「お前は戦死したとさっき聞いたが、何故ここにいる」
深井中尉はそう呟きながらも眼前の女性を睨みつける。
「恐ろしい表情だ。何もそこまで怖がる事もないだろう」
「質問に答えろ。貴様はジャムか?」
「ジャムとかいう化け物ではないし、ヒュージでもない」
「まさか幽霊だとでも?こんなオカルトだらけの世界だ、いても別におかしくはないか」
だが、自らを川添美鈴と称するその人物は首を横に振った。そうして、彼女はそっとベッドに手を置く…その布団の中に誰か寝ているらしい。なるほど、捜索対象はそこかと零は心の内で呟く。
「残念ながら幽霊でもない」
「では、何だと言うんだ?」
「教えてあげてもいいけれど…一つ条件がある」
「なんだ?」
条件という単語に深井中尉は怪訝な顔を浮かべる。
「無線を切ってほしい」
「何だって?」
「無線だよ。それで他の人達もこの様子を見聞きしているのだろう?」
「えっ…何故、あなたがそれを知っているのですか!?」
美鈴のその発言に梨璃が驚いたように問う。しかし、彼女は首を横に振る。
「それも含めて条件を呑んだら教えてあげよう。こればかりは不特定多数に話す訳にはいけないからね」
「中尉、どうしましょう…」
深井中尉は相手の様子をじっと見る。一見して武器の類は持っていない様子である。そして、相手が襲い掛かって来てもこちらには武装した梨璃がいる為、その対処はどうにでもなるだろう。そして、決心する。
「分かった、要求を呑む」
「中尉!?」
「どうせ情報を得なければ先に進めそうもない。それにこっちには戦力もある」
「えっと、それって雪風ですか?」
「お前だ。いざという時の覚悟は決めておけ」
「ええっ!?」
「こちら深井中尉。情報収集の為、これより無線を封止する」
「了解、中尉。グッドラック」
そして、深井中尉は無線の電源を切った。どうせ、無線を切っても雪風はこの場を見ている筈だ。何の心配もない…そう心の内で考えながら。
「深井大尉!何故止めなかった!?」
ブッカーが叫ぶように問う。それに対して深井大尉は軽く首を振る。
「少佐、あなたは少々過保護すぎる。特殊戦なら単機行動に無線封止ぐらいはいつもの事だろう」
「いや、しかし…今の二人は生身の状態で孤立している」
「孤立だって?それはどうかな」
「どういう意味だ。これはどう見ても孤立状態だろう」
「あの二人には我が特殊戦機三機による直接的な援護がある。とても孤立とは言えないよ」
その一言に桂城少尉を除く一同は唖然とした表情を浮かべる。それもその筈、二機の雪風とレイフは地上に留め置かれたままだからだ。あの状態では戦闘なんてとてもできない。
「援護だと?だが、雪風もレイフもここに存在している。よって、直接手は出せない筈だ」
「分からないか、少佐。今のあの二人は雪風から投下された外部センサと言ってもいい。だから、この場で無線を使ってやりとりをしている俺達よりもずっと繋がりは深いと言える。それに現地には直接的な戦力もあるじゃないか」
戦力という単語を聞いたブッカーは訝しむような表情を浮かべる。それが何なのか見当が付いていないらしい。そして、その様子を見た深井大尉はフムンと頷くと口を開こうとする。しかし、そこで別の人物の声が飛び込んだ。楓の声だ。
「ブッカー少佐、いるではありませんか。あそこには我らが一柳隊隊長の梨璃さんが」
「いや、しかし…彼女はまだ経験が浅い筈だ」
「いいえ、梨璃さんならどんな困難でもやってくれます。彼女はそういうお方ですから」
真っ直ぐと見据えた瞳で彼女はそう言うと、たまらずブッカーは溜息を吐き出した。
「では、信じるとしよう。君達のリーダーと雪風を」
「ジャック、もう一人忘れているぞ」
「忘れてなんていないさ、あいつの事はとっくの昔に信用しているからな。わざわざ言う必要が無いだけだ」
「フムン。では、待つか」
「では、話してもらおうか。お前がいったい何なのかを」
