「どうなっているんだ、戦っているのはたった一人じゃないか」
「確かに妙ですね」
深井大尉と桂城少尉は地上の様子を見てそう話す。地上には大きなヒュージとたった一人のリリィが戦っていた。先に落下した三つのヒュージと百合ヶ丘のリリィ達の姿は無い。何がどうしたのかと機上にいる三人のパイロット達は周囲を見回す。すると、地上から無線が飛び込んだ。
「深井大尉、聞こえますか!?」
「一柳か?」
「はい!よかった…繋がった」
「何がどうなっている?何故、誰も戦っていないんだ」
「それが、その…」
梨璃は何が起こったのかを語る。曰く、ヒュージ落下以降に皆のCHARMが一斉に使用不能になったとの事である。通信不能もCHARMの機能不全も目の前のヒュージが引き起こしているらしい。
「で、実質戦闘能力を喪失して壊滅状態だと」
「はい…でも、何故か私とお姉様のCHARMは動いて…」
「何?だが、見た事の無いヤツが戦っているぞ」
光学センサには白髪のリリィが映し出されている。
「それがお姉様です」
「アイツは黒髪だった筈だが」
「えっと、それがレアスキルの影響みたいでして」
「暴走だったか?名前は忘れた」
「ルナティックトランサーです!間違ってはいませんが、言い方がその…」
「フムン」
眼下に見える夢結の戦いぶりは以前見た時のそれより圧倒的であった。通常時よりも速く、高く跳び上がって斬りかかる。ヒュージは巨大な浮遊物を次々飛ばしてくるが、夢結はそれを軽々躱し、刃で受け流していく。
「深井大尉、お姉様を止めたいのですが…その、空から援護お願いできますか?」
梨璃が無線でそう言ってくる。しかし、敵味方の距離が近すぎる、支援するにも危険である。B-1とB-13の搭載する無誘導ロケット弾や無誘導爆弾では破壊力が大きすぎるのだ。
「無理だ、白井と敵の距離が近すぎる。撃てば爆風と破片で吹っ飛ぶぞ」
「こちらB-3、俺がやる」
「フムン、任せた」
そう言うと、深井中尉は雪風…B-3の機首をヒュージへと向けた。ジャムセンスジャマーによって機体を赤く輝かせ、妖精は舞い降る。
<B-3:RDY>
そして、胴体下が一瞬輝くとヒュージの体表の一点が突如として爆ぜる。ミサイルや爆弾は見えなかった…何が起こったのかと梨璃が叫ぶ。
「大尉、あれは!?」
「レーザー機関砲、向こうの雪風がここに飛ばされてきた時に積んでいた唯一の兵装だ。そして、あれならピンポイントで目標を撃てる」
だが、ヒュージに対するB-3の攻撃は殆どダメージを与えられていない。しかし、ヒュージの注意を上空へと引き付けるにはそれでも十分であった。ヒュージは夢結への攻撃を止めて、奇妙な形状をした浮遊物を次々と上空へと放つ。それは最早、どこか執念染みた勢いの攻撃とも言えた。敵はそれだけB-3を恐れているのだろうか?上空からその光景を見ていた深井大尉は心の内でそう考える。
遅い…攻撃を受けていた深井中尉は心の内でそう呟く。B-3は敵の攻撃を軽々と振り切っていく。倒せないが、倒される事も無い…そういった状況だ。このままだとキリがない。しかし、それでも敵の隙は生み出す事は出来た。
「一柳。今だ、行け」
「はい、大尉!」
深井大尉の無線を聞いた梨璃は瓦礫の隙間から勢いよく飛び出した。そして、夢結へ向けて一目散に突っ込んでいく…それをB-1のセンサは自動的に追う。梨璃はCHARMを振り回す夢結を止めようと飛び掛かった。そして、そのどさくさで二人のCHARMが接触…その場に白い光が強く輝く。
「少尉、あの光は何だ?」
「さあ…?爆発では無さそうだ。あの二人がぶつかった瞬間に光ったようにも見えましたが」
そして、B-1のフローズンアイは一瞬の大気の変動を捉えていた。あの光と共に大気の流れに影響を与える何かが発生したらしい、深井大尉と桂城少尉はそんなデータを見て首を傾げる。敵の攻撃か?それとも、あの二人が何かやったのか?すると、地上から無線が飛び込んできた。
「B-1、B-3。聞こえるか?」
「こちらB-1、聞こえている。ジャックか?」
「そうだ、やっと繋がったか」
「一柳からおおよそ状況は聞いた。こっちは交戦中…ジャック、そっちの雪風はヒュージに何かしたのか?白井のヤツを無視してひたすらB-3を狙っているぞ」
「何…?損害は?」
「無いよ、被弾すると思うか?」
