セブルス=スネイプの啓蒙的生活   作:亜希羅

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 前回は、評価、お気に入り、ここ好き、誤字報告、ありがとうございました。

 ロックハートについてはまだ出番があります。素敵なあだ名も考えてあげました。その名前は次回公開しますので、そのときにはみんなで呼んであげましょう♪

 ・・・本来この時点では出番皆無の人物が出てきていますが、まあ、後々のフラグです。実質名前だけの出番ですし、問題はないはずです。

 公式で救済したら闇堕ちするんですよねえ、彼。


【4】セブルス=スネイプ、闇の魔法生物認定される

 

 さて、その夜中になる。

 

 セブルスは、珍しく城を出ていた。

 

 正直、今の状況で城を留守にするのは気が引けたのだが、“秘密の部屋”関連のことを子供たちにほとんど任せきりにしてしまったことを、大変申し訳なく思っていた。

 

 対策検討のための職員会議の翌日のことになるが、セブルスは3人組を呼び止め、よく怪物を突き止めた、と彼なりの言葉で褒めた。

 

 だからというわけでもないのだが、今日はいい加減なれたロックハート関連の処理を猛スピードで切り上げ、衣装替えをして、ついでに武器とカレル文字の付け替えもして、外出と相成った。

 

 目的地は、ハグリッドの小屋である。

 

 3人組の推理のすべてを鵜呑みにするわけにはいかない、とマクゴナガルは言ったが、筋は通る。そして、かなり可能性が高い。

 

 だが、まだ“秘密の部屋”そのものの場所と、“スリザリンの継承者”その人のことが何もわからないままなのだ。

 

 多少強行であろうと、こうなれば50年前の当事者の一人であろうハグリッドを直接問いただそうと、セブルスは思っていた。

 

 少なくとも、50年前のことについて聞くことができれば、何かわかるかもしれない。

 

 ハグリッドが拒否するなら、開心術で精神をこじ開けるのも辞さないつもりである。

 

 その場合、セブルスだとばれればかなりの問題になるが、今回はそうならないように手は打ってきているのだ。

 

 そうとも。問題はない。

 

 ふと、セブルスは足を止めた。

 

 ハグリッドのいる小屋の前が騒がしい。

 

 そして、小屋の中から出てきた人物に、彼は眉をひそめた。

 

 一人はダンブルドア。そしてもう一人は――セブルスも、たまに見る日刊預言者新聞で顔だけは知っていた、現魔法大臣のコーネリウス=ファッジだ。

 

 さらにもう一人出てきた。セブルスは知らない顔だ。ファッジの連れのようだから、魔法省の職員か?話を聞けば、魔法生物管理部のエイモス=ディゴリー氏というらしい。ディゴリー・・・そういえば、ハッフルパフの4年生にそんな名前の生徒がいたな。優秀で人気者だとも聞いている。おそらく、父親なのだろう。

 

 最後に出てきた人物に、セブルスはさらに眉をひそめる。ルシウス=マルフォイ。ホグワーツの理事である彼ならば、確かにいてもおかしくない。

 

 ・・・何を平然とここにいるのだろうか?彼は自分が流出させてしまったアイテムが原因だと、わかってここにいるのだろうか?

 

 いや、わかっていようとも、それをチャンスとしてダンブルドアを追い落とすべく、動き出したに違いない。

 

 

 

 

 

 さっさと隠居すればいいのに、あのくたばり損ないのクソ爺。

 

 たまに、飲み過ぎた酒のせいで、ルシウスが貴族の品位もかなぐり捨てて、そのようにつぶやいていたものだ。

 

 だからこそ、絶好の機会を見逃さずに、実行に移したに違いない。死者こそいないものの、3人も犠牲者を出してしまった、ダンブルドアの管理体制の甘さをこれでもかと攻撃して、校長の座から蹴落とす魂胆なのだろう。

 

 原因は棚上げとして。

 

 さすがスリザリン。テラスリザリン。その狡猾さに、セブルスはいっそ敬意を表した。

 

 ただし、現在進行形で仕事を増やしている相手でもある。昔世話になったことがなければ、ノコギリ鉈でばらして、聖杯ダンジョンに獣の餌として放り込んでいたかもしれない。

 

 仏の顔も三度までともいうかもしれないが、すでにルシウスはドビーの件でセブルスの仏の顔カウントを一つ潰している。

 

 

 

 

 

 真っ青な顔をしたハグリッドと、険しい表情のダンブルドアを連れて、彼らはホグワーツ城へ向かって歩いていく。

 

 聞こえてきた会話内容から察しても、ダンブルドアは停職、ハグリッドは50年前の事故の犯人である(とされる)がゆえに、容疑者としてアズカバンに勾留となるらしい。

 

 ・・・そして、それを言ってきたのはルシウスではなく、ディゴリー氏らしい。彼はいったいどこからハグリッドの名前を聞いたのだろうか?息子あたりからか?

