迷い込んだブーメラン<改>【本編完結】   作:ひえん

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帰らぬ花

 百由の突然の発言に深井大尉は一瞬言葉を失う。しかし、すぐにその理由を問い質す。

 

「説明しろ、一から分かりやすくだ」

「と言っても…今咄嗟に思い付いた仮説だから具体的にはなんとも」

「そんな曖昧な話で騒がれても困る」

 

 そんな百由の要領を得ない回答に深井大尉は顔をしかめる。

 

「でも、私の中で話が繋がったのよ。うーん、分んないかなあ」

「俺はお前ではない。分かる訳がない」

「仕方ない…かなり分かりやすく言うと、今回と同じ現象によってあなた達がこの世界にやって来たと考える事が出来たって事よ」

「そういう話か…いや、それなら感覚的には分かる。だが、今聞いただけでも疑問がいくつも浮かぶ。少尉もそうだろう」

 

 桂城少尉は頷く。

 

「ええ。まず、今回はこの世界と近い並行世界に繋がった。でも、我々の世界はこことはかなり異なる。異世界と例えてもいいぐらいだ、だからこそ妙な話になってくる。まず、僕達の世界にはマギやヒュージなんてものはない。つまり、まるで縁がないと思えてしまう」

「うーん…あの穴からマギが一方的にあっちへ流れ込んだ、と考えれば辻褄は合うかしら。でも、何故あなた達の世界に繋がったのかは分からないけど」

 

 一方、深井大尉は画面へと視線を向ける。そこにはただ困惑した表情が並んでいる。無理もない、これは向こうの世界には縁のない話だからだ。そして、深井大尉は溜息を一つ吐き出す。

 

「この話を聞いている向こうの連中は困惑しっぱなしだ。話はとりあえず後にして、まずはこの騒動を片付けた方がいいのではないか」

「そうね…長引くとどうなるか分からないし。あー、そっちの私、という事でそろそろこの事態を終わらせたいのだけど」

「ええ、終わらせましょう。いい加減頭が痛くなってきたわ…」

 

 そして、こちら側の百由は深井大尉へ視線を向ける。

 

「で、向こうからこっちに帰還する方法は?」

「雪風に帰還命令を出す」

「やっぱりそうなるのね…」

「ああ、それしかない」

 

 もういいやと言わんばかりに百由は溜息を吐き出した。何がどうなっているのかもさっぱりである為、今は考えるだけ無駄だと思ったのである。すると、画面の向こうの百由が何かを思いついたように頷くと口を開く。

 

「しかし、向こうは大変ね。この現象がネストからのマギとケイブ発生時の粒子によるものと考えると、エリアディフェンスの効果が弱い地点はみんな異常域になっていると考えられる。こっちでも同じ事が起こった場合に備えて何か策を練っておかないと…」

「あ…そうか、そうなっていてもおかしくない。これは不味いわ」

 

 画面の向こうの自分の呟きを聞いた百由の表情は途端に険しくなる。すると、背後に向かって叫ぶと立ち上がる。

 

「ブッカーさん、この件は緊急で調査すべきよ!下手すればあちこちに異世界の入り口が出来ていてもおかしくないわ!!」

 

 その叫びを聞いた画面の向こうの面々は一斉に首を傾げた。それもその筈、それが百合ヶ丘では聞いた事のない人名だからである。しかし、ブッカー少佐とその現状について説明しては向こう側へ更なる混乱をまき散らすだけだろう。そう考えて深井大尉も画面の向こうの救出チームも何も語らない。

 

「救出チームへ、帰還する。装備を片付けて用意を整えろ」

「了解ですわ、大尉」

 

 深井大尉がそう無線を飛ばすと、画面の向こうの救出チームは各々動き出す。しかし、夢結の表情は未だ沈んだままだ。それでもなんとか作業を行っていると、この世界の夢結が話しかけてきた。

 

