セブルス=スネイプの啓蒙的生活   作:亜希羅

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 前回は、評価、お気に入り、しおり、ここ好き、誤字報告、ありがとうございました。

 感想欄で、誰にも心配されないセブルスさんに草。そりゃそうですよね。

 死ぬなんてヤーナムではいつものことですもの。

 まあ、まだ死んでないんですがね。

 というわけで続きです。

 一応、第3楽章は次回でおしまいということになります。


【7】セブルス=スネイプ、秘密の部屋へ②

 

 嘲るリドル青年の声に、セブルスはそのまま力尽きて倒れこむ・・・ように見せかけて、防疫マスクの下で白い丸薬――ベゾアール石以上の強力な毒消しを飲み干した。

 

 ヤーナム旧市街を蝕んだ灰血病の治療薬であるこの薬は、微かな苦みがあるうえ、水なしで飲むと喉奥で引っかかったような感じもするが、緊急事態に四の五の言ってはいられない。

 

 

 

 

 

 今更だが、セブルスはリドル青年がジネブラ=ウィーズリーを攻撃対象としたことについては怒っていない。

 

 自分が相手ならそれをやるだろうし、攻撃されるような弱点をさらけ出している方が悪いからだ。

 

 ジネブラを保護した時点で、あらかじめ防護魔法の一つもかけておかなかったのは、セブルスの明らかなミスだ。

 

 ・・・ゆえに、死んだふりをするのも、当然問題はない。

 

 セブルスの出身寮はスリザリンである。狡猾を徳目とするのだ。卑怯だ正々堂々だ、そんなおためごかしはヤーナムで獣の餌にしてきてしまった。

 

 

 

 

 

 インバネスコートの下で、灼熱の痛みが引いていくのをよそに、セブルスは倒れ伏したままチャンスを待つ。

 

 目のかすみもとれ、思うように力も入るようになった。

 

 だが、動かない。狩人には忍耐も必要なのだ。

 

 最後の詰めだ。しくじればジネブラの命が失われる。

 

 倒れ伏したままのセブルスに、興味を失ったようにリドル青年はやれやれと肩をすくめ、「まさかバジリスクが倒されるとは・・・」と呟いて、巨大な亡骸を見やった。

 

 「そうだ」

 

 ふと、彼は何事か思いついたように、ニヤッと笑う。

 

 「半端者が持っていた魔道具を使わせてもらおうか。バジリスクよりも使い勝手は悪そうだが、蛇を呼び出す魔道具なんて、この僕にこそふさわしい!」

 

 そう言って、彼は呼び寄せ呪文を使うべく、杖を振り上げた。

 

 同時に、跳ね起きたセブルスが、その手に持った教会の連装銃をぶっぱなし、杖を弾き飛ばしていた。

 

 バカな?!と目を丸くするリドル青年をよそに、セブルスは動く。シモンの弓剣を弓形態にし、水銀弾から形成した矢をつがえて、放つ。

 

 リドル青年の向こう、開かれたままの日記帳めがけて。

 

 ダンっと、日記帳に水銀の矢が突き立った。

 

 世にも恐ろしい悲鳴が轟いた。

 

 日記帳の矢が突き立った部分から、インクが血のように滲み出すのに対応するかのように、悶え苦しむリドル青年の胸元に、白く光る穴が空く。

 

 すかさず、セブルスは追撃をかける。駆け抜けながら、シモンの弓剣を曲剣形態に折りたたみ、日記帳の元にたどり着くや、なおもインクを吹きだすそれめがけて、振り下ろした。

 

 リドル青年は、もがきながらも阻止しようと杖を拾い上げようとしたが、それよりもセブルスの一撃の方が速かった。

 

 突き立った優美なカーブを描く刃に、今度こそ日記は血しぶきのように勢い良くインクを噴出させた。激流のごとき黒い流れは、ページも弓剣の刃も秘密の部屋の石畳も濡らして、みるみるしみわたっていく。

 

 たまらずリドル青年は、ガクンッと体勢を崩す。体に空いた光る穴が、今度は顔面の一部にも空き、見る見るうちに広がっていく。

 

 一度刃を引き抜き、再びセブルスは日記に振り下ろした。

 

 今度こそ、リドル青年は断末魔とともに一度強く光ってその姿を消した。

 

 ふうっと一息ついて、セブルスはインク塗れの弓剣を、日記帳から引き抜いた。

 

 わざわざ特注してまで作った大事な武器を、血ではなくインク塗れにするとは、シモンには悪いことをしてしまった。

 

 あとで念入りに手入れをしなければ、とセブルスは弓剣と教会の連装銃を血の遺志に還元して収納する。

 