深井中尉は鋭い視線を向けたままそう言った。
「じゃあ、約束通り話すとしようか。この僕が何者で夢結とどういった関係なのかを」
「そうだな。だが、俺はオカルトのような類の話は分からない。分かりやすく頼む」
そして、彼女は視線を窓の外へと向けると口を開く。
「僕は本物の川添美鈴ではない」
「何だって?」
「そうだな…シンプルに説明するとしたらただの幻、夢結が無意識のうちに作り出した心の内にいるだけの存在。いくら手を伸ばそうが触れる事の出来ない、そういったもの」
その言葉を聞いた二人は驚いた表情を浮かべた。
「心の内の存在?」
「そうさ、彼女は傷つき過ぎた。後悔や罪悪感、そんな気持ちが積もりに積もって僕という幻影を作ってしまった。無意識のうちにね」
「本物のお前が過去に何かしたという事は無いのか?さっき人の記憶を操る能力があるかもしれないと仮説を聞いたが」
「それは分からない」
「何?答えるつもりがないという事か」
「そうじゃない、本当に分からないんだ。僕は夢結が作り出した存在。よって、その彼女がその事実を記憶していなければ分かる訳がない」
「なるほど、俺達の事を知っているのはそれが理由か」
「じゃあ、あなたはここで何をしているんです?」
梨璃の問いに美鈴はニヤリと笑みを浮かべる。
「それは決まっているだろう。シュッツエンゲルとして大事なシルトを守る為さ」
「守るって…ここにいたらお姉様は意識を失ったままじゃないですか!」
「そうだね。でも、こうしていれば彼女はこれ以上傷つく事は無い」
梨璃は息を呑む。
「でも、そんなの…おかしいです」
「おかしいって?君は彼女がどれほど深く傷ついているのか正確に把握できるのかい?」
「え?それは、その…」
梨璃は答えに窮する。しかし、深井中尉が呆れた様子で反論を叩きつける。
「分かる訳がない。他人の心の内なんて知る手段がない」
「それもそうだ。少し意地悪を言ってしまったかな、梨璃」
「いえ…」
すると、今度は深井中尉が口を開く。
「俺達の仮説では、雪風が救出対象を帰還させる為に何らかの予測を立て、その通りにあの連中の意識を導いたと考えている。そして、そこの白井だけが帰還に失敗した。で、お前はさっきそいつを守る為に動いたとか言ったな」
「ああ」
「この状況はお前が介入した結果か?」
「結果としてはそうだね。僕は夢結を守る為に動いたのだから」
「幻だろうと妄想の産物だろうとお前はアイツに影響を与えた。よって、雪風の予想と違う結果に至った…つまり、この一件はお前が元凶という事だ」
「いや、どうかな。僕は彼女の無意識が生み出した存在だ。つまり、彼女は自分自身を守らないといけないと無意識に考えてしまう程に追い込まれた状態だったと考えられる」
「何が言いたい」
「この場で僕をどうこうしても根本的な問題は解決しないという事さ」
しかし、それを聞いた深井中尉はさもどうでもいいという様子でこう返す。
「だからどうした。アイツがどうなろうと俺には関係無い」
「中尉!?」
「何を言っているんだ…あなたは夢結を助けに来たのだろう?」
「それはおまけでしかない。俺の目的は雪風が何を見ているのかを自分の目で確かめに来ただけだ。それにアイツの問題はアイツ自身やその周囲の人間の問題だ、俺にどうにかする義理は無い」
「…呆れたね、こんな様子ではますます夢結を外に出してはいけないな」
深井中尉は知ったことかと呟く。すると、梨璃は俯きながら言葉を発する。そして、その声は微かに震えていた。
「いいえ、ここに閉じこもっている方がもっと良くないです…このままだと、現実のお姉様はずっと意識を失ったまま。美鈴様、本当にそれがいいと思いますか?」
「でも、ここにいればこれ以上悪くはならない」
「良くもなりません!」
「もっと悪くなったらどうするつもりだい?」
「私が…いえ、私達が必ず助けます。だから…」
「だから?」
「お姉様を解放してください!」
