梨璃は困惑しつつも周囲を見回す。しかし、やはりおかしい。
控え室内に置かれている備品も微妙に異なるし、壁にかかった日捲りカレンダーに書かれている日付も今日のものではない。そして、部屋の外からは工事の音があちこちで鳴り響いていた。
「いつになったら工事は終わるのかしら」
「さあ…この前の戦闘で校舎もあちこちひどくやられましたからねえ」
楓と二水の二人に至っては身に覚えのない会話をしている。何がいったいどうなっているのか、梨璃は意を決して口を開く。
「あの、私…どのぐらい寝てたのかな?」
「分かりませんわ、ここに運び込まれた時にはもう気を失ったような勢いで寝ていましたからね。何故かCHARMをしっかり抱えながら」
「えーと、頼まれた依頼ってどうなったの?」
「依頼…何かありましたっけ?」
「え…ほら、百由様に頼まれた件だよ」
しかし、二水は首を傾げる。
「工廠科二年の真島百由様ですか…?いえ、今日は特に何もありませんが」
不思議そうな顔で二人は梨璃を見る。
「梨璃さん、ちょっとお医者様に診てもらった方がいいのでは…そういえば、夢結様は?二人で勉強するとか昨日おっしゃっていたでしょうに」
そう言いながら楓は持っていたCHARMのケースを開ける。そして、その中に入っていた物を見て梨璃は唖然とする。
「え?ダインスレイフ…!?」
「梨璃さん、どうかなさいまして?」
「あっ…いや、何でもないよ」
梨璃は咄嗟に作り笑いを浮かべて誤魔化す。梨璃が呆然とした理由、それは楓が普段使っているCHARM…ジョアユーズとは別のCHARMであるダインスレイフがそこにあったからだ。それどころか、このダインスレイフは一柳隊では今現在誰も使っていない。それがこの場にある事自体が異常なのだ。しかし、梨璃はこの後再び驚く事となる。
「あら、何かありましたか?」
控え室に神琳と雨嘉が入ってきた。しかし、彼女達の様子も違う。二人の持つCHARMが違うのだ。雨嘉はアステリオンでは無く、梨璃や二水と同じグングニルを持っている。そして、神琳に至っては盾のような形状のマソレリックでは無く、大剣のような形状であるダインスレイフを抱えていた。
「なんか梨璃が倒れたって聞いたけど」
「大丈夫か?熱中症か?」
続いて鶴紗と梅もやってきた。梅のCHARM…タンキエムは変わらない。しかし、鶴紗は違う。ティルフィングではなく、こちらもダインスレイフであった。梨璃がなんとか動揺を隠そうとしていると、いつの間にか室内に入ってきていたミリアムが梨璃のCHARM…グングニルを見て驚いたように声を上げる。
「んー?このグングニル…何か変じゃぞ?」
「き、気のせいじゃないかな…特に何もしてないよ」
梨璃の背に冷や汗が流れる。何かがおかしいという嫌な予感が、はっきり異常だという確信へと変わったのだ。もし、この場で自分が異質なものだと判断されたらどうなるか分からない。何とかしてこの状況を誤魔化しつつ、夢結を探し出して合流するしかないと梨璃は内心で考える。
「いーや、おかしい。こんなパーツ見た事ないぞ!わらわだって工廠科の端くれじゃ。それぐらい一目で分かるわい!!」
「え?…わらわ?」
ミリアムの一人称が違うという事態に梨璃はつい首を傾げてしまった。それを見た楓が心配気に口を開く。
「梨璃さん、やっぱりどこかおかしいですわ。何がありましたの?」
「楓さん。いや、本当に何もないって…」
「…さん?あらあら、どうなさいましたの?でも、いつもと違う呼び方も新鮮で素敵ですわね」
「えっ!?あはは…その、気分転換も大事かなって…ね?」
梨璃の冷や汗は止まらない。この様子では口を開けば開くほどにボロが出るだろう、梨璃はそうして頭を抱えた。おかしいのは周りか、それとも自分だけか?しかし、どちらにしてもこの場で異質であるのは自分だろう。そして、それに勘づかれた場合どうなるか…これだけ違いがあるのなら、今周りにいる一柳隊の面々が自分の知る心優しい彼女達と同じ性格であるとは限らないのだから。
「起きて、夢結。ほら、起きなさいって」
「ここは…」
夢結は百由の呼びかけで目が覚める。そして、周囲を見回す。その風景からここはどうやら工廠科のフロアであるようだ。しかし、先程入った電波暗室からは離れた位置である。
「…百由、何が起こったのか説明が欲しいのだけれど。何故、私はこんな所に?」
「何があったのか聞きたいのはこっちの方よ。なにしろ廊下の真ん中で倒れていたんだから」
「どういう事…?」
「で、夢結。あなた、何者?」
「何を言っているのか分からないのだけど」
そして、百由はため息を一つ出す。
「あなたが抱えているCHARM…どこか妙でね。整備した覚えが無いのにその跡があるの…でも、癖からしてやったのは私に間違いない」
「この前整備に出したばかりじゃない」
「知らないわよ。やっぱり、話が合わないわね」
困惑した夢結が百由に今の状況を聞く。
「こちらから質問しても?」
「ええ」
「依頼の件はどうなったの?そもそも、私は梨璃と一緒に電波暗室の中にいたはずよ」
「電波暗室で依頼?何言っているの。そんなの知らないわ」
「そんな訳ないでしょう。あなたはうちのレギオンと一緒に電波暗室の外で待機していたじゃない」
