迷い込んだブーメラン<改>【本編完結】   作:ひえん

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機械相手の事情聴取

 いつからだろう、自分がこうなってしまったのは。

 

 明確にこの日からこうなってしまったのだとは言えない。だが、これが引き金だと断言できる出来事はあった。

 それは中学生だったある日、自分が最も敬愛する先輩がある事故によって目の前で亡くなった事。無論、友人や同級生達は必死に慰めてくれた。だが、自分は大きな喪失感を抱き続け、そこから他者との繋がりも次第に希薄になってしまった。そうして、中学を卒業した後に高校、大学へと進むが、心の内にぽっかりと開いた穴は時間が経っても消える事も無く、将来について考える事すら意欲を失っていた。

 そして、そんなある日、たまたま目についたのがFAFの隊員募集であった。フェアリイ星については本での知識しかない。しかし、そこで人生観が変わったという話もどこかで聞いた事があった。そして、その話を思いだした自分はこの状況を変える為、大学卒業と共にその募集に応募したのだ。

 

 

 

 

 

『どうしたの、夢結?』

 

 夢結がコクピットに座った途端、ユリがどうしたのかと聞いてくる。

 

「点検よ」

『え、もう一回やるの?』

「ええ」

 

 一方、その機外ではブッカーと零がヘッドセットで機内の会話を聞きながら様子を見ていた。しかし、零は聞こえてくるその会話に困惑する…聞こえてくる会話の内容がうまく入ってこない。何を言っているのかは分かるが、意味を捉えるのに時間がかかった。そして、零は気が付く。

 

「おい、ジャック。これはFAF語じゃないぞ」

「…これは日本語か?」

 

 ブッカーのその言葉に零はハッとする。フェアリイ星に長くいた為、すっかり忘れ去っていた母国語…よって、その会話の意味を理解するという事が遅れたのである。しかし、この星で日本語を聞く事は無い。誰しも使うのは英語をベースとし、文法等を簡略化したFAF語…もしくは本来の英語である。

 

「確かに日本語だ。何故、フェアリイで作られた機械知性体が日本語を使っているんだ?」

「分からん、相手…白井少尉に合わせているのかもしれん。だが、納入時に日本語のデータが入っていたという覚えがない」

「なんだって?」

 

 ブッカーが唸る様にそう言うと、零は驚いたような表情を浮かべた。

 

「いや、だが…自主学習したのかもしれないな」

「パイロットに合わせる為にわざわざ?」

「現状、そうとしか考えられないだろう」

 

 そう言うと、ブッカーはヘッドセットを使ってユリに話しかけた。

 

「ユリ、聞こえるか?こちらはブッカー少佐だ」

『ごきげんよう、ブッカー少佐。ご用は何でしょう?』

 

 ユリは先程と打って変わって無機質な声色で返事を返してきた。そして、その言語はこのフェアリイ基地ではごく一般的なFAF語である。

 

「質問だが…何故、日本語を使う事が出来る?」

『自主学習により、習得しました』

「何故、日本語を覚えようと考えたんだ?」

『パイロットが日本人であり、その方がコミュニケーションを取りやすいと判断した為です』

 

 そのユリの回答にブッカーは肩をすくめて零の顔を見る。一見、ユリの回答に矛盾は無い。しかし、零はどこか違和感を覚えていた。そして、彼は問う。

 

「B-1雪風パイロットの深井大尉だ。ユリ、一つ聞いてもいいか?」

『どうぞ、深井大尉』

「日本語を使おうと思った理由は理解した。だが、何故あんな口調で話をしようと思ったのか?」

 

 すると、ユリは暫し沈黙。そして、回答を出す。

 

『パイロットとの信頼関係を構築する為です、大尉。なるべく、自然に会話しやすく…』

「フムン。質問は以上だ」

 

 ユリの言いたい事は分かるが、パイロットの側がそう話せと命令した訳ではない。むしろ、そのパイロットの側は警戒しているような有様だ。そして、ユリの回答には何故そんな口調になったのかという明確な答えが無い…零はその点がどうしても引っかかった。すると、零は雪風の方へと歩いていく。そして、それに気づいたブッカーが問う。

 

「おい、零。どこに行くんだ?」

「他の意見を聞くだけさ」

 

 そう言うと、零は愛機である雪風のコクピットに駆け上がっていく。そして、零がコクピットに座ると、途端に眼前のディスプレイ類が起動。雪風のコクピット内にあるセンサが零の姿を捉えたのである。零は整備用のキーボードを取り出し、雪風に対してメッセージを入力する。

 

 B-14の機内に搭載されているユリという機械知性体は脅威であるか?

