セブルスさんのブッキングガバは、指摘されてそういやそうだ!と気が付きました。なので、今回で一応補足を入れておきます。ご指摘ありがとうございました。
ドビーがいない、さらにはドラコが最初から味方なら、2巻の出来事は大分はしょれますね。
あと、サブタイトルはこんなですが、そう簡単にトドメを刺してはつまらないので、今回はおとなしく済ませました。
「あなたが“スリザリンの継承者”って本当なの?」
大広間の、朝食の席だった。腹ペコ児童でごった返し・・・というには、いささか遅い時間であった。というのも、本日は休日で授業の予定はないからだ。
それでも、それなりに生徒はいた。
ハーマイオニー=グレンジャーは、スリザリンのテーブルで、ゴブレットを手にしていたドラコ=マルフォイの前に立って、開口一番にそう尋ねていた。
「グレンジャー。君はもっと理性的な女性だと思ってたよ」
遠回しに恐怖の権化呼ばわりされたドラコは、少々顔を引きつらせながら、答えた。
シンッと大広間が静まり返る。
ある者は、純血貴族のマルフォイにケンカ売ってるのか?!と顔を真っ青にし、またある者は、いい見世物だと顔をニヤつかせ、またある者は鋭い目をドラコに向ける。
「・・・ハーマイオニー、何かあったの?」
その隣で、ベーコンエッグを突いていたハリーJr.が尋ねると、ハーマイオニーはうなずいた。
「グリフィンドールでは、そう噂があって。
・・・私は、友達を疑うなんてしたくないの。だから、正直に訊くことにしたの」
そうして、ハーマイオニーが再びドラコに視線を戻すと、ドラコはゴブレットをガツンと叩きつけるようにテーブルに戻し、立ち上がって叫んだ。
「君はバカか?!そんな直球で聞かれて、はいそうですなんて答えるやつがどこの世界にいる?!それでも1年時のトップか?!」
「私は!ドラコの口から聞きたいの!他の誰でもない!あなたの言葉で!」
真摯な眼差しに、ウッとドラコは言葉に詰まると、座り直してそっぽを向いた。
「・・・僕じゃない。確かに、秘密の部屋の話は父上から聞いたことがある。けど、僕は部屋の存在しか聞いたことがない」
「そう。ありがとう、ドラコ」
ほっとしたような顔でそう言ったハーマイオニーに、「あっさり信じるやつがあるか!」とドラコが悪態をつく。
「まあまあ。ハーマイオニーも心配してくれたんだよ」
そうなだめるハリーJr.は、少し考えこむように視線を伏せた。
「・・・ねえ、ハーマイオニー。君は、“秘密の部屋”についての話、知ってる?」
「ええ。思い切ってビンズ先生にお訊きしたわ。ハリーは?」
「僕は全然。スリザリンじゃ、そういう話は聞かなくて。よかったら、僕にも教えてくれないかな?」
「かまわないわ。ここ、いいかしら?」
「好きにしろ」
プイッとそっぽを向きつつも、席を立つこともなく朝食を突くドラコをよそに、そのそばに座ったハーマイオニーは、さっそくビンズから授業中に聞いたことを話す。
秘密の部屋とは、ホグワーツ創始者の一人、サラザール=スリザリンがマグル生まれの入学権をめぐって他の3人と対立し、ホグワーツを去る前に作った隠し部屋のことである。
やがて訪れる彼の真の後継者が、その中の恐怖を解き放ち、この学校から魔法を学ぶにふさわしからざる者を追放するのだ、と。
それを聞いたハリーJr.は、何事か真剣に考えこんでいる。
「父上から聞いた話と大体同じだな」
うんうんと頷くドラコをよそに、ハリーJr.は、ハーマイオニーに尋ねる。
「部屋の場所や、開け方、恐怖の内容とかは?憶測・推測・噂でも、なんでもいいから、見当はついてる?」
「全然。唯一、マルフォイが怪しい怪しい、って噂があったから、本当のことを証明したくて、聞きに来たのよ」
即座にドラコは噂の出どころを把握したのだろう、馬鹿を見るような目をグリフィンドールの席に向けた。
オートミールを食べる、ロン=ウィーズリーは、何だよ、とでも言いたげに、睨み返した。
「あの言葉の時、それに同調もしなかったあなたがそんなこと、するわけないもの」
それはきっと、先日の練習の時の、セブルスの禁句騒動の時のことだろう。
余談になるが、セブルスは怒りのあまりうっかりそのまま忘れていたダブルブッキングについて、あの後双方のチームに謝罪を入れ、今後もし似たような状態になったらまずは顧問教授に確認の一報を入れるようにと言った。
意外と抜けたところもあるんだな、というのが声なき双方のチームの感想である。
「お人よしめ」
ハーマイオニーの言葉に、ドラコは食べ終わった食器をわきによけながらぶっきらぼうに言った。その青白い頬に赤みがさしているのを、ハリーJr.とハーマイオニーは見逃さなかった。
ふっと食器が消えるのをよそに、ドラコはハリーJr.に視線を移した。
「いきなりどうしたんだ。関係ないだろ。スリザリンの後継者ならば、少なくとも、我らがスリザリンならば、安ぜ」
「全然安全じゃないよ!」
ドラコの言葉を遮って、ハリーJr.が言った。
「わからないの?!ドラコらしくないよ!
