世界に一つだけのワンダーランド。自分の大好きがたくさん詰まった素敵な場所・・・・そんな場所へとたどり着けると思ってた。スクールアイドルという自分が一番輝ける場所で。だけど、現実はそう甘くはなくて。時間は放課後、つまり夕方。陽も傾いて西日が差している部室棟の廊下を、一人の少女が歩く。足取りは重く、時折溜息をつきながら目的の場所を目指す。最中、不意に声が響いた。
「ぬおおおおおおおおおッ!」
今歩いている場所は運動部の部室が並ぶエリアの為、屋内には人の声はまばらでほぼ聴こえてはこない。精々ランニングしている生徒が回ってきた時に聴こえてくるくらいだ。そんな静まり返った場所で急に聴こえてきた大声。びっくりしない方が無理というもの。声のした方を見ようと階段下を覗いてみれば、何やら重そうな袋を持っている男子が一人。
「おっ、重いぃぃ・・・・!」
両手に抱えた何かしらの機材とおぼしきものが、段ボールにぎっしり積まれている。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「なンのこれしき、いいトレーニングにぃぃぃ・・・!」
男の子を気遣うように声をかける小柄なピンク髪の女の子。制服の上から青いパーカーを羽織ったその後ろ姿は、見覚えがあった。
「天王寺さん?」
いつも教室では一人でいるし、誰か親しい人がクラスにいるわけではなかったからかえって印象に残っていた。名前も特徴的だったから覚えやすかったが、一度も話したことはない。彼女――かすみ自身もそれ以上に印象はない。ただ、ちょっと。学校の特徴もあってか、彼女が誰かと、しかも男子と一緒に居るというのがちょっと珍しかった。元々この虹ヶ咲学園での男女の割合は学科によって異なりはするものの、女子の割合が多い。故に一クラスでの値も男子は総数の半分にも満たないのだが、それでも完全にいないというわけではない。まさに文字通り、珍しいのだ。
目的が逸れた。かすみは二人から目を離し、再び歩を進める。目的は部室棟の端、スクールアイドル同好会の部室。
◇
「宮下さん、ありがとう助かったよぉ」
テニス部の部室、個人のロッカーの扉を閉じる音と共に感謝の言葉をかけられた。その声に振り返りつつ、宮下愛はウィンクしつつ応える。
「なんのなんの。人手が必要だったらいつでも言ってよ。あ、でも今月の
可愛らしく人差し指を立てながらおやじギャグをなんの躊躇いもなしに言い放つ愛に、その場にいる誰もが苦笑いと溜息の阿鼻叫喚で応える。見た目は可愛らしい金髪ギャルな風貌、しかしギャルにしては珍しいかもしれない愛想のいい、そして面倒見もいいと性格の良さに加えて運動神経もいいという、所謂クラスカースト上位にいるような、そんな非の打ちどころのない女の子。しかしそれらを打ち消すかのようなおやじギャグは、これもこれで彼女の特徴なのかもしれない。
それが残念要素であるかどうか、というのは別として。
「あはは・・・この後は、また助っ人?」
「ううん、今日は―――」
「違うよさや。愛ってばこれから彼氏とデートだから」
にやにやしながらイタズラする子どものような顔でクラスメイトが言う。が、それを過剰に否定するわけでもなく愛は特別リアクションするわけでもなくあしらう。
「彼氏かぁ、今はいいかな。そーいうの、あんまり興味ないからさ」
「あれ?じゃあ最近になってよく一緒にいるあの人は違うわけ」
「うん。なんて言うか・・・師匠?」
なんでそこ疑問形なんだ、という目を向けるも、それすらも気にしていない様子で愛は一言別れの言葉を言って部室を出た。直後、階下で唸るような声が聴こえてきて身を乗り出し下を見る。
「ぬおおおおおおおお・・・・ッ!」
「オーライ、オーライ」
探す手間が省けた。今日はラッキーだと目当ての背中を二つ見つけて笑顔になる。少し駆け足になりつつ、その二人の下へと急いだ。
◇
「部室棟に来てみたはいいものの、スクールアイドル部ってどこにあるんだろ?」
案内板を見ながら侑が言う。歩夢も彼女同様に案内板を見てみるも、そんな部活の書かれた箇所は見当たらない。本当にあるのかどうかさえ怪しくなってきたところで、今朝から思っていた事を口にする。
「ねえ侑ちゃん、本当に行くの?」
「うん。だって歩夢が言ってくれたじゃん、応援してねって」
「それは・・・確かにスクールアイドルをやるとは言ったけど・・・・またあんな危険な目に合うかもしれないんだよ?」
数日前、二人は謎の人型機械の襲撃事件に巻き込まれた。件の事は世間的にも話題に上っており、スクールアイドルという存在を違う意味でさらに世間に広めることとなった。しかし、その事件に巻き込まれつつも二人は幸いな事に擦り傷を負っただけという事で無事日常に帰ってこれた。それだけならば良かったが、歩夢の不安はそこでない。
「あの機械、スクールアイドルばっかり狙ってるっていうし・・・侑ちゃん、せっかくまた夢中になれそうなことに出会えたのに・・・」
「大丈夫だよ。なんでか知らないけど、あれ以来なーんも興味わかなくて何やっても無気力だったけどさ。スクールアイドルだけは・・・あの優木せつ菜のライブだけは、ずっと心に残ってるんだ。こう、心の底からじわぁって何かが湧き上がってくるみたいな!」
