体の下見に来たのだろうか?余計な事をしなければいいが、と深井中尉は内心考える。そうこうしていると、出撃予定時刻が近づいてきた。装備品である酸素マスクに詰まりや穴はないか、Gスーツの気密や動作に異常はないか、一つ一つ確認していく。そして、久しぶりにヘルメットを被り、支度を整える。それを終えると愛機雪風の周囲を手順通りに確認していく。が、そこで異変に気が付いた。胴体下のセンターパイロンに見慣れぬ謎のポッドが付いているではないか。

 すぐに近くの整備員を捕まえて事情を聴く。どうやら、これは百由が取り付けたらしい。それを聞いた深井中尉はため息をついた。これだから部外者を関わらせたくなかった、と呟きながら。

 

 

 

「やあやあ、深井中尉。今日はよろしくお願いしますね」

 

 百由が笑いながら話しかけてきた。

 

「あのセンターパイロンに付けた物はなんだ?俺は何も聞いていないぞ」

「ああ、マギを計測する為の機材よ。ご安心を。ラムエアタービン式なので機体の電源は使用しないし、データも伝送するから機体には一切配線を接続しないわ」

「そういう問題ではない。事前に話を通せと言っている」

「あー、許可なら取ったわ。理事長代行に」

「ジャックか…しかし、先に言っておくが、飛行中に何が起きても責任は取らないからな」

「私だってこう見えても一端のリリィなので、身体面では平気よ。CHARMとマギさえあれば、ね。それに理事長代行から講習も受けたから問題は無いはず」

 

 リリィだから問題ないと百由は言う。しかし、そんな根拠不明な回答に深井中尉は納得できるはずもない。だが、オカルト染みた面があるこの世界では自分の常識は通用しないと諦め気味に結論を出す。ため息交じりにコクピット前へと移動する。後ろを歩く百由は濃い緑色の飛行服を着ている。おそらく、防衛軍から借りたのだろう。一般的なヘルメットを片手に持ち、もう片方の手には袋に入った短めの棒状の物体を抱えている。深井中尉はその袋が何なのか気になった。よく分からないものを機内に入れたくはない…そんな気持ちもあったし、安全の面からも確認が必要だと感じたからだ。

 

「それはなんだ」

「CHARMよ。ああ、大丈夫。これに刃は付けてないから。マギのコントロールだけできるようにマギクリスタルコアと必要な部分だけしか付いてないわ」

「何故そんなものを持ち込むのか理解に苦しむ」

「CHARMが無いと、マギを制御できないの。つまり、リリィはCHARMが無いと力を発揮できない」

「機体に乗るのにその話は関係あるのか」

「身体的な面で強化しようかと、機体の機動に耐えられるように」

 

 やっと話が見えてきた。つまり、戦闘機搭乗に必要な身体検査をすっ飛ばして機体に載る為にリリィとしての能力を使うのだ。その驚異的な力なら過酷な空の上でも耐えられると彼女は考えたらしい。それに気が付いた深井中尉は呆れながら言う。

 

「素の状態で身体検査をパスしたのか?」

「んー、受けていないから分からないわねえ」

「冗談じゃない。低酸素環境下で判断能力を喪失して異常行動を起こしたり、気を失ったりしたら迷惑するのはこっちだ。それに、高G環境下で酸素マスクを詰まらせて窒息なんてしてみろ、後悔するのはお前だ」

「そうならないように対策しているじゃない」

「では、9Gぐらいかかったら、その棒はいったいどのくらいの重さになるか…物理が分かるなら想像できるだろう」

「9倍ね。でも、問題ないわ。CHARMはマギが入っていれば鋼鉄よりも硬く、鳥の羽より軽くなるもの」

 

 深井中尉は内心で頭を抱える。思っていた以上に自分の常識外な反論が次々飛んでくるからだ。だが、これ以上何を言っても無駄だろう、屁理屈の数が増えるだけに違いない。そして、深井中尉は諦めてコクピットに乗り込む。後部座席の百由に無線や酸素システムのチェックと身支度以外は何もするなと伝え、離陸準備を一通り進める。そして、インターホンを使用して外部の整備員と連絡を取る。周囲の安全を確認し、補助動力であるAPUを始動。メインディスプレイから電子的に各所の状態をチェック、異常が無いことを確認する。それを整備員に伝えると、機体の牽引作業が始まった。そして、格納庫から機体が出る。久々に日の光を浴びた黒い機体が鈍く輝く。すると、無線が飛んできた。ジャックからだ。

 

「零、問題は無いか?」

「ああ、ジャック。順調だ。後席の荷物が何もやらかさなければ、だが」

「大丈夫だ。その点は信用していい」

「で、ジャック。このまま飛び上がっても問題ないのか?白昼堂々だぞ」

「その点でも問題ない。仮設滑走路の試験で航空機が離発着する、と学院内に知らせてある。飛び上がっても不審には思われまい」

「なるほど、その手があったか。では、行ってくる」

「必ず帰ってこい、いつも通りの命令だ。見送れないですまんな」

「分かっているよ。了解だ」

 

 エンジン始動。2基の強力なターボファンエンジンが轟音を響かせる。計器上は異常無し、雪風も特に何も言ってこない。このまま飛べるだろう。続いて動翼の動きもチェック、外にいる整備員から目視で異常無しだと報告が飛ぶ。仮設滑走路へと移動、その滑走路は鉄のパネルで出来ている。それがずらりと一直線に敷き詰められているのだ。周囲が無人地帯だからできる荒業だろう。すると、背後も騒がしくなった。無人機レイフのエンジンも始動したのだ。雪風とはどこか違うエンジン音が鳴り響く。そして、格納庫からは整備や修復に携わった技術者や作業員がぞろぞろと外に出てきていた。離陸を見守る為である。いよいよ離陸だ。整備員が機体各部の安全ピンを抜いた事を知らせてくる。これで離陸準備完了。整備員が滑走路から離れたのを確認。その向こうにいるギャラリー達はこちらに向けて手を振っている。深井中尉はラフな敬礼を返す。そして、後席に向けて宣言する。

 

「離陸する」

「了解」

 

 すると、後席が青く輝いた。百由がCHARMを起動したらしい。では、これで無茶をしても問題ないという事だろう。ブレーキを放し、スロットルを一気に押し込む。アフターバーナーを点火、機体は爆発的に加速。主翼と尾翼の角度を調整、短い滑走路からあっという間に飛び上がる。後席から悲鳴混じりの驚いたような声が聞こえるが、気にしない。

 

 雪風はただ青空を目指して突き進む、轟音とベイパーを後に残しながら。

 




実はOVA雪風とアサルトリリィの両方に登場した機体があったりする

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