「大丈夫?さっきの話からずっとそんな調子だけど…」

「ええ、大丈夫…大丈夫よ」

「そうは見えないわ。別の世界の自分でもやっぱり分かるものね」

「あなたは悩んでいないの?お姉様の事…」

「悩んでいるわ。でも、最近やっと気持ちに一区切りついた、そんなところ」

「羨ましいわ、今の私にはとても…」

 

 どこか憔悴しているようにも見える別世界の自分に対して、この世界の夢結は尋ねる。

 

「あなた…悩んでいるというか、他に何か隠していない?」

「…分かるの?」

「なんとなく…ね」

「隠していても自分には分かってしまうか。ええ、実は…」

 

 そして、夢結はこの世界の自分にある悩みを打ち明ける。それは、たまに川添美鈴の幻覚が現れ、自分に語り掛けてくるというものだ。こんな無茶苦茶な話を他人に相談できるはずもなく、今まで一人でずっと抱え込んでいたのである。

 そんな話を聞いたこの世界の自分は驚いたように二、三度瞬きをしている。

 

「その様子だとそっちでは起こってないか…突拍子もない話だけれど、信じられるかしら?」

「ええ。不思議とありえそうな話だと思ってしまうわ」

「これまでは単にトラウマやストレスのせいによる幻覚の類だと考えていたのだけど…さっきの百由の話で変な予感が浮かんでしまったの」

「美鈴様に実は何かやられていた…そんな予感か」

「ええ。あの方ならそれぐらいの力があっても不思議じゃない…そんな感じがして。あなたはさっき気持ちに一区切りついたと言っていたけど、どうやったのかしら?」

「そうね…最後はシルトに救われた、そんなところね」

 

 微笑みながらそう答えたこの世界の自分を見て、夢結は驚いたような表情を浮かべる。

 

「あなたは梨璃の事を信頼していないの?」

「人としては信頼しているわ、優しくてそれでいて真っ直ぐで。でも、その…見ていてどこか危なっかしくて、リリィとしてはまだとても…」

「分かるわ。でも、人としては信頼できるのよね?それなら十分よ」

「そういうものかしら…」

「そうね。それに頼れる仲間達だっているでしょう」

 

 そう言うと、この世界の夢結はもう一人の自分の肩の上に手を乗せる。

 

「大丈夫、必ず何とかなるわ。だから、一人で抱え込まずにみんなを頼って」

 

 もう一人の自分からそう言われた夢結はそのまま深く頷いた。

 

 すると、自分達の世界の楓が撤収準備を終えたと伝えてくる。そして、一行はこちらの世界の面々に謝意と別れの挨拶を告げる。

 

「準備完了ですわ、大尉」

「別れの挨拶は?」

「ええ、済みましたわ」

「では、始めよう」

 

 そして、深井大尉は端末に指示を出す。

 

「深井大尉よりB-1。捜索対象及び救出チームを帰還させろ」

<B-1、了解。実行する>

 

 無線からそんなやりとりが聞こえた途端に一行の視界は暗転する。その刹那、夢結は心の内で考える。帰ったら梨璃やみんなに先の件を相談してみよう、と。すると、耳元で囁くような声が響く。

 

「どうだろうね、向こうの夢結と今ここにいる夢結は違う存在だ。そう考えると、さっきのあのアドバイスが本当に上手くいくと思うかい?」

「その声は…」

「それに、僕が見えるなんて言っても信じてもらえるかな。そして、信じてもらえなかった時、君はどうするつもりだい?…おっと、怖がらせてしまったかな。でも大丈夫、ここには僕がいる」

「…お姉様」

「安心して、僕が君の心を守ってあげよう」

 

 夢結はそうして差し出された手をそっと掴んだ。

 

 

 

「うーん、ここは…」

「電波暗室…帰ってきたみたいだね」

 

 救出チームの四人はハッと目を覚ますと、咄嗟に周囲を見回す。そして、そこが元居た電波暗室の中である事を確認するとホッと胸を撫で下ろす。

 

「二人は?」

「そうでしたわ!」

 

 楓は慌てて梨璃の傍へと飛びついた。

 