 

 そして、彼らは青い秘薬を飲んで存在を隠すセブルスのそばを、何事もなく通り過ぎた。

 

 明日からはダンブルドア大好きグリフィンドール生がうるさくなるに違いない。

 

 ため息を押し殺し、セブルスは視線を走らせる。

 

 出て行った彼らは戻ってくるそぶりはないが、セブルスは灯もつけずに視線を走らせた。

 

 幸い、雲が割けて月光が差し込んだこともあって、ヤーナムで暗所の探索に十分慣れたセブルスには、小屋の陰、畑の隅にいるそれはよく見えた。

 

 蜘蛛だ。

 

 何かに怯えるように、一目散に城から離れ、禁じられた森の奥に向かっていく。

 

 ホグワーツ内部で、“姿現し”は使えない。最悪の最悪、死に戻りを覚悟して、セブルスは森に踏み込んだ。

 

 うっそうと茂った木々に、月光がさえぎられたため、セブルスはやむなく腰の携帯ランタンに発光呪文(ルーモス)で明かりを灯した。

 

 そうして、蜘蛛の後を追う。

 

 なぜそうしようと思ったか、セブルスは上手く言葉にはできなかった。しいて言うならば、脳に宿した瞳が、そうするべきだ、それをしておいた方がいい、と囁いてきたためだ。

 

 

 

 

 

 蜘蛛。セブルスは蜘蛛が嫌いだ。ヤーナムへ行く前・・・正確には、聖杯ダンジョンに潜る前であれば、魔法薬の素材としても有用な生き物だと答えていただろう。

 

 だが、聖杯ダンジョンの奴らはだめだ。特に赤いのは。少し扉を開けるのにもたついてしまえば最後、部屋中にみっしりとひしめく連中にたかられて死ぬ。

 

 鐘女は本当に面倒極まりない。

 

 ヤハグルにいるのもうっとうしかったが、蜘蛛を呼び出すというだけで万死に値する。

 

 あいつらのせいで聖杯マラソンが数段しんどい苦行と化していた部分があった。

 

 赤蜘蛛も嫌いだが、蜘蛛男のパッチも腹立たしい。しれッと突き落としてアメンドーズの生贄にしようとしてきたくせに、ノーカウントだのなんだのと命乞いしてきた。あまりの調子のよさに、かえってやる気が殺がれた。

 

 まあ、それでも腹は立ったので、去り際に一発切りつけてやった。生贄を所望するなら、自分を捧げればいいものを。(そもそもアメンドーズがその生贄を素直に受け取るか、という問題があるのだが)

 

 

 

 

 

 話を戻す。

 

 やがて、たどり着いた開けた場所に、今度こそセブルスは絶句した。

 

 蜘蛛、蜘蛛、蜘蛛。

 

 馬車馬ほどはある、巨大な蜘蛛だ。厚く黒い毛におおわれ、4~5メートルほどはあろう、長い八本足と黒い八つ目に、はさみを携えたそれが、ぎっしりひしめき合っている。

 

 その数100は超えるだろうか、ドーム状の巣に、コロニーを形成しているらしい。

 

 セブルスはそれを見て、めまいを覚えた。

 

 遺憾ながら、セブルスはそれを、書籍の中の挿絵であれど、知っていたのだ。

 

 アクロマンチュラだ。東南アジアボルネオ島原産の、毒性を持つ肉食の大蜘蛛である。その毒液は希少で貴重だが、確かM.o.M.分類XXXXXXに分類される、凶悪極まりない魔法生物だったはず。

 

 なぜ、東南アジアの熱帯気候で生息するはずの毒蜘蛛が、冷涼なイギリスでこんな大コロニーを作り上げているのか。

 

 瞬時にセブルスは解答にたどり着いた。あの森番!ドラゴンの卵以上の、前科をやらかしていたのだ!校長がこれを知っていたかは定かではないが、これは森に入っていけない理由にしかならない。

