迷い込んだブーメラン<改>   作:ひえん

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同じ名前、されど別物

 深井零中尉は百合ヶ丘女学院工廠科内の多目的格納庫で雪風のコクピット内に籠ってアビオニクス系の整備を続けていた。破損した機体のパーツ製作・交換、消耗品の補充・交換等は他の者に整備させる事を仕方なく許可したが、アビオニクスだけは許可していない。自分でやる、ここだけはよその連中に触らせるつもりはない。雪風を真に理解しているのは自分だけなのだから。

 

 零はキーボードにコマンドを打ち、雪風の自己診断プログラムを起動させる。あれだけの戦闘を行い、核爆発の衝撃も受けたのだ。電子機器や各部品類に何らかの不具合が起きていても不思議ではない。既に数度実施しているが、念には念を入れて…である。そして、プログラムが起動した事を確認、後は結果を待つだけだ。そして、視線を上げる。視線の先には二機の機体がいる。一機は無人機、もう一機は有人機。とても信じられないが、あれが並行世界のメイヴ…雪風らしい。だが、機体の形状は自分の雪風とはかなり異なる。キャノピーはシンプルな形状。主翼はストレーキ付きのクリップドデルタ翼、尾翼は上下2枚2組で計4枚。この尾翼は全てが全遊動式でそれぞれ最適角に合わせて動くらしい。ストレーキにはカナードが2枚。エアインテークは機体上下に2つずつ。真っ黒な機体のキャノピーの下に小さく「雪風」と書かれている。こちらの雪風がスラリとした印象なら向こうの機体はスーパーシルフにどこか似た重量感のあるような印象だ。当然、機体としての性格も異なるだろう。無人機の方も機体形状はほぼ同様、見た目の違いはコクピットが無いぐらいだ。名はレイフというらしい。意味は「知恵の狼」だそうだ。

 

 そして、向こうの機体も同じく整備を受けている。この学院の生徒やこの国の防衛軍整備員や関係者が整備を実施しているが、今は休憩中なのか監視役を除けば誰もいない。この世界の連中がやたら協力的なのは向こうの雪風が電子的に何かをやったからだと聞いた。おそらく、あの様子ではかなり荒っぽい手を使ったのだろうが。もっとも、その影響でここに留め置かれているとも言える。この国の関係機関や防衛軍、そのどちらも受け入れを拒むような対応であり、結果として今に至ると聞いた。どうも厄介者どころか危険視までされている節がある。

 そして、ふと零は興味を持った…向こうの機体のコクピットはどうなっているのだろう。そんなちょっとした興味である。どうせ、ここにはブッカー少佐もいる。ただ、外見が別人という奇妙な状況ではあるが。

 

「おい、ジャック。あっちの雪風にちょっと乗ってくる」

「何?勝手に乗るのか?」

「どうせ友軍だ。問題ないだろう。それにパイロットも機体も名前は同じだ」

 

 そう言うと、零は雪風のコクピットから降りる。目指す先はあの機体、B-1雪風である。監視役の学生がこちらを睨む。零はそれを一目見ると、視線をそらした。だからどうした、これはお前には関係のない事だ。心の中でそう呟きながら。

 そして、整備用のタラップを登ってコクピットをのぞき込む。機内レイアウトもやはりどこか違う、キャノピーの形を見れば当然か。そして、足を乗せる位置を確認しながらコクピットに座る。座り心地はしっくりくる、別世界の姿かたちが同じ自分が乗っているのだからこれも当然か。そう思って正面を見る。すると、メインディスプレイの電源が勝手に入った。こいつにもパイロットの様子を感知するセンサがついているのだろうか。そう思っていると、文章が表示された。

 

<あなたはB-3のパイロットか?>

 

 零はその表示に軽く驚きながらも「そうだ」と整備用に繋いであったキーボードに入力する。

 

<では、質問がある。あなたはジャムについてどう思うか?>

 

 ジャム?それは当然敵だ。「敵である」と打つ。

 

<不明瞭。あなたが持つジャムについての認識を知りたい>

 

 その問いに零は考え込む。ジャムとは何か?こいつはそう聞きたいらしい。俺には荷が重い質問だ。答えがうまく出ない。よって、「それについて考えるのは自分の管轄外である」と打ち込む。

 

<では、あなたは直接ジャムと接触した事があるか?>

 

 その問いに嫌な記憶がいくつも蘇る。ジャムと交戦した数々の経験、ジャムがコピーした人間との記憶…「ある」

 

<それはどのようなコミュニケーションであったか?>

 

 コミュニケーションだと?こいつは何を言っている?俺に対してはジャム人間が騙そうとしてきた事や、襲ってきた程度だ。直接的ではない、間接的だ。それに、ジャムのコピーには自分にジャムという自覚が乏しい個体もいた。そういう例も考えると、とてもコミュニケーション等と言える代物ではない。雪風と電子的なやりとりはあったかもしれないが、それが具体的にどういうものなのかは人間には全容が掴めない。

 

「おい、零。どうした、じっとして」

「ジャック、こいつのディスプレイを見てみろ。だが、その前に…お前の隣にいる監視役だが、そいつには機体に近づく許可を出しているのか?」

 

