「だいたい五分前かな。じゃあ、そろそろ護衛対象の方々が来る筈なので準備を」
「はーい」
「藍ちゃん、勝手に動き回っちゃ駄目よ」
「えー。あのカフェのデザート美味しそうなのに」
「まだ朝だよ。ほら、後でおやつあげるから。我慢、我慢」
「むー」
ここは新宿のとあるホテル。そのフロント前にはエレンスゲ女学園のレギオンであるヘルヴォルの五人が立っていた。彼女達がここにいる理由、それはある人物の護衛任務を命じられたからである。
すると、その護衛対象がエレベーターから現れた…二人組の男性。事前に得た情報によると彼らは国連に長期間派遣されていたパイロットらしい。ふと、その内の一人に目が行った。すらりとした風貌。だが、どこか儚げで浮世離れした感もあるように思える。ヘルヴォルのリーダーである相澤一葉はそんな印象を抱いていた。
「おはようございます!深井零大尉と桂城彰少尉でしょうか?」
「ああ、そうだ。お前達は何者だ」
「本日お二人の護衛を務めるエレンスゲ女学園のレギオン、ヘルヴォルです。私はその隊長である相澤一葉と申します」
「フムン」
目の前にいる学生のその態度は世間一般から見れば品行方正、まさに優等生そのものといった感じであろう。しかし、深井大尉から見れば朝っぱらから騒がしいだけの存在である。そもそも、ここは首都東京のど真ん中だ。そこで自分達に護衛を付ける意味が分からない。それに昨日はそんなものがいなかっただけに余計怪しく見える。
しかし、その学生は懐から命令書を取り出してきた。サッと見た感じでは国から出された正式な書類らしい。よって、こいつらは正真正銘の護衛だという事だ。そう考えると、この連中を雑に扱ったり、追い返したりしては後でどんなケチを付けられるか分からない。深井大尉は内心嫌々ながらも護衛の後に続いて歩き出す。
「このマイクロバスで目的地に向かいます…おっと、すみません。ちょっと電話が」
「ああ、構わない」
「失礼します」
一葉は端末を取り出すと、電話に出る。その電話はエレンスゲ女学園からであった。
「もしもし。相澤です」
「ああ、早速だが用件を伝える。国からの出動要請だ。行き先は鎌倉、行けるな?」
「え?いやしかし、今既に別の任務中なのですが…」
「何?任務だと…どの任務だ?」
「要人の護衛任務です。新宿で」
「護衛…?」
電話の向こうから慌ててキーボードを叩く音が聞こえてくる。どうやら、自分達の任務について相手が一切知らなかったようだ。
「ああ、分かった。現在の任務をそのまま遂行しろ。件の出動要請については他のレギオンを派遣する」
「了解」
「あと、護衛対象が行う会話を可能な限り聞き取り、帰還後にその内容を報告せよ。いいな?」
「会話を…ですか?了解。しかし、どのように記録して報告すればよいでしょうか?」
「証拠を残したくはない。口頭で報告するように」
そうして電話が切れた。一葉はマイクロバスにそのまま乗り込むと、前方寄りの席へと座る。すると、隣に座るレギオンメンバーである飯島恋花が話しかけてきた。彼女は一葉よりも一級上である。
「どうかしたの?一葉」
「ええ、学園からで…出動要請があったのですが、今の状況を説明したらそれが無しになりまして」
「んー?それって、ウチらの状況を把握してなかったって事?」
「ええ、多分。あと…」
一葉は声量を抑えながら言う。
「護衛対象の会話を全て聞き逃すなと言われました」
「なにそれ?スパイみたいな事をしろって話?」
恋花がそう言うと、他のレギオンメンバーもこちらへと顔を向けてきた。
「どうしたの?一葉、恋花」
「もしかして、何かトラブル?」
初鹿野瑤と芹沢千香瑠の二人が小首を傾げながら何かあったのかと聞いてきた。この二人も一葉より一級上の上級生だ。
「いえ、ちょっと妙な話になりまして…」
一葉は小声で再び何があったのかを説明する。
「つまり、盗み聞き?」
「それは言い方があんまりよくないかな」
一葉の同期である佐々木藍がそう呟くと一葉は苦笑いを浮かべる。そして、とりあえず命令なのだからやるしかないと結論付ける。皆もそれに頷くと、行動に移る。バスの後方に瑤と藍を配置、護衛対象を前後から監視するのだ。
