電波暗室で発生した事件から二日が経過。そして、状況確認の為に理事長代行のオフィスには関係者が次々と集まってきていた。
「ブッカーさん、先程理事長からお電話がありましたが…外出中という事にしてなんとかやり過ごしました」
「助かるよ。あの人相手だと誤魔化しきれる自信がない」
史房の報告を聞いたブッカーは大きな溜息をついた。そして、それを見た深井中尉が意外そうな表情を浮かべて口を開く。
「なんだ、本当に理事長なんていたのか」
「勿論いるさ。この体の人物の姉だよ」
「なるほど、そういう繋がりか」
つまり、この理事長代行より年上か…それを聞いた二人の零と桂城少尉の心の内に特殊戦のボスであるクーリィ准将の姿が浮かぶ。すると、ブッカーがこう言う。
「そうだな…理事長の姿を見たら、流石のお前達も仰天するだろう」
「どういう事だ?」
ブッカーは壁に飾ってある写真を指差す。
「それだよ」
そこにはまだ若そうな女性の写真があった。そして、写真を見た深井大尉が呟く。
「これが理事長…どの位前の写真だ?」
「史房君、確か…この写真は二年前ぐらいだったか?」
「そうですね、その辺りだったかと」
史房の話を聞いた三人は唖然とした表情を浮かべた。
「これが?とてもそうは見えないが」
「過去に色々あってな、不老ってやつだよ。それで姿が昔のままなのさ」
「またオカルトか」
深井中尉は呆れた表情でそう呟く。しかし、ブッカーは再び溜息をついた。
「早く事を片付けたいものだ。俺の事はともかく、雪風やお前達の件はあの理事長にも伝わっている筈だからな。彼女がいつここに飛び込んでくるか分からんぞ」
「それの何が問題なんだ、ジャック?」
「考えてもみろよ、零。自分の肉親の中に見ず知らずの他人が憑依して好き勝手している…なんて知ったら間違いなくトラブル一直線だよ」
「それはそうだ。十中八九、厄介な事になるだろう」
桂城少尉が頷きながら言う。現状、この問題はいつ炸裂するか分からない時限爆弾と言える。その点についても対処が必要である。
「しかも、彼女はとてつもなく強い。ドンパチになったらお手上げだよ」
「それは面倒だ。そうなったら空の上に逃げるとしよう」
「ああ、少尉。それが確実だ」
「いや、待て。大尉、それだと俺はどうなる」
「そうだな…ジャックの犠牲は忘れないでおくよ」
そんな会話をしていると、ドアをノックする音が室内に響く。そして、ブッカーが入れと言うと部屋のドアが開いた。すると、そこにいたのは先の事態の当事者である一柳隊一行と百由であった。
「さて、揃ったか。現在の状況を整理しよう」
ブッカーがそう言うと、大型のディスプレイに学院周辺の地図が表示される。そして、百由と生徒会長達が説明を始める。その地図にはいくつも赤い点が表示されていた。
「えーっと…調査の結果、やはり危険と思しき個所が複数確認されました。案の定、地形が複雑でエリアディフェンスの電波が必然的に弱くなる地帯にある洞窟やトンネル。それに建物の地下ですね」
「そして、その個所というのがこの地図の赤い点になります」
「電波暗室の件の二の舞を防ぐ為、既にこれらの地点は建造物の倒壊や土砂崩れの恐れがあるという名目で封鎖済」
「よろしい、例えヒュージが現れたとしても生徒には近づかせないように周知徹底を。さて、一柳隊の諸君。その後、体調等に問題は?」
ブッカーの問いに対して夢結が答える。
「全員健康です。その…私もあの後は特に何も…」
「分かった、何かあった場合はすぐ報告するように。深井中尉、そっちは?」
「俺も雪風も異常無しだよ、ジャック」
深井中尉の報告にブッカーは頷く。
「さて、先の一件について原因の目星はついているか?」
「じゃあ、私から」
百由が手を挙げた。
「検証のしようが無いので、あくまでも仮説ですが…エリアディフェンスの電波が関係している点から、ケイブを発生させるヒュージの粒子が問題の引き金となっていると考えられます。また、他所で同様の事件が発生したとの報告が今のところ無い為、これはここ鎌倉に限定された事象とも言えますね」
その説明について深井大尉から質問が飛ぶ。
「その粒子だけが原因なのか?」
「この現象が鎌倉だけに限定されている事から、例のヒュージネストも絡んでいると思われるわ。具体的には…ネストから噴き出しているあの謎のマギね」
「フムン」
「このマギの影響下かつ、エリアディフェンスの効果の薄い箇所という二つの条件が重なった時にあの現象が発生する…私はそう考えた」