君も、下手をすれば僕どころか、スリザリン生の全員が!濡れ衣着せられそうになってるんだよ?!
人殺しにされるかもしれないんだよ?!」
ハリーJr.の言葉に、さすがにスリザリン生の全員がぎょっとしたように目をむいている。思っても見なかった、という顔だ。
「真犯人がわかったら・・・でなくても、せめて何か、手掛かりで、秘密の部屋のことがわかったら、見直してもらえるかもしれないんだ。
みんなを犯人扱いされたくないんだ」
「ハリー・・・」
ハーマイオニーは、キュッと唇をかんで項垂れた。深く考えずに聞きに行ったことが、逆に友人を犯人呼ばわりしていることだったと気が付いたのだ。
「ごめんなさい、私・・・」
「いいよ。ハーマイオニーなりに考えてくれたんでしょ?」
「フン。次から気をつけろ。僕だからよかったものの。他の純血貴族なら、潰しにかかられていたからな」
腕と足を組みなおし、ドラコは言った。
「父上が言っていた。秘密の部屋は、以前も開かれたことがある。50年前だそうだ」
「! それ、本当なの?!」
「嘘なんか言ってどうするんだ」
身を乗り出したハーマイオニーに、ドラコは不機嫌そうに言い放った。
「犯人扱いされるならば、話は別だ。
身の潔白の証明のためなら、手を貸さないこともない」
「ハーマイオニー。何でもいいんだ。知ってること、気が付いたこと、教えてくれない?僕の方も言うから。
といっても、あんまり大したことは知らないけど」
「情報交換と、共同戦線ね!いいわ!」
ハリーJr.の提案に、ハーマイオニーは嬉々として、普段使いしている手帳を広げる。
寮の垣根――それも、普段いがみ合っているはずのスリザリンとグリフィンドールの3人が、秘密の部屋の開放という危機の前に、手を組んだ。
加えて、それが純血貴族の嫡子マルフォイと、マグル生まれのグレンジャーであれば、注目が集まらないわけがない。・・・3人はこれまでも行動を共にしていたが、さすがに大広間などの大勢が集まるところでは自重していたのだ。
ただ、これは別にホグワーツの外に目を向ければ珍しいことではない。
呉越同舟という言葉があるように、敵味方に分かれていようと、共通の敵があれば人間は手を組めるというものなのだ。
加えて、マルフォイとグレンジャーの緩衝材として、半純血にしてマグル育ちのハリー=メイソンJr.がいたことも大きい。
貴族としての沽券や意地を優先しがちな(ついでに素直でない)マルフォイと、魔法界の常識にいまいち疎い(そして猪突猛進気味の)グレンジャー、双方のバランスを上手いこととって見せたのである。
一方で、そんな3人を見やる外野もまた、多少であれど空気が変化していた。
スリザリン生は、ハリーJr.の指摘で自分たちが犯人にされかねないと自覚したのだろう、差別意識の強い純血貴族出身の学生は関係ないとそっぽを向いていたが、他の学生たちは下手をすれば就職や今後に響くと、ひそひそと話し合っていた。
グリフィンドール生はといえば、今更気が付いたのかと言わんばかりの呆れた視線と、そんなことしたところでお前らが犯人なんだろうが、という疑惑の視線がないまぜになった視線をスリザリンのテーブルに向けていた。
