部屋に押しかけて来た零に対し、ブッカーは報告書の束を机に放りながら事情を話し始める。
「彼女を保護してから、やたらと周囲がきな臭くなっていてな…どうも嫌な感じがする」
「子供一人に大袈裟な話だ。まるでスパイでも来たような言い回しじゃないか」
「その通り。怪しいのがこの近辺を毎日のようにうろついていると報告が入っている」
「何?」
「それだけじゃない。一部のお役所からも彼女の身柄の引き渡しを要求するような話が出てきている」
「それは確かにきな臭い。だが、記憶喪失の子供一人で何故そんな騒ぎになる。アイツは要人の関係者か何かだと?」
ブッカーは首を横に振る。
「いや、今のところはまだどこの誰なのかもさっぱり分からん。だが、リリィとしての適性がある事は判明している。で、何か手がかりは無いかと遺伝子検査をやってみた」
「結果は?」
「軽く調べたが、行方不明者等のデータベースには該当無し。まあ、これはこちらが入手できた範囲だが。よって、更に詳細な解析作業を実施中…なのだが、解析している連中がどうも妙な感じがすると言っていた」
「妙?」
「ああ、どうも遺伝子に目立った特徴がないとかそんな事を言っているんだ」
「特徴が無いような遺伝子?なんだそれは…まさか、ジャムが作った人間じゃないだろうな、トマホークの件のように」
零はブッカーを睨むように言う。しかし、それはどこか悲しげな表情だった。そして、トマホークという名前が零の口から出た事でブッカーはかつての出来事を思い出す。バンシーⅣでのあの悲しき出来事だ。
「そんな目で俺を見るな。安心しろ、検査の結果はヒトそのものだった。お前が数度見た訳が分からん人をコピーしたような何かでは無かったよ」
「それならいいが…で、目星は本当についてないのか?」
「実は心当たりが一つある。人体実験で作られた人造人間…かもしれない」
「人体実験だって?なんだその無茶苦茶な話は」
「その人造人間についてはあくまでも噂だ、あちこち探りを入れた時に聞いた」
ブッカーは頷きながら言うと、モニタの電源を入れる。そこには『G.E.H.E.N.A.』と書かれた資料が表示されていた。
「この世界にはこういう多国籍な巨大研究機関があってな…その研究内容はマギからリリィ、ヒュージと様々だ。多種多様な企業も絡んでいるし、様々な国家や団体とも繋がりがある。そして、研究の程度はピンからキリまで。その中でも特に過激なグループは平気で人間を使った人体実験まで行う。倫理的に大問題なレベルと言っていい」
「人体実験…事実なのか?」
「ああ。この世界はいろんな意味で余裕が無い、俺達がいた世界よりもずっとだ。そうして、ひたすら結果を求めて無茶苦茶な事をやる連中が出てきた訳だ」
「俺達の世界の地球より必死で熱心な事だ」
零の皮肉を聞きながらブッカーは画面の表示を更に変える。そこには数人のリリィに関する情報が表示されている。そして、何故かただ事ではない物騒な惨状が写った画像もある。
「そして、この学院ではそういった実験に巻き込まれたリリィを保護しているんだ。場合によっては保護時にこんな荒っぽい手を使う事もある。そうだな…お前が見た事ある中だと一柳隊にも一人その被害者がいる」
確かにどこかで見たような顔がいる。そして、それを聞いた零はわずかに考えると口を開く。
「…つまり、こことこいつらは敵対関係という事か」
「ああ。嗅ぎまわっている連中の中にはこの研究機関が関わっているとされる人間もいる」
「ほぼこいつらが怪しいという事だな。何か無ければこんな露骨な探りなんて入れてこないだろう」
「そうだ。しかし、これという確証はないが」
零は窓の外へと視線を向ける、その視線の先にはいつもの格納庫がある。そして、何かを思いついたような仕草をすると一つの案を出した。
「それなら雪風に探らせればいい」
「駄目だ。飛ばすと勘づかれるかもしれない、妙なリスクは抱えたくないぞ。ただでさえ、雪風は注目されているんだ。問題の連中とは別方面からだけどな」
「飛ぶわけではない。駐機させたままの状態で電子的に偵察させるんだ」
ブッカーはハッとしたような表情をする。雪風を使うという手を考えてもいなかったようだ。
「その手があったか。ふむ、それなら丁度いい」
「丁度いいだって?何を考えているんだ、ジャック」
「ああ、明日はこの学院でちょっとした行事があるんだ。当然、さっき話したような不審な連中がぞろぞろやってくる事は間違いない。よって、雪風に電子攻撃させてそいつらを無力化する」
「偵察ではなく、電子的な攻撃任務をやるという事か?」
「まあな。攻撃のどさくさに紛れて情報を抜き取れれば御の字、といったところだろう」
「しかし、何故そこまで熱心にその組織に対抗しようとするんだ?」
