迷い込んだブーメラン<改>【本編完結】   作:ひえん

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・被書空間、アグレッサーズのネタを一部含みます


エピローグ

「梨璃、起きて…ねえ、梨璃…」

 

 自分を起こそうとする声が聞こえる。

 

 上空から海底深くまで続く穴に飛び込み、そこに横たわるヒュージネストの主であるアルトラ級ヒュージを撃破した梨璃はその離脱時に意識を失った。だが、聞こえる筈の無い声に意識を取り戻した。

 

「結梨…ちゃん…?」

 

 戦闘で意識不明となりフランスの病院へと運び込まれた筈の結梨の声が確かに聞こえ、梨璃は気だるげながらも目をゆっくりと開く。そこにはこちらを覗き込む結梨の顔があった。そして、周囲を見回すとどうやらどこかの部屋の中らしい…これはおそらく夢だろう。梨璃は心の内でそう考える。

 

「ねえ、結梨ちゃん。これって夢の中なのかな?」

「夢?違うよ」

「え!?」

 

 結梨の回答に梨璃は仰天して体を起こす。そして、更に意外な人物の声が響く。

 

「僕達もいるのだけれど」

「桂城少尉!?それに深井大尉も!!」

 

 声のした方向を見ると桂城少尉と深井大尉がソファーに腰かけてテレビを見ていた。

 

「えっと…それでここは?」

「ここ?あっちでもこっちでも無い曖昧な空間だって言ってた」

「誰が?」

「うん、雪風に教えてもらった」

「え?雪風に…」

 

 梨璃が驚いていると、扉の開く音が響く…そこには深井中尉がいた。そして、その後ろには見知らぬ人物が立っている。その見た目からして外国人であろう。

 

「深井中尉まで…その、その後ろの方は?」

「こいつか?ジャックだ」

「え!ブッカーさん!?」

 

 二人は部屋の中に入って来る。

 

「全く、意識が暗転したと思ったら何の騒ぎだ…さて、これが俺の本当の姿だよ」

「すみません、ブッカーさん。ちょっとびっくりしてしまって」

「ああ、無理もないさ」

「よう、ジャック。久々に見る顔だ」

「なんだ、大尉達までいるのか」

「ああ」

 

 そんな会話をしているとベランダの戸が開く。

 

「お姉様?」

 

 そして、そこにいたのは夢結であった。

 

「その…これはどういう状況なのかしら?」

「私にも何が何だか…」

 

 ここにいる筈がない結梨の姿を見て唖然とする夢結。それと共に見知らぬ人物がいる事に気が付く。

 

「あ、お姉様。こちらが…その、ブッカーさんです」

「つまり、これが本当の姿という事でしょうか?」

「ああ、そうさ」

 

 そうして、ブッカーは部屋にあった鏡を覗き込む。

 

「見た目は確かに自分の体なのにどうにも違和感がある」

「あの体で過ごして心まで老けてしまったか?ジャック」

「冗談じゃない。しかし、ここは何だ?」

「分からん」

 

 すると、梨璃が言う。

 

「ええっと、あっちでもこっちでも無い曖昧な空間…らしいです」

「何だそれは」

「結梨ちゃんがそう言っていて…そもそも、どうしてここに結梨ちゃんが?まだ入院している筈じゃ…」

 

 すると、テレビを見ていた結梨が振り返る。

 

「んー?私は私であって、あっちの世界の私じゃないよ」

「どういう事?」

「この空間に私がいると仮定して、その存在を確立させた存在…らしい?」

「訳が分からないわ…」

「雪風がそう言ってたから、私もよく分からない」

 

 夢結はその結梨の言葉に頭を抱えた。

 

「そういえば…あなた達は何を見ているの?」

「これか?どうやら並行世界が映るらしい、そっちの世界のな」

「並行世界が?」

 

 そうして、梨璃と夢結もテレビへと視線を向ける。確かに梨璃と夢結が百合ヶ丘で最初に出会った状況がまるで違う。

 

「チャンネルを回すと他に変わるのか」

 

 どれも自分達の記憶と違う光景ばかりが映る。楓や他の一柳隊のメンバーと会った状況もそれぞれ異なる。もしかしたら、この中に以前迷い込んだ世界の映像も混じっているのかもしれない。すると、結梨がポツリと呟く。

 

「どの世界にも私はいないんだね…」

「結梨ちゃん…」

 

 その様子を見て桂城少尉が口を開く。

 

「気にする事なんて無いさ、僕だって向こうの世界にはいないみたいだし」

「ああ、確かに。仲間だね」

「それは…何とも微妙な気分だな」

 

 そして、結梨がチャンネルを回す。また別の並行世界の映像が画面に映る。

 

 

 

