猫でもできる反省のできない男、シリウス=ブラック!これにて、一度退場となります。
・・・あのグロテスクで暴力的なジャグリング、もっと反発あるかもと思ってたんですが、思っていたより好評だったようでほっとしています。
それでは、ジャグリング終了からの続きです。
興味を失ったセブルスをよそに、闇祓いたちが恐る恐るシリウスを天井から降ろし、治癒魔法をかけていた。
さすがにアズカバンで10年以上正気を保っただけのことはあったのか、異常なまでに打たれ強かったのだろう、シリウスはあっさりと気が付いたらしい。
再び拘束されながら、セブルスをにらみつけて、彼はわめいた。
「俺のせいだと?!誰だか知らねえが馬鹿なこと言ってんじゃねえ!
ピーター=ペティグリュー!あのクソ卑怯者め!」
「いい加減にしなさい!」
シリウスの喚きをさえぎって、マクゴナガルが叫んだ。
「あいつが死ねばよかった?!では、ピーターの命は?!そもそも、彼は最初、“秘密の守り人”を担うのを拒否したと言っていました!
自分が強要させた挙句、裏切られたことを根に持つなど!傲慢だと思わないのですか?!
百歩譲って復讐は許容できたとしても、ホグワーツで遂行とはどういうことですか?!
ここにはあなたの後輩がいるのですよ?!彼らの心身の安全はどうでもいいというのですか!!」
「知ったことか!あいつのせいでジェームズが死んだんだ!ジェームズの代わりにあいつが死ねばよかったんだ!」
「
シリウスの叫びをさえぎって、マクゴナガルの呪文〈特大の雷〉が炸裂した。武装解除術の真紅の光弾に吹き飛ばされたシリウスが廊下に背中を打ち付ける中、マクゴナガルは般若のごとき形相で、近年まれにみる勢いで怒り狂って叫んだ。
「知ったことか?!!あなたは!!あなたという人は!!!」
喉を嗄らさんばかりに激昂するマクゴナガルに、生徒の大半は青ざめてそっと顔を伏せた。
あれに比べたら、1年生の時の僕たちに向けられたのって、いたずらをちょっと怒るレベルのものだったんだな、というのはほんの少し下着を濡らしてしまったネビルの感想である。
「ダンブルドアが言うからと、学生時代にあなた方を甘やかしたのが間違いでした!!言いなりになってしまった自分が情けない限りです!!!
無関係な生徒たちを怖がらせておいて、挙句の果てにその態度は何ですか!!
自分たちだけよければそれでいいんですか?!自分が正しいなら他人に何をやっても、やらせてもいいんですか?!
それで周囲が何を思い、どんな目に遭うのか、考えもしないんですか?!
それを指摘されて、反省するばかりか逆上するとはどういうことですか!!
そんな考え方をする人間!たとえハリー=ポッターが生きていたとしても、私が会わせるものですか!!」
雷鳴のように轟いたマクゴナガルの怒声に、シンと周囲が静まり返る。
「さっさと彼をここから連れて行きなさい!神聖なる学び舎にいさせるには、あまりにも不適切な人間です!!」
マクゴナガルの言葉に、闇祓いたちはコクコク頷いて、シリウスに猿轡をかませたうえ、
やれやれとセブルスはため息を吐いた。
あんな過去の残骸にも劣る汚物、これ以上関わるのも面倒なのだ。
なお、この後セブルスは、生徒並びに教職員一同から心身の疲れを気遣われたのを追記しておく。
それからのことを端的に述べておくとしよう。
ホグワーツへの侵入・グリフィンドール寮生に対する襲撃と、多くの生徒たちに対して心的外傷を与え、さらにはアーニーとコリンへの襲撃と杖の強奪(しかもそのうちコリンの方の杖を、どさくさで折ってしまっていた!)、
ただし、ピーターの姿を大勢の闇祓いが目撃したということで、さらにはマクゴナガルや他、大勢の教職員の証言及び“記憶の提出”により、12年前の裏切り――マグルの虐殺及びピーター=ペティグリューの殺害などについては、無実が確定。
