「さて、モニタも用意したので…ここでじっくり話をしましょうか」
この世界の百由はそう言うと、救助チームから借りた端末をディスプレイへと接続する。そして、映し出された映像にこの世界の一柳隊一同は驚く様に声を上げる。そこにはもう一人の百由と見知らぬ人物が映っているからである。そして、その背後から梅、鶴紗、ミリアムの顔がぬっと出てくると、こちら側の三人が仰天した声を出した。
「えーと、聞こえるかしら?」
「ええ、聞こえるわ。そっちは?」
「大丈夫よ」
画面の向こうとこっちで同じ顔と声が会話をしている光景にこちらの世界の梨璃は驚いたようにぽかんと口を開ける。
「さてさて…初めまして、そちらの一柳隊のみんな。じゃあ、そっちの私。話の続きをしましょうか」
「ええ。とりあえず、ギャラリー…いえ、この場合は全員当事者か。皆にも向こうとこっちが並行世界だって事から説明しないとね」
「そうね」
そうして、画面の向こうの百由は咳払いを一つすると話始める。
「そっちとこっちは非常によく似た世界…つまりは並行世界というやつよ。聞いた事あるかしら?」
それに対して皆は頷く。
「よろしい、話が早くて助かるわ。で…そちらとこちらはリリィがヒュージと戦っている事に変わりはないわ。でも、決定的に大きな違いがあるの。こちらにはさっき言った並行世界とはまた違う異世界から人間が航空機に乗ってやって来た」
「どういう事?」
百由の言葉をよく理解できず、こちらの世界の夢結が説明を求めてきた。
「そうね…その世界にはヒュージは存在しないの」
「ヒュージがいない?」
「ええ。でも、別の脅威が存在するわ。宇宙からやってきたジャムという存在よ」
「宇宙…まさか宇宙人が攻めて来た、と?」
「そうとも言える。でも、航空機のような兵器を使ってくるけどその正体は全くの不明…人間に想像できる存在なのかも分からないというとんでもない化け物よ」
「そんな話、とても信じられないわ」
こちらの世界の夢結がそう感想を述べると、同意するように画面の向こうの百由はため息をついた。
「でしょうね、普通ならそう考えるわ。でも、信じるしかなかった」
「何故?」
「物証が揃っていたからよ」
そう言うと、画面の向こうの百由の視線は隣へと向けられる。そこにいるのは男性二人…こちらの世界では見た事がない人物だ、とこちらの世界の夢結は考える。
「そちらの方々は?」
「この二人がその異世界からやって来たという件の人物よ。乗ってきた機体もここにあるけれど、格納庫の中だから映す事は出来ないわ…ちょっと、深井大尉。そっちも自己紹介ぐらいしなさいよ。え?何、面倒くさいって…はあ、まったく」
画面の向こうでは百由と異世界から来た人物が何やら言い合っている様子である。しかし、見た限りでは険悪な雰囲気ではないようだ。そうして、こちらの世界の夢結は画面に映る男性の姿を見る。その見た目は普通の人間に見える…異世界と言ってもファンタジーのように奇抜な世界では無いのだろう。そうして、口を開く。
「で、こっちとそっちはその異世界人が現れたかどうか程度の差しかない訳ね」
「詳しく比較しないと分からないけど、おおよそはそうね。あ、装備も違うか」
しかし、それに対して向こう側の梨璃は異を唱える。
「いいえ、違う点はまだあります」
「それは何かしら、梨璃」
首を傾げる向こう側の百由に対して梨璃は言う。どこか悲し気な声色で。
「この世界には結梨ちゃんがいません」
「なるほど、そうきたか…」
梨璃の発言で向こう側の一柳隊一同の表情は曇る。一方、その聞いた事の無い名前ともう一人の自分達の反応にこちら側の面々は不思議そうな表情を浮かべていた。そして、こちら側の百由が質問を飛ばす。
「えっと…つまり、向こうとこっちでは一柳隊の人数が違うと?」
