迷い込んだブーメラン<改>【本編完結】   作:ひえん

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花園の異変

 結梨が負傷し、フランスへ搬送されてから二週間が経った。

 

 執務室である人物との電話を終えたブッカーは深くため息を出しながら首を垂れる。そして、その様子を見た史房は驚き、深井中尉は何があったのかと問う。

 

「どうした、ジャック」

「楓・ヌーベルの父親と結梨の件で話をしたのだが…」

「何かあったのか」

「その父親の声がそっくりだったんだ」

「誰に?」

「お前もよく知っている…バーガディシュ少尉だよ」

 

 その名を聞いた深井中尉の脳裏に、ジャムによって作られた偽物の基地やそこで唯一食べる事が出来た食物の記憶が鮮明に蘇る。そして、背に嫌な汗が流れた。

 

「少尉は戦死したんだ…偶然だろう、単に似ていただけだよ。ジャック」

「まあ、そう考えよう…それに俺の声を聞いても変な反応は無かったからな」

「つまり、ジャックみたいに中身がバーガディシュ少尉って事はないな」

「ああ」

 

 特に何事も無いようだ。二人の様子を見ていた史房はホッとしながら視線を動かす。そして、その視線の先には傷だらけのCHARMがあった。

 

 ダインスレイフ…かつて夢結が使用し、学院近くに現れたヒュージから回収されたものである。だが、そのCHARMは曰く付きでもあった。夢結のシュッツエンゲルである川添美鈴が亡くなった際に使っていたCHARMでもあるのだ。よって、最後に使用していた時のデータ復元、その作業が今も行われている。彼女の最後がいったいどんな状況だったのか、それを調べる為でもある。しかし、雪風出現によってその作業は遅れがちで、やっとログの解析結果が断片的に届いたぐらいである。

 史房がその結果が書かれた資料に目を通す。

 

「戦闘中に設定変更された形跡がある…ですって!?」

 

 史房のその驚いた声に深井中尉とブッカーが振り向いた。何があったのだろうと。

 

 

 

 一方、深井大尉と桂城少尉は学院の庭でぼんやりと景色を見ていた。

 

「さっぱり手がかりが見つかりませんね」

「ああ。ネストからのマギは未だにあの空中の穴に吸い出され続けている」

「だけど、それが何を意味しているのかは未だに分からない」

 

 打つ手なしの深井大尉はため息をつく。

 

「このまま帰れなかったら雪風を抱えてヌーベルの実家で雇ってもらうか…」

「でも、雇われたら彼女をお嬢様って呼ばないといけない日々がやってきますよ」

「それは嫌だな…で、少尉。その猫は?」

 

 桂城少尉は猫を撫でていた。

 

「安藤鶴紗が面倒を見ている野良猫ですよ」

「何故少尉が面倒を?」

「どうやら懐かれてしまったようで…」

「フムン」

 

 そして、何も進まずにただ時間が過ぎていく。どうしたものかという二人の愚痴を残して。

 

 

 

 

 

 講義を終えた一柳隊所属のリリィ達が続々と自分達の控え室へと集まってくる。

 

「うわあ、凄い量ですね」

「それだけ結梨ちゃんがみんなから好かれていたって事だよ、二水ちゃん」

 

 その室内の一角にはたくさんの手紙や品々が置かれていた。それは校内中から集まった結梨への見舞いの品々である。後程まとめてフランスへと送る予定であった。

 

「梨璃さん、例のレポートは出しました?」

「うん…実はなかなか纏まらなくて」

「深井大尉が少佐は面倒くさいからなかなか首を縦に振らないだろう、って言っていましたね」

「だから身構えちゃって」

 

 結梨の負傷後、梨璃は今回の責任を取るとブッカーに言い出した。あの逃亡劇を起こした上に、一人でヒュージに飛び込んでいった結梨を止める事が出来なかったという自責の念からであった。しかし、ブッカーの与えた罰は謹慎といった重いものではなく、計12時間の補習と反省文及び反省点と今回の課題をまとめたレポートを提出する事であった。

 与えられた罰がこの程度で済んだ理由は単にうまく事が運んだからである。今回の脱走騒動の詳細は外部には知られていない。よって、学院では外部に配慮した懲罰的な手段を選ぶ必要が無かった。その為、ブッカーは彼女の為になるだろうという方法を選択したのである。

 

 椅子に座って紅茶を飲んでいる雨嘉が話しかけてきた。

 

「ごきげんよう。梨璃、二水」

「ごきげんよう、雨嘉さん」

「あ、そうだ。実は百由様から呼び出しがさっきあって」

「一柳隊に?何だろう?」

「さあ、詳しい事までは…」

「うーん、みんな揃ったら行ってみようか」

 

 そして、一柳隊全員が揃うまで待つと、一行は装備を整えて百由の所へと向かう。

 

