駐機場から火災現場の様子をブッカーはじっと眺めていた。あの化け物は何だったのか、雪風はどこから突然現れたのか…そして、同じように突如現れて化け物をあっという間に倒してしまったあの少女は何者か、そんな事をぼんやりと考えながら。
しかし、突然背後から話しかける声が聞こえて振り返る。
「ブッカー少佐、先程はありがとうございました」
「いや、私は別に大したことは…」
話しかけてきた相手は百由であった。どうやら感謝の意を伝える為にやって来たようだ。彼女はあの時には地下へ退避していた為、あの騒動の最後を見ていない…あの怪物もFAFが倒したと思っているのだろう。
「いえいえ、こうして無事で済んだのはあなたの指示のおかげですよ」
「運が良かった、それだけですよ」
「運も実力の内…と、よく言うではないですか。やはり、特殊戦を選んで正解でした」
その一言に対してブッカーは問う。それはずっと疑問に思っていた事であった。
「その…何故、特殊戦を選んだのですか?」
「ああ、推薦されたんですよ。地球で」
「地球で…?」
何処のどいつがそんな面倒な事を言い出したんだと、ブッカーは心の中で愚痴る。
「フェアリイ星に行く事が決まってすぐに専門家に意見を貰いに行ったんです」
「専門家…と言うと?」
「ええ、地球で最もFAFに詳しい人物、リン・ジャクスン」
聞こえてきた知人の名前にブッカーは目を丸くする。先日送られてきた手紙にはそんな事は一言も書かれていなかった…そして、やられたとブッカーは頭を抱えた。相手はサプライズのつもりだったのだろう。しかし、当事者としてはたまったものではない。事前に何か一報があればこんなに苦労はせずに済んだ筈だ。
「なるほど…彼女でしたか」
「あら、その様子…彼女とは面識が?」
「ええ、まあ」
すると、百由は何かに気付いた様子で遠くを見る。
「おや、あの戦闘機…火事ですか?消防車が水をかけていますけど」
「いえ、洗浄ですよ。交戦時にジャムから汚染された可能性がある…という事で」
「化学物質ですか?」
「それも含みますが、あの機体に何があったかまではなんとも」
ブッカーはその機体をよく知っている。あの機体は特殊戦一番機、雪風…ジャムの支配する空間に飛び込み、そこから無事に帰還したらしい事は分かっている。帰還してきた姿も実際に目撃している。だが、対ジャム戦に関わる以上、その詳細を彼女に言うつもりは無い。
「ああ、それもそうですよね。おっと、もうこんな時間か…長々とすみません」
「いえ」
「では、少佐。またよろしくお願いします」
そう言うと、百由は手を振って立ち去って行った。そして、入れ替わるように一人の人物がブッカーに近づいてきた。
「安藤少尉か」
「はい、少佐」
そこには黒っぽい色の戦闘服を着た鶴紗がいた。
「例の人物については医療センターにて検査後、特殊戦の医務室に運び込みました。命に別状はありませんが、意識は失ったままです」
「そうか、分かった。しかし少尉、助かったよ。君のおかげでリンネベルグ少将の協力をいち早く得る事が出来た」
「いえ、大した事はしていません。私はただ電話を掛けただけですので」
澄ました様子で彼女はそう言う。しかし、リンネベルグ少将の部下である彼女がいたからこそ、ロンバート大佐や他の軍団が手を回す前に証拠を全て確保する事が出来たのは間違いない。
「現在は特殊戦のフォス大尉が治療をしつつ監視中。また、万が一に備えて拘束状態にしてあります…そして、気になる点が」
「何だ?」
「現物を見て説明した方が分かりやすいかと。そして、出来れば日本の地理が分かる人がいれば説得力が…ああ、そういえば特殊戦には深井中尉がいましたね」
「おや、彼を知っているのか?」
「ええ、シドニーでちょっと」
零が一時的に除隊し、地球に行った際に起こったトラブル…それを情報軍が対処したと聞く。そして、彼女はそれに関わっていたらしい。
「そうか、あの時の…しかし、零は隔離中でもう暫くしないと合う事は出来ない」
「隔離?」
「先程の出撃時、ジャムに機体を汚染された可能性があるという理由で…だよ。それでは、他に誰か…」
そして、代わりの人物が思い浮かぶ。いるではないか、もう一人日本人が。そして、ブッカーはその人物に電話を掛ける。
「白井少尉、小隊の皆を連れて医務室に向かえ」
「了解。しかし、何故私達が?」