しかし、美鈴は梨璃の表情をじっと見てこう返す。
「いい答えだ。でも、僕に言われても困るな」
「どうしてですか」
「夢結の意思次第さ。彼女が未来をただ悲観しているならこのまま起きないだろう」
「では、本人に聞いてみます」
そう言うと、梨璃はベッドへ向けて歩き出す。一方、深井中尉は美鈴へと視線を向けた。梨璃に何か手を出すのではと警戒する為である。しかし、彼女は動く様子が無い。
「僕が手を出すつもりはないよ。さっき言った通り、決めるのは夢結だ。だからそんな目で僕を睨む事もない」
「どうだか」
梨璃はそっとベッドに手を置くと、軽く揺する。
「お姉様、聞こえますか?迎えに来ましたよ」
しかし、夢結が布団の中から出る様子はない。だが、反応はあった。布団の中の彼女が微かに動いたのである。
「お姉様、大丈夫ですよ。ここには味方しかいませんから」
「…駄目よ」
「お姉様?」
「私は仲間を信じる事が出来なかった、心の声に負けてつい疑ってしまった…だから、今更戻るなんて…」
「誰だって怖くなってしまう時はあります。それにただ疑っただけじゃないですか」
「でも…このままだときっと皆に迷惑を…」
「大丈夫です。何かあっても皆はお姉様を助けてくれますよ。とてもいい人達ですから…さあ、まずはこの布団から出ましょう」
すると、夢結は体を起こした。説得が通じた事に梨璃はホッとする。
「さあ、お姉様。帰りましょう」
「ええ…」
「行くのかい、夢結?」
「はい」
「そうか」
そう言うと美鈴は窓の外へと視線を向ける。その表情は先程と異なり笑みが無い。
「やっぱり僕では引き留める事は出来ないか…羨ましいよ、夢結のシルトが」
その様子を見た夢結はハッとする。
「…あなたは憎んでいる、自分自身とそれ以外の全てを」
「そうさ、その通り。何か思い出したかい?」
「お二人とも…それはどういう意味ですか…?」
その只ならぬ雰囲気に梨璃の表情が強張る。
「人はね、憎むのさ。自分自身を認める事が出来ないと」
「認められない…?でも聞いた話だと、美鈴様はとても優秀なリリィだって…」
「それと自分自身をどう考えるかは別の話だよ」
「でも、そんな悲観する事なんて…私なんて成績もやっとなのに」
「だけど、夢結は君を選んだ。それが全てだよ」
「くだらない」
美鈴から向けられるその視線に梨璃は息を呑む。しかし、そんな雰囲気なんてまるで無視するように深井中尉がそう呟く。
「何だって?」
「くだらないと言っただけだ。それ以上でもそれ以下でもない」
「大人の余裕か?気に入らないな」
「お前に俺の苦労なんて分かる筈もないし、お前の苦労も俺は知らない」
そして、深井中尉は端末に目をやるとそのまま告げる。
「B-3雪風、こちら深井中尉。情報収集行動終了、捜索対象を確保。帰還したい」
「待て」
「お前が何を言って脅そうとも意味はない、別に本物の人物が言った訳ではないからな。よって、こんなものは幻聴や夢と変わらない。だから、そんな話を聞くだけ無駄だ。さあ、怯えてないで帰るぞ」
梨璃は深く頷くと、夢結の手を握る。
「深井中尉…そうですね、分かりました。お姉様、帰りましょう」
「でも…」
「あれは幻です。中尉が言うように本物ではありません」
「そうね…でも、あの幻がこれでいなくなるとは限らないわよ。きっと、また現れる…」
「その時は皆で考えましょう、何かいい解決策を」
そして、二人は瞳を閉じた。理由は分からないが、そうすれば帰れると本能的に察したのだ。刹那、警告音らしき音が聞こえたと共に足元の床が消えたような感覚に陥る。一方、深井中尉は馴染みのある感覚を覚えていた。そう、これは雪風の乗りなれたコクピットに座っている時のあの感覚。
どうしてこうなっているのか理屈は分からない。だが、雪風が迎えにやってきたという事だけは確信を得た。
さて、この分だとあの二人は後席か…まあいい、すぐに帰ろう。
「こちらB-3雪風、RTB」