というわけで、本編続きです。
描写不足でしたが、前回クィレルさんのドロップがなかったのについては、ユニコーンの呪いと寄生帝王様に全部持っていかれたせいです。狩人セブルスさん、消化不良だったことでしょう。
ルシウス=マルフォイは眉間にしわを寄せながら、パブ『漏れ鍋』の特等席にいた。
サマーバケーション中にセブルスと二人で会って、近況報告(という名の愚痴の言い合い)をしながら、食事をするというのは珍しいことではない。
だが、今回はあちらからわざわざフクロウで手紙をよこしてきた。・・・それも、息子が言うには、ハリー=メイソンJr.のシロフクロウ(ヘドウィグという名前らしい)を借りてまで。
わざわざ、『漏れ鍋』で会いたい、ハウスエルフを必ず連れてくること、こちらも同行者を一人つけておく、大事な話がある、詳しくは会って話す、という旨が記されていた。
正直、ルシウスは、彼の家のハウスエルフ――ドビーを連れて行くのは気が進まなかった。
このドビーというハウスエルフは、祖父の代まで勤めていたハウスエルフが病気でやめてしまってからついたらしいのだが、とにかく、マルフォイ家とは合わないのだ。
きっと、ドビーなりに気を利かせようとしているのだろうが、気の利かせ方が明後日の方向に向かってしまっている、というのだろうか。要領も非常に悪い。
そのことで怒ろうものなら、自己折檻(「ドビーは悪い子!」など喚いて)を始めて、そのためにまた仕事を遅らせ、自分で増やすという、お前は何のために我が家にいる?と聞きたくなる有様なのだ。
いっそ、魔法省のハウスエルフ相談室にでも駆け込みたくなる。・・・名門名家のマルフォイ家がそんな窓際部署に行くなど体裁が悪いため、我慢をせざるを得ないのだ。
いやもう、いっそ履き古した靴下でも投げつけてやろうか。しかし、すでにこのドビーはマルフォイ家の一員として、マルフォイの機密を知られてしまっている。特に。
あのお方からの預かり物と、セブルスの大事な幼馴染とその家族のことは、誰にも知られてはならない。
前者はもう処分したくてたまらないし、実際もう既に実行しようと思っている。
後者は、息子の恩人たちで息子同士は友人同士でもあるし、父親は商売の外部アドバイザーにしている。さらには、最近ブラックのところの荘園とローテーションで農作業に勤しむ人狼たちのリーダー、フェンリール=グレイバックからの忠告もあって、やりたくない。
というか、グレイバックが実際のところ敵に回すなと言ってきたのは、あの一家の背後にいるセブルスの方だ。
「おい、あんた。何やらかそうとしてるか知らねえが、何かやらかすなら月香の旦那(セブルスのことだろう)に一言声をかけときな。
あんたが一人で自爆ってんなら、文句はねえよ。けど、周囲を巻き込んでんじゃねえ。俺たち人狼を巻き込むな。
あの旦那を敵に回すのは御免だ・・・!」
真っ青な顔で震えながら言ってきたグレイバックは、ルシウスが処分したくてたまらない例のもののことは何一つ知らないはずなのに、そう言ってきた。
人狼の嗅覚で探り当てたのだろうか。
ルシウスは薄汚い、人狼風情と交わす言葉は持ち合わせない上流階級ではあったが、人狼の鼻――危機感知能力は舐めてないつもりだった。
というか、あの後輩はこの狂犬じみた人狼に何をやらかした?
そして、この狂犬人狼が怯えるほどの何があるというのか。あの物静かな後輩は、まさか闇の魔法あたりに手を染めていたとでも言うのか?