レイブンクロー生は、3人の話を聞いて、自分たちなりに推理や推測を展開させようとでもしているのか、3人に視線を向けていた。
ハッフルパフ生が一番の事なかれ主義で、遠巻きにスリザリンとグリフィンドールをちらちらと見やっていた。
だが、3人の秘密の部屋の探求は、一時中断となる。
決闘クラブ開催のお知らせという、学内掲示板に張り出された真新しい羊皮紙に、念のために参加してみようか、となったのだ。
* * *
さて、少々時間を戻し、話の視点をセブルス=スネイプ魔法薬学教授へと移そう。
長い黒髪に隠れて見えなかったが、その話を持ち込まれた時、彼の蟀谷はらしくもなくヒクヒクと引きつっていた。
メアリーが夕食づくりで席を外していたのが不幸中の幸いか。もし彼女がいたら(あまつさえちょっかいを出されたら)、自分を抑えられたか、セブルスはらしくもなく自信がなかった。
決闘クラブの開催につき、補助をするように。
地下牢を訪れるなり居丈高にそう言い放ってきたロックハートに、とっさに水銀弾を撃ち込まなかった自分を褒めたい、とセブルスは思う。ガラシャの拳でもいい。
なぜ、奴は次々面倒を引き込んできて、セブルスの殺意をあおってくるのか。そんなに殺してほしいのだろうか?自殺願望があるならば、自室の梁に縄を結べばいいものを。
戦闘で獣性が高ぶったわけでもないのに、鎮静剤を服用したいと思ったのは、これが初めてである。
ある意味、ロックハートは偉業を成し遂げて見せたわけだ。
すでに校長の許可は取ってあります!とドヤ顔で言い放ったロックハートに、セブルスは陰のある端正な顔を歪めて舌打ちした。
それはまるで、今からこいつを埋め立てる予定の墓地が急に使えなくなった、と判明した時のマフィアにもよく似た顔つきであった。
コイツの授業評判を聞いているのか、ダンブルドア!
セブルスがいくつ、保護者と理事会宛てに謝罪文と、嘆願書を書いたと思っている!自分でさえそうなのだ。他の寮監や、教授職も絶対やっているぞ!
まるで身にならない授業(ロックハートの自己愛満載の自慢話ばかり)で、つまらなくはあっても、去年のクィレル(ただし闇の帝王付き)のほうがマシだったとまで言われているんだぞ!
補習にクィレルのテキストが引っ張り出されたんだぞ!その補習のせいでほかの教授方が疲労困憊状態になっているんだぞ!
決闘クラブの開催?場所の手配と、当日のプログラム、教導内容の決定は?
補助という名の体のいい生贄(つまりセブルス)が行うことになるに違いない。
これが、百歩譲って、例えばフリットウィック辺りならばまだわかる。彼は、若いころ決闘のチャンピオンだったと聞くからだ。つまり、その手の手順に詳しい可能性が高いのだ。
だが、なぜセブルスなのだろうか?大方、地下牢の引きこもりに近く、一番ひ弱そうで、彼の引き立て役に最適だと思われたに違いない。
・・・決闘クラブのデモンストレーションにかこつけて、ロックハートをボコボコにしてやろうか。内臓を抉るのはだめでも、吹っ飛ばすくらいは許されるはず。
で、深く突っ込んで訊いてみれば、案の定ロックハートは、その手の手配をしてなかった。
全校生徒に告知するだけして、他の細かな手配をセブルスに丸投げしてきたのだ!
奴の頭蓋を掻っ捌いて、瞳がないであろう脳みそを引きずり出しても、許されるのでは?