 

 そして、アクロマンチュラたちは、ある程度の知性をもって、人語を操ることも可能である。

 

 だが、彼らは所詮、獣だ。現にコロニーに踏み込んだセブルスを餌とみなし、われ先に襲ってきたのだから。

 

 セブルスは、彼らを蹴散らしながら、ここまで来た。蜘蛛たちのコロニーを突き止めようとしてきたのだが、これは失敗だったかもしれない、と彼は思う。

 

 集団戦は苦手なのだが、なぜか彼らはこちらを襲うのをためらうようなそぶりを見せたため、そのすきを見逃さずに攻撃を叩きこんで、退けてここまで来たのだ。

 

 『な、何だ、お前は・・・?』

 

 コロニーの中央にいた、ひときわ大きく、目が白い個体――おそらく、このコロニーの長であろう、アクロマンチュラが口を開く。戸惑っているらしい。

 

 無理もなかった。何しろ、セブルスは、普段の彼とは似ても似つかない格好をしていたのだから。

 

 真白のローブじみた装束は、聖職者というよりどこか学者じみた雰囲気を醸し出している。聖歌隊の装束だった。

 

 だが、一番の問題は服装などではなかった。

 

 少し身動きするたびに、それこそ足を踏み出すだけでヌチャヌチャという得体のしれない粘着音を奏でる彼の皮膚は、文字通り青白かった。人間の皮膚の色と質感をしておらず、魚介を彷彿とさせる光沢とぬめりを帯びていた。

 

 首から上はといえば・・・青白いカリフラワーだろうか?あるいはクラゲやウミウシ・海綿のような海洋軟体生物を彷彿とさせる、名状しがたき形状をしていた。どこに目や口などの感覚器が付いているのだろうか?

 

 そして、手袋をしていない同色の腕にも、ぬめる触手が絡み付いていた。・・・今の彼は珍しく、杖を使うときは手に持って使うのだ。

 

 これぞ、血の聖女アデラインが残したカレル“苗床”を脳に焼き付けた、外見も上位者に近づいた姿であり、セブルスが身につけているのは、ゴースの寄生虫という、歴とした武器だった。

 

 もっとも、これが人間と言えるかは、はなはだ疑問である。

 

 

 

 

 

 一方のアクロマンチュラたちも、コロニーリーダーのアラゴグのみならず、戸惑っていた。

 

 これは何だ?人間、なのだろうか?

 

 アラゴグはハグリッドに育てられた恩がある。卵から孵され、人間に殺されそうになったところを身を張って救われ、住処を与えられ、伴侶もつれてきてもらい、ここまでの大きな群れを作ることができた。だから、アラゴグはハグリッドは襲わないし、そうするように群れの者たちにも強く言いつけている。

 

 だが、ハグリッド以外の人間は別だ。たとえ、ハグリッド以外のものが何らかの言伝を持ってきたところで、ハグリッドでないならば、何の意味もない。だから、その者は襲って、群れの糧にする。

 

 だが、目の前のこれは、そもそも人間なのだろうか?言葉は・・・自分たちという例があるので、通じるかもしれないが、そもそも同じ言語を話すのだろうか?

 

 そもそも、人間の臭いじゃない。何というのだろうか?

 

 最初は、何というか・・・ほんのりと生き物が腐ったような、アラゴグは行ったことがないが、海の臭い――ハグリッドが差し入れてくれた魚、とも似たような独特の匂いがしたと思った。

 

 だが、今は、それとは別の臭いが強く、感じられた。まるで、虚空に浮かぶ、月のような。

 

 バカな。

 

 アラゴグは、自らの思考を一蹴する。

 

 それは、天に二つと並ばないものだ。目の前のこんなわけのわからないものがそれと同一?バカバカしいにもほどがある。

 

 アクロマンチュラは生きるために無意味なことはしないのだ。あの生き物のところに近寄るどころか、話題すら避けるように。

 

 だが、アラゴグの逡巡を無視して、あるアクロマンチュラが、青白いそれに鋏を振り上げて襲い掛かった。

 

 最近は、餌が乏しく、皆飢えている。

 

 あの生き物が何であるかは定かではないが、腹の足しくらいにはなるだろう。

 

 そう判断したアラゴグは、止めないことにした。

 

 

 

 

