「深井大尉、お二人が帰る為の手掛かり探しを私にも手伝わせてください!!」
梨璃のその言葉に零と桂城少尉は困惑する。
「大尉、どうします?」
「どうすると言ってもな…」
自分達の問題は彼女には何も関係ない話である。それなのに、彼女は何故助けたいなどと言い出すのか。そして、零はその申し出を断ろうと口を開いた。だが、言葉を発する前に一柳隊の一員である安藤鶴紗が言った。
「断っても無駄だと思う」
そして、楓もそれに続いて言う。
「深井大尉、諦めた方がいいですわ。梨璃さんはこう見えて意外と頑固でして、一度言った事はなかなか曲げませんの。でも、そこもまた魅力で…」
「しかし、彼女には関係のない事だろう。何故手伝おうなんて言うのか」
そして、梨璃は言う。
「せっかくリリィになったんです。だから…困っている人は一人でも多く助けたいんです」
零は梨璃の目を見た。彼女の目はまっすぐこちらを見据えている。こいつは覚悟を決めたという目だ、こうなってはなかなか発言を曲げないだろう。すると、背後から声が飛んできた。
「いいじゃない、協力してもらっても」
声の主は百由であった。サンプル等を入れたジュラルミンケースを抱えている。どうやら作業を終えたらしい。
「それに、一柳隊は個性的だけど凄腕揃いよ。特にさっき、深井大尉へCHARMを向けた子…白井夢結、彼女は幾多の実戦経験を積んだ百合ヶ丘のエース。今回みたいな荒事が必要な場合だときっと頼りになるでしょう」
「フムン、確かに。生身であれと戦うのは御免だ。地上で調査なんかを任せるには最適か…」
「それに、機密を聞いてしまった一柳隊を巻き込んでまとめて協力者にしてしまえば、さっきの私の失言もうやむやにできる…はず!!よし、これで万事解決!!!」
その一言を聞いたミリアムが叫ぶ。
「自分のミスをこっちにぶん投げおったぞ!」
「いいじゃない!あなた達も脅すような勢いで話を聞きだしたんだから…ここまで来たら一蓮托生よ!!」
零はそんなしょうもない口論に呆れながら学院へと歩き出す。本日の目的である情報収集行動は終わった、長居は無用である。すると、梨璃が駆けてきて聞いてきた。
「待ってください、深井大尉!さっきの話の返事は…」
「手伝いたいのなら、このまま付いてこい」
その一言を聞いた梨璃はにっこり微笑んだ。
「はい!深井大尉、桂城少尉…これからよろしくお願いします!」
そして、梨璃は背後へと振り返って嬉しそうな声色で叫ぶ。
「みんな、手伝っていいって!!行こう!」
面倒なことになってしまったが、実動の戦力が増えた。零はそう考えながら歩く。すると、隣から「待ちなさい」と声が飛んできた。自分に武器を向けてきた生徒、百由曰く百合ヶ丘のエースだという白井夢結である。その視線は刃のように鋭く、こちらを睨みつけている。そして、夢結は言った。
「私はまだあなた達を信用していない」
それに対して零はそっけなく返す。
「そうか。だが、それがどうした。お前がどう思おうとこの状況に変化はない。よって、俺達は帰る手段を探す為にただ行動し続けるだけだ」
そう言うと、零は再び歩き出した。夢結もその後ろ姿を見ながら歩き出す。すると、夢結の同級生であり、同じく一柳隊所属の吉村・Thi・梅が笑顔で話しかけてきた。
「あんな事言った割には協力するつもりなんだな、夢結」
「ええ」
「かわいいシルトが手伝うと言っているからか?」
「いいえ。協力関係と称して近くにいれば…万が一にでもあの連中がよからぬ事を企んでいた際にそれを阻止する為の実力行使がすぐにできる。そういう事よ」
「そ、そうか。間違っても物騒な事は考えるなよ…頼むから穏便に、な?」
そして、一行は百合ヶ丘女学院の工廠科格納庫へと向かった。
「立体投影のディスプレイにキーボードか、こちらの技術力は意外と高度だ。魔法のある世界なんて言うから水晶玉とか石板の記録媒体でも出てきたらどうしようかと思ったが」
「魔法…マギというものが見つかったのはヒュージが現れてからだからな。当然、この世界にはそれ以前からコンピュータがあるし、時代相応に発達している」
「なるほど」
特殊戦三番機雪風のパイロットである深井零中尉はこの世界で過去に起こった出来事やヒュージとの主な戦いに関する資料をコンピュータにて閲覧していた。周囲には理事長代行…ブッカーと百合ヶ丘女学院の生徒会長の一人である出江史房がいた。何故、彼らが資料を漁っているのかと言うと、それは別の世界の雪風…B-1との接触がきっかけであった。それによって、自分達の知るジャム。この世界の敵であるヒュージ。そして、B-1…雪風が戦ってきたジャム。それらがはたしてそれぞれ別の存在か、はたまた否か。それを探っているのである。
