熱量が感じられない。そんなことでは、観ている人達に響かない。そう指摘されてしまのは仕方ないと割り切れる。なんせ、そう言っている彼女の方が実力は上だとわかっているから。初めて見た時から何かが自分とは違うと直感し、そしてそれを裏付けるだけのものを見せてもらった。だからこそ納得しているし、追い越したいとおも思っていた。
でも、理屈ではそうでも、心では違くて。
グループでやる練習でも、どこか感じていた違和感。少しづつ、降り積もる雪のように日々蓄積されていったその小さな感覚は、目の前の少女の言葉が切っ掛けで爆発する。
―――こんなの、かすみんがやりたい事じゃないないですッ!
別に、彼女の言動が気に入らないというわけではない。その向上心とステージでのパフォーマンスに関しては憧れてすらいた。ただ、やりたい事と違っただけで。こんな筈じゃなかったと後悔しても、もう遅い事ぐらいわかってる。でも、ここで諦めたら全てが終わってしまうから。それが嫌で、彼女―――中須かすみは歩を進め・・・たどり着く。しかし、そこには思い浮かべていた筈の表示はなく、既にその部屋は自分達の部室ではなくなった事を意味していた。
「おのれ生徒会・・・・!」
こうなった以上、実力で取り戻すしかない。プレートの在り処はわかっている。こんな事ができる権限があって、それを実行できるのは生徒会だけ。つまり、目標は生徒会室にあるとみて間違いない。問題はそれをどうやって取り返すか。何とかできないかと考えながら、かすみは生徒会室を目指す。中に人が居なければスムーズにいくのだろうが、あいにくとあそこには生徒会長が常にと言っていいほど自分のデスクで作業している。堅物で規則に厳しいと有名なだけに、そうあっても不思議ではない。故に、会長が生徒会室にいることが前提で事に移さなければならないのだ。となれば、誰かに協力を仰ぐか・・・そう思考が至ったところで、不意に目の前に白い子猫が現れた。その猫は最近この学園内に住み着いたと話題になっている子で、誰かが密かに世話をしているらしい。
そこで、かすみは閃いた。
「助っ人発見・・・!」
◇
我ながら名案だったと思う。マスクとサングラスという如何にもな恰好で校舎内を疾走するかすみは、上手くいった自身の考案した作戦に確かな感触を感じていた。生徒会室に捕まえてきた―――もとい、助っ人として持ってきた猫を放ち、それに気を取られて出て行った隙にプレートを奪取。残念ながら見つかってはしまったものの、目的は何とか達成はできた。こういう事にも頭が回るあたり、友人からは腹黒系と言われている事を彼女は知らない。
角を曲がる。そこで急に目の前に影がさし、直後にドンという衝撃と共にしりもちをついて倒れてしまった。
「いたたた・・・・ごめんなさい、かすみん急いでてよく前を見て無くて・・・」
「みたいだね、大丈夫?」
怒らなかった事からほっと息を内心でつく。顔をあげれば、そこには見たことのある人物が居た。先ほど廊下で見た同じクラスの天王寺リナの兄である。
「えっと、天王寺さんのお兄さんでしたよね?」
「リナの友達かな?立てるかい?」
差し出された手を握ると、軽々とひっぱりあげられてその勢いで立ち上がる。
「あ、ありがとうございます・・・」
「どういたしまして。なんかすごい勢いだったけど急ぎの用だったんだよね。それじゃあ俺はこれで―――」
「あっ、待ってください!」
去ろうとしたアルトの手を慌てて握るかすみ。急な事にどうしたのかと振り向くと、そこにはなにやら黒い笑みを浮かべたかすみの姿があった。イヤな予感を感じつつも、先ほど跳ね飛ばしてしまったという意識がある手前、断るにしてもどうにも断りずらい状況。加えて、断っても引かなそうな雰囲気だったので渋々話を聞く事に。
「な、なにかな・・・?」
「フッフッフ・・・貴方を、かすみんのボディーガードに任命しますっ!」
「ボディーガード?」
「そうです。またいつ敵からの妨害を受けるとも限らないですからね。こぉんなにかわいくてか弱い女の子をぉ、放っておくなんて事、まさかしないですよねぇ・・・?イタタタ、なんだかかすみん、足が痛いなぁ、これじゃ、逃げられないなぁ・・・」
わざとらしく演技しながらチラチラとアルトを見てくるあたり、腹黒系と言われても仕方のないことだろうが、本人には全くそんな自覚はない。むしろ友人で演劇部所属である桜坂しずくばりの演技をしているとさえ思っている。しかしながら周りからしてみれば全くそんな事はなく、あざとさが輪をかけて酷くなっている為、アルトが引き気味なのを気づいていない。