 

 だが、その判断は間違いであったとしか言いようがなかった。

 

 

 

 

 

 ビュルッと、何か粘着質のものが素早く動くような音がした。

 

 アラゴグは、ナメクジの這った後を歩く子蜘蛛が、ぬめって転んだのを連想したが、そんなかわいらしいものではなかった。

 

 その青白い異形が、両腕から延ばした同じ色のぬめる触手の束で、アクロマンチュラたちを蹴散らしだしたのだ。

 

 不規則で、不ぞろいの触手の束に叩かれ、突かれ、あるいは掴まれて引き倒され、体勢を崩したところで、口らしきところから吐きつけられた、カーキ色の不気味な液体に容赦なく溶かされる。

 

 極めつけは、1匹では駄目だと、3匹ほどが一斉に飛びかかった時だ。青白い生き物が、自分自身を抱きしめるように己が身に触手を撒きつかせた。ようやくあきらめたか、と久しぶりの獲物に、蜘蛛たちが期待に鋏をガチャつかせた時だった。

 

 その直後のことだ。まるで満天の星空が広がるような。形容しがたい不思議な――黒とも群青とも、まばらに広がる星屑のような銀光を帯びた爆発が、青白い生き物を中心に発された。

 

 たまらず若い3匹は吹き飛ばされ、間髪入れずに踏み込んだ青白い生き物の触手に頭を叩き潰され、動かなくされる。

 

 アクロマンチュラは共食いもするので、食料が手に入ったことに変わりはないが、それでもできれば共食いなどしたくないのが本音なのだ。共食いなど、最終手段だからだ。

 

 アラゴグは戦慄した。目は見えずと音は聞こえるし、臭いもわかる。状況は手に取るように分かった。

 

 何だあの生き物は!やはり人間ではないのだ!新種の闇の魔法生物であるに違いない!

 

 他のアクロマンチュラたちは、先ほどの異様な爆発技に、完全に怖気づいたらしい。

 

 彼らの天敵たるあの生き物以上の、禍々しさと忌々しさを、その存在から感じ取ったのだ。

 

 これは、この世にあるべき存在ではない。そんな錯覚さえ覚えたほどだ。

 

 そんな風にアラゴグさえ逡巡し、他の蜘蛛たちも怖気づいていたので、さらに被害が増えてしまった。

 

 その存在は、組んだ両手を頭上に高々と振り上げた。途端に、その頭上で、いくつも瞬く、銀のきらめき。超新星爆発を思わせる美しい輝きに、アクロマンチュラたちはその頭に持つ8つの目のすべてを奪われた。

 

 盲たアラゴグの目にすらも、強烈な気配を焼き付けた。

 

 だが、その美しさは、滅びの美しさだった。

 

 その存在が両手を組んだまま振り下ろすと同時に、超新星爆発のきらめきは何重もの光の帯となって、地表に弧を描きながらばらばらと落下してきたのだ。

 

 爆光は、容赦なくアクロマンチュラたちの体躯を次々と抉り撃ち抜いた。馬車馬ほどの大蜘蛛たちは発音不明な悲鳴を上げて転がり倒れていく。

 

 秘儀“彼方への呼びかけ”。聖歌隊が誇る、特別な力の一つだ。

 

 そして、苦痛と恐怖にアクロマンチュラたちが硬直しているのをよそに、その存在が走り出した。

 

 素早く回れ右するや、白いローブを翻し、触手と青白い頭を揺らして、脱兎のごとく一目散に、コロニーから退却していく。高速移動呪文も併用していたので、ものすごい速度だった。

 

 いっそ見事なまでの逃げっぷりだった。

 

 先ほどまでの暴れっぷりはどこへやら。

 

 毒気を抜かれたアラゴグを始めとしたアクロマンチュラたちは、やや呆然としてしまった。

 

 だが、逃げられたものは仕方ない、と早々に切り替えた。とりあえず生き残ったものが当分腹を満たすには、十分な食料が手に入りはしたのだから。

 

 くどいようだが、アクロマンチュラたちにとって共食いを禁忌とする倫理観など、存在しない。たとえ同族でも、死体となってしまえば、その瞬間からそれは食料とみなされるのだ。

 

 ・・・なお、アクロマンチュラたちは、その青白い生き物が去り際に仲間の死体のいくつかに手を触れて、血の遺志に変換して体内収納して持ち去ったことについては、気が付いていたものもいたが、逃げた獲物などどうでもいいので、気にしなかった。

