「僕らはここだとまるで異物だ。そうだな、例えるなら…高原に広がる絶景の花畑の真ん中に、椰子の木が突然生えてきたようなものだ」
「急にどうした、桂城少尉」
深井零大尉は百合ヶ丘女学院内にあるベンチに座りながら、食堂から支給されたハムバンを齧っていた。大き目の丸パンに分厚いハムと数種類の新鮮な生野菜が挟まれたそれは実に美味である、食材が良いのだろうか。その隣では同じくハムバンを齧りながら桂城彰少尉が立っていた。二人の眼前にある庭園はよく整備され、その剪定された植物の数々は一目見るだけで美しい。遠くには鎌倉の海も見える。もっとも、その手前に広がるのは数々の戦いで出来たクレーターとボロボロの廃墟ばかりで絶景とはとても言い難い。この学院だけが別世界のように思える程だ。
「いえ、大尉。だって、ここの生徒はある意味凄まじい。上級生を先輩と呼ばずに『〇〇様』とか『お姉さま』とか呼んでいるし、生徒間の挨拶なんて『ごきげんよう』だ。まるで漫画か何かに出てくる典型的なお嬢様学校みたいだ。それに対して飛行服を着た僕らの存在はここでは明らかに浮いている」
「フム。それはカルチャーショックってやつか?俺達はもしかしたら3次元から2次元の世界にでも飛び込んだかもしれないな。もっとも、確かめようがないが…これもジャックの言っていた不確定性ってやつに含むのだろうか」
ここに不時着してから五日程。その間、地下の部屋に閉じ込められてひたすら尋問を受けたが、その後は別の部屋に移された。そこはどうやら教職員用の宿舎らしい。そして、今も定期的に関係各所からの尋問と情報交換を受けてはいるが、決まった時間内に指定された学院敷地内を出歩く事ができる等、比較的自由にはなった。しかし、未だに要監視対象である事に違いはなく、今もリリィとかいう存在であるこの学院の生徒がどこかから我々二人を監視しているだろう。
リリィというのは…簡単に言えばヒュージとかいう化け物と戦う超能力者の類らしい。マギとかいう特別な力を使うらしいが、詳しい原理やどういったものなのかはよく分からない。この学院はそのリリィを養成し、ヒュージと戦う為の学院と説明を受けた。ここの沖合にあるヒュージの巣らしきものからやってくるヒュージの上陸先はほぼ鎌倉であり、この学院は正にそれに対する迎撃の要だという事らしい。また、このような学校は国内各地に多数あるとの事だ。
自分達の世界で例えるなら、ジャムから地球への通路を守るFAF六大基地みたいなものだろう。
「まあ、ここが何次元だろうと飯は美味いし、入れるのが消灯後の夜中といえども風呂も大きい。あてがわれた部屋のベッドもふかふか。僕としては特に不満はない。それに未知の世界なんて面白そうだ、調べてみたい」
「少尉は好奇心旺盛である意味羨ましいよ。俺にはそんな楽しみを考える余裕がない」
深井大尉の一言に対して、軽く背伸びをしながら桂城少尉は言う。
「まあ、本来は深刻に事を考えないといけないのですけどね。帰る手段の手がかりがなかなか…それに向こうの深井中尉やブッカー少佐と、こちらとの間にはなんとなく壁がある気がする」
「フムン。まあ、無理もない。向こうから見れば俺達はやはり他人だ。それに、向こうの世界では対ジャム戦に一応のケリがついている。しかし、こちらは対ジャム戦の真っ只中。それだけに危機感の差がでかい、特にそれが顕著なのはジャックだ」
「少佐は憑依先のせいで責任がやたら重くなったから動きも鈍い、という問題ものしかかっていますけどね。なんて言ったって学院理事長の代行だ、無理もないでしょう。向こうの深井中尉に至っては雪風…いや、B-3にべったりだ」