 すると、そこには子供の背丈ぐらいありそうなやたらとでかい黒猫…そして、その猫が二足歩行でスタスタと歩く映像が映し出される。その突拍子もない光景に梨璃と夢結は驚いたような声を上げる。

 黒猫の視線の先には銀色の怪物がいた。そして、その黒猫は銀色の怪物に飛び掛かり、その爪で怪物を切り裂く。すると、銀色の巨体は断末魔の叫びを上げてドサリと倒れ込む…その怪物は間違いなくギガント級のヒュージである。

 たった一匹の黒猫らしきものがいとも簡単にそれを倒してしまった…その映像にただ唖然とする夢結。そして、更に次々とスモール級とミドル級のヒュージが飛び出してくる。だが、その黒猫は千切っては投げるようにヒュージを次々と蹴散らしていく。大きな口を開けて齧り付き、爪でばっさりと切り裂く…そして、首輪のようなものからはレーザーが放たれる。あっという間に数を減らしていくヒュージ。

 

「どうだ、思い知ったか。しかし、こいつら美味しくない」

 

 今度カレーで煮込んでみるか…と、呟きながらまるで胸を張る様に立つ黒猫。すると、そこに勢いよく駆け寄る一人の人影…それは満面の笑みを浮かべた鶴紗であった。そして、鶴紗が飛びつきジタバタともがく黒猫。

 

「よーしよし。偉いぞー、アプロ。ご褒美の猫缶食べるかにゃあ?」

「あー、放せ放せ!!…あ、でも猫缶は食べる」

 

 そして、少し離れた所に立つどこか三枚目といった見た目をした男性。そして、結梨を含む一柳隊の面々。皆、その様子に頭を抱えている様子であった。

 

<ラテル、アプロ。緊急事態です>

 

 そんな彼らの頭上には巨大な黒い飛行物体が浮かぶ。飛行機ではない…それは凹凸の少ない滑らかな表面をした奇妙な物体であった。

 

「緊急?それはつまり…」

<ええ、海賊です。大気圏内に向けて降下中>

「ラジェンドラ、それはいいな。口直しだ」

「これは正真正銘、海賊課の出番だな」

 

 そして、男性と黒猫はニヤリと笑う。

 

「敵は」

「海賊!」

 

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 そして、最後に文字列のようなものが表示され、テレビには映像が映らなくなる。

 

「何だ、これは」

「さあ…」

 

 先に流れた非現実的な映像に皆は困惑した表情を浮かべていた。しかし、深井大尉だけはどこかであの黒猫を見たような気がして首を傾げていた。そして、ブッカーが雰囲気を変えようと咳払い。

 

「で、ここが曖昧な空間だという話だったか。雪風達は何の為にこんな空間に我々を入れたんだ?」

「偶然かもしれないわね。つまりは何も分からない」

「うむ…」

 

 すると、梨璃が手を挙げた。

 

「えっと…この空間とは関係ない話なんですが、これだけは言っておいた方がいい話かと思って」

「フムン、なんだ?」

「ええ、前に美鈴様が何か仕組んで皆さんがこの世界に飛ばされたのかもしれないという話をしていましたよね」

 

 深井大尉は頷く。

 

「それで、さっきアルトラ級を倒す為にダインスレイフを使った時に美鈴様の気持ちみたいなものが伝わって来た感じがして…その、なんと言うか」

「そのまま続けてくれ」

 

 ブッカーが言う。

 

「うまく説明できませんけど…美鈴様は多分、マギを使って世界を変えようなんて思っていなかったと思います。あのCHARMにはとにかくお姉様を無我夢中で守ろうとした思いが強く残っていました」

「美鈴様が…私の事を?」

「そして、最後に一瞬だけ『帰りたい』…そんな強烈な思いが伝わってきました。多分、無意識かもしれないけど最後の最後に心の奥でそう考えたのかも…」

 

 すると、梨璃の話を聞いた深井中尉がポツリと呟く。

 

「そうか、そういう事か…」

「え?」

「やはり、俺が先に雲に飛び込んだのは正解だったようだな」

 

 深井中尉の脳裏にあの撤退戦の最中の出来事が過る…無線から必ず帰ってこいと叫ぶブッカーの声。

 

「もしかしたら、今回の件で引き金を引いたのはお前かもしれないぞ、ジャック」

「俺が?」

 

 深井中尉の一言にブッカーは困惑したような表情を浮かべる。

 

「どういう事だ、零?」

「さて、胸に手を当ててよく考えるんだな。どうしても分からないのなら、帰った時に教えてやるよ」

 

 すると、室内に異変が起こる。それに夢結が驚いて声を上げる。

 

「何よこれ、急に色が…」

 

