特殊戦14番機パイロット 白井夢結少尉
一機の航空機が高高度を飛ぶ。そして、その頭上には連星の恒星が輝いていた。
ここは惑星フェアリイ、地球人と正体不明の存在であるジャムが戦う戦場である。そして、ジャムと戦う為に地球人が作り上げた組織、FAF…フェアリイ空軍。この機体はその組織に属する航空機である。
そして、その機体は無線を放つと突如針路を変える。
「こちら特殊戦14番機、リリィ。戦術偵察訓練完了、RTB」
無線を放つと、パイロットの女性は溜息を軽く吐き出す。すると、機体の後席から無線が飛ぶ。
『ねえ、夢結。夢結はもっと他の人と話をした方がいいと思う』
「うるさいわ、機械…いえ、あなたには関係ないでしょう」
この機の後席に人はいない…だが、代わりに一台のコンピュータが置かれていた。この機械の愛称はユリ。そんなユリの言葉にパイロットである白井夢結少尉は再び溜息をついた。
『夢結。ほら、友達とか作ってみない?』
「ユリ、そろそろ静かに。気が散るわ」
『はーい』
ちょっと前まではこんなに喋るような機械知性体では無かったのに、これは本格的に点検した方がいいかもしれない…帰還したら上官に相談するか。夢結は心の底でそう考えた。
二人の男性がオフィスの中で会話をしていた。一人は深井零、フェアリイ空軍の大尉である。そして、もう一人は零の友人であり上官でもあるジェイムズ・ブッカー少佐。
この二人が所属する隊は偵察部隊であった。だが、この隊は他の隊から浮いていた。その理由は任務の特性故である…ジャムという未知の敵と味方の戦いを偵察し、いざとなれば味方を見捨てでも帰還する。傍から見れば冷酷そのもの、そんな任務を淡々とこなすのがこの特殊戦…戦術戦闘航空団特殊戦第五飛行戦隊『ブーメラン戦隊』であった。
「そろそろ任務復帰になるが…」
「どうした、ジャック?」
「ああ、問題が一つ。零、お前の相方だ」
特殊戦の装備する機体は全て複座機、零の愛機である雪風も含めて。そして、それらの機体にはパイロットの他に各種システムの操作を行うフライトオフィサが乗り込む。零にもそんな相方がいたが、戦死してしまった為に今は不在となっていた。
「そうは言うが、誰か余りがいるのか?」
「いや、いない。だから問題なんだ」
「アイツは?」
「あいつ?」
「あの新入りだ、ジャック。お前が前に連れてきた」
「ああ…だが、彼女にはもう機体がある」
「機体?他のシルフに空きは無いだろう」
「そうだ、戦隊所属のスーパーシルフに空きは無い。スーパーシルフにはな」
「なんだ、その言い方…いや、まさかアレか?」
零は思いだす。格納庫の片隅に放置され、埃を被っていたある機体の姿を。
「システム軍団から押し付けられたあの機か」
「ああ、そうだ」
「いや、待てジャック。アイツにも後席がいないだろう、今の俺と同じように」
「その事だが…」
そう言って、ブッカーは資料の束を机に放り投げた。零はそれを拾って読む。
「これは…機体とは別の機械知性体か?」
「そうだ、それもシステム軍団から押し付けられた代物だ。それが後席の乗員の代わりとなり、任務を遂行する。開発計画が途中で頓挫した試作品らしい」
「フムン。だが、ジャック。機体の愛称がリリィで、このコンピュータの愛称がユリというのはどうなんだ?意味が重複しているぞ」
「それはな、機体の愛称を決めた時にはもうそのコンピュータの名前がそう決まっていたんだ。変えようにも開発者は地球に帰還済、ここに送って来たのは単なる厄介払いさ」
「フムン」
そして、零は話題を変える。
「で、ジャック。アイツ…白井夢結少尉だったか?何故、そいつを部隊に連れてきたんだ。普通、ここに来るのは変わり者かつ実戦でそれなりに経験を積んだやつぐらいだ。だが、アイツは訓練部隊にいたと聞く」
「それはな、白井少尉を見た時になんと言えばいいか…このまま放っておいたら人知れずに散ってしまう、そんな感じがしたんだ」
「随分と詩的な表現だな」
「いや、直感的だよ。訓練部隊で教官をやっている友人が、特殊戦向けの性格をしたやつがいるって言ってきたんだ」
この特殊戦には変わり者ばかりが集められている。他人なんてどうでもいい、そんな性格をしたような者達ばかりである。
「フムン、それで直接様子を見て引っ張ってきたのか。だが、よく新人なんて連れてきてクーリィ准将が首を縦に振ったな」
「彼女を見た准将も私と同じような感想だったよ」
「あの准将がそんな事を言うなんて信じられないよ。まさか、アイツはジャムか何かじゃないだろうな」
「もしそうならうちの機械知性体が大騒ぎしているだろうさ」
「ああ、雪風が黙ってない」
零がそう言うと、ブッカーは頷く。この特殊戦の機体にはそれぞれ高性能なコンピュータが搭載されていた。その性能は極めて高く、自己の生存の為に機体のコントロールをパイロットから奪い取る事すらあった。
「で、ジャック。その白井少尉は何をやってフェアリイに飛ばされてきたんだ?」
