回収したシルフィードの残骸、その解析がやっと終了する。その残骸に残されたいくつかの電子機器のログを復元する事に成功したのだ。
「まあ、このガラクタからこれだけ出せれば上等か」
深井大尉はそう呟くと端末を操作する。確認する事が出来たデータはこの機体がどこを飛んでいたのか、そして機体の飛行姿勢等の状態程度だった。記録されていた日付は自分達がここに迷い込んできたその日。つまり、ロンバート大佐が反乱を起こした日である。その内容を読み解くと…この機はあの日、通路の近くを飛行していた。そして、そのまましばらく哨戒飛行を続けた後、突如針路と速度を変更。この時点で戦闘状態に入ったのだろう。そして、被弾したのか右エンジンの出力が急低下。相手はジャムか、それとも同士討ちか。そこまでは分からない。その後、パイロットは射出座席を作動させて離脱。この機は無人のまま通路に飛び込んだのだろう。その間のフライトデータは無茶苦茶な数値を叩き出している。そして、データが安定したその後に突然急降下を始め、墜落。データが安定したのは、この世界に飛び出したからだろう、と深井大尉は考える。記録されていた時間は当てにならない。あの混沌とした状況で時間という概念は意味をなさないだろうから。
「しかし、こいつはこの世界に飛び出して、偶然にもヒュージの頭上に落ちた…そう考えるしかないか?」
「そうだろう、と僕も思う。わざわざ墜落した機体を拾って載せたとは考えにくい」
「フムン、そう考えるとあのヒュージはとてつもなく運が悪い。異世界から迷い込んだ戦闘機が墜落して、それが直撃するなんて隕石が降ってくるよりレアな事象を受けたんだ」
「まあ、これで通路がおかしな事になっていたという証明にはなるでしょうかね」
「しかし、だ。こいつと俺達はこの世界にやってきたが…ロンバート大佐やジャムがこちらに入り込む可能性も勿論あったわけだ。何故あいつらはこちらに来なかった」
「分かりません。何か法則性があるのか…はたまた偶然か…」
そう言って桂城少尉は考え込む。しかし、結論はそう簡単に出ないだろうと深井大尉は思う。なにしろ判断する為の材料がとにかく足りないのだ。
そして、この現象とは直接関係ないが、気になる点は他にもある。それはこのシルフィードの主翼にFAFのマークが描かれている理由だ。FAFでは新造機にFAFのマークを塗装する事を止めていた。理由は電子的に敵味方の識別が可能である上に、フェアリイ星を飛ぶのはFAFかジャムの二択だ。よって、友軍であれば必然的にFAF機であり、わざわざそのような識別方法に頼る必要が無いと省略されたのだ。描かれた理由は想像するしかないだろう。所属部隊独自の対ジャム戦略によるものか、それとも単に士気を上げる為か。それとも、地球から飛んでくる機体へのアピールの為か。ぼんやりとそんな事を考えたが、馬鹿馬鹿しいと深井大尉は考える事をやめた。
謎の穴についての考察と検証は完全に行き詰ってしまった。あの偵察飛行以降、毎日のように地上からデータを収集していた。だが、変化は無い。どのようにその穴が出来ているのか、穴の先はどうなっているのか…さっぱり掴めない。深井大尉がシルフィードの主翼を眺めながら考え込んでいると、背後から声が飛んできた。
「深井大尉、何しているのですか?」
「ただの検証作業だ」
声の主は一柳梨璃、どうも久々に顔を見た気がする。しかし、その隣には知らない顔がいる。色素の薄い長い髪、どこか儚げな印象の少女である。
「そいつは誰だ」
「えーっと、前に説明した浜辺で倒れていた子です。それがどうも記憶喪失みたいで、私が面倒を見ているのです」
それは二週間程前の事である、一柳隊はその日に浜辺で発見されたヒュージの残骸の調査に出動していた。そして、数多くの腐敗した残骸の中から一人の少女を発見し、保護したのであった。それが今ここにいる少女らしい。
「記憶喪失だって?だが、何故ここで面倒を見る必要があるのか」
「それが、この子は調べた結果リリィとしての素質を持っていまして…こうして学院で保護する事になったのです」
「しかし、記憶喪失なのだろう。では、専門の病院なり施設なりに送った方がいいとは思うが…そもそも身元は分かっているのか?」
「学院は様々な事情を抱えたようなリリィの保護もやっているので、そういう名目で保護するようです。そして、この子は所持品も無く、自分の名前も一切覚えていないのでどこの誰なのかはまださっぱり…」
「フムン。では、何と呼んでいるんだ。流石に名無しの誰かさんとはいかんだろう」
「な、名前ですか!?えーと、それはですね…色々あって、そのー…」
どうやら梨璃は話をはぐらかそうとしているようだ。何か余程の事情があるのか?すると、記憶喪失の少女が口を開く。
「私の名前?結梨!一柳結梨だよ」
「結梨?」
「うん、梨璃と夢結を合わせたってこの前聞いた」
「フムン」
どうやら、単に名前の由来が恥ずかしくて隠したかっただけのようだ。
「で、梨璃。この人は?」