セブルスの、これから解剖する遺体を前にしたような眼差しをものともせず、「それでは私はこれで!お願いしましたよ!」などと朗らかに笑って、パチンッとうざったいウィンクをかまして出て行ったロックハート。
・・・ロックハートの勝手な告知によって、1週間ですべてを決めなければならないらしい。通常業務とOWL試験&NEWT試験の対策講座(今年は必要とマクゴナガルが判断)の実施、ロックハートに関する苦情・嘆願の処理にプラスして、さらに業務が追加された。
“秘密の部屋”の追及など、する暇があるわけがなかった。
* * *
さて、決闘クラブ開催の当日である。
受講参加を申し込んできた人数はかなりのもので、急遽手配したセブルスの無理な注文をものともせずに、大広間を貸し出してくれた。
食事用の長テーブルは取り払われ、一方の壁に沿って、金色の舞台が出現していた。準備をしてくれたであろう、ハウスエルフたちに感謝をせねば、とセブルスは思う。
そして。
今すぐこの男を、舞台から蹴落としてやろうか、と思いながら、自己愛に満ちた前口上を述べるロックハートを、セブルスはチロリと見やる。
白い歯をきらりと光らせるパッケージだけは御大層な男は、深紫のローブに身を包んでいた。
なお、セブルスはいつもの漆黒のインバネスコートに、銀の手甲付きグローブ、脚甲付きブーツという、頭装備を除いた狩装束であるが、普段とは違い、右手に杖を携えていた。
一応、決闘クラブという、生徒の教導の一環である。
見本となりわかりやすくあるように、普段は手甲に仕込んでいる杖を右手に持つことにしたのだ。
何やらジロジロと見られているが、セブルスは気にしなかった。
基本的に魔法薬学の授業ばかりで、杖は手甲に仕込んでいたのもあって滅多に人目にさらすこともなく、珍しがられているのだ。
セブルスの杖は、出自も経緯も特殊だ。
もちろん、彼の杖もイギリス魔法界の杖の大半がそうであるように、オリバンダーの店で誂えたものだ。
長さ35センチの、セストラルの尾の毛を芯とした、菩提樹の杖だ。
ただ、この杖はオリバンダーが若いころに作った練習作だったそうだ。
本来、オリバンダーの店で取り扱う杖芯は、不死鳥の尾羽、ドラゴンの心臓の琴線、ユニコーンのたてがみ、以上3つである。使用する木材と長さを多様化して、一つとして同じ杖は存在しないものらしい。
店中の杖を試したセブルスに、藁にも縋る思いでオリバンダーが持ってきたのが、その杖だった。
以降、その杖はセブルスとともにあり続けている。
彼が地獄のヤーナムを駆け抜けることになった時もそうだ。
セブルスが狩工房で初めて血石と血の遺志を使って仕掛け武器の強化をしようとした時、その杖は火花を散らして見せた。
自分にもそれを使え、自分も強くなる、と言わんばかりに。
おっかなびっくりで組み込んでみれば、魔法の威力や出の速さが上がっていった(それでも獣には通じなかったのだが)。今では直接手に持たなくとも、無言呪文を使うときに自然と力を貸してくれるほどになった。
杖には魂はない。確固たる意思も、言葉も持たない。だが、主を選ぶ。選んだ主に、最後まで忠節を尽くす。その主がほかの魔法使いに下された場合、その魔法使いに手を貸すことも認めるが、それでも最初に選ばれた魔法使いこそ、杖の力を最大まで引き出せるのだ。
ヤーナムで変質したのはセブルスだけではない。血の遺志と血石によって強化された彼の杖もまた、杖としては破格の魔力を有するようになったのだ。
セブルスが杖の忠誠心について知ったのはヤーナムを出た後のことだが、薄々と感情のようなものがあるとは察していた。
だから、彼は自分の杖はそれ一つと定め、仕込み杖は手に入れはしても、どうにも強化と使用をためらったのだ。
文字通り地獄に付き合った杖を裏切るようにも思えてしまったのだ。
彼の杖が、それをどう判断するかは定かではないのだが。
それにしても、魔法使いらしい決闘など、かなり久しぶりだ、とセブルスは思う。
魔法の杖での戦闘なんて、ヤーナムで魔法の役立たずぶりを学んでしまえば(当たらない、効かない、当てるより早くこっちが死ぬ)、やる気など毛ほども起きない。
杖をもって呪文を唱えるより早く、初撃をよけるか、ガンパリィで体勢を崩させるかと、するものだ。大体は、コンマ一秒、考えるより早く、体が早く動いてしまうのだが。
考えるな、殺せ。それが狩人だ。
とはいえ今は、考えろ、殺すな、それが教師だろう、という状態なので、おとなしくしておく。
「私が彼と手合わせした後でも、皆さんの『魔法薬』の先生は、ちゃんと存在します。ご心配めさるな!」
むしろ、お前の存在をなかったことにしてやろうか、とセブルスは思案する。
去年とは比べ物にならない勢いでフラストレーションが上昇しているのだ。主に、目の前のこのパッケージ詐欺のせいで。
「おじさん、怖・・・」
思わずハリーJr.がそう小さくつぶやいてしまうぐらいには、セブルスはストレスをため込んでいた。
表情はかろうじて、無表情を保とうとしていたが、目つきが尋常ではなかった。
それは、ヤーナムで下水道を徘徊している豚を前にした時の目つきだった。奴の腹を掻っ捌いたら、そこから出てきた血まみれの白いリボン。嗚呼、何があったか、どうしてなかなか避難所としているオドン教会に来ないのか、理解したくなくとも悟ってしまった。
・・・一番最初の気持ちを思い出した。最悪の気分だった。
豚は許すな。豚は殺せ。一片の慈悲もない。
「何で、奴はああもヘラヘラしてるんだ・・・」
「さあ・・・? 危機感がマヒしてるんじゃない?