 

 

 

 

 

 正直に言えば、セブルスも蜘蛛狩りを続行してもよかった。

 

 アクロマンチュラの毒液は貴重なものであるし、何よりもここ最近ため込んだフラストレーションの発散になる。一石二鳥だった。

 

 だが、いかんせん場所がだめだ。禁じられた森はホグワーツの近郊にある。

 

 いつ森の蜘蛛たちが気を変えてホグワーツに侵入してきたら。それでなくても、馬鹿な生徒が薬やアイテムの自主制作のための材料採取として森に入り込んで襲われでもしたら。

 

 ・・・場所がホグワーツ近郊でさえなければ、定期的な狩場にできたものを。(さらにはロックハートのせいで最近は手が空かないというのに)

 

 非常に惜しいことだが、このコロニーはつぶすしかない。コロニー存在の証拠としてアクロマンチュラの死体もいくつか回収できたので、それでよしとしておかなければ。

 

 なお、死体からは1体を除いて薬の素材になる部位は毒含めてきっちり回収させてもらった。

 

 

 

 

 

 その翌日、セブルス=スネイプ教授が普段以上に不機嫌そうに大広間にいつも通りの姿を現したのは、言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 さて、それからしばらくは静かな時間が続いていた。

 

 “スリザリンの継承者”は活動に飽きたのか、あるいはどうあがいても石化がせいぜいで殺すことはできないと悟りでも啓いたか、とにかく、まったく動きを見せなくなった。

 

 とはいえ、ホグワーツ内部は相変わらず厳戒態勢のままで、夕方6時以降の寮外への外出制限、授業間移動の際の教授による引率、トイレまでの付き添い、放課後におけるクラブ活動の一切の延期などは、継続されたままだった。

 

 暗澹たる空気の中、それでも学年末テストは予定通り実施されるということで、一部学生たちは、こんな時でも?!とげんなりしていた。なお、これに対して、マクゴナガル校長代理は、こんな時だからこそです!と厳格に言い放った。

 

 さすがマクゴナガル先生ね!と、彼女をキラキラした尊敬のまなざしで見たのは、ハーマイオニーくらいであろう。

 

 だろうな、とあっさり頷いたドラコに、うわ魔法史全然やってなかった・・・と嫌そうにつぶやくハリーJr.。

 

 今更ながら、ハリーJr.のいる学年の学力レベルについては、ハーマイオニーが断然のトップ、次点がドラコだが、これもかなりのもので並の学生以上の学力は維持しており、ハリーJr.は筆記よりも実技が得意で上の下程度のレベルを維持している。(自己申告通り魔法史が壊滅的)

 

 そんな状況でもあるが、同時に喜ばしいニュースもあった。

 

 ハリーJr.達も植え替えをしたマンドレイクが収穫されるそうだ。つまり、マンドレイク薬が完成し、犠牲者たちの石化が解けるということだ。

 

 マクゴナガルは、彼らの回復はもちろんだが、彼らが何に襲われたか、何か目撃していないかということも期待しているそうだ。

 

 セブルスもマンドレイク薬調合のために、準備をしていた。といっても、刈り取ってとろ火で煮る程度だ。灰汁取りを怠らずに、という注釈が付くので、鍋から目を離すことはできないのだが。

 

 

 

 

 

 だが、その喜ばしいニュースはあっという間に吹き飛んでしまった。

 

 最初の予告のすぐ下に、ペンキで書き足されたその文章。

 

 “彼女の白骨は永遠に『秘密の部屋』に横たわるであろう”

 

 そして、それに呼応するように、一人の女子生徒が姿を消した。

 

 ウィーズリー家の末娘、ジネブラ=ウィーズリー――愛称ジニーが。

 

 生徒を至急寮に戻し、職員室で開かれた職員会議で、蒼白な顔のまま報告したマクゴナガルは、生徒を至急帰宅させる準備の必要を告げてから、ぽつりと言った。

 

 「ホグワーツはこれでおしまいです。ダンブルドアはいつもおっしゃっていた・・・」

 

 それを、それぞれの教職員は痛ましげに見やってから、とにかく今は一刻も早く生徒を安全な場所へ届けようと言い出す直前だった。

 