「いえ、結梨ちゃんという子がここには存在していないのです。桂城少尉が味わった気分というのはこんな感じなのでしょうね…」
梨璃のその発言に対して男性の声が飛んできた。
「さて、どうかな。でも、あの子の存在は僕やレイフと似たような感じって事か」
「その…あなたは?」
「僕かい?僕はFAF所属の桂城彰少尉。さっき話のあった異世界から飛ばされた人間だ」
異世界からやってきたという人間の言葉にこちら側の面々は目を見開く。そして、こちら側の神琳は桂城少尉の発言に疑問を浮かべた。
「質問ですが…その結梨という人物とあなたが似たような存在というのはどういう意味なのでしょうか?」
「さて、それを話すべきかどうか。話がややこしくなるけど」
その質問を聞いた桂城少尉は横を向き、百由と深井大尉に意見を求めた。深井大尉はフムンと呟き、百由は一つ頷くと自分が答えると言った。
「そうね、複雑になるから詳細は省くけれど…この二人は既に彼らの世界の並行世界に遭遇しているの。それで、その並行世界にはこの桂城少尉の存在が無かったという事態が起こったの」
「ある人物が他の並行世界には存在しないという…そういう意味ですか」
「ええ」
「しかし、現状で異世界と並行世界が四つも絡まっている…という事になりますね。これは複雑だわ」
こちら側の神琳は唸る様に言うと、更に質問を続ける。
「では、もう一つ。その結梨という人物はどのような人物なのでしょうか?」
それを聞いた画面の向こうの百由は困ったように唸る。そして、どこか悲し気な表情を浮かべる梨璃に問う。
「どうする?」
「ええ…説明はお任せします」
「分かったわ」
そして、百由は語る。
「結梨という子は…端的に言うとゲヘナが作った人造人間。ヒュージの細胞から人造のリリィを作り出そうとした実験体よ」
「なっ…!?」
あまりに衝撃的な発言に神琳は絶句し、こちら側の一柳隊の面々はゲヘナという単語に苦い表情を浮かべる。
「その様子だと、連中はそっちでもろくでもない存在のようね。で、その実験体を一柳隊がたまたま保護したという経緯よ」
「なるほど…確かにこちらでそういった事態は起こっていません。並行世界とは言っても、差異は大きいようですね」
神琳がそう言いながら頷くと、先程とは違う男性の声が響く。
「それは当事者だからそう思うだけだ、こちらから見ればおおよそ似たようにしか見えない」
深井大尉がそのように発言するが、画面の向こうの一柳隊からの怪訝そうな視線に彼は気がつく。こいつは何者なのだ、そんな事を言いたげな表情が並んでいる。
「失敬。深井零大尉、FAF所属。噂の異世界人だ」
「先程の発言については、視点の違いという事でしょうか?」
「まあ、そんなところだ。ミクロとマクロのどちらに目が行くかというだけの簡単な話だよ」
そんな話が続く中、こちら側の百由が話題を変えようと口を開く。
「キリがないからそろそろ話を戻すわよ。で、そもそも何故こんな事態が起こったのか聞きたいのだけど」
「ええ、原因についてはよく分からないわ。でも、一つ言える事は…電波暗室の中が異常な空間になっていたという事。具体的には無数の可能性が同時に重なり合って存在する曖昧な状態らしいわ。まあ、それはあくまでもこの二人の考察だけど」
画面の向こうの百由が問いに答え、こちら側の百由は更に質問する。
「まるでSFね…で、曖昧になってしまった結果、こっちとそっちがこうして繋がってしまったと。こっちに飛ばされてきた六人はワープしたみたいに姿が消えたの?」
「いいえ、意識を失って倒れているような状態よ。体は残ったまま、意識だけそっちに飛んで行ったと言えるかしら」
「意識だけ?それは変よ。彼女達は実体がここに存在しているもの、意識だけならそうはならないと思うけど。幽霊みたいな状態なら理解はともかくまだ納得できるのだけど」
「そこは分からない。しかし、こちらには確かに体はそのまま残っているの」