ずいぶん雰囲気は変わっていたが、そこまで危ないというようには見えなかったのだが・・・。
一昨年のハロウィーンの時に、魔法も使わずマグルのように爆発する金槌で、あの化け物屋敷を相手にしていたのを見た時には、目を疑ったが。
だが、危機感知能力という点では、海千山千の貴族社会と政界の綱渡りをやってのけたルシウスも負けず劣らず、優れていた。
ともあれ。
保身に長けている、と言えば聞こえは悪いが、とにかく、ヤベエと思ったら手を出さずに遠巻きにして、できるならその力を利用、あるいは自分たちに被害が来ないようにするマルフォイである。
とにかく、フェンリール=グレイバックの警告を、ルシウスは(人狼風情が、と侮蔑しつつも)真摯に受け止めた。
幸い、ルシウスとセブルスは関係良好であり、彼の見守る一家の子供たちと我が子の仲もいい。一家の家長となるハリー=メイソン氏には、商売の外部アドバイザーにもなってもらっている。敵対する理由の方がない。
問題はない、はずだ。
ハウスエルフに眉をひそめる店主にチップを投げて黙らせ、ルシウスはいつもの特等席で悠々と書籍を開いていた。
コツコツという足音に、ルシウスはようやく来たか、とパムッと書籍を閉じて、視線を上げた。
だが、そこにいたのは、セブルスだけではなかった。黒髪の、少々頼りない感じのする、細身の男を伴っていた。
もちろん、ルシウスはその顔と名前を知っていた。ハリー=メイソン。マグルでありながら、ルシウスですらおののいた化け物屋敷に一歩も引けを取らずに立ち向かった男だ。加えて言えば、息子の恩人の一人でもある。
少々変わった考え方をしているようだが、有事に発揮される胆力もさることながら、マグルの知識も豊富で有用な人物だとルシウスは思っている。・・・もちろん、彼の娘の特殊な力が有事の切り札になりそうだ、という下心込みである。
おや、とルシウスは眉を上げた。
セブルスが、彼をわざわざこの店に連れてくるのも珍しいが、彼はルシウス・・・と言うか、正確にはドビーを見るや、日ごろの穏やかな視線を一転させ、鋭い目つきでにらみつけた。
ルシウスは、あのハロウィーンの夜を思い出した。マグルの黄色い大きな乗り物を乗り回した挙句、拳銃をぶっ放した時――あの時の彼の目つきと同じだったのだ。
「こんにちは、Mr.マルフォイ。無礼を承知でお伺いさせていただきました」
言葉尻こそ穏やかだが、目つきのせいで台無しになっているハリーが一礼するのをしり目に、セブルスが口を開いた。
「重要な話があるのです。場所を変えてよろしいか?」
「いいだろう」
セブルスが、(いくらルシウスが許容しているといえど)マグルの友人を伴うなど、何かあったに違いない。
この後輩は、ホグワーツ中退後の
だが、セブルスはルシウスの前では、自分の意見は述べることなく、ルシウスの主張を静かに聞き、少なくともルシウスの前でマグルやスクイブを擁護することだけはしなかった。
それが、いきなりマグルを連れてきたのだ。(いくら商売仲間の一人であり、恩人であろうとも)
よほどのことがあったのだろう。内容次第では聞き入れてやらんでもない。
店主の猫背のトムに言って、急遽宿の部屋を一部屋借りる。少々手狭だし、ルシウスが立ち入るには小汚かったが、すぐに済むだろうと、彼はたかをくくっていた。
あんなことになるなら、屋敷に招待しておけばよかった、とルシウスは後に淀んだ眼をして後悔するのだが・・・この時点の彼が、それを知るわけがなかった。
ちなみに。
最初、セブルスに同行する、ジュニアの敵討ちをすると言ってきかなかったヘザーだが、父親の説得(ルシウスさんが命令したと決めつけるのは早い。それに、また狙ってくるかもしれない。そのときに、それを察知できるのはヘザーだけだ)を前に、しぶしぶ残った。
怒髪天状態のヘザーもたいがいだが、スイッチが入った時のハリーも十分恐ろしい。
なんてものを敵に回すのだ、とセブルスはひそかにこの事態を引き起こしたハウスエルフに呆れた。
もちろん、親愛なる友人一家の一員にして教え子の一人に手を出したハウスエルフに、彼が怒ってないわけがない。
神をも恐れぬ所業であるというのは、賢明なる読者諸氏ならばお分かりいただけるであろう。
さて、場所を『漏れ鍋』2階の宿の一室に移し、ルシウスは部屋にある椅子のうちの一つに杖を一振りして、座り心地のいいソファに変えると、そこに腰を下ろした。
品も見目もよいルシウスがやると、完成された一枚絵のようになる。
座りもせずに、セブルスは右手を振って無言呪文による
「ハリー=メイソンJr.をご存じでしょうな?彼が大けがをして、マグルの病院に入院しました」
「何?」
「交通事故に遭ったそうです」
淡々と言ったセブルスに代わり、蒼褪めるドビーを睨みつけるハリーが口を開いた。口調こそ普段の穏やかなそれだが、低く抑えた声のせいで台無しだった。
「娘が言ってたんです。あなたのところのハウスエルフがそれをやったのを見たと。
Mr.マルフォイ。何かご存じですか?私やあの子が何か、あなたのお気に障ることでも?でしたら直接言っていただきたかったです」
「ドビー!どういうことだ?!」
ぎょっとしたルシウスは、らしくもなく優雅さをかなぐり捨てて、ドビーに詰め寄った。
この異端のハウスエルフの突飛さには慣れたつもりであったが、まさか無断で他所の人間――それも、恩人の家庭の子息(さらにはポッター家の嫡子であり、現在その父親は商売も手伝わせている)に危害を加えようとは、思ってもみなかったのだ。
「誤解です!ドビーは、リリー=ポッターの息子の、ハリー=ポッターを死なせないために!