 遅刻でやってきたロから始まるとびっきりの愚か者が、重役出勤、あるいは主役は遅れて登場する!とでも言うかのようににっこり笑って見せた。

 

 ・・・なお、セブルスは、その眉は化粧、つけまつげを糊で接着し、似たような色と髪型の鬘をかぶっていると即座に見抜いた。

 

 セブルスの左手が、ガラシャの拳をはめてもいないというのに、バキッと関節音を発した。

 

 あのまま部屋に閉じこもっていればいいものを。

 

 「なんと、適任者が」

 

 ゆえに、セブルスはこれ以上、この愚か者が何事か囀る前に封殺にかかることにした。

 

 もう十分だ。もうたくさんだ。こいつのせいで、セブルスの貴重な一年は粗目のヤスリにかけられるより早く、浪費されてしまった。去年よりも格段に忙しかったのは、“秘密の部屋”騒動以上に、コイツのせいだ。

 

 否、セブルスだけではあるまい。おそらく、この場にいる当事者以外の全員が、そう思っていることだろう。

 

 この愚か者は気が付いていないのだろう。目の下にクマをつけて授業に出ている教授すらいるのだということに。マクゴナガルやフリットウィックらが栄養剤を求めてセブルスの部屋を訪ねてくるのが、去年よりも格段に多かったことに。

 

 キョトンと目を瞬かせるミスタービッグマウスこと、ロから始まる名前すら言いたくない愚か者を他の教授陣とグルになって、言いくるめた。

 

 お前、日ごろの大言壮語どうした?“秘密の部屋”の場所知ってるんだろ?冒険大好きで楽勝なんだろ?おら、ヒーローにお似合いの危機的状況だぞ、とっとと行って助けて来いや。

 

 意訳してそんなことを言われ、誰も味方がいないとわかった時の、ロから始まる(以下略)は蒼白になっていた。

 

 セブルスはそれを眺めながら、やはり日ごろの行いは大事なのだな、とぼんやり思った。なお、彼は一人で見捨てられても死ねないし、狩人としてはまっとうなので、自身の言動に問題はないと確信していた。でも、見捨てた奴を追いかけて殺すぐらいはする。

 

 だてに地獄のヤーナムを制覇して、その後もうっかり世界一周冒涜地獄めぐりしてしまったわけではないのだ。

 

 誤魔化すようにひきつった笑みを浮かべて、よろよろ出て行くロから(以下略)など一顧だにせずに、マクゴナガルの鶴の一声で、銘々動き出した。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 さて、話をセブルスから、ハリーJr.、ドラコ、ハーマイオニーのいつもの3人組に移そう。少々時間を戻して、順を追って話すので、お付き合いいただきたい。

 

 この3人、バジリスクのことを推測してからも、時々集まってはいた。秘密の部屋のことについて追加で話し合うこともあれば(ただし進展なし)、マクゴナガルにしっかり釘を刺された学年末テストの勉強をすることもあった。

 

 グリフィンドール寮とスリザリン寮は、元々反目しあっていたが、今年はこの3人のおかげで、目立った対立はない・・・と思いきや、“秘密の部屋”騒動のせいで、やはり反目しあっていた。例外はこの3人くらいといえばわかりやすいだろうか。

 

 加えて、来年3年次には今受講している基礎科目に加え、選択科目が始まることになるので、その話し合いや相談という部分もあった。他の上級生が言うには、将来を見据えられなくても、得意そうだったり興味があるなら受けてみるべきだということだった。

 

 全部受講するつもり満々のハーマイオニーはともかく、これにはハリーJr.も困り果ててしまった。彼はマグル育ちで、そのあたりの基礎知識がずっぽり抜け落ちていたのだ。

 

 なお、ドラコは現在、順調であればマルフォイ家を継いで領地の運営をするので、父親からアドバイス(荘園の運営や企業管理に必要な科目について)をもらい、それに沿った科目を受講するつもりらしい。

 

 ぼんやりと、ハリーJr.は思い出す。

 

 今から2年前になるだろうか、ドラコと出会って間もなく起こった、怪物邸騒動だ。

 

 ネバークラッカーに家を壊そうと啖呵を切って見せたにもかかわらず、結局後始末をしたのは、父母とセブルスおじさんを始めとした大人たちだった。

 

 あの時、父母の強さとかっこよさを改めて実感したと同時に、何もできなかった自分が情けない、悔しいと思った。

 