このため、刑期が大幅に短縮され――12年は無実の罪で収監されていたのだが、それを加味しても、ホグワーツ生徒保護者からの苦情や被害届、アズカバン脱獄などの余罪があり、罰金を支払っても1年ほど服役することになった。(今度は
・・・つまり、再来年には釈放が確定されたといえる。
それを聞いたセブルスは、再来年――つまりハリーJr.が6年次には、シリウス=ブラックがホグワーツに押しかけてくることを確信した。
せめてマクゴナガルが、そのときまで怒りを引きずり続けてシリウスの来訪を拒否することを願わんばかりである。
どうせなら、一生死ぬまでアズカバンに収容されていればよかったものを、と思わずにはいられなかった。
それから、吸魂鬼の暴走については、魔法省に厳重に抗議を入れた。
何しろ、シリウス=ブラックを捕まえるための派遣が、その通り道近くにいたという理由だけで、無関係な生徒たちの感情を吸い上げにかかったのだ。
だから、ホグワーツへの派遣などやめさせるべきだったんです!と嘆くマクゴナガルに、さすがに担当役人は平謝りするしかなかった。
過呼吸やひきつけを起こした生徒も相当数おり、ブラックのことでかなりストレスをため込んだ生徒も加え、そこから体調不良などに至った生徒たちのために、聖マンゴ治療院から
ホグワーツで、緊急の生徒たちの健康診断が実施され、必要や本人の希望で薬の処方や忘却術の実施などが行われた。
ちなみに、この健康診断によって、とある女生徒が血の呪いを受けてしまっていると判明し、早期治療に至れたため解呪が間に合ったのだが、それは余談である。
なお、マクゴナガルが苦情を言いに行ったにもかかわらず、
・・・また、吸魂鬼の被害に遭った生徒の一人に、大事な一人息子がいたルシウス=マルフォイ氏はじめ、ホグワーツに子供を通わせていた純血貴族たちは烈火のごとく激怒。
彼らは貴重な寄付金を、ごっそり削減した。マルフォイ氏にいたっては、「そんなに
これにより、某事務次官の横暴を許したとして、魔法省内の人事がいくつか再編となることになる。当の某事務次官本人もこれからは逃げることはできず、窓際近くに飛ばされることになったらしい。
魔法大臣のファッジは涙目で、謝罪のフクロウ便を山ほどしたため、土下座行脚に精を出すことになったらしい。
一方で、職員会議を盗み聞きしたパーバティ、アーニー、コリンの三人組によって、ルーピンの体質――人狼であることが生徒たちに広められてしまった。
なお、3人組に関しては減点、シリウスを刺激することになったアーニーとコリンに関しては、さらに罰則(学期終了までの数日、夕食後にマグル方式でトロフィー室の展示物磨き)まで課されることになった。
スリザリンがクィディッチの優勝杯をもっていったとしても、まだほかのこともあって、十分優勝の可能性はあったのに!とグリフィンドールやハッフルパフの学生たちは3人を白い目で見るようになった。以降、3人は余計な欲をかくことなく、おとなしくなった。
さて、吸魂鬼の襲撃の際に、その露見を恐れもせずに生徒たちを助けに駆けつけたルーピンを好意的に見る生徒たちは多かったが、それでも人狼である彼を危険視する声は多く、翌日から抗議の手紙を携えたフクロウが殺到。
学期末パーティーを迎える前にルーピンは職を辞することを決めたらしい。
セブルスが“闇の魔術に対する防衛術”の教授室を訪れた時には、
「やあ、スネイプ」
「体調は問題ないようですな」
「おかげさまでね。あの脱狼薬は少しばかり痛いけど、さすがは君が発明しただけのことはあるね」
にこりとルーピンがほほ笑む。
ルーピンが言うのは、今学期、セブルスが彼を検体にして治験を進めていた新種の脱狼薬のことだ。
今まで経口薬として作成していた脱狼薬を注射薬として調合し、注射器で体内注入していたのである。
かなり前から開発していたのだが、経口薬と注射薬では勝手が違い、
さらには、以前も記したが、魔法界では注射器に代表される血液のつく医療器具全般を忌み嫌う風潮もあり、開発は遅々として進まなかった。