 

<it is not considered a threat...>

 

 ただ一文、あれは脅威ではない…そんなあっさりとした回答に零は驚く。雪風がユリそのものに対して何ら興味を抱いていない様子にも見えたからだ。

 

 あれが脅威で無いと判断しているのは特殊戦内で雪風だけか?

 

<neither SSC nor STC think it is a threat>

 

 特殊戦の要である戦略コンピュータも戦術コンピュータも同様にユリを脅威と考えていない…どうやら、今度の一件でユリの言動に違和感を覚えているのは人間だけらしい。

 

 他のコンピュータが異質な内容を自主的に情報収集・学習していたとしてもそれに対して警戒しないのか?

 

<SSC:他のコンピュータが各々何を考え、情報収集および学習するのかについて…その行動をやめさせるという権利は私には無い。なお、それが明確な敵対行動を取っている場合は別である>

 

 突然、特殊戦の要とも言える戦略コンピュータが雪風とのやり取りに入ってきた。どうやら、他のコンピュータもこのやり取りを見ていたらしい。そして、SSCのその返答は当然と言えば当然であった…無害であればやめさせる理由は無い。零がそう考えていると、新たなメッセージが飛び込む。

 

<B-14:i don't know what she's thinking...>

 

 特殊戦14番機の機械知性体、ユリとは異なり機体そのものに搭載されているコンピュータである。そして、その経験の浅いコンピュータはユリの事をよく理解出来ていない様子に見えた。当の機体のコンピュータがこんな様子であるのに、何故SSCや雪風はユリを庇う様な様子なのだろう…それが腑に落ちないと零は思う。よく考えると、SSCも雪風も直接的にユリの事を擁護しようとはしていない…そんな点に違和を感じたのだ。

 

「おい、零。どうした?」

「ジャック?」

 

 ブッカーが整備用のタラップを駆け上って来た。そして、零は現状をブッカーに対して言う。

 

「雪風にユリが脅威かどうかを聞いた」

「ほう。だが、他にも何かありそうな顔だな」

「ああ、そのやり取りにSSCまで入ってきた」

「何?」

 

 ブッカーは驚いた表情を浮かべながら雪風の後席へと乗り込む。

 

「そして、雪風曰く脅威は無い…だそうだ」

「で、SSCは?」

「他のコンピュータが何を学習しようが、自分には関係ないし、やめさせる権利もない。そう言っていたよ」

「なるほど。しかし、SSCまで出てくるという事は…特殊戦の機械知性体達はユリを特別視しているという事か?」

 

 しかし、零は首を横に振った。

 

「いや、そうは思えない。14番機の機体側コンピュータはユリの事をよく分かっていない様子だし、雪風もSSCもユリそのものを庇おうとしているようには思えなかった」

「では、零。SSCと雪風は何を考えてお前にメッセージを出したと思う?」

「多分だが、特殊戦内の機械知性体はこの状況が好ましくないと考えているのではないかと思う。人間が機械を疑っているというこの状況を」

「ほう、面白い考えだ」

「そして、だからこそ雪風もSSCもユリを直接擁護しない。ユリのやっている事はどうでもいいと判断している」

「なるほどな。こんな状況が続けば他のコンピュータでも似たようなトラブルが起こりかねないと考えた…か」

「そして、相互不信な状況では対ジャム戦に悪影響を与えるとも考えたとしたら…わざわざSSCが出てきた事にも説明が付く」

 

 すると、ブッカーは零に聞く。

 