「突然呼び出して悪かったわね」

「いえ、何かあったのでしょうか」

「ええ…ちょっと奇妙な事がね。そこに電波暗室があるでしょ」

「えーと、電波暗室って何の部屋なんでしょう?」

「あー…まとめて説明するわ」

 

 そして、百由は説明を始める。

 

 電波暗室とは、外部からの電波を全て遮断した部屋だ。その性能は高く、普段周囲に飛び交うテレビやラジオ、官民の無線にエリアディフェンスからの妨害電波すら遮断する。その室内は電子的なノイズが一切無い環境である事からセンサ類の精密測定や電波機器の検査といった用途に使用するのだ。しかし、普段はこの部屋をほとんど使う事が無いのでほぼ荷物置き場と化していた。そして、ここ最近その部屋の中で不可思議な事態が起こっているというのだ。

 曰く、電波暗室の中に放り込んでいた備品の位置がいつの間にか動いていたり、置いた物の数が減ったりしているとの事であった。

 

「ただの置き忘れではなく?」

「そうだと思いたかったのだけどね、ついに勘違いでは済まない事象が起きたのよ」

 

 呆れ気味の夢結の指摘に百由は右手で頭を押さえつつ、机に置かれた二つのモニタへと指をさす。

 

「ただのモニタじゃない」

「よく見て、ここにある備品の管理番号」

「…これは」

 

 管理番号を記したシールに書かれていたその数字、二つのモニタの両方にそっくりそのまま同じ番号が刻まれていた。それどころかモニタの製造番号すら一致している。それを見た一柳隊の面々は唖然とした表情を浮かべていた。

 

「で、本題は…一柳隊に中で何が起こっているか調べてほしいの。万が一、ヒュージの仕業だったら大事だからね」

「分かったわ。でも、監視カメラは置かなかったの?まずは何が起こったのか知る必要があるでしょうに」

「もちろん置いたわよ、あの机の上に。で、さっき備品の数が減ったと言ったわね」

「ええ」

「消えた備品と同様にそのカメラも消えてしまったわ」

 

 ため息一つ出した後に百由は説明を加える。

 

「で、仕方ないからドアを開けてその前にカメラを置いて再トライ。でも、駄目」

「何があったというの?」

「ドアを開けると何故か何も起こらないのよ」

「じゃあ、常に開けっ放しにすればいいのではないの?」

「夢結、そんな簡単に話は済まないわ。いざ使う時に困るでしょう」

 

 どうやら開けっ放しにしておく事は出来ないらしい。しかし、百由には何か策があるようだ。

 

「部屋の中に固定されている物に変化は無い、壁にかかったカレンダーも含めてね。だから、今度は壁に固定できるカメラを用意したわ。これで何かあっても最後まで記録できるはず。それに有線だから確実よ」

「先にそっちを試してからにしてほしいわね」

「そう簡単に用意できないのよ。これもさっき届いたばかりなんだから…ちょうどタイミングが重なっちゃったの」

 

 それに、と百由は言う。

 

「リリィがいればとりあえずヒュージが出ても対処できるし。カメラで様子も記録できるし、一石二鳥でしょ」

「はあ…分かったわ。じゃあ、試しに梨璃と私で中に入ってみる」

「お願いね。あ、外でみんな待機しているから、何かあれば外に出てね」

 

 そして、一柳隊一行は準備を終えると電波暗室の前に立つ。

 

「じゃあ、入りましょうか。お姉様」

「まあ、何もなければいいのだけど…」

 

 CHARMを抱えた梨璃と夢結の二人が部屋へと入ると、そのまま扉が閉じられた。そして、新たに設置した監視カメラの映像を端末に表示、今のところは何もない。だが、暫くするとカメラは室内の異変を捉えた。

 

「何よ、これ…」

「百由様、何かありまして?」

「なんと言えばいいか…みんな、これを見て頂戴」

 

 端末で内部を監視していた百由の表情がこわばり、他の面々は何事だと端末の周りに集まる。そして、そこに映っていた光景は唯々異様であった。

 室内にはうっすらと靄がかかり、乱雑に置かれていた物が多重にブレて見える。しかし、室内にヒュージが映っている様子はない。カメラの故障かとミリアムは映像を見ながら心の内で考える。だが、百由はゾワリとした様な嫌な予感が脳裏に過るとそのまま立ち上がった。そして、電波暗室の扉へかじりつく様に飛び掛かると、勢いよくその扉を開く。その室内では梨璃と夢結の二人が倒れている。思わず百由は叫ぶように呼び掛ける。

 

「二人とも、大丈夫!?」

 

 しかし、ピクリとも動かない。明らかに様子がおかしい。百由が困惑していると楓や他の一柳隊の一同も室内になだれ込んでくる。その表情は一様にいったい何があったのかといった困惑したものであった。

 

「梨璃さん!梨璃さん!!」

 

