「とりあえず…CHARMにどういった変更が行われたのか、おおよそのところまでは掴めました」
「分かった。詳細についてもこのまま頼む」
「了解です。そして、組み込まれた術式ですが…どうも、マギに介入するとかそういう雰囲気はするのですが、実際動かしてみない事にはなんとも」
「動かす、か…できそうか?」
「契約の書き換えが必要になるのですぐにとは…」
「そうか」
百由はブッカーに作業の進捗を報告していた。美鈴が最後に使ったCHARM…それこそが今回の異変の鍵となるのは間違いない。よって、百由はここ数日、その解析作業にひたすら没頭していた。
「では、作業に戻ります」
「頼んだ」
ブッカーがそう言ったところで大地が小刻みに揺れた。
「これは地震か?」
「いえ、窓の外を!!」
百由が窓の外を指さす。ブッカーがそちらを見ると、ネストの雲から凄まじいスピードで何かが上空高くへと飛び出していくのが見えた。
「まさか…ジャムですか?」
「いや、分からん…む?」
すぐに史房から無線が飛んできた。
「ブッカーさん、たった今ネストから何らかの物体が射出されました!」
「ああ、見ていた。正体は?」
「数は三つ。おそらくヒュージ…ですが、大気圏を突破。そのまま弾道飛行中…落下予想地点は…」
「どうした、どこだ?」
「地球を一周して、ここにまた降ってきます!無茶苦茶な…ネストにもかなりの負荷が出る筈なのになんでこんな攻撃を…?」
「なんて事だ…」
すると、ソファに寝転がっていた深井中尉が勢いよく立ちあがるとヘッドセットを掴む。
「深井中尉だ、迎撃は?」
「不可能です。防衛軍が保有する迎撃用のミサイルを撃ちこんだところで効果は見込めません」
「了解だ。では…ジャック、どうする?」
深井中尉は振り返って、ブッカーにそう言った。
「退避だ、総員退避。あんな質量の物体が直撃した場合、ここの地下設備もただでは済まん。安全圏まで退避させる」
「では」
「ああ、全機緊急発進だ」
格納庫内では警報が鳴り響く中、三機の特殊戦機の離陸準備が急いで進む。各機は念の為、武装も抱えている。それはこの世界の武装だけでは無い。特殊戦機がこの世界にやってきた時に積んでいた物も含まれる。
機の周りを動き回る整備員達は急いで手順を進め、作業に関係無い人々は機材を片付けて逃げる準備を進めていた。一通り終えた後、彼らはそのまま車両に乗って退避するのだ。
「こちらB-1、今搭乗した。離陸チェックリスト対応中」
感覚を確かめるように、深井大尉は操縦桿を握る。飛ぶのはここに不時着して以来だ。試運転は何度も実施しており、機体に問題が無い事は分かっている。しかし、普通であれば不安に思うだろう。だが、不思議とそんな気持ちは出てこなかった。
自分のいるべき場所はやはりここなのだ。
「B-3雪風、こちらはもう済んだ。B-13は?」
「もう自動でチェックを終えている。異常無しだ」
「了解。さて、生徒会長殿。そちらは?」
「こちらは徒歩で退避中。なお、人員退避の護衛にレギオンを一隊残しています」
「こちらB-1、準備完了。整備の連中は今退避させた、収容と護衛は任せる。こちらはもう離陸する」
「幸運を」
無線でのやり取りを終えると、三機の特殊戦機は足早に仮設滑走路へと進む。すると、桂城少尉が呟く。
「直接は見ていないけど、まさかあの化け物が宇宙まで飛ぶなんて」
「少尉、あれが無茶苦茶なのは今更な話だよ」
「そうですね、驚いていたらキリが無いか。さて、どこに逃げよう」
「当然、空に決まってる」
そう言うと、深井大尉はスロットルを押し込んだ。アフターバーナーの轟音が鳴り響くとあっという間に機は浮かび上がる。桂城少尉が周囲を見回すと、他の二機も同様に飛び上がっていた。こうして、B-1…雪風は久々に空へと帰還した。
「僚機も無事離陸」