 続けて取り出した輸血液で、体力を補填する。実はほとんどギリギリ、一撃食らったら死ぬような状態であったのだ。

 

 日記帳はといえば、しとどにインクに濡れ、水銀の矢じりと弓剣の刃によって、穴が空いてしまっている。

 

 少し考えてから、セブルスは日記帳を持ち上げた。

 

 そうして、ジネブラの元へ改めて向かおうとしたところで、頭装備をしたままだったと思いだし、すぐさまそれらも血の遺志に還元して収納した。

 

 ジネブラは相変わらず意識がないままであったが、分霊箱に奪われた生命力を取り戻せたのだろう、幾分か顔色がよくなっている。

 

 ほっと、息をついてから、セブルスは改めて秘密の部屋を振り返った。

 

 横たわるバジリスクの亡骸をじっと見てから、ちらっとジネブラを見やる。

 

 彼女がまだ起きそうにないと判断するや、セブルスの行動は早かった。彼女のそばにインク塗れの日記帳を一旦おいて、インク塗れのシモンの弓剣に代わり、ノコギリ鉈を取り出す。

 

 バジリスクの肉片をいくつか切り取り、牙もつかんで引きちぎり・・・要は、取れそうな素材の採集に取り掛かった。

 

 飼育禁止の、貴重なバジリスクだ。毒はもちろん、血も骨も肉も、神経も、取れるものは取っておかねば!

 

 それから、日記の破壊工作もしておかなければならない。仕掛け武器のことをダンブルドアに説明するのは、面倒なのだ。

 

 終わったら洗浄呪文(スコージファイ)で身ぎれいにして、狩装束の穴を直しておくのも忘れてはいけない。

 

 

 

 

 

 あらかた素材は取り終えた。バジリスクは飼育禁止指定の魔法生物なので、そこから手に入る素材も貴重なのだ。

 

 セブルスは、ホクホクと血の遺志収納に収めた素材を軽く確認していると、不意に白い炎のような揺らめきが目についた。

 

 スリザリンの石像の足元だ。つい先ほどの3階トイレの蛇口のように、何らかの遺志が染みついている。

 

 近寄ってみると、石像の足元に何か彫り込まれている。劣化防止の魔法はかけられていなかったのか、それとも解けたのか。辛うじて、人の名前らしいことは分かった。遺志はその名前の上でゆらゆらと過去の残響を主張させている。

 

 おそらく、以前のエミーリアとの戦闘の時同様、セブルスが落ち着ける状況でなかったため、今まで知覚できなかったのだろう。

 

 ふむ、とセブルスは石像を見上げた。こんなところにこんなものを残す、偉大なる創設者の一人。言い訳があるのなら、聞いてみようではないか。

 

 好奇心の導くままに、セブルスは遺志に手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 「サラザール。別れのあいさつに来た」

 

 「ああ。知ってるさ。君も、裏切っていたのだからな?」

 

 荘厳なるホグワーツ城。築城されたばかりの真新しいそのエントランスで、私は彼に振り向いて吐き捨てた。

 

 勇猛果敢なゴドリック。向こう見ずで、お人好しの偽善者。何にもわかっちゃいない。

 

 「変わらず、頑なだな。君のことも、君の娘のことも、忘れはしない」

 

 「だからどうした」

 

 ゆるりと向き直って私は吐き捨てた。

 

 「お前が忘れないならば、エマが戻ってくるのか?

 卑しいマグルどもに犯され、魔女として火炙りにされたあの子が。

 お前がホグワーツに招聘しようとしたマグル生まれどもに売られたあの子が。

 私は許さない。マグルも。マグル生まれも。みんな揃って汚れた血だ!

 ブリテンの魔法界の未来のために作ったこの学校を汚し、犯す、許されざるものだ!」

 

 「そんなことを言うんじゃない!あの子たちだって今は反省して」

 

 「反省!そんなものが何になる!口先だけではないか!

 ゴドリック!偽善とおためごかしもいい加減にするがいい!