あの後、ブッカーはこの学院の代表でもあり、権限も強いという生徒会上層部に今まで起きた内容を全て打ち明けた。ついでに俺達についても説明を行った。憑依のような現象に異世界からやってきた人物、ついでに同一人物が二人…当然、生徒会の面々はそれらの事象に困惑していたが、目の前にそびえ立つ現実を受け入れるしかなかった。
一方、俺達がこの学院内でどういう扱いになっているのかはよく分からない。一般の生徒には学院視察中の防衛軍関係者とでも説明をしているのだろうか。どの生徒もこちらを一目見る程度で関わろうとはしない。桂城少尉の例え通り、やはり俺達は異物に見えるのだろうか。
「現状、B-3側よりこちらの方が手数は多い。向こうと比べたら僕らにはレイフがある」
「フムン。しかし、だ。情報収集の手数は更に増やすべきだと思う。この世界の人材も戦力に加えよう」
「大尉がそう考えるなんて珍しい」
桂城少尉が軽く驚きながら言う。
「ここはFAFではない、少尉。よって、我が特殊戦司令センターによる支援も得られない。それならば、自分達で何とかするしかあるまい。それにこちらの世界の事情はさっぱりだ」
「ごもっとも。で、誰をスカウトするのです?政府の人間かこの学院の生徒会ですか。何故か3人も生徒会長がいるけども」
「いいや、もっと役立ちそうなのがいるだろう。あの眼鏡をかけた黒髪の…真島という生徒がこの状況では一番戦力になりうる。ここから見れば別世界の話であるジ・インベーダーを全部読破して、おおよそとはいえ内容を理解したんだ。只者じゃない」
「確かに。彼女はここでは研究から武器の開発、製造までなんでもござれ…な天才だそうですよ。現にB-3の破損個所を修復しようとしているぐらいだ」
フムと零が考えていると、声をかけられた。
「やあやあ、深井大尉に桂城少尉。呼びました?」
「いや、呼んではいない。君の噂話はしていたが」
声をかけてきたのはちょうど話題に上がった真島百由であった。紙袋を抱えているが、その中身は大量の総菜パンらしい。一目見ただけでも数人分はある、買い出しの帰りだろうか?
「百由でいいですよ。名字で呼ばれるのはどうも堅苦しい気がしてしまって」
「フム」
「で、私がどうしました?」
「今回の事態に対して君の支援を得たい」
「なるほど、そういう事ですね…ご安心を。私の研究にも関わるかもしれない以上、全力でサポートしましょう。大船に乗った気でいてください」
「研究?」
桂城少尉はその言葉に首を傾げる。
「ええ、最近こちら側の敵…ヒュージがやたら狂暴になりましてね。その原因を色々探っているわけですよ。もしかしたら、その原因とあなた達に起きた現象がどこかで繋がっていたりしないかなー、って」
それに対して百由はそう答えた。そして、桂城少尉は頷いて返す。
「なるほど。つまり、こちらでも何か妙な事はあったわけだ」
「ええ。よって、こっちもこっちで困っているのですよ。だから手がかりになりそうなものは片っ端から調べないと。あ、そうだ。ヒュージ迎撃戦でも見学してみます?」
百由の思わぬ提案に深井大尉は軽く驚いた表情をする。
「唐突だな」
「ああ、いや。この世界の状況も知ってもらえれば、こちら側の事情も色々と考慮してもらえるかなあ、って思いまして」
「フムン。では、試しに観てみるか。現状の脅威と戦力を知ることは必要だ」
「でも、まずは腹ごしらえをしないと。お昼時だし」
百由はそう言ってベンチに座ると、紙袋から総菜パンを取り出して食べ始めた。それを見た桂城少尉は唖然としながら聞く。
「まさか一人でそのパンを全部食べるのかい?」
「もちろん、研究は体力をとにかく使うからしっかり栄養補給しないと」
百由は平然と答えると、紙袋のカレーパンに手を伸ばした。
B-1雪風の乗員二人は百由の提案を受け入れて動き出す。まずは、やはり情報収集だ。この世界の敵はいかなるものか、それを見極める為に。
「フムン」…この一言はとても便利