「了解、少尉。退避先の空域について地上に問い合わせろ」
「了解」
桂城少尉が防衛軍の管制に無線を飛ばす。聞こえてくる無線は早口だ、ヒュージの異常な攻撃に向こうも忙しいようである。現にレーダーには複数の航空機が映っている、ヒュージ落下に備えて戦力を配置しているようだ。一方、こちらは指示に沿って太平洋上へと退避する。
「落下予想時刻まで残り30秒」
地上からそう無線が飛び込む。
「少尉、センサ類は?」
「全て問題なし、現在記録中」
雲がある為、光学系での観測は難しいだろう。そう深井大尉が考えていると、頭上が光った。
「B-3からB-1、来たぞ」
「ああ、見えている。レーダーコンタクト、三機降下中。思ったより遅いな」
「まさか、制御落下か?」
桂城少尉が訝しむように言う。
「分からない。自壊を防ぐ為、本能的にやっているのかもしれない」
「まあ、それでも普通の物体なら木っ端みじんのスピードですが…着弾、今」
雲の隙間から閃光が飛び込む。そして、B-1のフローズンアイ…空間受動レーダーは発生する衝撃波を捉えていた。
「高度を落とす、各機続け」
三機の特殊戦機は高度を落とすと、雲の下に出る。光学系のセンサを使って落下地点を調べるのだ。
「地域一帯纏めて吹き飛ぶかと思ったけれど、意外と被害が少ないな。だけど、各落下地点は大穴が出来ている。そして、真ん中に黒い物体…あれは何だろう?」
「フムン、防衛軍にも状況を伝えてやれ。さて、ジャックは逃げ切れたかな」
「こちらB-3、地上の連中と無線が繋がらない。敵の妨害か?」
深井中尉はそう言うが、それらしい妨害電波の反応は無いと桂城少尉が言う。そして、深井大尉は確かめるようにメインディスプレイへと目を移す。
「B-1よりB-3、そういう電波はこっちで捉えていないが…いや、待て。何かおかしい」
レーダーには巨大な反応があった。それはまるで鎌倉一帯を覆う壁のようであった。
一方、地上で退避中のリリィ達にも異変が起こっていた。ヒュージ落下による人的被害は出ていない。しかし、彼女達の持つCHARMは全て機能不全に陥っていたのだ。
「何故動かない?」
「三体のヒュージは地中深くに埋まった状態。周囲一帯に特殊な力場、マギの結界を形成…そして、結界中心部に新たなヒュージ出現…無茶苦茶ね。CHARM不調はこの結界のせいか」
百由はセンサによる観測結果を見ながらそう呟く。すると、隣で端末を操作していた祀が首を傾げる。
「外部と無線が繋がらない…どういう事?」
「どこにも繋がらない?」
「ええ、周囲のリリィとは通信できているのだけど」
「妙ね。妨害電波なら近くも駄目になっていそうなものだけど、まるで壁に遮られているような話…いや、そうだとするとこれは不味いわ」
百由が端末を操作すると急に焦り出した。そして、それを見たブッカーが問う。
「どうした?」
「ブッカーさん、はっきり言いますが…状況は最悪です」
「どういう事だ、説明してくれ」
「相手の異常なマギの結界によって、エリアディフェンスを含む全ての電波が遮断。よって、鎌倉一帯があの電波暗室と同じ状態になった…ここまで言えば分かりますか?」
「なんだと…つまり、我々は…」
「ええ、このままだとあの時の一柳隊の様に並行世界へと投げ出されるでしょう」
それを聞いた生徒会の面々とブッカーは絶句した。だが、ただ一人だけ動き出す。
「お姉様!?」
夢結が背に抱えたケースからCHARMを取り出す。それはこの一件の鍵と目され、美鈴が最後に使ったCHARMであるダインスレイフ。そして、周囲のCHARMが動かない中、それだけは起動した。本来の持ち主の手によって。
「よかった、私の事をちゃんと覚えていたのね」
「ちょっと待て!動いたからってどうするつもりだ!!」
梅が夢結を止めようとする。