 貴様のやったことは!この学校建設のために、マグルどもに私の娘を売った!それだけだ!ロウェナとヘルガの賛同の下にな!」

 

 何だ?事実だろう?何故うなだれる?理解に苦しむな。この偽善者め。一度でも奴らに門戸を開こうとしていた私が間違っていたのだ。

 

 ああ。エマ。愛しい娘よ。この学び舎に入りたかったであろうお前の亡骸をこの地に埋めよう。お前の愛したバジリスクを墓守として。

 

 父も共にあり続けよう。石像としてしか寄り添えぬわが身を許してくれ。

 

 祈りとともに、私はこの学校を去る。さらばかつての友よ。お前の教え子たちが娘の墓を荒らした時、私の遺志を継ぐ者がその不遜さのツケを支払わせよう。

 

 

 

 

 

 セブルスは、墓碑から手を離した。

 

 秘密の部屋は、墓だったのだ。サラザール=スリザリンが、マグルによって失われた娘を思って、作り上げた。

 

 死んだ娘のために学び舎に危険生物を配置したことはともかく、石像について貶したことを、セブルスは少し申し訳なく思った。

 

 バジリスクは墓守だった。墓守だから、上の学校にはめったに出てこないだろうし、よしんば危害を加えることになったとしても、それはそれで問題なかったのだろう。

 

 サラザールの中では、娘を生贄にして作り上げた学校よりも、娘の弔いの方が大事であったのだろうから。

 

 スリザリンは純血主義の祖とも考えられるが、そのトリガーは娘の死がきっかけだったのだ。

 

 愛は人を強くするが、同時に人を狂わせもする。あたかも、呪いのように。

 

 セブルスは一度石像を見上げた。

 

 今気が付いたことだ。年月によるものか、天然の洞窟から染み出た水滴のせいか。スリザリンの像の目元は、濡れているようにも見えた。

 

 

 

 

 

 ジネブラは気が付いた。

 

 ゆらゆらと、規則的な振動と感触から、誰かに背負われているらしい。

 

 「気が付いたかね?」

 

 「あ・・・」

 

 低くねっとりした声をかけられ、ジネブラはびくっと体を震わせた。

 

 魔法薬学のスネイプ先生だ。嫌味で偏屈で、罰則で頭に檻をかぶせてくる、変人。

 

 あとは、父から聞いた噂だけど、闇の魔術に魅入られて、学校を退学させられた。だから、彼は生徒を嫉妬してて、授業にかこつけて難癖付けて回っている。

 

 グリフィンドールに点を入れるのが少ないのは、そのせいだという噂もある。

 

 「す、スネイプ先生・・・」

 

 「どこか体に異常は?私がわかるならば、頭の方は大丈夫と見受けますが?」

 

 背負ったままの問いかけに、ジネブラは答えられない。

 

 

 

 

 

 思い出した記憶が、現実に追いつかない。

 

 日記の中の思い出で見せてくれたけど、姿はハンサムで、話し上手の聞き上手、なんでも答えて教えてくれた、日記の中の秘密の友達。ジネブラだけの、親友。

 

 けれど、彼と話す(正確には、彼は日記の中にいるので書き込むのだが)ようになって起こるようになった記憶の欠落。

 

 ローブに大量についた鶏の羽。

 

 真っ赤なペンキだらけの手。

 

 秘密の部屋の犠牲者が出る直前、必ずある記憶の欠落。

 

 兄の同学年たちが、広間で話し合った末にたどり着いたバジリスクの可能性、絞殺された鶏の下りを聞いた時、ジネブラは卒倒しそうになった。

 

 まさか。まさか。

 

 怖くて怖くてたまらなくなり、とうとう一度は日記を捨てたくせに、リドルが誰かに自分の秘密――苦手な科目や、先生や同級生の悪口を言いふらしたらと思うと、急に怖くなって取り戻しに行った。幸い、誰にも拾われてはいないようだったので、すぐに手元に戻ってきた・・・はずだ。このあたりのことはよく思い出せない。

 

 本当は、誰かに言おうと思った。すぐ上の兄――ロナルドであればジネブラを叱ることはめったにないし、一緒に解決策を考えてくれるかもしれない、と。

 

 だが、告白を決めたその時、よりにもよって監督生の兄・パーシーがそこにいた。

 

 恋仲になったレイブンクローの監督生が犠牲者となって、憔悴している彼の前で自分が原因かもしれない、なんて口が裂けても言えなかった。

 

 ジネブラは知っている。

 

 自分は、母が猫かわいがりしてくれるような、かわいらしくて女の子らしい女の子ではない。

 

 他人を卑しめ、わが身可愛さに大事なことは何一つ言えない、卑怯な臆病者だ。

 

 気が付いたら、湿った石造りの大広間――きっと、『秘密の部屋』その場所にいたジネブラが、ほとんど力の入らない体で逃げようとした時、リドルの日記のページに浮かんだのが、そんな文面だったから。

 

 親友だと思ってたリドルでさえ、ジネブラをそう蔑んでいたのだから。

 

 

 

 

 

 そんなジネブラを背負うのは、偏屈で不愛想な、魔法薬学教師。

 