「確かにそうだ。だが、何故雪風を狙う…?」
無線の向こうからはブッカーの困惑したような声が聞こえてくる。
「まだ、そちらは戦闘不能か?」
「いや、たった今CHARMが動いた。原因は分からん…いや、ちょっと待て」
「フムン」
すると、無線の相手がブッカーから別の人物に変わる。
「深井大尉、聞こえる?こちら真島」
「ああ、聞こえている」
「では、手短に現状を報告するわ」
そして、百由が説明を始めた。
「件のヒュージはある種の力場…結界のようなものを発生させているわ。で、その結界がCHARMに悪影響を与えていたみたい」
「で、動いたという事はその怪しげな力場は消えたという事か?」
「いいえ、規模が小さくなっただけ…あのヒュージに近づいたらまた停止するでしょう。それにリリィが下手に近づいたらもっと厄介な事になりそうなの」
「なんだ?」
「似ているのよ、ヒュージの発するマギのパターンが…レアスキルのルナティックトランサーのそれとね。だから、リリィが近づくとその影響を受けて大変な事になりかねないわ。最悪、暴走よ」
「だが、一柳と白井は敵の目の前で戦闘中だ。何故、あの二人は平気なのか?」
「分からない…ルナティックトランサー持ちの夢結は能力発動状態になったのだとしても、梨璃の方はどうしてなのか分からなくて」
「フムン。しかし、この後はどうするんだ?あの二人の攻撃は弾かれて通用しているようには見えないが。それに、さっき落下したヒュージの姿が見えない、放置すれば奇襲されるリスクがある」
「えーっと…さっき落ちてきた三体のヒュージは消失したわ」
「何だって?」
思いもよらぬ回答に深井大尉は驚いたような声を上げる。
「あのヒュージ達は地下深くに落ちた後、力場を形成。その後は現在存在しているあのヒュージにマギを全て吸収されて消滅…という具合ね」
「訳が分からん」
「同感よ。やる事が回りくど過ぎるわ」
百由は溜息を一つ吐き出す。
「で、ヒュージに対する攻撃については…現状、お手上げね。何か対策を考えるとかしないとどうにも」
「フムン」
すると、別の相手から無線が飛び込む。
「深井大尉、こちらにいい手がありますわ」
「ヌーベルか」
「はい、大尉。それで、その手を使う為にヒュージと梨璃さん、夢結様の正確な座標をこちらの端末に送ってもらう事は可能でしょうか?」
即座に桂城少尉が後席のメインディスプレイを操作する。そして、深井大尉に送信した事を告げる。
「ああ、今送った。それで、何をするんだ?」
「ええ、私達が使える最強の攻撃手段…ノインヴェルト戦術を使います」
「だが、近づけないのだろう?」
「その通りですわ。でも、とどめは最前線のお二人に託しますわ」
「手前で他の人員分のパスを終えて、最後だけあの二人に任せるつもりか」
「ええ、大尉。あと、お二人にこの内容を伝えてもらっても?こちらからはどうも無線が繋がりにくくて」
「構わない。桂城少尉、任せた」
「了解」
一方、B-3は未だに敵の攻撃を回避し続けていた。
「零、状況は?」
「ジャック、相手がどうにもしつこい」
「大丈夫そうか?」
「問題ない」
深井中尉はそう言うと、機を左に急旋回。飛んできた巨大な浮遊物を回避。すると、その外れた浮遊物は百合ヶ丘女学院の校舎へと直撃する。そして、深井中尉は静かにその様子を無線で伝える。
「学院の施設が被弾した」
「ああ、見えているよ。校舎に当たったな…」
何かしらの対策をしているのか、巨大な物体が命中しても校舎が倒壊する事は無かった。
「キリがない」
浮遊物にレーザーと機銃弾を浴びせるが、本体同様こちらも効果が無い。深井中尉はうんざりしたような様子で溜息を吐き出す。すると、視界の隅で何かが光った。視線をそちらに向けると、光る球体が飛んでいる姿が見えた。
「こちらB-3、謎の発光体を視認」
「B-1よりB-3、心配無用。あれは味方の攻撃だ」
「誘導弾か何かか?」
「ノインヴェルト戦術とかいうやつだ。知っているか?」
その単語を聞いた深井中尉は以前に見た資料を思い出す。たしか、対ヒュージで最も威力のある攻撃方法だったか…その光る球体を目で追うと、いきなり進行方向が変わった。まるで何かで弾き飛ばされたようだ。そして、別の異変も起こった。B-3を追っていた敵の浮遊物が一斉にヒュージ本体へと戻って行ったのだ。