マグルの乗り物に、ちょっと当てさせただけヘブゥッ!」
ハウスエルフも飛ぶらしい。
検知不能拡大呪文でもかけてあったのだろうか、上着のポケットから取り出した鉄パイプを見事なまでのスイングで、慌てふためく(ついでに語るに落ちた)ドビーの頬に食い込ませるハリーは、恐ろしいまでの無表情だった。
「亡きポッター氏には申し訳ないが、あの子は今、その名前を知らないんだ。その名前の持つ意味を知っているのかい?申し訳ないが、あの子も、リリーも、英雄にはなりたくないだろうし、そうさせるつもりもないんだ」
壁に頭から突っ込んでそのままずり落ちるドビーに冷たく吐き捨てるハリー。そのまま黄金の右足で死体蹴りを食らわせかねない気迫があった。
セブルスが見てないだけで、今もこの男、こっそり体を鍛えているのかもしれない。
だが、スイッチの入ったハリーの狂戦士ぶりについ流しそうになったが、ドビーは聞き捨てならない言葉を口走った。
「ドビーっ!!」
ひきつった顔になるルシウス。すでにセブルスが
「ルシウス。一つだけお聞かせ願いたい。あなたはこれを、ご存じだったのですか?
・・・あなたとは、よき関係であったというのは、私の勘違いでしたかな?」
鉄パイプを片手に冷たい目をするハリーを歯牙にもかけずに、セブルスはルシウスを睨みつけながら尋ねた。
「馬鹿な!私とて今初めて知ったのだ!ドビー!なぜそんなことをしたのだ!」
ルシウスの詰問に、鉄パイプにどつかれてふらついていたドビーはぐうっと喉の奥で息を詰まらせたような奇妙な音を立てると、椅子を抱きかかえるや、そこに頭を打ち付け始めた。
「ドビーは悪い子!ドビーは悪い子!」
「誰が折檻しろと言った!わけを話せと言ってるのだ!」
いつものこととはいえ、ルシウスは盛大に舌打ちした。
そして、ハリーに向き直る。
「うちのハウスエルフが、大変失礼した」
以前のルシウスであれば、マグルごときに頭を下げるのを腹立たしく思ったことだろう。だが、ドビーを御せなかったのはルシウスが悪いし、何よりハリーはドラコの恩人である。借りを返しきる前に、その息子を傷つけるなど、あっていいわけがない。
これを知れば、息子がどんな顔をするのだろう?
そして何より。
何より、その隣で、黒い目を奈落の底のような、形容しがたい、寒気を掻き立てる目つきにしている、セブルス=スネイプが、恐ろしかった。
彼を敵に回してはいけない。
グレイバックの警告を改めて思い出した。・・・やはり、この後輩は闇の魔法に手を出しているのかもしれない。“あのお方”並み・・・否、それ以上に恐ろしい空気を醸し出している。
ルシウスの生存本能が全力でそうわめきたて、保身にガン振りされた交渉能力が、ここでいかんなく発揮されることとなった。
「これを、いかように料理しても構わない。私が責任を持つ」
結論:ドビーを売ろう。
ルシウスは立ち上がるや、椅子を抱えたまま、なおも頭を打ち付けようとするドビーをドカッと蹴りだした。ドビーは椅子を抱えたまま転がった。
ハリーはといえば、ドビーのそんな様子に毒気を抜かれたか、剣呑な目をしていたものの、とりあえず鉄パイプは懐にしまう。
「殴らんのかね?」
「あまり効果があるように見えそうになくてね」
尋ねたセブルスに、嫌悪感に満ちた様子で言ったハリーに、ルシウスは内心で大いに同意した。
最初、ルシウスもドビーのあまりの要領の悪さに、体でしつけようと折檻をしたのだが、そのうちそうすれば許されるとでも思っているのか、自己折檻するようになったのだ。(そして、まったく学習しないので、ルシウスはさじを投げた)
「今更ながらすみません、Mr.マルフォイ。勝手にそちらの家のものに手を出してしまって」
頭を下げるハリーに、ドビーは例のごとくハウスエルフらしいキーキー声で「さすが、ハリー=ポッターの父親代わりです!ドビーにまで優しい!」と叫んだ。
途端に、きっとハリーはハウスエルフを睨みつけた。