 強くなりたい。だから、ハリーJr.はホグワーツに行くことにした。魔法を学ぶなら、イルヴァモーニーでもいいじゃないか、と母には言われたが、せっかく仲良くなったドラコと離れるのも嫌だった。あの時は、ドラコもいてくれたから、何とかなった部分もあったからだ。ヘザーと離れるなら、せめてドラコとは一緒にいたい、と思ってしまったのだ。

 

 悩んだハリーJr.は、ドラコにダメ元で相談した。ああいう化け物に対抗するなら、どういう科目ならいいと思う?と。

 

 なお、この件に関しては、学校中退に加えて元の志望が“死喰い人”だったセブルスと、卒業後即嫁に行かざるを得なかったリリーはあまり役に立てなかったのは言うまでもないだろう。純マグルのハリー=メイソンは言わずもがな。

 

 あんなのそうそういないぞ?!あんな家建てて住み着くなんて、マグルはやっぱりおかしいって!などと言いつつも、ドラコは父親に手紙越しで丁寧に相談したらしい。

 

 息子の友人にして、息子の恩人家族の一員からの悩み、さらにはドビーの件もあって、ルシウス氏は丁寧に返信してくれた。

 

 結果、ハリーJr.は魔法生物飼育を中心とした、数科目をとることにした。ただし、占い学はスリザリン寮の先輩から、トレローニーはいまいちだから、やめておいた方がいいというアドバイスを受けて、受講はしなかった。

 

 魔法省の闇払いならば、そういったことに対応する部署なので、危険の覚悟があるならば目指してみればいい、というルシウスのアドバイスを受けたハリーJr.が何を決めたかは、本人のみぞ知る。

 

 

 

 

 

 つまりは、3人は非常に学生らしく生活していた。

 

 3階にある“嘆きのマートル”がいるトイレで、別に黒い革表紙の日記帳は拾わなかった。仮に見つけても、上流階級育ちのドラコと、基本的に綺麗好きのハーマイオニーは汚い!と嫌がり、ハリーJr.も落とし物だから、とフィルチに届けておしまいにしていたことだろう。

 

 ビショビショのその日記帳を拾ったのは、ハッフルパフの優等生、セドリック=ディゴリーだった。(マートルが投げつけられた!とヒステリーを起こしているのには出くわさなかった。彼女は女子トイレにいるので、男子のセドリックが面識を持つわけがない)

 

 実は、ディゴリー氏がハグリッドの更迭現場に居合わせたのは、彼こそがハグリッドを犯人として更迭すべきだと言い出した本人だからだ。

 

 ホグワーツにいる息子が、ハグリッドが50年前の秘密の部屋騒動の時に何らかの事故を起こしている、調べた方がいいとフクロウ便を送ってきたのだ。

 

 ディゴリー氏はもちろん知らない。その息子が怪しいけれど妙に惹かれるその日記に書き込みをして、すっかりその日記の中にいる人間に魅了されたことなど。

 

 真面目でだれでも思いやれる好青年となりつつあるセドリックは、魔法が使えるというだけで孤児院にいる者たちに疎外され、それでも大事にしていた宝物をホグワーツから来た魔法使いに燃やされ、だれも信用できないと思ったこと、それでもホグワーツの学生たちはよくしてくれたから、何か残せないかと日記を残したというその身の上話にすっかり心打たれて、ほだされていた。

 

 だから、その日記の中の者の言うがままに、日記に魔力を注ぎ込んでしまった。

 

 そして。

 

 セドリックは時折記憶が途切れるようになり、おかしいなと思い始めたタイミングで日記がなくなった。

 

 セドリックは覚えていない。落とし物だといって、人目を避けて呼び出したジネブラ=ウィーズリーにその黒い日記帳を押し付けたことを。

 

 彼は強力な暗示魔術を仕込まれ、キーワード一つで即座に服従の呪文にかけられた状態になってしまうようになったことを。

 

 セドリック自身はおろか、だれも知らなかった。

 

 ただ一人、日記に操られたセドリックからの手紙を受け取った、弱りきって潜伏している闇の帝王を除いて。

 

 

 

 

 

 さて、話を現在に戻す。

 

 ジニーこと、ジネブラ=ウィーズリーがさらわれたと聞いて、顔色を変えたのは、言わずもがな、すぐ上の兄でありハリーJr.達と同学年にあたるロナルドであった。

 