興奮気味に話す侑。その姿を、複雑そうな笑顔で見つめる歩夢。
「だから、嬉しかったんだ。歩夢がスクールアイドルやるって言ってくれた時。私は歌って踊ってとかできないけど・・・でも、頑張ってる人を応援できたらなって。だから・・・」
「・・・うん。侑ちゃんがそう言うなら、私も何も言わないよ」
これ以上はもう暖簾に腕押しになるだろう、と半ば諦めと侑の笑顔に何も言えなくなった歩夢はそう締めくくった。
「でも部室の場所がわからないからなぁ・・・・よし、こうなったら誰かに聞いてみよう。そこのキミ!」
「オーラ・・・はい?」
「・・・・随分と重そうだね?」
勢いで声をかけたはいいものの、邪魔をしてしまったようで申し訳なさからそんな言葉が出てしまった。
「り、リナぁ・・・・どーかしたぁ・・・!?」
「あ、あの、大丈夫ですか?」
「だいじょーぶ・・・っと」
持っていた箱をゆっくりと下ろし、深く息をついて額の汗を拭う。声をかけた相手が男子だったという事で、あまり異性に免疫がない歩夢は軽くあたふたしてしまう。
「あっ、三年生・・・」
制服の上着についている校章ピンの色から相手の学年を察した歩夢はさらにあたふたを加速させる。
「そんなかしこまんなくても大丈夫だよ。キミの友達が声をかけたのは俺の妹で、一年生だからさ」
自分を見て、こちらの学年が自分達より上だと思い込んでいたと察した歩夢に対し訂正をする。すると少しは落ち着いたのかホッと息をついた。
「アルルーン!」
声のした方に振り返る。さらに知らない人が増えた、と困惑する歩夢。しかしそれも一瞬で取り払われた。
「あれ、上原さんだ」
「宮下さん」
「なに、二人とも知り合い?」
クラスメイトだよ、と愛が答える。
「・・・あ、もしかして宮下さんが付き合ってるっていう」
「違う違う、というかどこまで広がってるのこの話」
「女子は噂話とか、そういう類のことが好きだからねぇ・・・あっ、それが世の
高らかに叫んだ、これ以上にない位の寒いギャグ。静まり返る部室棟。しかし、そんな急転直下の室内温度の中で唯一輝く太陽のような笑い声があった。
「アッハッハッハッハ!お、おもしろっ・・・!」
「今のは、女子と常識のじょーし、をかけた大変面白いジョークです」
向こう側から表情を一切変えずにギャグになってないようなギャグの解説をするピンク髪の女の子。この子が彼の妹なのだろう。
「いよッ!さっすが師匠!」
「・・・・なんでだろう、ちょっと嬉しくない」
複雑な心境でそう呟く。
「・・・あ、自己紹介がまだだったね。俺は天王寺アルト。こっちは妹のリナ。ちょっと変わってるけど、俺の自慢の妹だ。仲良くしてくれると嬉しいかな」
「はい。私は上原歩夢です。こっちは幼馴染の高咲侑ちゃんで、二人とも普通科です」
「宮下さんの同級生だったね。よろしく」
「もー、師匠名前で呼んでって言ったじゃん。他人行儀は愛さん好かないよ」
「いやフレンドリーなのはいいけど、それで噂に拍車かけちゃうでしょーに」
二人のやり取りを見て、歩夢はなるほどと内心頷く。間違われても、まあ仕方ないかと。
「えっと、スクールアイドル同好会だよね。部室は・・・・ここだよ」
案内ボードを指でなぞりながら愛が二人の目当ての場所を示す。が、そこには何も記されていない、つまりはなんの部屋でもない場所だった。
「活動報告とかあんまりないから、名前がなかったのかもね。たしか優木・・・せつ菜・・・だっけ?その子がなんかあったって話は聞いたことあるけど」
優木せつ菜―――。その名前を聞いて、歩夢が僅かにではあるが表情を変える。彼女にとって、かの少女は全ての切っ掛けであり、そして忌まわしき出来事の代名詞でもあった。優木せつ菜自身に対しては恨みなんてものはない。彼女にではなく、もう一人あの場に居たバッタ人間。それを想い出して、歩夢は視線を落とした。
「・・・・上原さん、どうかした?」
歩夢の変化に気づいたアルトが声をかける。ハッとなって顏をあげた歩夢は努めて平気だと虚勢を張るが、それを虚勢と受け取らなかったアルトはそのままその大丈夫の言葉を受けて相槌をする。
「歩夢ってそんなに男の子と免疫ないから緊張してるんですよ」
そこへ侑がからかうような顏で入ってきた。これは返って助け舟だと乗ることに。
「もう、侑ちゃんたら・・・」
「仲がいいねぇお二人さん。でも早く行かないと完全下校時間になっちゃうけど大丈夫?」
愛の指摘でスマホの画面をみる侑と歩夢。もうそんな時間かと二人顔を見合わせる。
「天王寺先輩、宮下先輩、ありがとうございました」
「いいって。それに、そんな堅苦しい呼び方じゃなくて名前で呼んでよ。っていうかあたしは同級生だし」
「それじゃあ・・・愛さん、教えてくれてありがとう。それじゃ!」
速足で駆けて行く二人。その背中を見送りながら、アルトは下ろしていた荷物をもう一度持ち上げる。
「フン、おおおおおおおおお・・・・ッ」
「おお、さすが男の子力持ち」
「この音響機材、重すぎィ・・・・!」
「オーライ、オーライ、この先段差あるから気を付けて」