「いえ、大尉…その話はまた別の機会にしましょう」
深井大尉の問いに百由はそう返す。
「何故だ」
「確定もしていない仮説で関係者をいたずらに悲しませる訳にはいかないの」
「しかし、それ以外にヒュージ狂暴化の原因と思しき仮説は無いのだろう」
「ええ。では、後で話しましょうか」
「フムン。じゃあ、それでいい」
百由からの提案に深井大尉は頷いた。しかし、それに対して画面の向こうの百由は抗議の声を上げた。
「いや、待って。それだと私がその内容を知れないじゃないの」
「あー、そうだった…さっきの雰囲気で察して諦めてくれない?」
「いやいや、無理に決まっているでしょ。一度気になったら納得できるまで我慢できない気持ち、あなたも分かるでしょう?」
「うーん…でもねえ」
二人の百由がそんな会話を続けている一方、二人の夢結は互いの顔を見て頷いた。そして、画面の向こうの百由へ言う。
「百由、いいから話して頂戴。そんな半端な状態の方が気になって仕方がないの」
「私ももう一人の自分と同じ気持ちよ。だから話して頂戴」
「その当事者がこう言っているが」
「仕方ない…」
そして、深井大尉の隣で百由は大きな溜息をついた。そうして、彼女は件の人物について語り始める。
「川添美鈴という人物は夢結のシュッツエンゲルだった優秀なリリィよ。表現が過去形なのは彼女が既に亡くなったから」
「この様子だと戦死か」
「ええ。二年前の甲州撤退戦で…夢結と美鈴様の二人だけになった状況で、夢結だけが生還。詳細については不明となっているわ」
「ツーマンセルで行動していたのに不明だと?分断されたというのか」
「それについては…ちょっとね」
百由はそう言いかけたところで視線をこの件における当事者…画面の向こうの夢結へと向ける。
「いいわ。話しても構わない」
「じゃあ、話すわね…詳細不明な理由は混戦になったのもあるけれど、夢結のレアスキルも関係しているの」
「それは一度聞いた。力と引き換えに暴走するのだったか…」
「あら、聞いていたの。そう、夢結のレアスキルはルナティックトランサー…戦闘中にそれを発動して戦っていたわ。そのせいか最後の方の記憶が曖昧になってしまったの」
「フムン。何か状況を記録するような機器は持っていなかったのか?」
百由は盛大に溜息を吐き出しながら答える。
「それがあったらこんな苦労していないわよ」
「それもそうか。しかし…この話とヒュージの件の仮説に何の関係があるんだ?」
「あるのよ、関係が。で、回収された遺体からは夢結によるものと思しき刀傷がいくつも見つかった。だから、初めは暴走による同士討ちが疑われたの」
「フムン」
「でも、確たる証拠が無いからうやむや、疑わしきは罰せずね。なにしろ、検証しようにも肝心の夢結が使っていたCHARMすら所在不明。まあ、それもつい最近までだけど」
百由の発したつい最近という言葉に深井大尉と桂城少尉は疑問そうな表情を浮かべた。
「最近?どういう事だ」
「あなた達が来る少し前の話よ。百合ヶ丘に一体のヒュージが襲来したわ。その見た目から一度損傷を受けてヒュージネストで再生を受けた個体と考えられる。それで、そのヒュージが現れた辺りからヒュージの狂暴化が始まったの」
「一度損傷を受けた個体…この前見たような類か」
「ええ。で、問題は…そのヒュージに刺さっていたのよ」
「何が?」
「所在不明になっていた夢結のCHARM…ダインスレイフよ」
「甲州…つまり、山梨から鎌倉に?そんな偶然があるのか?」
「分からない。偶然かもしれないし、必然かもしれない…でも、これで二年前何があったかを調べる糸口にはなった。なにしろ、CHARMはああ見えてもコンピュータを載せた機械よ。当時のログはしっかり残っていたわ」
不意に深井大尉への説明に熱中し過ぎた事に気付いた百由は画面の向こうへと視線を向ける。さて、どんな反応か…だが、画面の向こうの自分や一柳隊の面々は一様に首を傾げている。その様子を怪訝に思いつつも百由は説明を続ける。
「で、そのログを解析したところ、奇妙な点が次々出てきたの」
「フムン」
「まず、戦闘の途中で使用者が夢結から美鈴様に変わっていた点」