キメラを茶漉しでこかして脱出するくらいらしいし。あのくらい何でもないんじゃない?僕だったら、泣いて謝るけどなあ」
一歩後ずさって呻くように言ったドラコに、ハリーJr.は淀んだ眼でロックハートを見やった。
・・・なお、彼はロックハートの授業において、彼の自慢話の小芝居における敵役芝居を担うよう、指名されることが多い。
「お前でも泣いて謝るのか・・・」
「命乞いって、無駄に思われるかもしれないけど、場合によっては効果があるって、父さんも言ってたからね」
基本的に怖いもの知らずと言われそうなハリーJr.である。自分よりも大柄な上級生相手に、殴りかかったこともある(主にマグルの父親の悪口を言われたことで)。そして、黄金の右足で蹴り倒した。
そんなハリーJr.でも、喧嘩を売ってはいけない相手ぐらいは弁えていた。セブルス=スネイプおじさんは、その筆頭である。
そんなスリザリン生二人をよそに、ロックハートとセブルスが模範演技を始めた。
それぞれ、向かい合って礼をする。やたら体をくねらせ、大仰な一礼をするロックハートに対し、セブルスはグイっと適当に頭を下げただけだ。
こんな奴に、“狩人の一礼”をくれてやるのももったいない、と思っているのだ。
そうして、ロックハートの解説に合わせて、杖を剣(この場合はいわゆるレイピア)のように突き出しあって構える。
そうして、3つ数えて術をかけあう・・・のだが、ロックハートがもたついたのか、セブルスが速かったのか。おそらく、後者だろう。実践経験バリバリの狩人の前に、生半な魔法使いは、肉人形でしかない。
「
目もくらむような紅の閃光が特徴的な武装解除術の光弾が、ロックハートを舞台上から吹き飛ばしていた。吹っ飛んだその杖を、セブルスはあっさりとつかみ取る。
吹っ飛んだロックハートはそのまま壁に激突、ずるずると壁伝いに滑り落ちて、床で無様に大の字になった。
ハーマイオニーがピョンピョン飛び跳ねて、手で顔を覆い、指の間から「先生、大丈夫かしら?!」と悲痛な声を上げるのに、ドラコが「大丈夫だろう?先生なんだから」と微塵も説得力のない適当な返事を返している。
あの人にしてはかなり大人しい選択をしたな、とハリーJr.は思った。
2年前の怪物邸騒動の時のように、爆発する金鎚でこんがりした焼き挽肉にもできただろうに。
ああ、魔法の決闘クラブだからか。だから手加減したのかな。
ロックハートも、運がいいなあ。おじさんが本気になったら、あの人、今頃致命傷で虫の息になってただろうな、とハリーJr.は思った。父さんが、「セブおじさんは強いよ。神様だってやっつけられる、パパと同じくらいにね」って言ったんだ。間違いない。
よれよれと立ち上がったロックハートは帽子は吹っ飛び、カールしたブロンドが逆立っていたが、それでもペチャクチャと講釈を垂れている。
武装解除術か。なるほど。呪文と杖の振り方は今ので覚えた。
軽く杖を振って、一つ頷くハリーJr.をよそに、ロックハートはなおも講釈を垂れている。
・・・本気じゃなかった、セブルスがやれたのはまぐれ、という感じの発言が聞こえ、一瞬セブルスは、この男に強攻撃からの内臓攻撃で、腸管を引っこ抜いてやろうか、本気で思案した。
いっそ、聖杯ダンジョンに放り込んでしまおうか?ロックハートが書籍に書いているような、数々の偉業をなしたならば、あそこからでも笑顔で傷一つなく、3デブをお縄にして出てこられるに違いない。
ばきっと、セブルスの左手の関節が鳴った。・・・なお、教授陣の間で、セブルスは赴任直後に、校長を殴り飛ばしたヤベエ奴というのがひそかに噂になっている。
ロックハートがそれを耳にしたかは定かではないが、セブルスの目つきから、これ以上の軽口はまずいとさすがに悟ったらしく、そそくさと話題を変える。
そうして、ペアを組ませて、練習試合をさせることになった。
セブルスは友人同士といえど、ハリーJr.の実力的にドラコは役不足だろうと、あえて彼を別の相手と組ませることにした。