「こちらB-3、敵の優先目標が変わったらしい」
「そのようだ」
一柳隊の残りのメンバーによって複数個所で光球…マギスフィアがパスされる。そして、ヒュージのいる方向へとマギスフィアが飛ばされる。それと共に楓からも無線が飛び込んだ。
「大尉。七人分のパスが終わりましたので二人の方向へパスを回しましたわ」
「視認している。一柳、聞こえるか?」
未だに地上の通信状態が不安定な為、B-1が通信支援を行う。
「はい、大尉」
「そっちにマギスフィアが飛翔中。南側からだ」
「見えました、後は任せてください!」
しかし、マギスフィアは到達しなかった。ヒュージの浮遊物が途中でそれを奪い取ったのだ。
「失敗よ、総員退避を」
夢結が無線に叫ぶ。
「なんだ、正気に戻ったのか」
「今はそんな事を話している場合ではないわ。深井大尉」
「フムン。あれを何とかすればいいのか」
「何とかって…何をするつもりなの」
「決まっている、撃ち落とす」
「でも、通常兵器は効かないわ」
「撃破は狙っていない。要は敵の行動を阻害すればいいだけだ」
深井大尉はそう言うと、後席の桂城少尉に指示を出す。
「少尉、雪風にマギスフィアというものが見えているかどうか分からない。よって、俺達の目で見て標的を狙う」
「了解、スタンバイ」
レーダー上には複数のシンボルが表示されている。それは全てヒュージとヒュージが飛ばしている浮遊物である。武装はFAF製の短射程空対空ミサイルを選択、深井大尉はマギスフィアの位置を確認する…先程までとは違い、マギスフィアの色は禍々しい色に変色していた。浮遊物はマギスフィアを別の浮遊物へと次々回している様子だ。
「気味の悪い色だ…白井、一柳。こちらで攻撃する、一度下がれ」
マギスフィアの位置と動きを見ながら目標を選択。HUD上にターゲットを示す四角いTDボックスが表示され、ミサイルのシーカーが目標をロックオンした事を示す表示も続けて現れる。そして、タイミングを見計らってミサイルを放つ。鳴り響く発射音…ミサイルは軽々と音速を突破、真っ白な煙が凄まじい勢いで伸びていくと瞬く間に目標へと接近。
「命中」
一瞬の閃光と煙…その中から禍々しい色をした光球が飛び出していった。深井大尉はそれを目で追う。
「大尉、ありがとうございます!」
梨璃が高く飛び跳ねてCHARMでマギスフィアを取り返す。だが、様子がおかしい…夢結が飛び込むと、CHARMでそれを弾き飛ばしたのだ。そして、光球の色が再び変わる。
「白井、何をしている」
「マギを吸い過ぎてこのままでは危険と判断したのよ!梨璃のCHARMが負荷で破損、使用不能…それで、マギスフィアはどこに!?」
「誰かが弾き飛ばした」
深井大尉と桂城少尉はマギスフィアの行方を追う…木々の間で何度も光球の軌道が変わる。地上でマギスフィアを受け止めてパスを回しているのだろう。しかし、その回数がやたらと多い。
「九人でやる戦術という話ではなかったか?」
「さあ…確かにそう聞いたけれど」
ヒュージはそれを阻止しようと浮遊物を撃ち込もうとするが、頭上から攻撃を浴びる。レイフがロールしながら降下し、ロケット弾と機関砲弾を叩きつけたのだ。それに気を取られたのか、ヒュージの攻撃は遅れた…パスを終えたリリィ達がいる地点に浮遊物が突き刺さる。その間にマギスフィアは移動。そして、楓が無線に叫ぶ。
「大尉、もう一度二人の所に飛ばしますわ!」
「了解」
深井大尉が無線で夢結に知らせていると、視界の隅で一柳隊の残りのメンバーが集まってマギスフィアをパスする様子が見えた。そして、その刹那、彼女達のCHARMから破片が飛び散った。
「連中の装備が壊れたらしい…B-1からB-3へ、一度離れるぞ」
「B-3、了解」
三機の特殊戦機は安全の為、ヒュージとの距離をとる。あの戦術の威力は極めて大きいと説明を受けていたからだ。そうして、スロットルを押し込んでアフターバーナーを点火。轟音と急加速の衝撃を感じつつ、桂城少尉は光学センサを操作。あの二人の姿を追う。
「大尉、マギスフィア確保!このまま攻撃するわ」
「幸運を」
夢結が無線にそう叫び、二人はヒュージ目掛けて飛び込んだ。そして、猛烈な閃光。その後には轟音と衝撃波が飛んでくる。
「なんて威力だ」
桂城少尉がそう呟く。すると、前席から無線が飛ぶ。
「どうなった?」