「あのヒュージを仕留める。そうすれば、異変は阻止できるわ」
だが、夢結は駆け出した。マギを使えない他のリリィでは止めようがない。
「そんな、お姉様…」
梨璃はそんな夢結の後ろ姿を呆然と見つめていた。しかし、首を大きく横に振ると、自らのCHARMを握りしめる。必死でただ動けと念じながら。
「嘘!?」
「梨璃さん、どうやったんですか!?」
梨璃のCHARMが起動したのだ。周囲にいた他の一柳隊の面々は驚き、同じようにCHARMを動かそうとする。しかし、どのCHARMも動かない。すると、梨璃が一人で駆け出そうとする。だが、楓が梨璃を咄嗟に止める。
「無茶ですわ、梨璃さん!」
「止めないで、お姉様一人だけで戦わせる訳にはいかないから!」
「でも、たった二人なんて…」
「大丈夫。楓さん、後は任せたから」
梨璃は楓の手を一度握ると、そのまま駆け出して行った。そして、後には呆然とした様子の一柳隊が残された。だが、楓は自らの手をじっと見ていた。
「楓さん、どうかしました?」
「いえ、梨璃さんがこれを…」
そこにはノインヴェルト戦術用の特殊弾があった。
上空の特殊戦機三機は鎌倉の手前で旋回していた。この後どうするのか策を練っていたのだ。そして、その理由は鎌倉一帯を覆う謎の反応である。目に見えない何かがレーダー波を反射しているのだ。
「電波を遮る何かがあるのは間違いない」
「そして、下手に突っ込んで物体があれば木っ端みじんだ」
「電波を遮る…あの中は例の妨害電波も無い状況じゃないか?」
「そういえば、そうだ。大尉、あの中はかなり不味い状況なんじゃ…」
「フムン、あの仮説通りならそうだ。こちらB-1、B-3へ。どうする?」
深井中尉は考えるように軽く唸ると、案を出す。
「物理的な障害物があるかどうか調べるのなら、機銃を撃てばいい。そうすれば分かる」
「いい手だ、それで行こう」
「だが、あの中があの部屋と同じ状態だとして、下手に飛び込めば俺達まで巻き添えだ」
「その点についてはいい手がある」
「なんだ?」
「電子攻撃を実施…エリアディフェンスの電波を模倣する。雪風なら出来る筈だ」
面白そうな手だ、と後席から桂城少尉が言う。そして、深井中尉からも異論は来ない。
「では、決まりだ。機銃を撃つのはB-1がやる」
「了解、任せた」
深井大尉はそう言うと、自機を加速させる。
「壁まで残り1000m」
「了解、マスターアームオン。撃つぞ」
B-1から20mm機関砲弾が放たれる。すると、着弾予測地点で機関砲弾は炸裂せず、遥か先で自爆する。
「弾は潜り抜けた。つまり、物理的な壁は無い」
「こちらB-3、こっちでも確認した」
「では、突入しよう。EW準備」
「了解、EW準備」
<B-1:RDY>
地上では百由が端末を見て唸り声を上げていた。既に空は暗く染まり、周囲ではケイブ発生の予兆が無数に出現している。だが、現状の戦力はたったの二人。敵は巨大で強大なヒュージであり、阻止するのも絶望的。もう奇跡を祈るしかない状況だ。
「まるであの時のような空だ…」
ブッカーはそう呟く。彼が思い出していたのは深井中尉と共に南極へ飛んだ帰り、ジャムに閉じ込められたあの奇妙な空間である。今の空はまさにあの時のような不気味なものであった。
「零、後は任せた…」
空を見つめてブッカーは呟く。だが、轟音が鳴り響く。
「エンジン音…?」
「これは…まさか。雪風か!!」
間違いない、それは正しくスーパーフェニックスのエンジン音…周囲の地形に反響し、不死鳥の叫び声が響く。そして、変化が起こる。百由の端末に表示されていたケイブ反応が次々と消えていく。
「ケイブが消えた…何が起こったの!?」
「あいつらがやったんだ、特殊戦機三機による電子攻撃だよ」
事態は好転した、空を翔ける雪風の影と共に。
キーボードが壊れそう…