「梨璃さん!梨璃さん!!」

「うーん…楓さん?あれ、さっきのって…夢?」

「いいえ、先程の出来事は現実ですわ」

「じゃあ…つまり、無事に戻れたって事?」

「ええ!」

 

 梨璃はよかったと言わんばかりに笑顔を浮かべる。そして、立ち上がった拍子にふと隣を見る。そこには確かに夢結の姿がある。しかし、ピクリとも動かない。

 

「お姉様、お姉様。起きてください。うーん…もしかして寝ちゃった?」

「いえ、これは…様子がおかしいですわ。深井大尉!!」

 

 五人は慌てて扉を開けて外に飛び出す。すると、ちょうどこちらへと深井大尉、桂城少尉に百由の三人が速足でやってくる。

 

「大尉!夢結様が!!」

「分かっている。途中で何かが起こってアイツだけ帰還できていないらしい」

「それは…雪風がミスをしたと?」

「いや、こいつを見ろ」

 

 そうして、深井大尉は端末の画面を見せる。

 

<白井夢結が予定のコースを逸脱。修正不能>

 

「コース?これはどういう意味でしょうか?」

 

 一見して理解できないその文章に神琳が困惑したように聞く。

 

「雪風は可能性を選び抜いて事象を確定させたのではないか、とさっき言ったな」

「ええ」

「で、こいつは更なる仮説だ。白井は雪風が予想した結果と違う、外部からの干渉か自らの意思で別の選択肢を選んでしまった。結果、未だに元の肉体に精神が戻ってきていないという事態に陥った」

「選択肢?つまり、またどこかの並行世界に迷い込んだという事でしょうか…では、どうすれば?」

「それを今からどうにかするんだ」

 

 すると、騒ぎを聞きつけた深井中尉や他の面々も続々と集まってくる。

 

「何があった?大尉」

「少佐、一人だけ帰還できていない。白井夢結だ」

「どういう事だ?原因は?」

「確定はしていない。よって、今から策を練る」

「うむ…」

「事態をどうにかしているのは雪風だ。したがって、雪風と話し合わない限り方針は定まらない」

 

 そう言うと、深井大尉は端末に目を向ける。一方、深井中尉はブッカーの隣に立つと愚痴る。

 

「最早手に負えない問題だ。雪風に乗って空を飛んでいた方が余程気楽だよ」

「俺だって同じ気持ちだよ、零。だが、人の命がかかっている。訳が分からなくとも手を尽くすしかないんだ」

「厄介だ…雪風はB-1のやっている事をどう見ているのだろう」

「機械と機械のやり取りだ。もしかすると、人間よりもずっと今の状況を理解しているかもしれないぞ」

「それはなんか嫌だな。俺だけ仲間外れみたいだ」

「安心しろ、お前だけじゃない。ここにいる全員そうだ」

「でも、いい気分ではないよ」

 

 そして、深井中尉は視線を格納庫のある方向へと向ける。雪風は今何を見ているのだろう、そう考えながら。一方、深井大尉は端末を見て唸る。

 

<救援任務の再実施を求む。そして、救出対象に存在する不確定要素を排除されたし>

 

「この不確定要素というのが何なのかが分からん」

「まあ、何にせよ…白井夢結の中に潜んでいた何らかのバグを探し出してデバッグしないと前には進まないって事だ」

「そんな乱暴な…コンピュータじゃないのよ、少尉。それこそ人の心の中に踏み入れないといけないような話になるかもしれない、そこで迂闊な事をするとどんな事態に陥るか…」

 

 深井大尉、桂城少尉、百由の三人は端末に表示された一文を見て話し合う。

 

「それなら、仲のいい人間を送りこめばいい。そうすれば話が早い」

「大尉、あなたは他人に心の内を見せたいなんて思う?」

「いいや、全く思わない」

「そういう事よ。いくら仲のいい相手や家族でも心の内は迂闊に見せたくないでしょう」

「では、どうすると言うんだ。このまま放置しろと?」

「それは駄目よ。しかし、何が原因なのか…」

「原因か。しかし、行きに影響が無かったのは何故だろう?彼女に元々何かあったのなら、一柳とは別の空間に飛ばされていても不思議じゃない」

 