「しかし、なんでパイロットの様子なんて…あの二人はもしかして何か凄いスパイだったりして」
「ドラマの見過ぎです…恋花様」
マイクロバスは走りだす、目的地はホテルからほど近い。10分程走ると、ある建物の前でバスは停車する。一葉と恋花が先に降り、周囲を警戒。その後に護衛対象の二人が降りる。そして、五人で護衛対象を囲みながら目的地である施設へと入っていく。
「エレンスゲ女学園のレギオン、ヘルヴォルです。このお二人の護衛任務中」
「この先でお待ちください」
受付のような所にいた人物に護衛任務の命令書を見せると、中へと案内された。暫し待つと護衛対象達と共に会議室のような広い部屋へと通された。部屋の中には防衛軍の高官や国の官僚達がずらりと席についている。
「これは…結構大事かもしれませんね」
その重苦しく異様な雰囲気に一葉は圧倒される。だが、すぐ近くに立っていた隊員に話しかける。
「すみません。あのお二人の護衛として同行しているエレンスゲ女学園のヘルヴォルなのですが…どこで待機すればいいでしょうか?」
「護衛のリリィ?いや、そういう話は聞いてないな…ちょっとお待ちを」
そして、戻ってきた隊員から出入り口付近の椅子に座って待機するように指示された。そして、深井零と桂城彰の二人に場の注目が集まる。
「では、特別報告会を始めようか。未知の脅威についての」
一人の高官がそう言うと会場のスクリーンに映像が映し出される。それと共に資料を捲る音が場に響く。そして、一葉の視線もその映像へと向けられる。そこに映し出された映像は航空機から撮影された映像らしい。
「なにこれ?」
「コクピットからの映像かと」
「なんだ、やっぱり二人はただのパイロットかー」
しかし、その映像はどこか奇妙であった。まず空の色がどこか変だ。そして、大規模な空中戦が繰り広げられている様子だが、対ヒュージ戦で世界中が手一杯。そうして国家間の戦争が消えたこの時局にどこでこんな映像を記録したのだろうか。
鳴り響く警報音と無線の音声。
『MK-1、退避だ。そっちに敵が行った』
『君の命令を受ける気は無いね、中尉』
眩い閃光が走り、無線にノイズが飛び込む。
『推定50kt級の爆発を確認。これは…核爆発だ』
『MK-1ロスト』
『こちらAC-3、確認した。B-3、残ったナイトを誘導しろ』
『B-3了解。ナイトは後どのくらい戦える?』
『三十分程度は飛び回れる筈だ。こちらで目標を指示する、距離には注意しろ』
『了解』
『機長、2時方向に敵』
真っ黒な戦闘機らしきものが映像に映る。しかし、それはあまりにも異質だ。一切の反射の無い黒一色、まるで影だけが空を飛んでいるようである。とても戦闘機には見えない。それに先程、核爆発と言っていたがそんな事があれば世界中大騒ぎになっているだろう。それにヒュージはそんな攻撃をしてこない。これは何だ?
映像を見て困惑しているのは一葉だけではない。ヘルヴォルの面々もそうだ。そして、この場にいる防衛軍や官僚等の者達すら食い入る様に映像を見ていた。そして、なし崩し的に討論が始まる。
「核攻撃を行っただと?」
「それだけでも脅威だ。しかも、正体が分からないのだろう」
「この世界にあれが現れたら…」
「我々はヒュージで手一杯だ。とても手に負えない」
「それに現代的な航空戦をやるような相手だ、ヒュージと同じようには戦えん」
「では、どう対処を?」
「現れるかも分からない相手に何を準備しろと?」
「そうだ、異世界の…しかも別の星の話だろう」
「しかし、その世界から来た人物はここにいるではないか」
「そうだ、ありえない話じゃないだろう」
討論の中から異世界という突拍子もない単語が飛び出し、一葉は目を丸くする。そして、左右を見回すと皆も同じような反応だった。どうやら聞き違いではないらしい。
「今、異世界って…」
「何かの暗号とか?」
「話の流れからすると、暗号ではなくそのままの意味かと」
「そんなまさか。もしや、あの二人が異世界から来たパイロットって事?」
「それなら学園がこの奇妙な任務を出した理由が見えてくるね」
「いせかい…って、何?」
「あー…藍、後で教えてあげるから」