「いや、それのどこがおかしい?拾って使ったのかもしれない」
「おかしいのよ。他人が所有しているCHARMはそんな拾ってすぐ使えるような代物じゃないの。まず使うには契約…認証が必要で、その書き換えにはいくつもの手順が必要よ。あんな状況ではまず不可能」
「しかし、それが機械なら…その美鈴という人物が電子的な知識を有しており、通常とは違う手段を知っていた可能性だってあるだろう」
「彼女は工廠科ではないわ。それに仮に知識があったとしても設備や道具がなければ実施するのは不可能よ」
「フムン。では、どういう手を使ったんだ?」
「これはあくまでも仮説よ。少し言いづらいけど…」
百由は少しためらうようなそぶりを見せると、意を決したように深井大尉の問いに答える。
「リリィとしての能力…レアスキルを使ったと考えられるわ」
レアスキルという単語に深井大尉は顔をしかめる。
「結局、オカルト的な話か。そうなると俺には理解できない…が、画面の向こうの連中は唖然としているぞ。どういう事だ?」
深井大尉の言うままに百由は画面へと視線を向けた。画面の向こうの面々は大尉の言う通りの表情を浮かべている。当事者であるこちら側の夢結も同様だ。
「これはまあ、予想通りの反応と言えるわね」
「何?」
「彼女があるレアスキルを有していたと仮定すると、辻褄が合うのよ」
「百由、ちょっと待って…どういう事よ?だって、美鈴様のレアスキルは…」
「今から説明するわ、落ち着いて」
困惑する夢結の言葉を制し、百由は言う。
「そのレアスキルはカリスマ。その場のマギを介して周囲のリリィの能力と士気を高めるスキル」
「フムン。だが、そんなものがシステムの改編とどう関係あるんだ?」
「カリスマはマギを操作する…人によってはこれを支配のスキルと例える事もあるわ。よって、それを応用してCHARMの設定と術式を一瞬で書き換えた…と考えられるの」
「訳が分からんが…つまり、電子ではなく魔法でプログラムを書き換えたという話と考えればいいのか?」
「ええ、おおよそは…ただ、普通のカリスマではCHARMの設定と術式を弄りまわすなんてそんな芸当は不可能よ。私が疑っているのはそれより上位のスキル、ラプラスというもの」
画面の向こうの百由から途端に指摘が飛び込んだ。その声はどうも狼狽している様子であった。
「あの…話が最早何もかもこっちと違っていて混乱しているのだけど、ラプラスですって?まだ予想されているだけの存在よ。そもそも美鈴様のレアスキルはカリスマではないし…」
「何が違うかは後にして…そうとしか考えられないのよ。ラプラスはマギを使って人の記憶すら弄る事が出来るとされているわ。よって、美鈴様のレアスキルがカリスマだと誰も把握していないという事は…」
それを聞いた二人の夢結の顔が青くなる。何か心当たりでもあるのだろうか?そして、百由はため息一つつくと話を続ける。
「で、話を戻すと…術式が書き換えられたCHARMが突き刺さったヒュージがネストに入り、それを介してネストにいた他のヒュージに何らかの影響をまき散らし…それが偶発的に発動したのか、元々時限式のトラップだったのかは分からないけれど、二年経過してついに百合ヶ丘のヒュージに異常が生じた。私の仮説は以上よ」
「フムン。俺からは何とも言えない」
「僕も同じく。こっちの常識が分からないからそれがどれだけ非現実的な仮説なのかが判断できない」
深井大尉と桂城少尉は百由の仮説にそう答える。
「嘘よ…いえ、そんなまさか…」
「無茶苦茶だわ…だって、私のCHARMはブリューナクでダインスレイフを使っていたのは美鈴様…それにCHARMは両方とも回収されていたし、ずっと手元にあった…」
こちら側の夢結はただ下を向いて自問自答を始め、向こう側の夢結はただただ混乱した様子だ。
「落ち着いて、そっちの夢結。そっちとこっちで違うところが更にあったという事よ」
「ええ…でも、違うところはまだあるわ。こっちで回収されなかったのはCHARMではないのよ」
「じゃあ、それは何?」
「美鈴様の遺体…ヒュージに捕食されて回収できなかった…」
