「……これに乗るのも久しぶりだなぁ」
一両編成の電車がガタンゴトンと色褪せた記憶を甦らせてくれる。たしか、最後に乗ったのは中学生の頃だったか。三年生は受験勉強で忙しかったから二年生かな。
車窓から見える景色は相変わらず緑ばっかり。席に座って風景に目を向けるが前も後ろも木々で彩られていて、駅に近づけば一時的に人工物が現れるけれど走り出せばまた木々が溢れる。さすが田舎と言ったところか。いや、ド田舎だな。
電車を降りてしばらく歩いていると知らないおじさんが牛を引っ張って横断しているのが見え、その手前では二人の少女が歩いていた。片方はランドセルを背負ったツインテールの小学生で、もう一方は制服を着ているのとなかなか身長が高いことから中学生くらいだろう。
「なっつん、なんかすごい格好の人がこっちに歩いてくるのん!」
「ホントだ、れんちょん! あの人すっげー都会っぽい格好してるよ!」
少女達は俺を指差して騒ぐ。おいコラ指差すなっつの。スキニージーンズ履いてタートルネックにコート着ときゃ都会人になれるのかよ。そりゃあこの辺りじゃ見ないファッションだけどさ。
……というか、あれ夏海じゃね? 髪型とか悪ガキ面が最後に見た記憶と大差ないから秒で判ったわ。ってことは、一緒に居るあの小学生は恐らくはじめましてだな。俺が最後にここへ来た時は幼い夏海や一穂の近くに赤ん坊なんていなかったはずだし。
「あなた達はこの辺の子かしら?」
とりあえず無難に初対面という
「ウチもこの子もこの村の人間だけど、お姉さんはどっから来たの?」
「都会? 都会なん?」
「ええ、東京から引っ越してきたのよ」
「すっげー‼︎ 東京から来たんだ⁉︎ れんちょん、東京だって‼︎」
「すごいのん! ウチも東京行きたいのーん!」
東京と聞くや否や祭りかよと言いたくなるほど騒ぎ出した二人。誰も彼もが忙しそうにあくせく働いている東京と比べ、のどかで時間の流れがゆっくりなここの方が何万倍も良いと教えてやりたい。だが、俺がそれを言ったところで彼女達の都会への憧れは消えないだろう。……あと他人の人生を左右しそうなことは言いたくない。責任取りたくないからな。責任って言葉は大嫌いだ。
——あっ、そういえば。
「あなた達、時間は大丈夫なのかしら。そろそろバスの時間でしょう?」
俺の腕時計で時間を教えてやると夏海(仮)はやっべーと叫び、れんちょんと呼ぶ少女の手を引っ張って走っていってしまった。
さて、昔の知り合いかもしれないヤツに会ったら他のメンバーにも会いたくなってきたな。けど他のメンバーも大半はまだ学生だろうから、恐らくこの時間には会えないんだよなぁ。ふむ、どうしたものか。
「いや待てよ……? 駄菓子屋ならワンチャン居なかったとしても暇は潰せるな。よし、駄菓子屋に行くか」
そうと決まればうろ覚えの道を少しずつ思い出しながら歩く。
……うろ覚えとか生意気なこと言ってすんません。全然憶えてませんでした。
畑仕事してる爺さん婆さん、おっさんに道を尋ねながら進み、ようやく目印のトンネルの前までやってきた。
トンネル内からひんやりとした空気が流れ出して背筋を冷やす。いやいやちょっと待ってめちゃくちゃ怖いんだが。中学生の時の俺よ、よくこんな怖いトンネルを幾度となく通ってたな……。マジで霊感無くて良かったぁ。
光が全く見えないトンネルを歩き続けていると、ふと思考が違う方向へと逸れた。そういえば昔はなんだかんだ言ってあいつらと一緒だったから怖さが薄れてたのかもなんて考える。常に騒がしかったちっちゃい夏海やマイペースな一穂、何故か俺にだけ妙にツンツンしてる楓や怖がりな小鞠というメンバーの中に居たせいだな。うん、きっとみんなのおかげだ。
だから俺は東京生まれでありながら実家よりもこの村が大好きなんだ。