「君はさっきから最低に失礼だね。
私の息子は、ハリー=メイソンJr.だ。それから、代わりって何だい?私は、今も、昔も、これからも。あの子の父親だ。代わりなんかじゃない!」
ハリーの怒声は、
温厚な時の彼の印象が強いルシウスは、完全に腰が引けていた。普段穏やかな人間が怒った時ほど恐ろしいものはない。
加えて。
「・・・ずいぶんとしつけの悪いハウスエルフだな、ルシウス」
完全に敬語をかなぐり捨て、低い声で唸ったセブルスを、ルシウスは怖くて直視できない。
闇の魔力もかくやと言わんばかりの、触れただけで窒息しそうな、悍ましい空気が漏れだしてきているのを、彼は自覚しているのだろうか。
部屋の中が、異常で異様な異界になりかけている。
ドビーが泡を吹いて白目をむいて昏倒した。
ルシウスだってそうしたかった。だが、ルシウスだからこそ分かった。
この後輩はまだ本気ではない。だからこそ、今、どうにか食い止めなければ!
「・・・本当に、すまない」
震えるのを抑え込んだのは、純血貴族当主にして、スリザリン寮生の先輩の意地だった。あとは、ここで自分が意識を失おうものなら、その咎が息子と妻に行くかもしれない、という家族を案じる気持ちもあった。
あの一家と交流を持つことになった時、セブルスがぽつぽつと事情を話したのだ。
闇の帝王失脚となったハロウィーン以降、ポッター母子はダンブルドアに追われていた。理由までは言わなかったが、ルシウスとて魔法省に伝手を持つのだ。うっすらと例のあの人関連の予言絡みだろうと、推測している。
・・・ダンブルドアが、目的のためには手段を選ばない、一種の非情さを持ち合わせていることも。
セブルスやあの一家に対する貸しにもなると、ルシウスはそれを黙っていることにしたのだ。
・・・まさか、このハウスエルフがやらかすとは思わなかった。(元ポッター夫人を英雄視して、その恩返しのつもりだろうか?)ここまで愚かとは思わなかったのだ。
当のハウスエルフは、いまだに意識を彼方に飛ばしてしまっているが。
・・・何であのマグルは平然としていられるのだろうか?殺気が自分に向いてないからか?
「・・・ルシウス」
「何だろうか?」
逆らったらだめだ。逆らったら、“あのお方”に敵対した時以上にひどいことになる、とルシウスは本能で悟っていた。
「そのハウスエルフを、少し貸し出してもらえないかね?」
声音こそ、普段の平坦なねっとりした声だったが、例の悍ましい空気は健在だった。
だからこそ、ルシウスは思ってしまった。
この後輩は、ドビーに何をする気だ?
「余計な事に意識を割ける余裕があるようですからなあ。導きがあれば、きっとそのようなことはしないでしょうなあ」
何で考えてることが分かったと言いかけて、ルシウスは即座に分かった。
開心術だ。動揺のあまり、閉心術が緩んでいた。おそらく、表層思考を読まれただけだろうが、この後輩が自分に対してそれを使ってきたということは・・・相当怒っている。
いまだに昏倒中のドビーを蹴り起こし、ルシウスは乾ききった喉奥をごくりと鳴らして、命じた。
「聞こえていたな?ドビー。セブルスがよいというまで、彼の元へ行け。勝手に帰って来てみろ、生きていることを後悔したくなるようにしてやる」
意訳:我らが家族のための生贄になってこい。お前のせいだろうが。
気が付いて真っ青を通り越して死体のような土気色になるハウスエルフに、同情する者はいない。
「セブルス、何をする気だい?」
「・・・何、少々試してみたい治験があってな。ハウスエルフ相手というのが少々不満だが、まあ、何事も結果が出んことにはな」
ハリーの問いかけに、先ほどまでの異様な空気をすっかり身の内に押し込めたセブルスが淡々と言った。
「とりあえず、これが二度とうちの家族に近寄らないようにしてくれるかい?」
「うまくいけば、それどころではなくなるだろう。形は違えど、導きには誰しも夢中になったものだ」
導きって何?何する気だ?