そして、百由は地図上のヒュージネストに目を向けると話を続ける。
「よって、あのヒュージネストの異常が収まらない限り、この事態は続くと思われるわね」
「どうやって異常を終わらせるつもりだ?」
「現状だとお手上げよ。自然に収まるのを待つしかないわ」
「フムン」
今度は別の方向から質問が出た、深井中尉である。
「では、そのネストを破壊するという手は?」
「現実的ではないわ、あれは文字通りのヒュージの巣。そして、強大なアルトラ級の討伐には相応の準備が必要よ」
「撃破する事自体は可能なのか?」
「不可能ではないし、実績もある。でも、今すぐに出来るかと言ったら不可能よ」
「そういうものか」
専門家が出来ないと言った以上、どうしようもない。説明に納得したのか、深井中尉はそのまま視線の向きを地図へと変えた。そして、ブッカーからも質問が飛ぶ。
「異状がいつ頃収束するかの予測は?」
「単刀直入に言いますが、全く分かりません」
「やはりか…」
「予想のしようがありません。以前回収されたあのCHARMが異常を起こした原因なのは確実ですが、それがネストにどんな影響をまき散らしたのか…それすらまだ全容が…」
百由はそのまま口をつぐむ。それ以上、今の時点では答えようが無いのである。
「どうしてこんな暴走をしたのかも掴めないか…帰還の糸口にもなりそうだが」
ブッカーが頭を抱えながらそう口にする。すると、誰かがポツリと言葉を発した。
「お姉様は…その、この世の全てを憎んでいたのだと思うの」
夢結が俯きながらそう呟いたのである。それを聞いた皆の視線が夢結へと集まり、百由がその意味を問う。
「憎んでいた…何故?」
「彼女は自分を認める事が出来なかった…だから、そうなったのよ」
「よく分からないけど…思い通りにならないもどかしさみたいなものかしら?うーん…いや、思い通りにならないなら世界を変えてしまえばいい…もし、彼女がそう考えたとしたら?」
「どういう事?」
「いえ、なんでもないわ。ふと思いついただけよ。理屈とか抜きにね」
百由は首を横に振ってそう言うが、深井大尉が口を開く。
「直感は大事だ。そのまま続けろ」
予想もしていなかったような言葉に百由が呆気に取れたような表情を浮かべる。しかし、深井大尉の視線は鋭く、とても冗談を言っているようには見えない。
「え?えーと、そうね…これはもう概念的な話になるけれど、マギは世界を変える力だと考える人も世の中にはいるわ。美鈴様が世界を変える為にそんな考えを使ったとしたら?それが故意かどうかは分からないけど」
「何?つまり、世界を変えたいという思いが原因であのネストから妙なマギが噴き出したと?」
「辻褄は合う…現にあのマギが作用する範囲で可能性が重なり合う不確定で奇妙な空間が発生している。それが世界を変えるという意味だと解釈するのなら」
「文字通り世界が書き換わっているな。そして、俺達がここに現れた事もこの世界を変えるという現象の一つにはなるか」
「ええ。問題はそれが主か、はたまた意図しない副産物の結果か」
「フムン。本気で世界を変える気ならこの程度では済まない、そういう事か?」
「そう。だからこそ、問題のCHARMを早急に解析しないと。どういう意図でCHARMを弄ったか、それを把握しないといけないわね」
ブッカーは頷くと、百由に言う。
「解析を急ぐようにしてくれ。何か手がかりが掴め次第、報告を」
「了解、最優先で調査します」
「では、今日はこれで解散としよう」
ブッカーがそう言うと、会議は終わる。ちょうど昼飯時であり、リリィ達はそのまま食堂へと向かっていった。一方、オフィスに残ったのはブッカーと二人の深井零に桂城少尉であった。
「オカルトはもううんざりだ」
「同感だよ、中尉。勝手が分からない話は面倒だ」
二人の深井零は不機嫌そうな顔でそう口にする。
「まあ、ジャムだって無茶苦茶だ。だからこそ、僕達はこんな事態でも柔軟に物事を考える事が出来ているのかもしれない」
「少尉の言う通りだ。考え抜かないとフェアリイの空では生き残れないからな。さて、こんな時間だ。昼飯を頼もう」
「ジャックの奢りか。そうだな、贅沢なものがいい」
「物事には限度があるぞ、零」
「じゃあ、僕はビフテキで」
「フムン、冷えたビールが欲しいな」
「まだ真っ昼間だぞ、大尉。それは駄目だ」
そう言いながらブッカーは受話器を取った。