 マクゴナガルと一緒に壁のメッセージを目撃し、被害者がジニーだ!と慌てた彼は、ついに動いた。

 

 恥も外聞もかなぐり捨て、いまだにスリザリンの継承者だと目星を立てているドラコ・・・の友人になるハーマイオニー(ロナルドと同じグリフィンドール生)に詰め寄ったのだ。

 

 その過程で、彼はハグリッドから聞いた50年前の最初の犠牲者がトイレで見つかったということも、問いを返すハーマイオニーに返答する形でぶちまけた。

 

 「何でそれを早く言わないのよ!!」

 

 途端に顔色を変えて怒鳴ったハーマイオニーは、猛ダッシュ(校則?こんな状況ではクソ食らえだった)で職員室に向かった。

 

 まだ話は途中だ!と喚くロナルドも、仕方なくそのあとを追った。

 

 途中で鉢合わせしたハリーJr.&ドラコ(どうにか復帰したロックハートに命じられた罰則からの帰りだった)にも、彼女は事情を話し――50年前の犠牲者は“嘆きのマートル”であろうこと、“秘密の部屋”の入り口はマートルのトイレにあるだろうことも、よく回る舌で高速で説明した。

 

 でも、出入り口の開閉には蛇語がいるんじゃないかな、今まで見つからなかったんなら、と不安がるハリーJr.をしり目に、4人はとにかく先生に会おう、秘密の部屋の入口について報告しようと職員室に駆け込むより早く、顔色を変えたロックハートがそこから出てくるのを目撃した。

 

 ふらふらと幽鬼のように心もとない足取りで歩くロックハートに、ハーマイオニーはどうしたのかしら?と不安がるが、他3名は、ついにクビにでもされたか、と内心でほくそ笑んだ。

 

 ロックハートにうんざりしていたのは、何も教職員だけではないのだ。

 

 で、ハーマイオニーが言い出した。

 

 そうだわ!ロックハート先生に頼りましょう!本の活躍通りなら、情報提供すれば、きっとバジリスクなんてやっつけて、ジニーを助けてくださるはずだわ!と。

 

 正気か、ハーマイオニー。男子3名の心情が、もろもろの事情をすっ飛ばしてシンクロした瞬間だった。

 

 普段、しっかり者で滅茶苦茶鋭くて、勉強もバリバリできるというのに、何で特定分野に至ったらポンコツ化するのか。顔がいいからなのか。

 

 バレンタインからしばらく引きこもったロックハートを純粋に心配していたのも、この4人の中では彼女くらいだった。

 

 男子組としては、不安しか感じなかったが、ロックハートが一緒にいれば先生と一緒に行動しているという大義名分が出来上がる、僕らに咎は来ないはずだというドラコの鶴の一声に、やむなくハーマイオニーの意見に従うことになった。

 

 こういうところが、ドラコがスリザリンたる所以なのだろう。

 

 なお、ハリーJr.はいざという時は盾ぐらいにはなるんじゃないかな、スネイプ先生から教わった魔法もあるし、と平然と考えていた。この辺りが彼がスリザリンたる所以である。

 

 ロナルドはロナルドで、ジニーが助かるならと藁にもすがる思いだった。もちろん、スリザリンは疑わしいままだが、ジニーが助かるなら、何でもよかったのだ。

 

 

 

 

 

続く




【アクロマンチュラの毒液】

 アクロマンチュラが牙から分泌する毒液。摂取してしまった生物は破裂して死ぬほど、きわめて強力。

 その採取には危険が伴い、希少で貴重。半リットルで100ガリオン近いという。

 毒と薬は紙一重である。強力な薬を作るには、毒の扱いもたけておらなければならず、その逆もまた然り。

 魔法薬学とは、未知なる深淵に挑み続けることでもあるのだ。





 アクロマンチュラについては判明はしましたが、その処分についてはもうちょっと後になります。先に秘密の部屋と日記を片付けなければならないので。





 次回の投稿は、来週!内容は、セブルスさんも合流して、いざ秘密の部屋へ!

 そろそろ秘密の部屋編もクライマックスですぞ!




 こそこそアンケ。よかったらご協力お願いします。

どちらの外伝に興味はありますか?

  • ホグワーツでのメアリーの生活
  • ハリ・ドラ・ハーミー3人の学生生活
  • 外伝?本編が先だ!
  • もし、セブルスさんが日記を手に入れてたら

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