 何があったのか、どうしてそうなっているのか、ジネブラには分からなかったが、これだけは分かった。

 

 退学だ。

 

 即座に、ジネブラは思った。

 

 だって、リドルに操られてたとはいえ、自分が『秘密の部屋』を開けて、バジリスクを操り、生徒たちを襲わせた。

 

 ジネブラは知らなかったが、起こってしまったことは取り消せない。

 

 まして、目の前のこの男が、自寮生に対してであろうと暴言で激怒するほどの苛烈さを持ち合わせているのを、ジネブラも知っている。

 

 退学させられるんだ。杖も折られて、魔法を二度と使ってはならないと言い渡されて、一人、ひっそりと9と4分の3番線の特急に乗せられて帰されるんだ。

 

 ママがなんて言うだろう?パパがどんな顔をするだろう?チャーリーやビルは?パーシーは?フレッドとジョージは?ロンは?

 

 どうしよう。どうしよう。

 

 ぼろりっとジネブラはその明るい茶色の瞳から、大粒の涙をこぼした。

 

 そのまま、しゃくりあげて、声にもならない呻きとともに、泣き続ける。

 

 先生の纏うコートの方に、涙が伝っていく。・・・水をはじきやすい素材なのだろうか。

 

 「・・・泣けるほどの元気があるようなら、ひとまず大丈夫なようですな」

 

 冷たい先生の言葉に、ジネブラの涙腺はますます馬鹿になる。なんてひどい人だ。

 

 

 

 

 

 ジネブラは知らない。

 

 本当にどん底にいる人間は、泣くという行為さえできないのだと。

 

 泣くというのは、存外エネルギーを使うのだ。それができるだけで上等な部類に入るのだと。

 

 言葉はともかく、セブルスがジネブラを背負ったまま、なおも歩き続けてくれたことの意味でさえ。

 

 

 

 

 

 泣き続けるジネブラを背負ったまま、セブルスはトンネルを歩き続け、大岩によって分断された場所にまで戻ってきた。

 

 どうやら、ハリーJr.とロナルドは、与えられた仕事をきちんとこなしたらしい。どうにか人一人通れるぐらいに、大岩がずらされ、隙間ができている。もっとも、ジネブラを背負ったまま通るのは難しく、セブルスは横歩きでどうにか通れるか、というところだ。

 

 「Missウィーズリー。一人で歩けるかね?先に行きたまえ」

 

 「・・・っ・・・っ・・・はいっ・・・」

 

 降ろされてなおしゃくりあげるジネブラの声に、大岩の向こうで息をのむ声が聞こえた。ロナルドだろうか?

 

 「ジニー!」

 

 隙間を潜り抜けたジネブラを、パッと表情を明るくしたロナルドが強く抱きしめた。

 

 大きなけががないことを確認した彼は安堵の息をつくが、ジネブラが愛らしい顔をグシャグシャにして泣いていたことに気が付くや、続いて隙間を通り抜けたセブルスに険しい表情を向けた。

 

 お前が泣かせたのか!と言わんばかりだ。

 

 「先生、大丈夫ですか?」

 

 「少々てこずったがね。バジリスク単品であれば、もう少し手短に済んでいたことであろう」

 

 ほっとした様子のハリーJr.の問いに、セブルスは静かにうなずいた。

 

 「それで、一体」

 

 「貴公はこのような場所で、長話に興じたいのかね?

 後にしたまえ」

 

 ハリーJr.の問いかけを遮り、セブルスは言った。

 

 いまだに泣きじゃくるジネブラの前で、何があったか語るのは酷であろう、という判断だった。

 

 ロナルドが懸命に「もう大丈夫だ」「全部終わったんだ」と慰めている。

 

 「・・・あの愚か者は?」

 

 周囲に視線を走らせて、ロックハートの不在に気が付いたように尋ねるセブルスの問い(確信犯)に、ハリーJr.は困ったような顔をして無言で首を振った。

 

 「・・・瓦礫の下敷きになったのかもしれんな。自業自得ですな」

 

 「まあ、無事だったところでアズカバンだろうしね。・・・一番気の毒なのは、あの人じゃなくてあの人の被害者ですよね。

 記憶を消したって言ってたけど、どの程度消したんだろう?まさか全部消し飛ばして廃人になんてしてないですよね?」

 

 そういって気の毒がるハリーJr.に、その可能性も無きにしも非ずだな、とセブルスは思う。

 

 とはいえ、今までばれなかったことを鑑みるに、ロックハートも忘却術に関しては、専門家(忘却術師)レベルの使い手であったのだろう。本人から見ても不自然ではない範囲指定で忘却させれていたのかもしれない。