「んー…詳しく話を聞いてもいいかしら?」
そして、夢結は依頼の詳細と経緯を語る。しかし、百由は何一つ覚えが無いと首を傾げる。
「いっそ、その現場見に行ってみる?」
「ええ、梨璃がいるかもしれないし」
そう話し合うと、二人は電波暗室に向けて移動する。しかし、その中は取っ散らかった倉庫のような有様であり、梨璃の姿はない。
「ちょっと待って、見たことが無いヒュージのサンプルがあるじゃないの。なにこれ!面白い!!あれ?でも、このラベルに書いてある字は私の字…?」
「いない、か…」
百由は電波暗室の中の変化に驚いている様子である。一方、夢結の心の内にある違和感はさらに大きなものとなっていく。ここは自分の知る百合ヶ丘ではない、そんな気がするのである。しかし、その確証が無い。自分か百由が何か幻覚のようなものを見せられている可能性だって有り得る。何か確かめる術はないかと夢結は考える。すると、何故かあの機の姿が不意に夢結の脳裏を過る。
「そういえば、雪風は…?」
そして、自分でも驚く程咄嗟にその機の名が口から飛び出した。
「ゆきかぜ…何それ?新しいCHARMの名前か何か?」
百由は首を傾げながらそう答える。
百由の反応からその違和は確信へと変わった。ああ、間違いない。ここは自分の知る百合ヶ丘ではない、と。そして、今の自分の状態はまさに…
「理屈はともかく、深井零と同じ状況に陥った、か…」
「で、深井大尉。並行世界だとかなんて何をどうするつもりでして?」
「さあ、俺にも詳しい事は分からない」
「何ですの、その訳の分からない返事は…」
「実際、そうなのだから仕方ない。全てを知っているのは雪風だけ、俺達には知りようが無い」
電波暗室では救出作戦に向けて準備が進む。梨璃と夢結のCHARMにケーブルを接続、反対側を壁にある部屋の外へ繋がるコネクタへと繋ぐ。そして、深井大尉は先程記録した映像と命令文を雪風へと送信する。
深井大尉よりB-1。我が保有戦力である一柳梨璃と白井夢結が異常事態に巻き込まれ、行動不能の状態である。その為、直ちに索敵任務を実施し、この二名を見つけ出して救出せよ。
<了解、実行可能である。しかし、この任務を遂行するには支援が必要である>
なんだ?と返す。
<屋内捜索の場合、どうしても人員が必要となる>
雪風は現地に送る人員を欲しているようだ。深井大尉はため息をつく。
「少尉、どうやら直接探す必要があるらしい」
「うーん…仕方ないか。そうなると、僕らで探す事になるのだろうか?」
しかし、楓がそこに口を挟む。
「お二人で探す…並行世界の百合ヶ丘を?もしも、その並行世界にお二人が存在しなかったらさぞ目立つでしょうね」
「フムン、その考えは無かった。確かに前と違う状況は有り得るな」
この前の事態では人の姿を確認する事が出来なかった。しかし、今度はどうなるか分からない。人の目があれば飛行服を着た自分達は怪しまれてしまうだろう。
「では、深井大尉。私が行きますわ。万が一の場合でも制服を着ていれば目立ちはしないでしょう」
「危険かもしれないが、それでも行くのか?」
「覚悟の上ですわ。梨璃さんを助ける為なら例え火の中でも矢の雨の中でも!」
「動機はともかく、覚悟は分かった。しかし、一人だけだといざという時に…」
すると、神琳が手を挙げる。
「では、私も行きましょう。ツーマンセルの方が安全でしょうし」
「神琳さんが来てくれるのなら頼もしいですわね」
そして、意を決したように雨嘉も手を挙げた。
「神琳が行くのなら…私も行く」
「ふふ、雨嘉さんが一緒なら私も安心だわ」
続いて二水が口を開く。
「このままだと奇数になってしまうので私も行きます!楓さんはやらかしそうですし…」
「ちょっと、どういう意味ですの!?」
四人の志願者を見て、深井大尉は決まりだと頷いた。
「よし、今の内に覚悟を決めろ。雪風は二人が迷い込んでいる空間を探し出し、お前達を導くだろう。ただ、そこでどうなるかは分からない」
そして、百由は電波暗室の中にマットと枕、追加のケーブルや端末を運び込むと、4人にそれを渡す。途中で倒れるよりは初めから寝ていた方がまだ安心だろうという考えからである。そして、CHARMのセッティングを終えた百由が扉を閉めると、深井大尉に質問を出す。
「で、雪風がどういう理屈で可能性の偏在に対処したのか説明してほしいのだけど」
「あくまで仮説だ」
そう言うと、深井大尉は振り返る。
「雪風は膨大に存在する可能性の数々…つまり不確定性とかいうやつを潰して、本来の世界だけを残したと考えられる」
「なにそれ…最早、SFの類じゃないの。とても手に負えないわ」
「安心しろ、俺や桂城少尉でも手に負えない」
「ますます駄目じゃないの」
百由がため息を出す。すると、モニタの中で靄が発生した。あの異変がまた始まったのだ。しかし、今度はまた違う変化である。それに驚き、あんぐりと口を開けながら百由は呟いた。
「なにこれ、急に色が無くなった…?」
<B-1:start collecting intelligence...>
<B-3:GOOD LUCK>
小説とアニメで差異があるのは雪風の側だけではない