向こうの夢結の発言を聞いて、こちら側のリリィ達は目を見開いて驚く。そして、零の声が静かに響く。
「それはおかしい。俺が調べた時にはあの化け物は何も食べないとあった」
しかし、画面に映る深井大尉の口は動いていない。映像が止まったか?向こう側の面々はそう咄嗟に考えるが、途端に驚きの声を上げる。混乱していた向こうの夢結すらも画面を凝視している。
「え?ええっ!?」
「ちょっと…どうなっているの!?」
深井大尉の背後にもう一人深井零が立っていたからである。
「何これ、ほんとにどうなっているのよ!?」
「心霊現象!?」
「いえ…先程、並行世界と話がありましたが…まさか!?」
向こう側の神琳の指摘に、隣に座るこちら側の神琳が苦笑いを浮かべながら答える。
「ええ、あなたの考えた通りですよ。彼は深井零中尉、別世界の更に並行世界の存在という少々ややこしい事情を抱えた人物です」
「あなた方が説明を省こうとした理由がこれで分かりましたわ…」
向こう側の神琳は頭を抱えた。
「こちらの問いに答えてほしい」
「少なくとも牙で噛みつくという事はあるし、マギを得る為かリリィを捕獲しようとする事例はなくもないけど…その、積極的に捕食というのは…」
百由は背後を振り返ってそう答える。すると、向こう側の百由も続けて答える。
「そっちがどうかは分からないけど、こちらでは稀にあるわ。やはりマギを得る為だと考えられるけど」
「つまり、こちらとそちらの違いという事か」
回答を聞いた深井中尉は納得したのかそのまま画面外へと歩いていった。それを見送るとこちら側の百由は口を開く。
「少なくともそっちとこっちで同じ事はまず起こらないわね。色々と違い過ぎるわ」
「ええ…そうね。でも、こちらも今思ったのだけど」
「何かしら」
「その件のヒュージが百合ヶ丘に現れたのは偶然ではないかもしれないわ。ヒュージに影響を与えたのなら、ヒュージの動きを操る事だって出来たのかも」
「なるほど、そう考えると辻褄が更に合うわね。百合ヶ丘のネストを狙い撃ちか…ありがとう、参考になったわ」
「いえ、こちらもいい刺激になったわ」
そうして話を終わらせようとする二人の百由。だが、そこで向こう側の梨璃がハッとしたような表情を浮かべるとこう言った。
「あの、この異変の原因って結局何なんでしょう?」
「あ、しまった。すっかり忘れてた」
二人の百由は同時に考え込む。すると、桂城少尉が案を出す。
「まず、何故あの電波暗室の中で起こったのか考えてみたらどうだろう?」
「そうね…電波暗室、他の部屋との違いは…」
すると、手を叩く音が画面の向こうから飛び込む。それと共に向こう側の百由が叫ぶ。
「電波暗室!そうよ、外から電波が入ってこないじゃない!!」
「それは当然だ。そういう用途の部屋だ」
深井大尉がそう言うと、向こう側の百由は一度頷いて仮説を述べる。
「電波を利用するもので対ヒュージ戦略に欠かせないものがあるわ。それはエリアディフェンス。それが遮られてケイブが現れたとすればどうかしら?」
「それはワームホールだったか…しかし、室内にヒュージが出た形跡はないし、映像にも映っていなかった」
二人の会話を聞いたこちら側の百由は軽く唸る。
「うーん、さっき言ったように百合ヶ丘のネストは異常な状態。もしかしたら、その異常によって発生するケイブもおかしくなった?そして、その効果はヒュージの通路ではなく、空間をおかしくする事…いや、先が繋がってはいるから通路のままとも言えるわね。そうだとすると…あれ?待って、この考え方ならあれもこれも辻褄が合うじゃない!」
「こっちにも分かるように言え。何の辻褄だ?」
「あなた達が現れた事よ!」
「何だって?」
今までいくら調べても手がかりすら見つからなかったあの難題の話が急に飛び出し、深井大尉と桂城少尉、こちら側の一柳隊の面々は驚いたような表情を浮かべた。そして、部屋の隅で様子を見守っていた生徒会一同とブッカー、更に深井中尉も同様に驚いた表情を浮かべていた。
<B-1:collecting intelligence...>
<B-3:COVERING>
終わりが見えてきました