 部屋の中に置かれていた物から色が失われ、全ての物が彩度を失ってモノクロとなっていく。

 

「これは…もう時間切れって感じかな」

「ああ、少尉。そのようだ」

 

 周囲の様子を見た深井大尉と桂城少尉がそう口にする。

 

「さて…これでお別れか。みんな、達者でな」

 

 ブッカーがそう言うと、梨璃が問う。

 

「あの、深井大尉!もう会う事は出来ないのでしょうか…?」

「無理だろう、本来なら俺達が出会う事なんて無いんだ。それにまた何か起こって再び出会ったとしてもだ、今度はジャムが出てくるかもしれないぞ」

「はい…でも、また会える事を願っています」

「フムン。じゃあ、幸運を」

 

 異変に備えて梨璃は夢結の手を握る。何が起こっても離れ離れにならないように…しかし、そこでハッと気づく。

 

「結梨ちゃん!どこに行ったの!?」

「分からないわ、何も見えない…」

 

 すると、結梨の声が響く。

 

「私は大丈夫だよ。梨璃、夢結。じゃあ、元の世界の私によろしくね」

 

 その刹那、梨璃の意識は真っ白な光に包まれた。

 

 

 

 

 

 機内に響くジェットエンジンの音で深井大尉は意識を取り戻した。

 

「少尉…ここは?」

「南極…なのは間違いない。後方にB-13が飛行中、異常は無さそうだ」

 

 B-1…雪風はいつの間にか広大な氷原の上を飛行していた。

 

「少尉、具体的な座標は」

「スタンバイ…おや、国連軍の艦隊が近くにいる模様」

「ここの座標を聞け」

「了解」

 

 そして、桂城少尉が無線で近くにいた空母と無線でやり取りを行う。向こうは雪風という名を聞いて露骨に嫌そうな声色で通信してきた。どうやら、以前降り立ったあの空母らしい。向こうから見れば雪風はジャムという厄介事を持ち込んだ疫病神の様に感じるのかもしれない。

 

「機長。事情の説明に苦労しましたが、現在の座標確認取れました。通路は5時方向」

「そういえば、あの空母はあっちの世界にも同じ名前のやつがいたな…さて、少尉。ここは本当に元の世界だと思うか?」

「分かりません、また別の並行世界って可能性も有り得る…」

 

 すると、無線に突如女性の声が響く。

 

「雪風へ、こちらリン・ジャクスン。聞こえますか?」

 

 その声に深井大尉は驚く。

 

「ジャクスンさん、聞こえています。あなたがここにいるという事は…もしや、ロンバート大佐からの手紙ですか?」

「ええ、その通り。あの手紙…いえ、クーデターは事実かしら?」

 

 リン・ジャクスンのその言葉に深井大尉は安堵し、後席に向けて言う。

 

「間違いない、元の世界だ」

 

 

 

 鳴り響く警告音、その音で深井中尉は目を覚ました。

 

「ここは…フェアリイ星では無いな。地球か?」

 

 計器を見ると高度は2000m、エンジンも順調に動いている。燃料は心許ないが、まだ飛ぶ事は可能だ。そして、周囲を見回す…すると、眼下には広大な麦畑が広がっている。疎らに存在する建物の造りから、ここが日本で無い事は確かなようだ。

 

「それでここはどこだ、雪風」

 

 すると、タイミングよく位置情報を更新したらしく、ディスプレイ上に現在の座標が表示される。

 

「イギリス…か」

 

 ブッカーの故郷…もしや、この辺りにいるのではないか。そんな考えが浮かんでくる。向こうの世界に漂着した際は、雪風が向かった先にブッカーがいた…つまり、今度も同じような結果になっているのかもしれない。

 

「やはり、必ず帰還しろというあの約束を果たすようになっている…か。ん?」

 

 すると、誰もいないはずの後席で何かが動いた。

 

「何…!?」

 

 ヒュージか、ジャムか!?深井中尉…零は驚きつつも身構える。しかし、雪風は何ら警告を発しない。それに零は困惑する。すると、どこかで聞いたような声色のあくび声と背を伸ばすような動き。

 

「んー、着いた?」

「…何故、お前がいるんだ」

 

 そこにいたのは結梨であった。そして、その傍らには彼女のCHARMであるグングニル。

 

「深井中尉、お土産持っていかなかったでしょ。だから、持ってきた」

 

 そう言って、この前の集合写真と弁当の入った包みを見せてくる結梨。

 

「そんな事はどうでもいい、元の世界に何故戻らなかった」

「元の世界に行ったら私が二人になっちゃう。この私はあの空間にいると仮定された存在だもん。あそこにあのままいたら独りぼっちになっちゃう」

「だからって、なんで俺の所に来た。B-1の方に行けばよかっただろう」

「だって、あっち満員だし。それに、こっちの方が面白そうだったから」

 