 ジャックが憑依している理事長代行がタラップを上がってきた。その隣には一人の生徒がいる。先程、こちらを睨むように見ていた監視役だ。

 

「彼女にはこの場で起きる事を全て知る権利がある…この学院の生徒会長の一人だ。それだけの権限があるからな」

「ずいぶんと偉い会長様だな」

「その点はこの学院の特色みたいなものだけどな。まあ、それだけ彼女達は特別扱いされているんだ。ヒュージと戦っている分だけいろんな点で保障がある。給料みたいなもんだよ、零」

「なるほど。FAFの隊員にもそれぐらい優遇が欲しいものだ」

 

 すると、その生徒が話しかけてきた。長い髪を一つ結びにした髪型だ。そして、大剣のような物騒な物を背に抱えている。しかし、こうして考えると、ここの連中とまともに会話をするのはほぼ稀だったな、そう零は内心で思う。

 

「申し遅れました。私は出江史房、百合ヶ丘女学院で生徒会会長の職に就いています。よろしく、深井零中尉」

「ああ。しかし、監視役だろうとここでは俺やそこの理事長代行殿の指示に従え。機体の周りは危険が多い。うっかりケガをしても知らんぞ。あと、その物騒な代物は片付けろ。どこかにぶつけたりしたら大事だ」

 

 零は静かにそう返す。そして、話を本題に戻す。

 

「で、こいつのディスプレイを見てみろ。この質問の数々をどう思う?」

「やけに流暢な文章だ。向こうの特殊戦はこういうコミュニケーション用の機能込みでシステムを開発したのか?」

「だが、最初からそういう機能を盛り込んだ割には文章がぎこちないようにも思える…淡々としているんだ」

 

 その一言にブッカーが何かに気づく。

 

「確かにそうだ。む、これは…MAcProⅡ?フォス大尉が使っている行動心理予測プログラムだ。そうか…分かったぞ。あのソフトの機能を使って文章を構築しているんだ」

「なんだって?つまり、この雪風は心理予測用のソフトウェアを使いこなし、自力でこの文章を考え出していると?」

「そうだ。この言い分だと、こいつには物事を考えるぐらいの知恵がある。多分だが、俺達の雪風に負けず劣らず利口といった具合だ」

 

 監視役である出江史房は二人の様子を見ていた。だが、どうも彼らは困惑している。戦闘機の中でいったい何をしているのか?そう思った彼女もコクピット内のディスプレイを興味本位でのぞき込む。

 

 そして、ディスプレイに更なる文章が追加される。

 

<回答不能か?私の知るジャムとあなたが知るジャム、それが同一の存在であるのか不明である。よって、わたしはそれについての情報を求む>

 

「これは…この雪風は何を知りたいと言うんだ」

「俺達が戦っていたジャムとこの雪風が戦っているジャム、それが本当に同一の存在なのか…それを知りたいと。難しいな、俺達はこいつが戦ったジャムを知らない。これはお互い様だから話がかみ合わないのは当然だろう」

「こういうのはデータが無ければ主観の話になる。曖昧だ」

 

 そして、零は文章を打ち込む。「こちらはそちらが戦ってきたジャムを知らない。よって、どのような違いがあるのか分からない」と。

 

<その点については深井大尉の許可があれば、ある程度の情報提供をすることが可能である。よって、そちら側の情報提供を求む。無論、これは対等な情報交換が前提である>

 

 零はその一文を見て思う。こいつは一人で交渉事をやっている。乗員の助けも借りずに…こいつはただのコンピュータではない。まるで底知れぬ巨大な怪物だ。そう思った零の背に汗が出る。

 

<特殊戦司令部やSSC、STCの支援も無いこの空間において、現有戦力のみでは自己の生存を維持する事しかできないと私は考えている。帰還する為には幅広い情報が必要である。よって、この空間にある可能性を探し、不確定性を消す事が最も効果的な解決策である>

 

「可能性に不確定性だと?」

「なんとも曖昧な表現が出てきたな。これの意味するところがさっぱりだ」

 

<無論、情報が必要なのはこの空間にいる未知の生命体や関連する事象についても、である。よって、この空間に所属するそこの人物にも協力を求めたい>

 

 自身に向けての文章が表示され、出江史房は困惑する。

 

「私にも協力を?…理事長代行、いえ…ブッカーさん。このコンピュータは何を求めているのですか?」

「今はまだ分からない。この雪風は俺達の雪風とは大きく違う。見た目だけじゃない…とにかくだ、これで言えることは一つだ。向こうの連中にもっと細かく話を聞く必要がある。出江くん、乗り掛かった舟だ。君にも協力してほしい」

 

 そして、生徒会長の一人である出江史房は困惑しながらもその要請を飲んだのであった。

 

 こうして、B-3側の情報収集行動が始まった。

 

 

 

<わたしは会議を望む。この事態に関係する人物全てが参加する会議である>

 




多分、特殊戦側が戦う描写はごくわずかになるかもしれない…
そして、どう綺麗に話の着地点に持ち込むかで四苦八苦

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