 楓は梨璃に駆け寄る。脈も呼吸もあるし、安定している。今すぐ命に関わるような状況ではないようだ。楓はとりあえず胸をなでおろす。しかし、応答が無い以上、意識は完全に失われている事は間違いない。いったい何が?楓は周囲を見回すが、特におかしい点は室内にはない。自身の呼吸に異常が無い事から毒ガスの部類が発生したとも考えにくい。戦闘の痕跡なんて当然無い。しかし、かすかに梨璃のマギの流れに違和がある事を感じ取る。何かがあった事はこれで確実と言えるだろう。しかし、何が…

 

「なんだ、何の騒ぎだ」

 

 ドアの向こうから声が響く。楓が振り返ると、深井大尉と桂城少尉がそこにいた。

 

「それが…梨璃さんと夢結様が…」

「そいつらは大丈夫なのか?」

「脈も呼吸も安定していますわ」

「フムン。では、どうしてそうなったのかを説明してほしい」

 

 すると、百由は何が起きたのかを説明しつつ、端末の映像を見せる。

 

「物が増えたり減ったり、勝手に動いたりするという異変の調査の結果がこれか」

「しかし、深井大尉。どうも悪い予感がする。こんな気分には覚えがありますよ」

「同感だ、少尉。で、その覚えとやらを説明できるか」

「ええ、フェアリイ基地でロンバート大佐と手紙を出しに行った時と同じような気分だ」

「少尉、それはつまり…」

「確証は有りませんが、そんな予感がします」

「物が重なって見えたという点が意味する事を考えると、その解釈は可能だろう」

 

 深井大尉と桂城少尉が何やら話を続けているが、百由にはその会話の意味する内容がさっぱり掴めない。そして、困惑しながら聞く。

 

「ちょ、ちょっと…あなた達にはこの部屋の中で何が起こったのか分かるというの?」

「ああ、確証の無い仮定の話だが…この電波暗室の中は可能性が偏在する不安定な状態になったと思われる」

「別の可能性…並行世界といえば通じやすいかな?物が増えたり減ったりしたのはそのせいだ、別の可能性と重なりあった結果だろう。この二人も意識が他の可能性に迷いこんだのかもしれない。肉体だけがこうして残っている理由はよく分からないけど」

 

 それを聞いた楓の脳内にある考えが浮かぶ。

 

「そうですわ!…マギなら意識とここにある肉体を繋いでいるかも」

「楓さん、駄目ですよ!無暗に手を出したらどうなるか」

「止めないでください、二水さん!!このまま何もしないなんて…」

 

 楓は倒れ込んでいる梨璃にマギを注ぎ込む。

 

「何をしている。応急手当か何かか?」

「私のマギで梨璃さんのマギに刺激を与えれば、何か変化が起こるかもしれないと考えましたの!マギが流れている以上、可能性はゼロではありませんわ!!」

「フムン。その摩訶不思議な手段以外に精神を外部と繋ぐ術は何かないのか?できれば電子的な手段で、だ」

 

 深井大尉のその一言に百由が答える。

 

「CHARMを経由するのなら…二人のマギに繋げる事が出来る、と思うわ。やった事は無いけれど。でも、どうするつもり?」

「雪風に任せる」

「雪風を…?いくら凄いコンピュータでも、流石に可能性の偏在なんて事態はどうしようも無いでしょう」

 

 すると、深井大尉は端末を取り出して操作しながら口を開く。

 

「ああ…フェアリイ星で何があったのかを詳しく言っていなかったな。こういう事態は一度経験済みだ」

 

 

 

 

 

「梨璃、梨璃。どうしたんだ、こんな所で寝ているなんて」

「閑…さん…?」

 

 頭がぼーっとする。ここはどこだろう?目の前にはルームメイトの姿があるが、どこか違和感がある。だけど…瞼が重い、何も考えられない。

 

「眠いのかい?」

「はい…とても…」

「これは起こしても駄目そうだな…では、人を呼ぼう。だから安心して眠るといい」

 

 その一言を聞いた梨璃の意識はそのまま暗転する。

 

 どのぐらい時間がたったのだろう、何やら話し声が聞こえてくる。一柳隊の仲間達の声だ。そして、その事に気が付くとそっと目を開く。体の怠さはまだ残っている為、視線だけを動かして周囲を確認する。どうやら一柳隊の控え室らしい。しかし、どうも違和感がある。そう、何かが違う。先程確かに置いてあった品々が存在しないのだ。

 

「あれ!?」

「あら、目が覚めまして?梨璃さん。先程からずっとうなされていましてよ」

「そこにあったお見舞いの贈り物は!?」

「お見舞い…?はて、どなたか入院でもしましたかしら?」

「え…」

 

 結梨への見舞いの品々なんて知らないという素振りの楓を見た梨璃は絶句する。

 

 いったい何がどうなっている?

 

 

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