「目撃者が全員いた方がいいだろう。それに情報軍は日本の地理が分かる人材を欲しているようだ」
「分かりました。今から向かいます」
そうして、電話を終えると二人は特殊戦の医務室へと足早に急ぐ。ブッカーと鶴紗が医務室へとたどり着くと、そこには夢結達一行が既に待っていた。
「すまんな、急に呼び出して」
「いえ、それで例の少女が中に?」
「ああ、所持品について確認したいからここに来たという面もある」
「日本の地理について詳しい人物が欲しいという話でしたが」
「それについては安藤少尉が」
鶴紗が会釈する。
「とりあえず、入りましょう。詳しい話は中で」
「ああ」
一行は医務室に入り、例の人物のいる部屋へと入る。そして、室内には特殊戦の軍医であるエディス・フォス大尉の姿があった。
「フォス大尉、彼女の容態は?」
「身体的には異常無しとの事ですが、意識はまだ回復しません」
「そうか」
ブッカーの視線の先には問題の少女が眠っている。色素の薄い明るい髪色、クローバーを模した髪飾り…こうして見る限り、ごくごく普通の学生にしか見えない。そして、腕は細く、あんな大剣を振り回せた事自体が不思議な程だ。
「見た目はやはり普通の人間だ。それで、安藤少尉…気になるという点について聞こうか」
「所持品や服を調べたところ、とても普通の学生には思えませんけどね。まあ、まずはこれを」
鶴紗は手帳を取り出した。そして、それを見た夢結が口を開く。
「これは学生証かしら?」
「ええ、その通り。私立百合ヶ丘女学院とありますが…学校名はともかく、問題なのはその所在地」
「と言うと?」
「ここを見てください」
鶴紗の指差す先には住所が書かれている。
「鎌倉…府!?どういう事?」
「神奈川の鎌倉の事…ですわよね?でも、神奈川では無く鎌倉が都道府県の名になっていると…?」
「どうした?どういう事だ」
困惑する夢結と楓、驚きのあまりに途中からつい日本語で会話を始めてしまった程である。そして、そんな様子にブッカーは何が問題なのかと聞くと、鶴紗が答える。
「少佐、まあ単純な話です。住所に存在しない地名が書かれているという事です。しかも、日本人なら見てすぐに分かる程の」
「フム…偽装の類だとしてもそれではお粗末すぎるな」
「ええ。それに生年月日の年もおかしいし、中に書いてある事も無茶苦茶と言っていい」
「読んでみても?」
「ええ」
夢結と楓は学生証の中身を読む。すると、意味の分からない単語があちこちに多用されている。やたらと目につくのはリリィという単語であるが、これが何なのかが分からない。
「お手上げですわね。校則にしても普通のよくある内容と意味の分からない内容の文章が入り乱れているし…」
楓は溜息をつく。
「それで、何者なのかしら…この一柳梨璃という少女」
夢結が学生証に書かれた名前を読む。すると、部屋に置かれた電話が鳴った。
「白井少尉、出てくれ」
「了解」
夢結が受話器を取る。すると、電話の相手は特殊戦のボスであるクーリィ准将だった。
「白井少尉かしら?そこにブッカー少佐がいるのなら代わって頂戴」
「了解、少々お待ちを」
保留のボタンを押し、ブッカーを呼ぶ。准将からの電話だと伝えると、どこか怪訝そうな様子で受話器を取った。そして、一分程度話をすると電話を切る。
「何かありましたか、少佐」
「ああ…安藤少尉はここに残って様子を見ていてくれ。各員、隣の部屋へ移動だ」
「隣…?」
何故移動するのかと楓が首を傾げる。
「理由はともかく、うちの部隊員と顔合わせだ」
「よう、ジャック。そんなに大勢引き連れてどうした?」
透明なビニールのテントで覆われた一画の中から零が声をかけてきた。
「事情聴取」
そう言いながらブッカーはビニールを捲る。そして、中に入ろうとする。
「おい、入っていいのか?隔離中だぞ」
ベッドに腰かける零は驚いた顔で問う。
「准将の許可は得ている。それに細菌兵器なんてあったらとっくの昔にジャムは使っているだろう。だから、隔離なんてそもそも無意味だよ」
「フムン、そういうものか。しかし、ジャック…ひどい顔だ、寝てないのか?」
「人の事が言えるか、お前も大概だよ」
「ああ、疲れたよ。あんな目に遭ったんだ」
すると、室内にいびきが響く。
「桂城少尉か、よく寝ている」
「こんな状況で堂々と寝ていられるんだ、こいつはきっと大物になるぞ」