そんなヘルヴォルの会話はここでは明らかに浮いていた。そして、参加者達の視線が一葉達へと向けられる。深井零に至っては呆れたようにため息をついている。
「何故ここにリリィがいる!?誰が入れた?」
「え?いや、護衛任務の命令書を持っていたのでてっきり…」
「何、誰がそんな任務を出したんだ?」
「これがその命令書の写しです」
「どこの誰がそんなものを…あっ、こいつはゲヘナ絡みか」
「こっちに探りを入れてきたか、面倒な話になってきたな」
「ヒュージと無関係な内容だから管轄外だろうに」
「とりあえず、そのレギオンは監視付きで退席させるんだ。後で対処する」
そうして、ヘルヴォルの五人は退場となった。そのまま別室へと通されると、尋問開始。
「事情は何も知らないのです。突然、護衛任務を命じられて…」
「何かするように命令はされなかったのか?」
「ええ、帰還後に護衛対象の様子を知らせてほしいとかその程度で」
「ふーむ…」
なんとかスパイとかそういった類ではないと納得してもらう事には成功。実績のあるエレンスゲのトップレギオンだけあって下手に扱うと後々面倒だと相手は判断したらしい。しかし、防衛軍の高官から先程見聞きした話は他言無用であると厳命される。そして、その機密保持を約束する為に誓約書まで書かされた。その徹底的な対応に恋花は舌を巻く。書類を書き終えると五人はそのまま報告会が終わるまで待機となった。
そして、暫くして報告会は終了する。だが、ヘルヴォルの任務はこれで終わりではない。二人を出発地点であるホテルまで護衛するという点がまだ残っていた。途中のトラブルはともかく任務はきっちり果たさねばなるまい。その点は防衛軍にも確認を取った。
「ホテルまでお送り致します」
「あんな目に遭ったのにまだ続けるのか」
「ええ。仕事ですので」
「そうか」
そんな短いやり取りを終えると、一行は行きと同じようにマイクロバスへと乗る。今度は聞き耳を立てる必要も無い為、配置は特に決めずに乗っている。恋花は疲れ切ったらしく盛大にため息をつき、藍は眠そうに窓の外を見ていた。そして、一葉は好奇心を抑えきれずについ口を開く。
「深井大尉と桂城少尉は…その、何者なのでしょうか?」
「フムン、気になるか」
「いえ、答えたくないというのなら大丈夫です」
「まあ、気になるのはしょうがないか…ただの漂流者。そう答えておこう」
「漂流者…」
そうしてマイクロバスはホテルに到着する。ヘルヴォルの五人はバスから降りると深井零と桂城彰の二人を見送った。そして、一葉は気が抜けたように大きなため息をつく。かつてない事態が起こって知らぬ間に緊張していたのだ。そこに恋花が話しかけてきた。
「で、報告しろと言われた件はどうするの?」
「ああ、そうでしたね。しかし、誓約書にサインしてしまいましたし…よし」
一葉は一度大きく頷くと、言った。
「会話らしい会話は車内では無く、会議室には入れなかったので何も聞けなかった。こう報告しましょう」
それを聞いた千香瑠は驚いた様子で口を開く。
「でも、それって命令違反になるんじゃ…」
「いえ、学園にトラブルを持ち込まない為の行動です。何しろ、防衛軍からの命令も出ています。そちらを破った場合は学園も巻き込むことになりますし」
「なるほど…」
「じゃあ、それで決まり。この後どうする?」
恋花の問いに藍が答える。
「さっきのカフェでおやつ!」
「そうしましょう。流石に疲れてしまいましたし」
「ええ。ゆっくり休憩してから帰りましょうか」
「で、いせかいって何?」
「それはお茶でも飲みながら、ね」
一方、出張を終えた深井零と桂城彰の二人は身支度を整えるとホテルを出る。後は鎌倉へと帰るだけだ。しかし、その道中に酒屋を見かけた零は口を開く。
「フムン、ビールでも買って帰るか。向こうの俺やジャックも喜ぶだろう」
「いいですね。せっかくだ、いいやつを買って帰りましょう」
「ああ、仕事終わりの一杯だ。それがいい」
二人はのんびりとその酒屋へと入っていった。
鎌倉である事件が起こっている事も知らずに。
原作の零はとにかくビール好きな印象が強い
雪風新作がついに発売だそうで
楽しみですねえ