 向こうは後席に桂城少尉が座っている。後席が空なこちらに転がり込んでくるのは必然だったらしい。零は頭を抱えた。これは後始末の為にクーリィ准将やフォス大尉に嫌でも泣きつくしかないか…そう考えた零は大きな溜息をつく。

 すると、雪風から何か探知した時の警告音。

 

「ジャック!」

 

 雪風の光学センサがブーメランを持ったブッカーの姿を捉えていたのだった。

 

 

 

 

 

 一方、B-1…雪風はフェアリイ基地の滑走路に降り立っていた。状況は変わらず、フェアリイ星はおかしな状態のままらしい。無線で特殊戦司令センターに報告を入れようとしたものの、通信は途絶。そして、地上はまるで時間が止まったように動きが無く、色を失ったように見える。

 

「さて、これまでの出来事を信じてもらえるかな」

「物的証拠と偵察データはある。信じなければ連中に全部見せればいい」

「少佐と准将は頭を抱えそうだ」

「あっちのジャックからこっちの自分を困らせないように言われたが、これは無理そうだな」

 

 耐爆格納庫から地下に入り、二人は通路を歩いている。向かう先はフェアリイ基地の中枢センター、そこで何が起こっているのかを調べに行くのである。そして、二人は貰った土産の中から弁当の包みを取り出す。そして、中に入っていたハムバンに齧り付く。

 

「美味い」

「味覚は変化なし、か」

 

 すると、桂城少尉はある事に気が付く。

 

「これは色を失っていない。不思議だ」

 

 その手にはCHARMのマギクリスタルコア、百由が土産に入れたものだ。すると、零が口を開く。

 

「その物体の本質を知っているのが、この星で俺達だけだからではないか?他の人間もコンピュータもジャムもそれが何なのかを知らない。つまり、どういうものなのか認識できない」

「だから、僕達だけの認識が保たれている。そう考えると、面白い」

「しかし、アイツは何故そんなものをわざわざ俺達に持たせたんだろう。CHARMはかなり高額だと聞いた。いくら古くなって使えなくなった部品だからって、他人に気安く渡せるとは思えない」

 

 すると、桂城少尉は言う。

 

「これは単なる思い付きだけど、彼女はそれのマギを道標にしたかったんじゃないかな」

「何?」

「この前、一柳隊の面々が並行世界に迷い込んだ一件があったでしょう。あれは暴走していたとはいえヒュージの仕業だった…で、彼女はそれと同じ事を再現してやろうと考えている」

「あの現象を使ってこの世界に来るつもりだというのか?…ジャムがいるのに?」

「ええ。でも、軽い気持ちではないでしょう。そうだな、万が一の保険…と言った感じかな」

「保険?」

「向こうの人類が万が一、ヒュージに追い込まれた時に」

 

 確かにあの世界は将来どうなるか分からない。ヒュージという厄介極まりない存在があのまま進化して人間を追い込む可能性は大いにある。最悪の事態が起こった場合、よその世界に脱出しようという考えだ。しかし、この世界も安全とはとても言えない。

 

「フムン。だが、あまりお勧めできる方法じゃないな。こっちだって似たようなものだ」

「ええ、そう思います。だからこその保険でしょう。最後の最後に使う為の」

 

 そうして、桂城少尉は荷物の中にマギクリスタルコアを入れた。すると、今度は桂城少尉が疑問を口にする。

 

「そういえば、深井中尉は何故今回の件でブッカー少佐が引き金だったかもしれないと言ったのだろう」

「それはよく分からない。一柳が『帰りたい』という念を感じ取ったという話の後だったか」

「ええ」

「そういえば、向こうの俺がジャックから『必ず帰れ』と命令されたという話を昨日していたな」

「そういえば…まさか、その二つが重なり合ったと?」

「おかしくなった通路の中で雪風と雪風が重なり合ったかもしれないんだ。ありえない話ではない」

「思いが重なった…マギというよく分からない物体が関与している以上、そんな不可思議が起こってもおかしくないと言えてしまうのが…」

「ああ、厄介だ。でも、ここで考えても証明のしようが無い」

「…おっと、この先です」

 

 そして、通路を曲がる。

 

「なんだか、すごく遠回りをした気分だ」

「ああ、特別休暇を貰ったとでも考えればいい。これからは嫌でも忙しい筈だ」

「ええ」

「俺達の敵はやはりジャムだ」

 

 そして、二人はフェアリイ基地中枢センターを目指して歩く。この騒動を終わらせてジャムに勝つ為に。

 




<完>

ご愛読ありがとうございました
筆が乗ればおまけを書くかもしれません…
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