「このまま寝かせてやろう、起こすのは可哀想だ。さて…フォス大尉、このビニールを外してくれ。話を聞くのに邪魔だろう」
そうして、ビニールのテントが撤去されて他の面々もベッドへ近づいてきた。
「それで、こいつらは?」
「例の護衛小隊…だが、紹介は後にしよう」
「フムン、白井少尉が放り込まれたというやつか」
すると、零は見知らぬ面々の後ろに夢結が立っているのを目にした。彼女は面倒事を避けようと静かにしている様子である。
「さて、本題だ。何があった?」
「まさか、雪風の戦闘記録をまだ見てないのか?」
「ああ、まだ何も。別件の対応で手一杯だった」
ブッカーの言葉に零は困惑する。いつもなら真っ先に雪風の戦闘記録を閲覧しているブッカーがそれをしていないのだ。明らかに異常な事態であると言える。
「基地で火災が起こっていたな。それか」
「ああ」
「ジャムか?」
「いや、あの銀色の恐竜だよ」
「噂になっていたあれがここにも出たのか?」
「そうだ。地上で戦闘に巻き込まれてな…ついでにとんでもない拾い物までして散々だよ」
「拾い物だって?何だ、それは」
「後で教えよう。先にお前達の話を聞きたい」
「それは構わないが…映像があった方が説明しやすいと思う。雪風の記録はちゃんと残っているんだろう?」
「ああ。しかし、ここには映像を映す機材が無い…郭中尉、王中尉。司令部に行って端末を借りてきてくれ」
「了解、すぐにお持ち致します」
そうして、二人は部屋を出て行った。
「さて、端末が来るまでどうするか。ジャック…じゃあ、冷たいビールを奢ってくれ」
「フォス大尉、零にビールを処方してやれ」
「処方?」
「この医務室の医薬品の冷蔵庫にはビールがたんまり入っている。この医務室を管理する軍医がそれを買い込んでいるのは公然の秘密だ、処方箋の記録はいらん」
「まさか、公費で酒を?軍法会議になりますよ」
「酒を薬として扱わないお上の問題だろう」
エディスは大きなため息をつく。
「で、冷蔵庫から酒をくすねてこいと…」
「話が早くて助かる。どうせ盗られても文句は言えんよ、それを言ったらあの軍医はそれこそ捕まってしまう」
呆れた様子でエディスはビールを取りに部屋を出て行った。
「さて、ジャック。さっき、銀色の恐竜が基地に出たと言っていたな」
「ああ。突然だ、いきなり現れた」
「実は俺達も見た。ジャムに誘い出されたその先で」
「不可知戦域…ジャムの支配する領域にあの怪物がいたという事か?」
零は首を横に振る。
「いや、あれは前に飛んだような所じゃない…そうだな、まるで超空間通路の先と言った方がいい」
「まさか、南極に飛び込んだのか」
「いや、だが地球ではあった。でも、俺の知っている地球とは思えない…どう例えたものか難しいな」
そう零が言うと、エディスが戻って来た。その腕には袋をぶら下げている。そして、袋の中から缶ビールを取り出すと、零に手渡した。
「しっかり冷えている」
「少佐もどうぞ」
「何故、私も?」
「あなたも共犯ですからね。もちろん、この場の全員も」
そう言いながらエディスは室内の全員に缶ビールを手渡す。そうこうしていると、神琳と雨嘉が液晶モニタとタブレット端末を持って戻って来た。
「少佐、お持ちしました」
「ご苦労。では…モニタはそこの机に置こう」
「あなた達もどうぞ」
「え?あの、このビールは…?」
エディスから缶ビールを手渡され、神琳と雨嘉は目を白黒させている。
「仕方ない…じゃあ、まずは全員の無事を祝して乾杯」
ブッカーがそう言うと、零はビールを一気に喉に流し込んだ。他の面々も缶ビールに口を付ける。
「ジャック、飲み方まで元気が無いな。それにそこの連中も」
「お前はもう後の事は気にしなくていいかもしれんが…みんなまだ勤務中だ。これから調べないといけない事もまだまだ山の様にある」
「フムン」
零は飲みかけの缶ビールを机に置く。
「では、酔う前に映像を見ながら報告しようか」
モニタの電源を入れ、ブッカーが端末を操作する。そうして、映像が映し出された。
「さて、俺達が哨戒中にジャムと遭遇したところまではジャックも知っているな」
「ああ、その直後消えた…そう報告を受けた」
「じゃあ、その辺りから話をしよう」
そう言うと、零は視線をモニタへと向けた。
そこには普段と変わらないフェアリイ星の空が映っていた。
雨が多い…