 

 ならば、なぜほぼ確実にボロが出るだろうホグワーツに来たのやら。大方、調子に乗ってしまった挙句、というところか。ロックハートの性格ならば、十分ありうることだ。

 

 

 

 

 

 まあ、ブレアウィッチにはそもそも忘却術が通用しないだろう。

 

 その前にロックハートには杖もないのだったか。大体の魔法使いは杖を失うと役立たずになる。

 

 

 

 

 

 「とにかく、先生も戻ってきたし、行こう。こっちだよ」

 

 気を取り直すように首を振って、ハリーJr.が歩きだした。

 

 泣き続けるジネブラの肩に手を回したロナルドがそのあとに続き、セブルスがしんがりを務めた。

 

 やがて、一同が一番最初に滑り落ちてきた場所についた。

 

 「さて、どうやって脱出しますかな」

 

 と言って、セブルスは黒々とした配管を見上げた。ぬるついた管壁といい、滑り台のような角度といい、とてもではないが登れそうにない。

 

 「・・・仕方ありませんな」

 

 途轍もなく気が進まなかったが、セブルスは呼び寄せ呪文(アクシオ)で箒を3つ引き寄せた。

 

 クィディッチの競技場の倉庫にある練習用の箒は、だいぶボロボロだが、それでもセブルスの魔法に応えて配管から飛び込んできた。

 

 「わあ!」

 

 「呼び寄せ呪文は2年生にはまだ難しいだろうが、何かと便利だ。覚えておいた方がよいだろう」

 

 新しく見せられた魔法にハリーJr.が歓声を上げたので、セブルスはそのように言った。

 

 「では、行くとしよう。Mr.ウィーズリー、Missウィーズリーを後ろに乗せたまえ。

 Mr.メイソンは一人で大丈夫だな?

 ・・・私はあまり箒が得意でなくてな。一番最後にゆっくり行く」

 

 

 箒の二人乗りは危険なのだが、現状ではしかたがない。ジネブラは精神的摩耗のせいで箒の操作どころではないだろう。

 

 こういう時は、闇の帝王やその配下の死喰い人が使ったという、飛行術が羨ましくなる。

 

 そうして、一同は、どうにか配管を抜け出し、3階女子トイレに再び降り立った。

 

 セブルスの箒はかなりの利かん坊で、乗り手を無視してぬるついて汚れた壁にぶつかりまくろうとしたため、せっかく洗浄呪文(スコージファイ)できれいになっていたセブルスも、出てきたときにはほかの面子に負けず劣らずの、ドロドロになってしまっていた。

 

 腕やら頭やらも微妙に痛い。たんこぶや青あざができているかもしれない。

 

 「せ、先生、大丈夫ですか?」

 

 「・・・問題ない」

 

 そんなセブルスを見て、おろおろするハリーJr.に、セブルスは仏頂面で答えた。

 

 ひそかに、ロナルドがフヒヒっと笑っているのは見逃さなかった。

 

 「グリフィンドールから1点減点」

 

 「横暴だ?!」

 

 「自業自得だろ」

 

 冷たく言ったハリーJr.は、「どうされるんですか?」とセブルスを見上げた。

 

 「事の経緯と結果の説明・報告をせねばなるまい。ついて来たまえ。

 ・・・Missウィーズリー、もうしばらく、こらえてもらおう」

 

 本来は、すぐにでも後遺症などないか医務室へ連れていくべきだろうが、まずはマクゴナガルに無事を知らせるべきだろう。

 

 後で取りに来ようと、手に持った箒はとりあえずトイレ近くの壁に持たせかけ、ハリーJr.が生きていたことを残念がるマートル(どうも、彼に好意を持ったらしい)を背に、一同はトイレを離れ、マクゴナガルの教授室へ足を向けた。

 

 「そういえば、サラザール=スリザリンって男の人のはずですよね?」

 

 「それがどうかしたかね?」

 

 廊下を歩きながら不意に言い出したハリーJr.に、セブルスが視線を向けた。

 

 「ええっと、男の人なら、なんで女子トイレに“秘密の部屋”の入口を作ったのかなって。

 その・・・そういう趣味があったのかなって」

 

 「ブハッ!スリザリンが変態!何それ!」

 

 わざわざ言葉を濁したハリーJr.に、ロナルドが吹き出す。スリザリンは純血主義の提唱者ともされている。どこぞの闇の帝王が聞いたら、激怒してそれだけで死の呪いを放たれそうな話だ。

 

 「そんなわけなかろう」

 