「ヒュージとその浮遊物体はレーダーからロスト。あの二人は…いた。無事です」
「フムン。こちらB-1、目標の撃破を確認。我に損害無し」
「こちらB-3、同じく損害無し。ジャック、聞こえているか?」
「ああ。聞こえているよ、零。すぐに帰投せよ」
「了解、RTB」
「で、攻撃をやり過ぎてこの学院が配備する大部分の装備…CHARMが破損して戦闘能力を完全に喪失したと…今襲われたらどうするつもりだ」
先の戦闘報告を聞いた深井中尉は呆れたような目でそう呟く。
ヒュージは撃破した。だが、その際のノインヴェルト戦術で使用したマギスフィアがヒュージに奪われた辺りでかなりの量のマギをため込んでいた事。そして、大人数で問題のマギスフィアを回した事。その結果、膨大なマギの負荷に耐えきれずに次々とCHARMが損壊する事態に至った。よって、現時点で学院が保有するCHARMで使用可能なものはゼロであった。
「いやー、ちょっと場の勢いに呑まれたというか…なんと言うか」
「私達もその…まさかここまでの状況になるとは思ってもおらず…」
反省したように百由と史房が言う。
「で、何故こんな状況で人を集めたんだ。ジャック」
深井大尉が部屋の様子を見てそう言う。先の戦闘で校舎は倒壊を免れたものの、各所が破損。よって、室内の照明と空調が使用不能となっていた。窓や壁の破損によって隙間風が入り込んで室温は低下…暖房器具を慌てて引っ張り出すような状況である。
「ああ。こんな状況だが、絶好のチャンスが舞い込んできたんだ」
「チャンスだって?」
「そうだ。この学院の目と鼻の先にある最大の脅威…7号由比ヶ浜ネストを撃破するチャンスだ」
それを聞いた三人のパイロット達と梨璃、夢結の二人は驚いたような顔を浮かべた。そして、深井中尉が説明を求める。
「どういう事だ、説明してくれ」
「では、私から」
百由が端末を操作すると、ネストの推定図を表示する。
「ネスト最深部にはアルトラ級ヒュージがいると前に説明したわね」
「ああ、全長1kmはある化け物だったな」
「ええ。で、ここ最近の異常行動によって、他のヒュージに膨大な量のマギを奪われ…先の攻撃でついに枯渇。結果、ネスト全体が機能不全に陥ったと考えられるわ。要はガス欠ね」
ほう、と深井中尉は呟く。しかし、桂城少尉から質問が飛ぶ。
「攻撃と言ってもどうやってするんだ?通常弾は効かないし、CHARMは全て使用不能なんだろう」
「ええ、保有するCHARMはね。でも、員数外のCHARMが一つ…」
「白井が使ったやつか」
「そうよ」
深井大尉の発言に百由は頷く。
「そのCHARMはやはりヒュージを狂わせる術式が込められていたわ。美鈴様が仕込んだものね。で、急ごしらえだけど…それを応用してアルトラ級ヒュージのマギを狂わせて自壊させる術式を作成したの」
「フムン。それで倒すという事か」
「そうよ。で、この攻撃を実施可能なのはこの術式の影響に耐えられる素質を持つリリィだけ」
「それは誰だ」
百由は頷くと、視線を変える。そして、その先にいたのは梨璃であった。当人は驚いたような表情を浮かべる。
「私ですか!?」
「そうよ、あの場でヒュージと至近で戦えたのはあなた達二人だけ。で、ルナティックトランサー持ちの夢結は別として、あなたはそれ無しで活動出来た…つまり、美鈴様のレアスキルと同様の力を有している可能性がある」
「それって…つまり」
「レアスキル、カリスマよ。正確にはその上位スキル」
「本当に私にそんな力があるのでしょうか…」
「可能性は高いわね。さっきの大人数のノインヴェルトの時にね、明らかに全員のパフォーマンスと士気が跳ね上がったのよ。だからあんな無茶な状況になったのだけど」
そして、ブッカーが口を開く。
「危険な任務だが…行ってくれるか?」
「はい!任せてください」
即座に梨璃は頷く。すると、夢結が口を開く。
「私も同行します。梨璃は私が守りますので」
「お姉様…では、私もお姉様の事をお守りします」
「すまん。二人とも、頼んだ」
そんな雰囲気の中、深井中尉が問う。
「で…俺達がここに呼ばれた意味はあるのか?関係があるとは思えない」
「いや、重要な話だよ。ネストの破壊は我々が帰還するチャンスでもあるからな」
「…何だって?」
二人の深井零は同時にそう言葉を発した。
次回、最終話(予定)