もちろん、そういったリスクもある分、注射薬にはメリットも大きい。経口薬ならば満月の1週間前からの服用が必要だが、注射薬であれば3日前からの接種でよく、さらには変身前後の体調不良をある程度軽減する効果もあるのだ。
ルーピンが注射薬に飛びついたのは、この薬なら苦くないうえ、摂取後に砂糖を取っても大丈夫だったからだ。セブルスとしても貴重な検体が増えるのだから、断る理由もなかった。
「さっき、ハリーが来てくれたよ。辞めないでほしいって言ってくれてね。・・・顔はよく似ているけど、性格はジェームズとはあまり似てないね」
どうやら、ルーピンの方は隠す気がなくなったらしい。
ハリーJr.をハリー=ポッター――ジェームズ=ポッターとリリー=ポッターの息子だと確信しているのだ。
「氏より育ちというだろう。
・・・ダンブルドアから聞いたのかね?」
「ああ。私を推薦してくれてね。それで、その・・・」
セブルスの問いに、ルーピンは口ごもったが、ややあって続けた。
「ハリー=ポッターが生きている。素性を隠されて、スリザリンに入れられてしまっている。自分は今身動きできないので、私に代わって見守りに行ってほしい、と言われてね」
あの狸の言いそうなことだ。
はっきりと言わずと、まるでハリーJr.が詐欺に遭って、偏見たっぷりの教育を受けさせられているので、矯正してほしいと言わんばかりの言い回しに聞こえてしまう。
セブルスは表情こそ動かさなかったが、内心で舌打ちした。
そんなセブルスの内心を知ってか知らずか、ルーピンは苦笑して続けた。
「・・・あの子は、ハリー=ポッターじゃなくて、ハリー=メイソンJr.なんだね」
「そうとも。ジェームズ=ポッターにはなれんよ。能力的には似ているところもあるようだがね」
例えば、箒が得意なところ。感覚派で実技の方が得意なところ。これらはどちらかといえば、ジェームズ=ポッターから受け継いだものだろう。
セブルスはしれっとうなずいた。
とはいえ、それはセブルスがメイソン一家と交友関係をもって、彼らの子供たちを見守ってきたからもてる感想でもあるだろう。
もし、ハリーJr.が何の障害もなくポッター家の一員、ジェームズの息子として育っていたら。
果たして、セブルスは何のしこりもなく単なる教え子相手として接することができたであろうか?
少なくとも、学生時代であれば、八つ当たりの対象にくらいはしていそうだな、と、想像しても詮無いことを思った。
なお、億が一、ジェームズ2号となってスリザリン生をいじめ倒そうものなら、リリーの息子といえど容赦はしなかっただろう。
想像しても詮無いことではあるのだが。
「英雄リリー=ポッターの息子など、荷が重いだけであろう。
マグル育ちの半純血の魔法使いでちょうどよい。
貴公らには不満かもしれませんがな」
「いや・・・そうだね。きっとそれがいいんだろうね」
セブルスの言葉に、誰にともなく言い聞かせるように言って、ルーピンは改まった様子でセブルスを見た。
「スネイプ・・・学校をやめてから、何があったんだい?」
思い切ったように、ルーピンが尋ねてきた。
「君は、学生のころとだいぶ変わったように思えた。優しい、いいところもある、いい先生ができているな、と。
それをハリーに言ったら、呆れられてしまってね。『おじさんは昔から優しい人です!先生が見てなかっただけでしょう?』ってね。
うん・・・私には、見る目がないんだろうね。そう思えてたんだ。この間までは」
言いながら、ルーピンはセブルスを見る。猜疑と、それでも信じたいという気持ちがないまぜになった、複雑な表情をしている。
「あの武器は何だい?どこにあんなのしまってたんだい?それになんてものを学校に持ち込んでいるんだ。君は魔法使いで、教師のはずだろう。
何より、あの守護霊だ。あんなものは異常すぎる。まともじゃない」
ルーピンの言葉を、セブルスは軽く鼻で笑った。
まとも?そんなものが、ヤーナムで、サイレントヒルで、羽生蛇村で、あの地獄の釜底の地で、何の役に立った?