 スパンとセブルスはそれを一刀両断した。

 

 「でも女子トイレに」

 

 「元々、あそこは単に水回りのよい場所にされていたのだろう。ホグワーツの創設は1000年前だが、その間に改装・改築がなかったわけではない。スリザリンの意図に反して、いつの間にか女子トイレにされてしまったというところだろう。蛇の浮彫(レリーフ)も、もともとは別の形であったのやもしれん。

 そもそも、1000年前の魔法界にトイレなど存在しない」

 

 「「え」」

 

 スリザリン=変態説に水を注されてむっとしたロナルドが言いかけるが、セブルスはそれをさえぎってつらつらと言ってのけ、挙句衝撃的な一言も付け加えた。

 

 固まる男子生徒二人(ジネブラはいまだにすすり泣いていて、それどころではない)に、セブルスは肩をすくめて見せた。

 

 「消失呪文(エバネスコ)は便利な魔法ですからな。水洗トイレ自体、ここ数十年のマグル文化からの輸入項目の一つですぞ?

 改装を決めた時代の校長は英断ですな」

 

 しれッと言って、セブルスは歩を進めた。

 

 

 

 

 

 たどり着いたマクゴナガルの部屋で、セブルスはノックをして、入室許可が下りたところで、扉を開けた。

 

 泥だらけの一行が姿を現せば、一瞬沈黙がその場を支配したが、すぐさま「ジニー!」と声が上がった。

 

 ふっくらした赤毛の女性――モリー=ウィーズリーが、ジニーめがけて勢い良く駆けよって飛びついた。・・・彼女は、彼らが入室するまで、暖炉の前でずっと泣き続けていた。

 

 続けて、赤毛の薄い頭の男――アーサー=ウィーズリーもまた、ジニーに駆け寄り、妻と同じく抱きしめた。

 

 ほっとした様子で、彼らを見やるハリーJr.とロナルドをしり目に、セブルスは部屋の奥を見つめていた。

 

 胸を押さえて深呼吸するマクゴナガルと、その背後。穏やかに微笑むダンブルドアがいる。

 

 遅い。

 

 一瞬、セブルスはそう言いそうになるのを、ぐっとこらえた。

 

 まあ、謹慎先からとんぼ返りしてきたのなら、こんなところだろうか。

 

 と思っていたら、ウィーズリー夫人がロナルドとハリーJr.を抱きしめ、セブルスにもぺこぺこと頭を下げてきた。

 

 「あなたたちが娘を助けてくれた!でも、どう、どうやって?!」

 

 「私たち全員がそれを知りたい、と思っていますよ?説明していただけますか?セブルス」

 

 マクゴナガルの問いに、ウィーズリー夫妻はぎょっとしたように目を見開いて、セブルスをマジマジと見やっている。

 

 噂と全然違う!とでもいうかのように。

 

 「・・・大筋は、Missグレンジャー、並びにMr.マルフォイからうかがっていることでしょう。私はあくまで、補佐をしたにすぎません」

 

 「先生、嘘はよくないと思います」

 

 「では、貴公から話したまえ、Mr.メイソン。私は今回はほとんど何もできてない故な」

 

 「・・・セブルス、あなたが何もできてないということは、ホグワーツの教師は全員無能と同列ですよ」

 

 「違いましたかな?」

 

 「いいえ・・・その通りですね」

 

 マクゴナガルは遠い目をしながら、呼び寄せ呪文で引き寄せた胃薬の薬瓶のふたを外していた。

 

 ・・・そろそろこの銘柄の胃薬も効果が薄くなってきたな、と彼女は思う。

 

 

 

 

 

 ともあれ。促されるままにハリーJr.は話し出した。

 

 後半、分断された辺りから語り手はセブルスに替わったが、すぐさま彼は言葉を途切れさせた。

 

 どう話すか、セブルスも少々迷ったが、ややあって続けた。

 

 「結論から言えば、今回の騒動においては、ジネブラ=ウィーズリーは利用されただけであり、被害者であるにすぎん。

 この日記に収められていた、記憶の者によって」

 

 言ってセブルスが取り出したのは、破壊工作によって表紙からクレーターのごとく抉られた穴の開いた日記だった。バジリスクの牙を刺し、その毒性によって溶けたのだ。ページはインクと毒によってブヨブヨになり、完全にゴミ以下状態になっている。

 

 「日記に、記憶が収められていた・・・?」

 

 「ヴォルデモート卿の仕業じゃな」

 

 戸惑った様子のハリーJr.に、すっぱりと言ったのはダンブルドアだった。

 

 息をのむ周囲をよそに、日記を眺めて「見事じゃ」と褒めるダンブルドアを、セブルスはじろりと見やった。

 

 「・・・ご存じだったので?」

 

 「50年前の事件の時、ハグリッドを犯人としたのはあ奴じゃ。儂の目は、誤魔化せなんだがの」

 

 最初にそれを言え!