「この体にある記憶を紐解くと…この組織に絡んだ嫌な記憶がいくつも出てくるんだ。そのせいかもしれない」
「その憎悪はジャックがその記憶を直接見て抱いた感情か?それとも、その体の持ち主が元々抱いていた感情なのか」
「分からん。どちらも入り混じっているような感じがする。不思議な気分だ」
「それはよくないな。自分がどちらの存在なのか分からなくなるなんてしょうもないオチはやめてくれよ、ジャック。そうなると嫌でもフォス大尉を呼ぶ羽目になるからな」
「さてな。少なくとも俺は俺だよ、零」
「どうだか」
そのような会話をしていると、部屋のドアがノックされた。すると、生徒会長の一人である出江史房がドアを開いて入ってきた。だが、彼女は零の姿を見て驚く。深井中尉はいつも格納庫で機体の傍にいるという印象が強いからである。
「ブッカーさん、お取込み中でしたか」
「いや、大丈夫だ。何かあったか?」
「いえ、定時報告に来ただけです。結論から言うと…まあ、特に進展はありませんが」
「やはりそう簡単にはいかんか。では、先程のプランで行こう」
「プラン…とは?」
史房は首を傾げる。すると、ブッカーがその疑問について答える。
「明日の件についてだよ。どうせ、ろくでもない連中が大挙してやってくる。そこでだ、雪風に電子的な攻撃を実施させて、その手の連中を片っ端から無力化するという策さ」
「電子的…?そんな事、できるのですか?」
すると、零が静かな口調で答える。
「相手が電子的な通信手段や索敵手段を使うのであれば、不可能ではない」
その零の冷たく鋭い視線に史房は思わず息を呑む。まるで部外者の反論や疑問なんて無意味だと言っているような圧を感じる程だった。どうやら相当の自信があるらしい。
「EWで攻撃するなら機体を表に出す必要があるかもしれない。あと、雪風が全力でレーダーを動かすとそれだけで危険極まりない。よって、人払いが必要だ」
「ふむ…格納庫の周囲を封鎖して、機体は見えないように暗幕か何かで覆うか」
「あの機体をまとめて隠せるほどの布ですか…あったかしら」
そんな会話をしていると、ブッカーは何かを思い出したように口を開く。
「あっ、しまった。深井大尉と桂城少尉は明日から出張だった」
「出張…どこに?」
「防衛軍から呼び出しがあったんだ。よって、状況報告の為に泊まりで新宿だ。そういえば…桂城少尉は特殊戦の前は情報軍所属だったと言っていたな。こんな時にはうってつけの人材だと思ったのだが」
「それなら確かに専門家だ。惜しかったな」
ブッカーは残念そうにため息をつく。
「まあ、仕方がない。俺から今日の間に概要は伝えておく。場合によってはB-1の力を借りる事になるかもしれん」
「B-1は近頃この世界の武器について情報をひたすら漁っているらしい。協力してくれるだろうか?」
「この世界の武器…まさか、CHARMか?確かにあれは機械であり、プログラムの塊だから構造なんかを把握する事は出来るだろうが…しかし、あれにマギという存在を理解できるのか?」
「さあ、俺にはそこまで分からない。さて…俺も雪風にこの内容を伝えるよ、ジャック」
「後で詳細を詰めるとしよう」
そう言うと、零は部屋を立ち去った。一方、ブッカーは席を立ちあがると電話の受話器を手に取る。電話を掛ける先は格納庫内にいる深井大尉である。出張の件で連絡事項を伝えるついでに先の件を確認しようというつもりなのだ。
「で…発生した経費に関しては先日説明があったように対処してくれ」
「了解だ、少佐」
「不備があると経理がうるさい、しっかり頼む。それと…深井大尉、別件で話がある」
「なんだ?東京でビールでも買ってこいって?」
「いや、違う。これは真面目な話だ」
「フムン」
そして、ブッカーは先程あった会話の内容を深井大尉に伝えると、場合によってはB-1…雪風の力を借りてもいいかと聞く。
「こちらとしては構わないが…それは雪風次第だろう」
「そうか、B-3経由でB-1には伝えてみる」
「まあ、今はあなたが指揮官だ。少佐の命なら雪風…いや、B-1も断りはしないだろう」
通話が終わる。そして、ブッカーは早速深井中尉を呼び出して雪風…B-3への命令書を作成すると、その文章を送信。B-3からは了解の返答が届き、B-1へ協力要請を出したと報告を飛ばしてくる。無事にもう一機の雪風を戦力に加える事が出来たのだ。これで準備は万端、明日が来るのをただ待つだけだ。
そして、翌日。朝早くに深井大尉と桂城少尉は荷物を抱えて学院を出る。彼らはこの後の行事を気にする素振りも見せずに迎えの車に乗った。
それから少し後にB-3は牽引車に引かれて格納庫から外へ出る。そして、整備員や技術者と共に待ち構えていた生徒会の面々がB-3の機体を覆い隠すように鉄骨と布を使って簡単なテントのようなものを設営。そのまま周囲は関係者以外立ち入り禁止とする。