ハーマイオニーは、スリザリンのミリセント=ブルストロードと組むことになり、ドラコはネビルと組むこととなった。
そして、ハリーJr.は・・・折れた杖のせいで、危険視されてペアの見つからなかった、ロン=ウィーズリーと組む羽目になった。
そうして、練習試合一発目だが、かなり悲惨な結果となった。呪いの掛け合いの結果、巻き起こったのは収拾不能のカオスである。クラゲ足で転倒、踊り続けるもの、笑い続けるもの、挙句の果てには杖などいらないとばかりに、キャットファイトにしゃれ込むものまでいた。
しかし、大半はセブルスの
・・・一応、この茶番に参加した生徒たちも、『秘密の部屋』騒動とスリザリンの継承者を警戒し、自分たちなりに危険意識をもって、自衛しようと参加してきたのだ。
ならば、相応に最低限の知識は授けるとしよう、とセブルスは口を開いた。
「攻撃は最大の防御ともいうが、相手の消耗を待つのも一つの手だ。先ほどはあえて呪いや攻撃魔法に絞ったが、使う魔法を防御魔法に限定するのもよい。
ハリー=メイソンJr.、前に出たまえ」
「はい」
セブルスがハリーJr.を指名したのは、他の生徒と比べて、消耗が少ないからだ。
何しろ、ロナルド=ウィーズリーは、折れた杖で呪いの自爆をしていたのだから。自分の呪いをかけると同時によける気満々だったハリーJr.は正直、拍子抜けしていた。
「合図をしたら何か、適当に攻撃魔法、あるいは呪いを私にかけたまえ。
私は反撃は一切しない。
あくまで魔法に限定する。物理攻撃はなしだ」
「わかりました」
うなずいて、ハリーJr.はぴしりと姿勢を正して、一礼する。ドラコからも仕込まれた、上流階級でも通じる、美しい一礼だ。
対するセブルスも、今度は胸に手を当てた一礼――“狩人の一礼”を返した。
まだ幼いと言えど、やる気と素養のある生徒には相応の礼儀は尽くすべきなのだから。
「3、2、1!」
「
「
ハリーJr.の放った赤い光弾は、セブルスの展開した光の幕の前にあっという間に霧散した。
おおっと感嘆の声を上げたのは、低学年の生徒だろうか。
「今のが防護魔法だ。呪文と杖の振り方は見たかね?覚えきれてないものは、自寮の上級学年のものに教えを乞うとよい。
勝てぬものを前にしっぽを撒いて逃げることを不名誉とするならば、あるいは粘って勝ち目を狙うのも一つの戦術だ」
淡々と言って、セブルスは杖を下ろした。
「Mr.メイソン。今のは初めて使った魔法かね?」
「はい」
「杖の振りが甘く、初動が遅い。武装解除呪文は、出の速さが一番の利点となる。それを自らでつぶしてしまっている。何のための呪文だ。以後、気を付けたまえ」
「・・・はい」
しゅんっと肩を落とすハリーJr.に、セブルスはしまった言いすぎた、ととっさに思った。
「が、はじめてにしては、上出来だろう」
「! はい!」
パッと顔を上げて、嬉しそうにうなずくハリーJr.に、セブルスは目をそらした。
あの緑の目が悲しそうにするのは、どうにも堪えるのだ。
後に、この魔法を猛特訓したハリーJr.は、自らが最も得意とする魔法にまで昇華させるのだが、それは別の話となる。
「さて、そろそろ時間ですな。最後に一つ、私の方から必勝法について教授しておこう」
決闘についての必勝法と聞いて、全員が耳をそばだて、セブルスを注目した。
「必勝法!わかりますよ!スネイプ教授!やはり、私のように」
「一対一の決闘などバカバカしい!囲んで数の暴力で袋叩きにすればいい!」
何事か言おうとしたロックハートの言を遮って、セブルスは切って捨てた。
・・・それは、このクラブの存在意義を、根底から無意味と言ってのけたも同然だった。
実際、ヤーナムのみならず他のいくつかの場所でそれをされようものなら、必ず死ぬ。狩人が一番苦手とするのは、今も昔も多対一の混戦なのだ。
今のセブルスならば、それを切り抜けることもできなくもないが、避けれるならば避けるべきだし、自分がそれを使えるならば、手札とすべきだ。