喉まででかかった質問を、ルシウスはグッと押し込めた。先ほどまでの異様で異質な後輩の様子は、しっかりルシウスの脳髄に刻み込まれている。言うべき言葉を間違えれば、ドビーに向けられた敵意が、今度は自分に向けられることになる。
ドビーは再び卒倒した。愚か者め。自分の行いは、自分で何とかせんか。
「再度謝罪しよう。この度は、当家のものが迷惑をかけた」
とにかく、ルシウスは謝った。
この後輩を敵に回してはいけない。グレイバックの警告と、自身の勘は正しかった。
機嫌を損ねてはならないと、ルシウスは貴族のプライドをかなぐり捨て、謝罪することに徹した。
「Mr.マルフォイはご存じなかったんでしょう?かまいませんよ。これ以上、息子が傷つけられない確信が持てましたしね」
ハリーは元の穏やかな眼差しに戻り、そのままドビーを小脇に抱えるセブルスを横目で見やった。
「恩に着る。また君たちには借りを作ってしまったな」
「お気になさらずに。
ああ、そうだ」
ふと、ハリーが思い出したように言った。
「息子が、学校の友人たちから手紙が来ないのを気にしてまして・・・ドラコ君からも連絡がないのはおかしいって言ってたんです。
・・・まさかとは思いますが」
「・・・
ルシウスは、杖を一振りした。同時にドビーの纏う枕カバーから、ボロボロボロッと手紙の束が飛び出して、ルシウスの手元に収まる。フクロウに掴まれていたらしい爪の痕跡と、宛名のハリー=メイソンJr.の文字がそのすべてに刻まれている。
ルシウスの愛息子も、ハリーJr.からの手紙が来ないと不審がっていた。
『父上、ハリーからの手紙をご存じないですか?夏休みの間、遊びに来てと誘われていたのに・・・』
毎朝フクロウ便を確かめながらしょんぼりするドラコに、ルシウスも次にハリー=メイソンと会うときに、話を聞こうと思っていたのだ。
その原因は目の前にいたのだ。
ルシウスは、無言で手を差し出したマグルの男に、「重ね重ね済まない」と謝りながらそれらを手渡した。
そうして、ルシウスはセブルスに向き直って言った。
「・・・セブルス」
「何でしょうか?」
「このハウスエルフの記憶を消す薬はあるかね?忘却術は耐性が高いと聞いている」
「治験段階のものが一つ」
「よろしい。許可なら私が出す。ぜひそれも使ってやってくれ」
今度という今度は腹に据えかねた。ルシウスは恥も外聞もかなぐり捨てて、ハウスエルフ相談室に駆け込む準備と、ドビーの顔面にたたきつける靴下――孔雀小屋の掃除に使ったとびっきり小汚い奴を用意してやろうと固く決意した。
だが、世の中はルシウスの思惑通りに進むとは限らない。
ルシウスは知らなかった。恐ろしくなった後輩は、脳に瞳を宿しているがためか、以前よりも目端が利くようになっており、そもそもドビーがなぜそんなことをしたのか?その原因がルシウスにあるのでは?と勘繰っており、後日改めて詰問される羽目になったのだ。
ルシウスは仕方なく、事情を吐露する羽目になった。
“あのお方”の失脚から優に10年。いい加減死んでいるだろうと思った(多少の願望が入っているだろうが)ルシウスは、預けられていた怪しいアイテムを手放したいと思っていた。
10年だ。闇の帝王がいなくなり、ルシウス=マルフォイが“死喰い人マルフォイ”から“純血名家当主マルフォイ”を優先できるようになって、10年経った。
彼としては、このまま大人しく平和を享受していたいのだ。
死喰い人の仕事だって、彼の父が闇の帝王とホグワーツ在学時から懇意にしていたことの延長・継続のようなものだし、彼個人は特に思い入れなどないのだ。
だから、10年も経てばいい加減、手を切ってしまいたい。手元に置いてること自体が忠誠の証みたいな闇のアイテム、とっとと処分してしまいたいのだ。もうすぐ魔法省による闇の魔法の物品検査も入る。このまま保管し続けるのは危険すぎるのだ。
ゆえに、紛失させる予定にしていた。
ドビーはそれを知り、騒ぎを起こしたのだろう、と。
アイテムの詳細だけは、頑として言えなかった。・・・正確には、ルシウスさえも知らなかったのだが。
案の定、後輩は怒ってきた。ホグワーツで教師をし始めたため、ダンブルドアの影響でも受けたか、慈悲の心でも芽生えたか。