「こっちも南極の戦いが始まりか…しかし、これをとても生物とは認めたくないな。とてつもなく巨大な個体もいるし、光学兵器や誘導兵器の類まで積んでいる個体がいるんだろう」
「残念ながらヒュージはDNAを持った立派な生物です。あんなに無茶苦茶な存在でも…」
零はディスプレイに表示された多種多様なヒュージの姿を見ながら感想を言うと、史房がそれに対して言葉を返してきた。
「こいつを最初に調べた生物学者は泡を吹いて倒れたに違いない」
そして、零はため息をつきながら冗談を言う。
「だろうな、簡単に想像できる。でも、正体がおおよそ分かるだけでもジャムよりましだな」
それを聞いた理事長代行…ブッカーは頷きながら笑う。
「結局、そのジャムとは何者なのですか?」
その会話を聞いた史房が質問を飛ばす。それに対して、ブッカーは少し悩んでから答えた。
「分からない…そうとしか言えないな。あれが生物なのか、何でできているのか、それも謎だ。なにせ、撃墜しても残骸一つ残らずに消えてしまうのだから。まあ、少しでも興味があるのなら、後で雪風の記録でも見てみるといい。零、何かヒントになるかもしれない。彼女に記録を見せてもいいか?」
「俺がどう思おうと、上官命令には逆らえないな。でも、俺はこの資料を見ておおよそだが確信を得た。そいつもジャムの記録を見せたら何か確信を得るとは思う…む?」
すると、零の手元にある端末が鳴った。B-3…雪風から何かメッセージが飛ばされてきたのである。零はそれを見た。そして、驚くようにブッカーに言う。
「ジャック、大変だ。B-1の乗員が友軍機の残骸を見つけたらしい」
「何!?」
ブッカーも驚いた表情である。
「機種はなんだろうな」
「さて、シルフかファーンか…いや、待てよ。メイヴの形があれだけ違うんだ。向こうのシルフなんかもこっちとは違う形かもしれないな」
「確かに。俺達がそれを見ても何の機体か分からないかもしれない」
零は頷きながら言った。見つかった残骸がどちらの世界のFAF機か。それは気になるが、B-1側の乗員がすぐ気づいたのだ。きっと、向こうの世界の機体なのだろう。零はそう結論付けた。
「では、それが届くのを待つとしよう。だが…そもそも、どこに落ちていたのだろう」
一柳隊一行は格納庫へと歩いていた。その道中、桂城少尉はその面々と世間話をしながら歩く。だが、世間話と言ってもそれは立派な情報収集であった。特に彼はFAF情報軍でロンバート大佐から諜報というものを徹底的に叩き込まれた人間である。餅は餅屋、何気ない会話の中からこの世界の情勢や元の世界との差異等、必要ありそうな情報をひたすら集めていく。
「へえ、君がこの隊の隊長なのか」
そして、桂城少尉は梨璃と世間話をしていた。会話をしたがらない一部を除き、他の一柳隊の面々とも話をしたが、どうやら国内のありふれた一般家庭の出身は梨璃と二水辺りぐらいのようだ。この国の世間一般の様子を聞くならこの二人がちょうどいいだろう。それに、二水は質問に対してやたら細かく説明してくるし、梨璃は自分達に対する警戒感がとにかく薄い。他人を疑わずにするりと距離感を詰めてくるような感じだ。それに対して、他の面々は大なり小なり警戒感を持っているらしく、その会話はどこか言葉を選びながら話をする感じでもあった。警戒気味の彼女達から情報を細かく聞き出すにはもう少しコミュニケーションを取っていく必要がありそうだ。
「そうです。本当はお姉様のレギオンだったはずなのに」
「一つ気になったんだけど…他の生徒は上級生を様って付けて呼ぶのに、何故君だけ上級生をお姉様って呼ぶんだ?」
「ああ…それはですね、この学院にはシュッツエンゲルの契りという制度がありまして」
「フム?」
「うーん…上級生と下級生が疑似的な姉妹のような関係を結ぶという感じです。上級生はシュッツエンゲル…守護天使としてシルト…下級生を教え導いていく、という制度なんです。で、私は夢結様とその関係でして…なので、夢結様をお姉様って呼んでいるんですよ」
あはは、とにこやかに話す梨璃とは対照的に、桂城少尉はポカンとした表情を見せた。話を聞いてその内容を理解するという動作が遅れたのだ。それはごく普通の学生生活ではまず味わう事がないような話を聞いた事によってである。これがカルチャーショックというものであろうか。