・・・そこで卑怯だの誇りだの出てこないのが、彼がスリザリンたる所以であるのかもしれない。
ぎょっとする全員と、ひそひそとささやかれ始めるのを無視して、セブルスは続けた。
「諸君に誠に優先するべきものがあるならば、その意味が分かるはずだ。
己の命、その延長として友や家族、そういったものがかかっているならば、名誉だ誇りだ決闘だと悠長なものにうつつを抜かすべきか、理解できるはずだ。
何より、相手がそのお行儀良さに付き合うと思ったら、大間違いだ。
あくまで、礼儀作法ぐらいに思っておきたまえ」
そう言い残し、セブルスは踵を返した。インバネスコートの裾を翻し、そのまま大広間を出て行く。
残されたロックハートは、一瞬ぽかんとしていたが、「皆さん!合理的かもしれませんが、本当に重んじるべきものが、皆さんならばわかるはずです!この決闘クラブは、必ずや、皆さんの身を守ることにつながるはずです!」などと、取り繕うように演説し始めた。
「合理的だなあ・・・」
「言わんとしていることは分かるが、ああも真っ向から切って捨てることはないと思うが・・・」
感心したようにつぶやくハリーJr.と、呆れて言ったドラコに、ハーマイオニーはロックハートの演説が途切れた時に口をはさんだ。
「スネイプ先生のお話も一理あるわね・・・今問題にしている“秘密の部屋”の怪物が、決闘のルールに従ってくれるかもわからないから、だから気をつけろってことでしょ?
でも、人間同士ならロックハート先生のおっしゃる通り、ルールを重んじるべきだわ。きっと役に立つ時が来るに違いないわ」
「・・・君は、何であれをそうもポジティヴに受け止められるんだ」
「まあまあ。一理あるよね。・・・ロックハート先生に言っていい資格があるかはさておいて」
ハーマイオニーにも呆れた目を向けるドラコに、ハリーJr.は苦笑してからしらけた目をロックハートに向けている。
魔法で長テーブルがいつもの配置に戻っていくのをよそに、大広間の隅で、いまだに何人かの目をハートにした女子生徒相手に、ぺらぺらと自己愛の入り混じった演説をしている。
ハーマイオニーも入りたそうにしているが、さすがにこの後に行う他の勉強などの兼ね合いもあるのか、やめにしているらしい。
「・・・何であの人、正規採用されてるんだろうね?そして、何でこんなところで教師やろうと思ったんだろうね?」
「僕にわかるわけないだろう?偉大なダンブルドアの、ご高尚な脳みそに訊けよ」
「訊いたところで、僕らに理解できそうにない気がする・・・」
若干げんなりしたハリーJr.に、ドラコは全くだ、という代わりに無言で静かにうなずいた。
なお、そのやり取りは、大広間の喧騒に消されて、グリフィンドールの他の者たちに聞こえなかったのが、不幸中の幸いでもあった。
その数日後のことだった。
決闘クラブの開催は、何の慰めにもならなかったと、証明された。
決闘クラブにも参加した、ハッフルパフ2年生のジャスティン=フィンチ=フレッチリーが、黒くすすけた“ほとんど首なしニック”とともに、石化して発見されたのだから。
続く
【ハーマイオニーのメモ帳】
ハーマイオニーが愛用しているメモ帳。チェック柄の表紙の、マグルのパルプ製。
ハーマイオニーはスケジュールや日常の気付き、新たに知った魔法界の新常識などを、事細かにメモして持ち帰って、勉強の片手間に見やすいように整理している。
メモ帳の中には、少女の成長と秘密が、一挙に詰まっているのだ。
次回の投稿は・・・すいません、再来週にしていいですか?来週はコロナワクチン接種の2回目があるので、投稿できる状態じゃないかもしれないのです。(2回目の副反応の方がしんどいって聞きますので)
内容は、ハリーJr.&ドラコ&ハーマイオニーによる秘密の部屋の探求編!クリスマスは飛ばして、バレンタイン!キレた!セブルスさんがキレた!ロックハートの命運やいかに!お楽しみに!