一方、航空系技術者や防衛軍関係者も好意的に協力して作業に当たる。彼らは雪風の電子戦能力に興味があった。その為、それが使われる事になる今回の事態はまさにうってつけであったのだ。それに攻撃対象とその関係先は自分達とは無関係な連中なので助ける義理もないのである。
そして、学院のイベントである戦技競技会が始まる。リリィ達が次々と競技に挑む中、周囲を警戒する人員から不審人物や所属不明の無人機を確認したとの報が次々届く。
「深井中尉からB-3へ、作戦開始。この周囲を飛行する所属不明機と地上に存在する不審な電波発信源を全て探知。それらの脅威度を判定し、各個に電子攻撃を実施。敵性と判断した対象を無力化せよ」
<ROGER, Lt. FUKAI>
<RDY>
攻撃開始、そこからは最早一方的である。
<SUCCESS>
雪風のセンサは上空を飛行する小型UAVを全て探知、フライトプランやトランスポンダの情報が無い機体を全て敵と判断。その敵に対して猛烈な妨害電波を浴びせて機能不全に追い込み墜落させる。元々機体規模が小さくこの手の妨害に弱い小型UAVはひとたまりもない。そして、その中で操作を奪い取る事に成功した機体を学院内に強制着陸させた。また、同様に周辺に潜んでいた敵性集団も片っ端から通信能力を喪失、突然の事態に狼狽しているところへ学院の警備チームがやってくる。そして、そのまま不審であると判断された者を次々連行していく。妨害する一方で、雪風は相手が使用する周波数とその情報を全て記録していく。
こうして、この日の行事は全て無事に終わった。
電子的な情報については雪風と学院の人員が調べるし、確保した人員についても警察や警備の人員が取り調べを行う。よって、雪風や他の人員が結果を出すまで零は暇であった。リリィ達の競技やその結果には興味もない。そして、零は暇つぶしも兼ねてブッカーの部屋へと行く。だが、その室内の様子はどこかおかしい。生徒会の面々が勢揃いしており、重苦しいような異様な緊迫感が漂っている。
「深井中尉…」
「なんだ、何があった」
零の問いにブッカーが重々しく口を開く。
「やられたよ。さっき国連からろくでもない報告が来た」
「国連だって?何の報告だ?」
「例のG.E.H.E.N.A.が今回の件について全部ぶちまけたんだ。CHARMメーカーであるグランギョニルと共同研究中の実験体が事故で流出し、行方不明になったと。で、その実験体というのが…ヒュージの細胞を使用して作った人間だ。噂通りの、な」
ブッカーは半ば投げやり気味に報告書の束を机に投げた。
「それはつまり…」
「ああ、結梨の事だ。連中、世界的な制裁を受ける覚悟でこの件を公にしてきた、こいつは勿論倫理的に大問題な研究だ。そこまでの覚悟で報告してきたんだ、なんとしても彼女を取り戻す気なのだろう。よって、明日にでもこの話を聞いた政府の連中が回収しに来る筈だ」
「で、引き渡すのか?」
「まさか。しかし、結梨は人間型ヒュージではないかと疑いをかけられている。この状態ではこちらに引き渡しを拒否する術はない」
「どうするんだ、ジャック。だが、何か策は練っているんだろう」
ブッカーは盛大にため息を吐き出すと、言った。
「こちらで先に確保して、引き渡しをあの手この手で引き延ばす」
その回答に零は呆れたように言う。
「そんなものは解決にならない。問題はそのままだ、ただの遅滞でしかない」
「いや、問題解決の可能性はゼロではない」
「何?」
「ヒュージの細胞を利用して作られたとさっき言ったな。で、ヒュージには過去現在あらゆる生物の遺伝子情報が格納されていると言われている…当然、それには人間も含む。つまりはこのヒュージの中にあった人の遺伝子を使って結梨が生まれたと考えられる」
「要点を言ってくれ。回りくどい」
すると、ドアが勢いよく開く。
「それは私が説明しましょう!」
そこにいたのは真島百由であった。しかし、零は気にせずに聞く。
「で、どうするんだ?」
「言ってしまえば簡単な話よ、ヒュージか人か。遺伝子的には純粋に人の遺伝子であればいいのよ。ヒュージとしての遺伝子を全く持っていないという証明さえできればそれでいい」
「ほう。では、すぐにやればいい」
「いえ、そう簡単にはいかないわ。現状ではデータが足りない」
「で、時間稼ぎか」
「ええ、そうするしかないわね。何かいいデータが見つかれば話は変わるけど…」
すると、ブッカーが口を開く。
「そのいいデータを入手できるかもしれない。研究に関わっているのはCHARMメーカーであるグランギョニル…そこは一柳隊の一員である楓・J・ヌーベルの実家だ。うまくいけば情報を得る事ができるかもしれない」
「それが唯一の希望か」
零のその一言に場の皆が深く頷いた。