 桂城少尉の意見に百由は唸りながら悩み込む。

 

「では、向こうに行っている間に何かあった?」

「このまま俺達だけで考えていても埒が明かない。傍にいた連中に話を聞こう」

「ええ」

 

 そして、三人は救出チームと梨璃を呼ぶ。

 

「帰ってくる前、夢結に何か変わったところとか無かったかしら?」

「変わったところ…ですか?うーん」

 

 すると、梨璃がハッとした様子で口を開く。

 

「あの話の後、どうも表情が沈んでいたような…」

「確かに…」

 

 その話を聞いた百由は頭を抱えた。原因が間違いなく自分の話した仮説だという確信を得たのである。

 

「やはり話さなかった方がよかったかしら…」

「今更どうにもならん。それに帰還の糸口を掴みかけたんだから無駄ではなかった」

「で、原因はそのトラウマか何かで確定なのかい?帰還に合わせてヒュージが何かやった可能性だって残っていそうだけど」

 

 そんな桂城少尉の疑問に深井大尉は即座に答える。

 

「そうは思わない。雪風が敵の妨害によるものだとは言わなかった」

「確かにそうだ。そうなると、さっきの話に逆戻りか」

「心の問題…ね」

「面倒だ、こういうのはフォス大尉でもいればな」

「いない以上、自力で何とかするしかないでしょう」

「で、そうなると結局誰を送りこむ?」

 

 深井大尉の一言に桂城少尉と百由はただ沈黙する。仲のいい人物を送りこんで何かあればその後に拗れたり、彼女の精神に何らかの悪影響を与える可能性だってある。よって、迂闊に誰をなんて提案をする事は無理であった。

 

「フムン、仕方がない…」

「深井大尉!私が行きます!!」

 

 梨璃が手を挙げた。すると、慌てた様子で百由が止めようとする。

 

「待って、何があるのか分からないのよ!最悪、夢結の心の中を見る事になるかもしれない。そうなったら彼女から嫌がれたり、あなたが夢結を嫌ったりする事になるかもしれないの!」

「構いません!私はお姉様に一度命を救われています。だから、例え何があろうともお姉様を救う覚悟です」

 

 梨璃の目を見た深井大尉はフムンと呟くと口を開く。

 

「覚悟の決まった目だ、他人が何を言っても無駄だろう。しかし、一人だけだとリスクがあるが…」

 

 そう言うと、もう一人手を挙げる。その手を挙げた主を見て、皆が仰天する。それが深井中尉だからであった。慌てた様子で史房が理由を問う。

 

「深井中尉、白井さんとは特に関りもないでしょうにどうして…」

「だからこそだ。アイツとは関係が薄いし、そもそも俺はこの世界の人間ではない。よって、何があろうと後腐れを気にする必要が無い」

「いえ、しかし…」

「アイツの気持ちはどうでもいい。俺は機械知性体が…雪風が何を見ているのかを知りたいんだ」

 

 その一言に深井大尉は大きく頷く。

 

「フムン、そう思ったのなら行った方がいい。その気持ちは俺にもよく分かるよ」

「深井大尉!?止めなくていいのですか!」

「止める理由がない。それに雪風が本質的に人の心を理解しているかというと確信が持てない。だからこそ、機械知性体の事が分かる人間も行くべきだろう」

「そして、これらは明確な偵察任務でもある。そうだな、ジャック?」

 

 そう言われたブッカーは困ったように頭を掻いた。そして、溜息を吐き出す。

 

「それで偵察する理由は、中尉?」

「帰る手掛かりを探る為。そして、二機の雪風が今何を見ているのかを把握する為だ」

「よろしい、行ってこい」

 

 深井中尉と梨璃は大きく頷くと駆け出そうとする。だが、ブッカーは二人を呼び止めた。

 

「いや、待て…何があっても必ず帰還せよ、これは命令だ」

「ああ、了解だ。ジャック」

 

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