「結梨ちゃん、この方は深井零大尉。で、そちらに立っているのが桂城彰少尉だよ」
「ふーん…」
結梨は何かを嗅ぐような動作をすると、そのまま首を傾げる。
「なんだか不思議な匂いがする人。悲しい?寂しい?怒ってる?んー、どれも何か違う。何考えているのかよく分からないや」
「何をしているんだ、コイツは」
「結梨ちゃん、どうも匂いで他人の感情が分かるみたいでして」
「リリィにはそんな能力があるのか?」
「うーん、この子特有の特殊な力のようで…なんとも」
一方、結梨は不機嫌そうな表情をしながら呟く。
「この人はぜんぜん分からない。学院にこんな匂いのする人は他にいないもん」
「人間の感情を読み取れる事が出来るとしても…だ。人の心の内なんて一言で言い表せるものではない」
「むー…でも、向こうの人は分かるよ。何か楽しそうって思ってる」
不満げに頬を膨らませた結梨は桂城少尉を指さして言う。
「僕の事?まあ、間違ってはいないかな」
「あれは見れば分かるだろう。好奇心の塊みたいなヤツだぞ」
「あはは…まあまあ」
梨璃が苦笑いしつつ場を収めようとすると、結梨は別の方を向きながら聞く。
「ねえ、梨璃。あそこにそこと同じ人がいる…立体映像?」
「いや、違うよ。あれは深井零中尉」
「双子?」
「うーん、なんて説明すればいいかな。同じ人だけど同じ人じゃない…別の世界の同じ人がやってきてしまったと言えばいいかな?」
「鏡の中にでも吸い込まれたの?」
「鏡?」
「うん、この前本で読んだの。鏡の中に吸い込まれる怖い話。その鏡の中には自分がもう一人いて、そのまま入れ替わろうとしてくるんだ」
「あー、ホラーとかそういう話ね…でも、ちょっと違うかなーって」
そんなドッペルゲンガーみたいな話を二人の深井零に言ったら間違いなく双方不機嫌になるだろう、梨璃は頭を抱えながらもどう説明するか考える。すると、そんな梨璃を尻目に結梨は歩き出す。その行先は少し離れたところでモニタを見ているもう一人の深井零。
「さっきと違う匂い、同じ見た目なのに不思議。面倒くさい?誰かに会いたいと思ってる?…やっぱり、よく分からない」
「誰だ、お前は」
「結梨。一柳結梨」
「アイツの妹か何かという事か。だが、俺とは関係ないだろう。何故ここに来た」
「妹じゃない。私は記憶が無いの。だから、梨璃に世話してもらっているだけ。あと、この名前も付けてもらったの」
「そうか」
「あ、今は分かる。関わりたくない、って思ってる」
「その通り。お前がどんな身の上だろうと、俺にはまったく関係のない話だ」
「ふーん。でも、せっかくだから一つ聞きたいな」
深井中尉はため息をつく。何故、こいつは自分に関わろうとしてくるのか、と考えながら。
「この質問をしても、みんな心配したり、気の毒に思ったりして本当の事を言ってくれないの。でも、あなたなら一切遠慮しないで答えてくれそう」
「それは何だ?面倒だ、手短に済ませろ」
「深井中尉、私は人間かな?」
その少女の問いを聞いた深井中尉はある人物を不意に思い出す。それはただ悲しく、辛い記憶。
それはトマホーク・ジョン、ただ一度だけ雪風後席に乗った男。そして、自分がジャム人間である事に最後に気づき、自らを犠牲にして深井中尉と雪風をバンシーⅣから逃がした男。
「何故…そんな事を聞く」
「だって、私には記憶が無い。自分の名前も、それまでどんな暮らしをしていたかも覚えていないの。家族すら分からない。だから、他の人達とは違うのかなって」
他と違う自分は異質だ、彼女はそう言いたいのだろう。
「記憶なんて…あればいいってものじゃない。覚えているだけで不幸な気分になるような記憶だってある」
「それは質問の答えになってない。でも、なんか寂しそう」
「どんな手品か知らんが、何故いちいち人の感情を読み取ろうとする…失礼だとは思わないのか?」
「だって、分かるもん」
「分かっても言わない事がマナーだ。人の考えを読もうとする人間がこれ以上増えたらたまったものじゃない」
「他にもこういう事が出来る人がいるの?」
「医者だ、とにかく面倒な」
そんな問答をしていると、梨璃がすっ飛んできた。
「ああっ!!申し訳ありません、深井中尉!結梨ちゃん。駄目だよ、邪魔しちゃ」
「えー」
「えー、じゃないよ。明日は戦技競技会なんだから、そろそろ支度しないと」
そう言いながら、梨璃は結梨を引っ張って歩いていく。それを見た深井中尉は歩き出す。向かう先は理事長代行…ブッカーのいる部屋だ。深井中尉はドアをノックし、部屋へと入る。すると、中にいたブッカーは驚いたような表情で深井中尉を見る。
「どうした、零。この時間はいつも格納庫に籠りっきりだろうに」
「聞きたい事がある」
「なんだ。何かあったのか?」
「結梨とかいうヤツについて、だ。アイツは何者だ?」
すると、それを聞いたブッカーはため息をつく。
「お前も彼女について何か嗅ぎつけたのか、零」
そんなブッカーの反応に零は怪訝な顔を浮かべる。これは何かあるに違いないと考えながら。
「どういう事だ?」