ばれたらルシウスの身も危うくなるという、ルシウスとしては痛い指摘もしてきた。
確かに。息子が在学中にホグワーツの理事のいすを立つのは、正直いやだった。だが、背に腹は代えられないのだ。
ということを言えば、この後輩はしれっとこんなことを提案してきた。
自分が処分しようか?と。
ルシウスとしても、自分で処分するというのも考えないでもなかったのだ。
だが、自分で処分してしまえば、万が一・・・億が一にも生き延びていた闇の帝王が、復権した場合、恐ろしいことになる。
加えて、この闇のアイテムなら、下手に処分するより、敵対勢力(あのクソ忌々しいアーサー=ウィーズリーとその家族)に送り付けてやった方が――そして、そのままホグワーツに持ち込まれてダンブルドアをひっかきまわしてくれた方が、マルフォイの利になるのでは?という打算が働いてしまったのだ。
これらはもちろん、ルシウスは口には出さなかった。
だが、この後輩を敵に回すのと、どちらが恐ろしいことになるか。
この後輩に処分を任せれば、まだ言い訳は利く。まだ、うっかり紛失と、称することができる。
ルシウスがどういう決断をしたかは、記すまでもないだろう。
だが、よりにもよって、その闇のアイテムを引き渡す当日、ルシウスはカモフラージュとして家族連れで立ち寄った書店で、人気作家ギルデロイ=ロックハートがサイン会をしていてもみくちゃ状態の上、さらにエンカウントした天敵、アーサー=ウィーズリー氏と殴り合いの大げんかをやらかした。
そして、そのどさくさで、引き渡し予定のアイテムを、本当に紛失してしまったのだ。
セブルスが、その広いデコに“エーブリエタースの先触れ”を叩きこんでやろうかと一瞬真剣に悩んだのは言うまでもない。
かくして、セブルス=スネイプ魔法薬学教授、2年目のホグワーツも波乱となることが確定した。
なお、スネイプ宅となる『葬送の工房』での治験を終えて帰ってきたドビーは、妙に頭を膨らませて、蕩けた瞳で「導きが聞こえるのです・・・湿った音が頭の中に聞こえるのです・・・」など茫洋と呟いていたが、無視してルシウスは当初の予定通り汚い靴下を叩きつけてやった。
新しく来たハウスエルフのリジーは、てきぱき働く、凄腕のいい子である。
その後、ドビーがどうなったか、ルシウスは知らない。知りたくもない。
ホグワーツで、奇妙に頭を膨らませたハウスエルフが、導きがどうの、湿った音がこうのと呟いているといううわさなど、彼は断じて知りもしないのだ。
続く
【ルシウス=マルフォイの杖】
ルシウス=マルフォイが学生時代から愛用している、長さ46センチの杖。
ドラゴンの心臓の琴線に、楡の木が使われている。
純血名家当主であり、闇の帝王の忠実なる配下として、その杖は主とともにあった。
主が真に心割くのは、いつだってマルフォイの血脈であり、愛する妻と大事な息子のことである。
彼らを守るためならば、傅いた足元で、身を翻すべく足元に力を入れるのも厭わない。
ルシウスさん、ホグワーツの理事やってるのに、ホグワーツに混乱撒くようなものを持ち込ませるようにしたらいけないと思います。
理事って保護者の代表的な一面もあるってのに、あんなことしたらホグワーツにいる他の生徒なんて知らんもんね!って全力宣言したようなもんですよね。多分、原作ではばれないってたかをくくってたんでしょうけど。
“秘密の部屋”を開かせるためのものとしか聞いてなかったらしいですし、ちゃっちゃと処分したかったからと言っても、やり方がまずすぎたんですよね。
ひたすら自分と家族の保身第一を突き詰めた結果、多少痛い目に遭おうと、原作では見事に生き残ってますからね。
正しいから生き残るわけでもない。力があるから生き残るわけでもないって、それ現実でもよくあることですよね。
ハリー=ポッターシリーズは児童文学のはずなのに。
2021.05.26.追記
次回予告忘れてたので加筆です!次回の更新は日曜日!
内容は、いよいよ秘密の部屋編…の前に外伝!
「ホグワーツ教職夜話」と題して小話集をやります。
ダンブルドアのお話、ハグリッドとケトルバーン先生のお話、実はいたよ!ピーブズ君のお話、以上3本です。お楽しみに!