「えっと・・・何からガードするのかわからないけど、兎に角同行すればいいってことかな?」
「そうです。さぁて、行きますよ!」
中須かすみ、珍道中。天王寺アルトを加えてクエストを再開した。
◇
「な・・・・、なんですとォ!?」
絶句しながら、ガクッと膝から崩れ落ちるかすみ。視線の先にあったのは、かつてスクールアイドル同好会のプレートがあった場所。そこには今、ワンダーフォーゲル部のプレートが。出し抜いたつもりが、まんまと先回りされてしまったというオチである。
「そんな・・・同好会の部室が・・・」
「これじゃ使えないね・・・」
万事休す。そしてそこに、さらなる追い打ちがかけられることに。
「普通科二年、中須かすみさん・・・よくもやってくれましたね」
振り返れば、腕を組んで見下ろしてくる生徒会長の中川菜々の姿が。さすがにマズいと思ったのか、反射的に逃げ出すかすみ。それに追おうとはせず、疲れたような顏で溜息をついた。それを不思議に思ったアルトが声をかける。
「追わないのかい?」
「追っても意味がないからですよ。・・・スクールアイドル同好会は廃部、部員もそもそも彼女一人しかいないですし」
「でもつい最近ライブやってたよね。たしか優木せつ菜って子が」
「・・・彼女とも話した結果です。もう、同好会には誰も残っていませんから」
そう言う横顔はとても悲しそうで。何か含みを感じたアルトではあるが、それを確信に変えられなかった為あえてそれ以上は問うことはせず、菜々と分れてかすみを追った。校舎外、エスカレーター近くの中庭あたり。生徒の行き交う波の中に、小柄な背中を見つけて声をかける。
「同好会、無くなってたんだね」
アルトが言った言葉は、現状を表したものだ。当然のもので、覆る事のない現実。だがかすみは違った。振り返り見上げる瞳には大粒の雫が浮かび、初めて見た時の印象とは違いこちらを睨んでいるような鋭ささえ感じる。それだけ彼女にとってこの部活が大事という事だと理解したアルトは、かすみの目をみて自身の発言を撤回する。
「ごめん・・・えっと、これ使って」
「・・・ありがとうございます」
渡されたハンカチを手に、涙を拭くかすみ。下校する生徒たちの流れから少し外れ、二人は街路樹を丸く囲むようにして設置されているベンチに腰掛ける。かすみが泣き止んだところで、アルトは口を開いた。
「中須さんは、スクールアイドルが好きなの?」
「はい。スクールアイドルには、かすみんの求めるものが沢山あるんです。それを、観ているファンの人達に、みんなに届けたくて・・・でも・・・」
気の合う仲間、共に一つの目標に向かって努力していくことで、自分の理想をみんなで共有できると思っていた。そして、そのきらめきが、ときめきが、観ている人たちにも伝わると。そう信じてやってきた。だがそれは違った。些細なことからすれ違い、やがて消えてしまったものは、余りにも大きくて。今はもう、手が届かない所まできてしまっているのかもしれない。だとしても足掻けるならば足掻こうと決めた矢先、掴んだものは虚空へと消えて行った。その現実を受け止めたくなくて、かすみは下を向いてしまう。そんな悲しみに暮れる彼女に、アルトはどう言葉を述べていいかわからずにいた。
「あれ、アルト先輩?」
その声に視線をあげる。ツインテールの黒髪と、お団子に束ねたピンクの髪。先ほど知り合ったばかりの後輩二人がエスカレーターから降りてきたところで、アルトは返事を返そうとしてハッとなる。
「・・・・そうだよ、無いなら作ればいいじゃんか!」
「え・・・?」
「中須さん、まだ終わってないぜ。きみの夢、こんな事じゃ止まらないだろ。まだやれる、まだ立てる!きみの夢は、声は、まだどこにも響かせてない。だったら!響かせるまで諦めちゃダメだ」
かすみを力強く鼓舞するアルト。その熱に一瞬呆けてしまうも、彼の姿に彼女―――優木せつ菜の姿を重ねてしまう。だが彼の言葉は、不思議と心に沁みわたるのを感じて、自然と笑みがこぼれた。
「・・・そうですね。かすみんのかわいいは、まだまだこんなもんじゃ止まりませんよォ!」
勢いよく立ち上がり、振り返る。そして何がどうなっているのかわからないでいる歩夢と侑に向かって、高らかに問う。
「お二人とも、スクールアイドルに興味はありませんか?」
その瞳には、強い光が宿っていた。
0から、1へ。そしてその先に。雨が降る空に、虹がかかるのはまだ先の物語・・・・。