「ちょっと待って、初めに偶然飛ばされたのは二人だけと話があったわね。それが事故だとして…残りの四人はどうやってきたの?」
それに対して、画面の向こうの百由はため息を出しながら答える。
「この二人の愛機の力を借りた…としか言えないわ。どうなっているのかは当事者にもよく分からないみたい」
「何よ、それ。つまり、その異世界の航空機は別世界に移動する能力があるって事?」
「いえ、そうではないみたい。異世界でジャムという化け物の攻撃によって今回と同じような状況に陥ったけど、機体のコンピュータの力で対抗した実績がある…と、この二人は言っていたわ」
「んん…?話がよく分からないわ…」
「…私もよ」
二人の百由は困惑したようにため息をつく。すると、深井大尉が口を開く。
「雪風…その機体や他の機械知性体が何をしたのかは明確には分からない。しかし、仮説はある」
「それは?」
「無数の不確実性を潰して一つの可能性だけを定めたというものだ」
「そんな無茶苦茶な…あみだくじの正解以外の線を全て消して回ったような話よ」
「あくまで仮説だ」
こちら側の百由は画面の向こうの深井大尉の発言に頭を抱える。そして、向こう側の百由がある考えを述べる。何がこの騒動を起こしたのかについてである。
「で…私はこの騒動の原因がそのジャムによるものと考えたわ」
「実績があるのなら説明は付くか…納得はできないけど」
「でも、困った事にこの二人がこれはジャムの仕業ではないと言うのよ」
「理由は?」
「事象の規模が小さいし、そもそもジャムに自分達以外を狙う理由がない。それにここにはジャムがいない。だから違う、と…」
それを聞いたこちら側の百由は軽く考える素振りを見せると、平然とした口調で言う。
「じゃあ、ヒュージの仕業ね」
しかし、それを聞いた向こう側の夢結は百由に対して疑問をぶつける。
「ジャムは空間をどうにかできるのよ。可能性が最も高いと考えるのは自然だと思うわ」
向こう側の一柳隊の面々は同意するように頷く、彼女達にとってそれだけ映像で見たジャムの衝撃は大きいものだったのだ。そして、向こう側の夢結がその理由を問う。
「原因がヒュージだと考えた理由は?」
「消去法…でもないな。そもそも私はジャムという存在がどの程度のものなのか知らないわ。それに当事者が違うと言っているし、こちらでもそんな化け物は確認されていない。よって、こんなおかしな事態を引き起こせるのはヒュージしか思い浮かばない」
「でも、私には納得できないわ。ヒュージにそこまで出来るかどうか…」
「よく考えてみなさい、夢結。ヒュージだって常識外れの化け物よ、ワームホールすら使えるのだから可能性としては捨てきれない。で…おそらく、向こうの私は犯人の候補が二つあるから迷っている。定食屋でメニューを見て迷っているようなものよ」
そして、こちら側の百由は画面の向こうの自分に問う。
「ねえ、そっちのヒュージに何か変わった事は起こっていないの?」
「そうね…あるにはあるわ」
「やっぱりね。で、それは?」
「ヒュージが普段よりずっと活発化かつ狂暴化している、といったところかしら」
「ふーん…原因とかは分かっているの?」
「仮説が一つだけ。でも、それを言うにはちょっと…」
「どうしても?」
画面の向こう百由はため息をつく。
「一つ聞くけど、そちらでは川添美鈴様は…?」
「ええと…残念ながら亡くなられているわ」
川添美鈴という人名が出た途端、二人の夢結の表情は固まった。そして、呟くように聞く。
「何故、今その名が出るの…」
「あー…ごめん、やっぱり何でもないわ。気にしないで」
「何でもない?なら何故そんな事を言った。そいつは何者だ?」
気まずくなった百由が話を切り上げようとした途端、深井大尉の問いが飛んできた。そして、その視線は突き刺さるように鋭いものであった。