 

 ハリーJr.は内心でそうぼやいた。いや、言ってしまえば、おそらくヴォルデモートの息がかかっているとみられがちなスリザリン生への疑惑が更に跳ね上がっていたことだろう。だからこそ、言わなかったのかもしれない。

 

 「“例のあの人”ですって?!ど、どうして、あの人が?!」

 

 金切り声を上げるウィーズリー夫人をよそに、セブルスは答えた。

 

 「おそらく、ホグワーツ高学年ごろの記憶であろうな。日記に残したと言っていた」

 

 「うむ」

 

 うなずいて、ダンブルドアは、己が知りうるトム=リドル――ヴォルデモート卿の経歴を述べる。

 

 ゴクリと誰かが喉を鳴らすのをしり目に、ダンブルドアはちらっと横目で平然としているセブルスを見やった。

 

 卒業後、行方知れずとなり、次に姿を現した時にはがらりと変わってしまっていた。

 

 ・・・それは、目の前の男にも当てはまるのだ。今のところおとなしくしているようだが、学生時代に彼が何をしていたか、ダンブルドアが知らないわけがない。一度黒く染まってしまったものは、何をどうしようと取り返しはつかないのだ。

 

 念のため、開心術で探りを入れたかったのだが、一度使って以降、もう一度使おうという気になれない。なぜかものすごくいやな予感がしてしまうのだ。最初の時の内容は、思い出せないので、きっと大したことはないのだろうが。

 

 「ですが、その・・・どうして、ジニーと、“例のあの人”に関係が?」

 

 しゃくりあげるジネブラが声を張り上げた。

 

 「そ、その人の日記なの!」

 

 続けて、その日記に今学期中ずっと書き込みをし、返事をもらっていたという告白するジネブラに、アーサーが「脳みそがどこにあるか見えないのに、ひとりでに考えることができるものは信用してはならないと教えただろう!」と仰天して叱っている。

 

 ・・・その基準で言うと、組み分け帽子やメアリーも信用できない範疇に入ってしまうのだが?まあ、わかりやすい基準の一つではある。

 

 知らなかったのだと再び泣き出すジネブラに、これ以上は酷であろう。

 

 ダンブルドアは、医務室でココアを飲んでゆっくり休息をとるように促した。

 

 そうして、マクゴナガルには祝宴開催の準備を命じ、ハリーJr.からロックハートが忘却術の自爆をしてから行方不明ということを聞くと、ロックハート雇用の真実も話し出した。

 

 曰く、ダンブルドアはさる筋からロックハートの詐欺行為を聞き及んでいた。しかし証拠がなく、学校に教師として応募してきたのをいいことに、教師として雇えば化けの皮がはがせるのでは?と踏んでたのだと。

 

 学校でやる必要があることか?そして、そのために他の教師たちの仕事量が例年以上に跳ね上がっていたのだが、それについてはノーコメントか?

 

 セブルスが呆れてそう言うより早く。

 

 「ふざけないでください!」

 

 思わずハリーJr.が怒鳴っていた。

 

 「まじめに勉強しようとしてた先輩たちがどんなに苦労してたと思ってるんですか!!

 ボクだってやりたくもない無意味な小芝居に付き合わされて!拒否したら減点と罰則を言いつけられたんですよ?!挙句にはあいつ、ボクたちにも忘却術をかけてこようとしたんですよ?!やってられるか!!

 それが最初から詐欺師とわかってた?!だったらよそでやってください!!

 無関係なボクたちを巻き込むな!!ボクたちはあんたの都合のいい手駒じゃない!」

 

 その怒声に、一瞬目を輝かせたロナルド(さすがダンブルドア!)ははっとしたように黙り込んだ。

 

 「母さんの言ってた通りだ!

 何が偉大な魔法使いだ!自分の計画のためなら善意を盾に人の気持ちを平然と踏みにじって利用してくる無自覚エゴイスト!