「お二人もコンビというか…相棒みたいなものなんですよね?」
梨璃が質問してきた。
「まあ、そんな感じかな。パイロットは深井大尉、僕は後ろの座席で電子機器を操作する仕事さ」
「戦闘機の電子機器…全然想像できないな。この前、初めてタブレット端末という物を見たぐらいですから、そういう物に疎くて」
「タブレット端末を初めて見たって…今まで見たことが無かったのかい?」
「ええ、学院からレギオンに支給された物です。あー…でも、昔は誰でもそういう物を持っていたと楓さんが言っていたっけ…もしかして、そっちの世界ではありふれた物なんですか?」
「まあ、街中でごく普通に売っているぐらいありふれた物だな」
どうやら、この世界では情報端末のような一部の電子機器が民間に出回っていないようだ。化け物との戦いで戦時下のような状況であり、物資や資源の供給を制限しているのだろうか?そうなると、他にも手に入りにくい物があるかもしれない…こういう点には注意せねばなるまい。梨璃の話から桂城少尉はそう考えた。
「やっぱり、戦闘機って事は空中戦でぐるぐる飛び回って戦うんですか?映画とかみたいに」
そして、また話題が変わる。
「いや、僕らは偵察部隊だ。戦闘機と同じ武装を積んで同じように戦う事もできるから素人目には区別がつかないかもしれないけど」
「偵察…写真を撮るんですか?」
「それもある。でも、それ以外にも戦場に飛び交う電波を観測する事や、敵の動きを観察する事も仕事だ」
「へえ。なんだか凄そうです」
そんな話に他の者も興味を持ったらしい。
「面白そうな話をしておるのう。その宇宙生命体とやらは電波を使うのか?」
独特な口調、声の主はミリアム・ヒルデガルド・フォン・グロピウス。一柳隊の一員である。フォンというミドルネームが入っている事からドイツの貴族がルーツの家系なのだろうか?少し話をしたが、CHARMというリリィが使用する武器を扱うメカニックを志望しているらしい。そういった事から今の会話に興味を持ったのだろう。
「ジャムはECM…要するに妨害電波だって使ってくる。基本的に人間が使える技術は何でも使ってくると考えていい」
「その敵はヒュージよりも知恵がありそうじゃな。しかし、人が使える技術は何でも使えるというのは…その敵は宇宙人のような知的生命体なのか?」
「それすら分からない…僕らのような生命体かどうなのか、という事すらも。撃墜した残骸も消えてしまうし、ジャムとコンタクトする事も困難だ」
「まるっきり正体不明の敵…まるでアニメや小説でよくある設定みたいじゃのう。しかし、残骸が消える?ヒュージみたいにワームホールを使うのか?」
ミリアムから衝撃的な単語が飛び出した。ヒュージは思った以上に脅威であるかもしれない…この世界が苦戦している理由が一つ見えた気がした。桂城少尉はそう考える。
「ワームホールだって?あの化け物はそんなものを使えるのか」
「使えるぞ。ケイブ…ワームホールで移動する事もあるのじゃ。じゃが、それがどこに出現するのか事前に探知する技術もあるし、妨害電波でその出現を妨害する技術も確立されておる」
「フム…なるほど。まあ、ジャムも超空間通路を使う。実際、僕らの世界の南極と別の惑星を繋ぐ超空間通路を作って地球に侵攻してきたんだ。でも、ジャムの残骸が消える原理はちょっと違う…完全に消滅する感じだ。だから、誰もジャムが飛ばす戦闘兵器が何で構成されているのか知らないんだ」
「なるほど、ヒュージは生物である事は分かっておるからのう。その差は大きいのかもしれん…」
ジャムの脅威はそれでは済まない。だが、桂城少尉は深くまで語らなかった。あまり情報を出し過ぎても利点は無いからである。それに彼女達にフェアリイ星で起こっている事を一度に語って理解してもらえるかも分からないからだ。必要があれば今後話せばいいだろう。
そんな事を話していると格納庫にたどり着く。百由がセキュリティを解除し、巨大な扉が重々しく開く。そして、そこに並ぶのは黒い三機の航空機、その姿はまるでSF作品の中から飛び出してきたようなものである。
格納庫には理事長代行と生徒会長の一人である出江史房の姿があった。そして、残り一人の人物の姿を見て一柳隊の面々から驚きの声が上がる。
それは、百由が話をした通り、もう一人の深井零がいたからであった。
「なんだ、そいつらは」
もう一人の深井零は冷たい視線を向けながら言った。
ただひたすら会話して考察する話が続きそうな気配。