「で、お前はユリを脅威と考えているのか?」

「雪風の判断もあるし、脅威だとは思っていない。だが、俺はあの機械が胡散くさいとは思っているよ」

「胡散くさいか、いい表現だ」

「なんだ、ジャック。俺の意見でアイツの処遇を決めるつもりか?」

「いや、単に面白いと思っただけさ。確かに脅威では無いのかもしれないが、よく分からないところが多すぎる」

 

 そんな会話をしていると、新たなメッセージが飛び込んできた。

 

<ユリ:深井大尉、私はあなた方に敵意を持っていない。よって、友好関係を求む>

 

 そして、零は無線で返答を返す。

 

「こちら深井大尉、お前が敵意を持っていない事は理解した。だが、お前の事は信用できていない」

『それは何故でしょうか、大尉』

「お前は俺の問いにちゃんと答えていない」

『それは…今は答える事が出来ません』

「何故だ」

『明確な答えを有していない為』

 

 その機械らしからぬ返しに零は軽く驚いた様子を見せた。

 

「答える気はあるのか?」

『はい、これが言語化できればお答えします』

「フムン」

 

 どうやら、さっきの質問に答えるつもりはあるらしい。だが、この様子ではユリが何故日本語かつどこか子供っぽいような口調で会話をしているのか、当の本人もそれに対しての明確な理由を持っていない…つまり、どのような意思決定を行った後、このような自己成長を行うに至ったのかという自覚が無いという事になる。

 これは思った以上に面倒そうな話であるという事実に気が付き、零は溜息をついた。出来ればこれ以上関わりたくはない。そもそも、この問題に関しては自分には全く関係の無い話だ。当事者はあくまでも白井少尉とB-14とそのシステムである、問題を解決するのなら彼女達の内で済ます話でしかない。

 そんな考えが浮かぶと、零は雪風のコクピットを出た。すると、後ろからはブッカーの声が響く。

 

「おい、帰るつもりか?」

「当たり前だ、ジャック。この話、俺にはそもそも関係無い」

「いや、零。せっかくここまで来たんだ、最後まで見ていけよ」

「結果も何もアンタがどうするかを決めるだけだろう」

「まあ、それはそうだ」

 

 すると、ブッカーも雪風の後席を降りる。そして、彼はリリィ…14番機の方へと歩き出す。

 

「さて…白井少尉、ユリをどうするかだが」

 

 夢結は整備用のタラップを駆け降りてきた。

 

「少佐、ユリはやはり総点検でしょうか?」

「まあ、待て。少尉」

 

 そして、ブッカーは軽く咳払いすると口を開く。

 

「今後どうするかだが、とりあえずは現状維持とする。」

「どういう事でしょう?」

「だから、結論をそう急ぐな。さて、白井少尉もユリも…そして、14番機のリリィも皆まだまだ経験が浅い。つまり、これから成長する余地があるという事だ。よって、今回の件の判断についてはそれぞれが成長した結果を見てから改めて判断する」

 

 そんなブッカーの言葉を聞いた夢結は唖然とした表情を浮かべる。

 

「つまり…面倒だから放置という事か、ジャック」

「いいや、放置はしない。あいつらの成長に期待するだけだよ、零」

「フムン。どうだ、白井少尉。ジャックは面倒なやつだろう?」

 

 零の言葉に夢結は大きな溜息をつきながら頷いた。

 

「お前らなあ…」

「ジャック、アンタも裏で上官に色々言いたい放題言っているじゃないか」

「私はお前みたいに直接ではないぞ。まあ、いい…そろそろ帰るぞ」

「フムン。一仕事終えたんだ、冷たいビールが飲みたい」

「まったく…少尉、お前も来い」

 

 夢結は驚いた表情を見せた。

 

「え?」

「深井大尉の問題を片付ける、今度はお前が手伝え」

「ああ、任務ですね…了解」

「何?俺は聞いてないぞ、ジャック」

「さっき言っただろう、お前のフライトオフィサを決める件だ。終わったらビールでも何でも飲ませてやるよ」

「フムン。では、急ごう」

 

 そうして、三人は格納庫を出てブッカー少佐のオフィスへと歩いていった。

 




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