 まったくもってその通りじゃないか!」

 

 吐き捨てると、ハリーJr.はセブルスに対しては丁寧に頭を下げるが、肩を怒らせてそのまま校長室から出て行った。

 

 ロナルドはそんなハリーJr.とダンブルドアを見比べるようにおろおろしていたが、ややあって彼も一礼してから、校長室を出て行った。

 

 残されたのは、セブルスとダンブルドアである。

 

 ダンブルドアは困ったような笑みを浮かべていたが、ややあって一息ついて話題を変えた。

 

 「さて、セブルスや」

 

 「・・・何でしょう?」

 

 「この日記をどうやって破壊を?儂の知識が正しいならば、この日記には、生半な魔法は効かぬのじゃ」

 

 ・・・それはつまり、これが分霊箱であるとダンブルドアも知っている、ということだろうか?

 

 もっとも、セブルスの方も素直に話す義理はないので、あらかじめ考えておいた言い訳を口にする。

 

 「日記が奴の本体と判明してからは、バジリスクの口の中に放り込みました。

 あれの毒性の強さはご存じでしょう」

 

 「よく無事で済んだものじゃ」

 

 「バジリスクと判明しておりましたからな。目隠し呪文(オブスキューロ)を使ってから、後は目を先に潰せば、いかようにも」

 

 淡々とセブルスは答える。

 

 

 

 

 

 実際、今回は相手の事前情報があったというのは大きかった。

 

 大体ヤーナムやサイレントヒルで戦う相手には、事前情報なんて全くなかった。

 

 毒性のある血液でリゲインを逆手に取ってくる相手とか、数の暴力でこちらを押しつぶしてくる相手とか。

 

 カレル文字の装備や、必要なアイテムの準備ができているだけで、だいぶ違ってくる。

 

 もっとも、それができていても、動きが全く分からずに、さっくり殺されるというのも十分あっただろうが。

 

 それでも、目を見れば死ぬという即死光線持ちのバジリスクが相手というのが分かったというのは、最大の勝因だった。

 

 

 

 

 

続く




【バジリスクの牙】

 毒蛇の王、バジリスクの牙。

 異常なまでに強力な毒をその牙から分泌しており、わずかでも摂取してしまえば、数秒で死に至る。

 魔法界において、最初にバジリスクを生み出したのは、分霊箱の発明者でもある“腐ったハーポ”である。

 分霊箱によって死ねなくなったハーポは、バジリスクの毒によって生きながら腐り続けることとなり、腐ったハーポの異名をつけられることとなったという。





 『秘密の部屋』=お墓は完全な捏造です。絶対信じないでください。

 スリザリンは純血主義の提唱者だけど、そうなるにもきっかけとかあったのでは?
 ↓
 そういえば、一応スリザリンはゴーント家がその末裔に当たるから、子供がいたんだよな?
 ↓
 案外、差別とか主義主張って何かがきっかけで変わるもんだし、身内が殺されたからっていうなら、きっかけになるかも?
 ↓
 映画で見た秘密の部屋って、陰気だよな?地下墓っぽいかも。お墓なら石像があってもおかしくないし。
 ↓
 それなら、スリザリンにとっては下の墓が一番大事で、上のお城はおまけになったんだな。それなら、危ないバジリスクを野放しにしてるのも納得いくし。
 ↓
 秘密の部屋の伝承は、後付けとか、語り継がれるうちに変形したのかもね。あるあるだね。

 という感じで考えました。完全な捏造ですので、信じないように。ンなわけねえだろ!という文句は甘んじて受け付けます。




 秘密の部屋の入口が女子トイレ=後で改装されて、たまたま入り口が女子トイレにされた説。

 劇中でも言ってますが、水洗トイレは割と最近の発明なんですよ。世界各地のトイレ事情とか、見てみるとすごいです。で、ホグワーツ設立時の時代を考えてみると、マジでベルサイユ処理法式ではなかったんですかね?魔法があったから、消してただけで。
 で、あちこちでいちいち魔法かけて処分より、一か所にまとめて処分が一番楽ってことで、トイレを設置することになったとか?と、ついつい考えてしまいました。

 ホグワーツをあちこち改装したりしているって、第2楽章冒頭辺りでちらっと語らせてましたけど、あれはこの『秘密の部屋』の入口の事情があったから、そこからこういう事情があるのかな?と、私が妄想を膨らませたんですよ。




 次回の投稿は、来週!内容は・・・『秘密の部屋』編完結!ルシウス推参!アクロマンチュラ退治、はーじまーるよー!からのハグリッドとダンブルドアの行く末。
 アンケートの結果、トップだった「もし、セブルスさんが日記を拾ってたら」の展開をおまけでつけて。
 うっすらプロットはあったんですがね。VSバジリスクやりたいから没にしたんですよね。あれ。
 お楽しみに!




 アンケートは今話投稿をもって締め切ります。ご協力ありがとうございました!ほか外伝も票数順に、ぼちぼち投稿していきますので、気長にお待ちください♪

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