ここFAFは各国から人材が送りこまれている。しかし、大部分が各国から見て不要と言えるような人材、そのだいたいが何かしらの刑期の代わりに戦地での勤務といったような事情を持つようなものである。
「いいや、彼女は志願してFAFに来た組だ。何もない」
「特殊戦に来るようなやつが何も無いだって?」
「ああ、経歴は綺麗そのものだよ。性格についてはフォス大尉にでも聞いてくれ」
軍医であるエディス・フォス大尉の名前が出て、零は嫌そうな顔を浮かべる。
「医者には守秘義務がある、聞いたところで言う訳無いだろう」
「まあな。だが、私は上官だから部下であるお前達の健康状態を確認する権利があるが」
そんな話をしていると、オフィスのドアがノックされた。
「白井少尉です、少佐」
「ああ、入れ」
噂をすれば、その当人がやって来たようだ。退室した方がいいか?と聞く零に対し、ブッカーは首を横に振る。
「いや、まだ話は済んでないから残れ」
「了解」
上官であるブッカー少佐のオフィスまでやって来た。そして、夢結は戸を開ける。すると、室内には少佐以外にもう一人の姿があった。
深井零…ジャムとの戦いで負傷し、つい最近復帰してきたパイロットである。同じ日本人ではあるが、面識は殆どない…彼がどのような人物なのかも分からない。しかし、彼もブーメラン戦隊のパイロットだ。つまり、他の隊員と同じ様に個性的な性格をしている事は間違いない…あんなやつなんてどうでもいい、今もそう考えているに違いない。
「で、少尉。どうした?訓練についてのレポートならもう受け取ったと思ったが」
そう聞いてくる少佐に対し、夢結は言う。
「ブッカー少佐、相談があります」
「どうした?何かあったのか?」
少佐は何があったのかと聞いてくる。
「ユリ…いえ、機体に搭載されているあのコンピュータについてなのですが…どこか異常が無いか総点検出来ないかという相談に」
「フムン、何がどうおかしいのか説明してみろ」
少佐の代わりに零がそう言う。上官ではあるが、直接の関りが無い…そんな相手の命令染みた言葉にどこか癪だと思いつつも夢結は頷く。
「音声サポート機能について…以前は無機質な口調で淡々とした様子でした。しかし、ここ最近になって、何と言うか…急に子供っぽい口調になり、軽口を叩く様になってしまって。どこか壊れてしまったのでは無いか、と」
「少尉、飛ぶ度に機体とコンピュータは全て点検している。しかし、整備から異常があったという報告は受けていない」
「そんな…しかし、少佐」
夢結の様子に困惑するブッカー。しかし、客観的にユリというコンピュータが異常を起こしていると言える根拠がない。そのコンピュータの口調や態度はともかく、機上にて与えられた任務をしっかり遂行しているのである。すると、零が口を開く。
「ジャック、そのコンピュータを直接確認しに行こう。それで様子がおかしいと俺達が認識できる程なら、少尉の希望通りに対処すればいい」
「それもそうだな、それでいいか?少尉」
「ええ」
そして、三人はオフィスを出る。
「少尉、零と話をした事はあったか?」
「いいえ、少佐。先程が初めてです」
「ああ、そうだったか。そうだ、零。後輩の指導に興味は無いか?」
「無いよ。俺よりジャックがやった方が余程上手くいくだろう」
面倒事を押し付けられてはたまったものじゃない。そう考えた零は話題を変える。
「ジャック、そういえば聞いたか?銀色の恐竜らしき生き物の目撃情報だ」
「ああ、報告も受けている」
「今まで未発見だったのが不思議と言える数の群れだって聞いたぞ」
「ただの生き物だったらそれで話が済んだのだが」
この惑星には原生生物が生息している。それは植物から恐竜のような大型の動物まで多種多様であった。
「これはつい数日前の話で詳細はよく分からないのだが…その銀色の生き物が前線の基地を襲ったとか」
「原生生物が基地を?」
そんな話に夢結もつい耳を傾ける。
「ああ。だが、とんでもないのはこの後だ。それで警備の兵が銃を撃ったのだが、小銃の銃弾が弾かれた。そして、対空機関砲でも駄目。ついに困り果てて爆撃で駆除したそうだ」
「何だそれは。本当に生き物か?ジャムの生物兵器じゃないだろうな」
「調査中だが…この前、偵察に飛んだカーミラがその生き物らしきものを攻撃するジャムの姿を目撃している」
「フムン。妙な話だ、その化け物はジャムにもケンカを売ったのか?」
「ああ、そうらしい。つまり、ジャムの兵器ではないと考えられる」
そんな話をしていると、三人は格納庫に辿り着く。訓練と任務で数機飛んでいる為か、格納庫の中はいつもよりがらんとしているように零は感じた。
「さて、ジャック。まずは話をしてみるか」
「ああ。白井少尉、始めよう」
「了解」
そうして、夢結は14番機リリィのコクピットに乗り込む。
その様子を一機の航空機の光学センサがじっと見つめていた。他の機体とは大きく異なる形状の別機種…その機体の名は雪風、零の愛機である。
数話程度を予定