だから、ここに引っ越してきたのだ。
☆☆☆☆☆
トンネルを抜けた先は一面の銀世界だった——わけでもなく、記憶の中に在り続けた駄菓子屋『かがや』がそのままの姿で俺を出迎えてくれた。思わず目尻を少し湿らせてしまったのは内緒だ。
店先で立ち止まって中を覗く。店内は見える範囲には誰も居ないようだが、一応営業はしてるようなので扉をスライドする。
「こんにちわー」
待つこと十秒ほど。奥からツリ目のヤンキー然とした女が現れた。こいつ絶対駄菓子屋だわ、間違いない。くっくっく、驚かせてやろう。
「いらっしゃい」
「お邪魔しますね」
「好きに見てくださっていいですよ。なんかあったら呼んでください」
「はい、ありがとうございます」
駄菓子屋が椅子に座って雑誌に目を下ろしたのを見た後、俺は店内を回って懐かしさに浸っていた。もはやコンビニではお目にかかれないような古い駄菓子までもが平然と置いてあり、逆に感動すら覚えてしまう。
「うーん、どれも懐かしいなぁ。——あっ、そうだ! 駄菓子屋のお姉さんのおすすめとかってありますか?」
「私のおすすめですか……?」
「はい、お願いしますっ」
「んー、じゃあこれとかどうです?」
駄菓子屋が差し出してきたのは昔懐かしのヨーグルトっぽいアレだった。またクソ懐かしいものを……。
「じゃあお姉さんおすすめのこれと、あとはこれとこれとこれでお願いします」
「はい、まいど。全部で百二十円ね」
やっぱ駄菓子って安いな。小さい頃は数百円が全財産で、紙幣が財布に入ってることなんて全くなくて、それでもめちゃくちゃ幸せだったんだよね。
財布から百二十円ぴったりを取り出して支払う。今ならこの程度、痛くも痒くもないなんて俺も随分と大人になったものだ。
「——ところで駄菓子屋、俺が誰だか分かるか?」
「……へ? …………は?」
「ぷっ、そのアホ面っ! あっははははは——っ!」
駄菓子屋が馬鹿みたいに口を開けて
「…………お前、もしかして麗那か?」
「くっくっく、そうだよ。やーっと気づいたのかぁ?」
「あ、当たり前だろッ⁉︎ 昔はどっからどう見ても男だったやつが久しぶりに会ったら自分より綺麗になってるなんて気づけるわけないだろうが!」
吠える駄菓子屋をどうどうと言って落ち着かせる。
「駄菓子屋も随分と大人になったんだな。駄菓子屋を継いでるなんて」
「駄菓子屋って呼ぶなっての。私には加賀山楓って名前が——」
「じゃあ、楓」
「……恥ずかしいから呼ぶな」
「喧嘩売っとんのか」
名前で呼べって言うくせに呼ぶと恥ずかしいとか言い出す面倒臭いとこも変わってなくて安心というか残念というか……。
「それより麗那は、えっと、どうして女物の服を? お前って男だったよな? いや、言いたくないなら言わなくていいんだけどさ」
「おいおい、深読みする事情なんて何も無いぞ? ただ自分自身の可愛さに気づいただけだ。好きになるのだって異性だけだしな」
「……そうなのか。てっきりおいそれと聞いちゃいけない内容かと思ったんだけどな」
「ンなわけない。あっ、あと俺これからこの近くに住むからよろしく」
「待て待て待て、急展開について行けん。えっ、本当に引っ越してくるのか? どう考えても都会出身のお前には都会の方が合ってると思うんだが……」
「いや、実は大金が転がり込んできたからさ。多少不便だろうと金に物を言わせて生活してやろうかなって」
「ふぅ、やっぱ都会の人間は考え方が違うな……」
眉間を揉みながら呟いた駄菓子屋だったが、顔を上げたかと思ったらツリ目の角度を更に上げて俺をギロリと睨む。
「うちの店、たくさん利用してくれよ。金を貰えるなら大抵のことはやるからな」
「えっちなのは?」
「いっぺん死ね」
とても良い笑顔で言われたので通い詰めようと思いました、まる。