せいぜい、あれらの場所から戻ってきた後、凡人どもとのお付き合いに役立つ杓子定規程度の価値しかない。
「スネイプ・・・本当に、何があったんだい?何が君を変えてしまったんだい?」
「他人の事情の詮索とは、感心しませんな。だが、わかるとも。秘密は甘いものだ」
「ふざけないでくれ」
「ふざけているのは貴公の方であろう?他人の事情を慮りもせずに一方的に図々しく詮索かね?」
「他人だなんて!私はただ・・・!」
すっぱりセブルスに言い放たれ、ルーピンは口ごもった。
「ただ?」
「その・・・これ以上、取り返しのつかないことにしたくないだけで・・・」
「私の存在がそれを悪化させる可能性があるという懸念は、わからんでもないがね。
もっとも、すでに取り返しのつかないことにはなっていよう」
「だとしても・・・もう少し、私にもできたことがあったはずだ」
肩をすくめたセブルスに言って、ルーピンは目を伏せた。
「なぜ、私たちはこうなってしまったのだろうね?
確かに、笑い合って肩を組みあって、同じ方向を向いていたはずなのに」
それを聞いたセブルスは呆れてため息を吐いた。
セブルスからしてみれば、始まりこそ同じだったかもしれないが、シリウスとジェームズ以外は向く方向も組む腕も一致してなかったように思う。
同じ方向を向いていようが、己の正義しか見ようとしなかったシリウスとジェームズに対し、ルーピンとペティグリューは周囲を見回せていただろう。
笑い合って肩を組みあっていた?シリウスとジェームズが笑うのにつられて笑って、肩を組む二人に、いいように引きずられていただけだろう。
対等でない関係など、片方の自覚が欠落していれば、破綻を迎えるのは目に見えている。
「・・・何も言ってくれないのかい?」
「貴公らの関係などどうでもいいからな。殺し合いでも仲直りでも好きにしたまえ。
よく付き合っていけるものだといっそ感心はするがね」
苦く笑うルーピンを、セブルスは切って捨てた。
散々記していることではあるが、セブルスは彼らなどどうでもいいのだ。別に生きようが死のうが、関係修復しようが殺し合おうが、セブルスと彼の大事なものに巻き添えを食らわせなければ、それでいいのだ。
「それでも・・・私にとっては、人狼であると知っても、仲良くしてくれた大事な友人たちなんだよ」
ぽつりとつぶやかれたルーピンの言葉に、どこかすがるような響きがあるのに、セブルスは気が付きはしたが、何も言わなかった。どうでもよかったのだから。
「見捨てたつもりはなかったんだ。もっと気にかけるべきだった。・・・あれは本来、君じゃなくて、私の方が気が付くべきことだった」
「ペティグリューのことかね?」
セブルスの問いに、ルーピンはただ静かに目を伏せた。
「やっぱり君は変わったよ、スネイプ。以前の君なら、間違ってもピーターの事情なんて考慮しなかったと思うから」
ややあって、顔をあげていったルーピンに、セブルスは鼻を鳴らして見せた。
少し考えれば誰でもわかることだ。まあ、人質という免罪符を大手に振って、自分はまったく悪くありませんという愚か者に割いてやる慈悲は、セブルスにはない。
次にペティグリューがセブルスの前に敵意を持って現れたなら、相応の対応を取るだけだ。たとえルーピンが何をわめこうと。
「もはや、私が彼にできることなど何もないのだろうね・・・。
シリウスには、せめて話しておくよ。彼が聞き入れてくれればいいんだけれど」
悔いている様子で遠い目をするルーピンに、セブルスは視線をそらした。
「好きにしたまえよ。ただし、私と、ジュニアとその家族に手を出すならば、相応の対応を取らせてもらう。それも奴に伝えておくことだ」
「君ね・・・そんなことするわけないだろう。馬鹿にしないでもらえるかい?」
肩をすくめたセブルスに、ルーピンはあからさまにむっとした顔をする。
「ブラックの奴が釈放後に暴走して、ジュニアの今の父親や母親、姉といった家族たちに手を出そうとしても同じことがいえるのかね?」
「いくらシリウスでもそんなこと!
・・・。
しないはず・・・うん・・・しないって」
最初こそカッとなって言ったらしいルーピンは、徐々に自信がなくなったのか、最後には消え入るようにつぶやいて、そっと目をそらした。
「・・・今の父親と姉、か。
どんな人たちなんだい?」
答えなくてもよかったかもしれない。だが、ジュニアを案じる者は一人でも多い方がいい。ルーピンはブラックのように突っ走るわけでもないし、加えて、ジュニアは彼に守護霊呪文を教わっていた。彼が吸魂鬼の襲撃を察知してくれたというのもある。その借りを返すことにもなると、セブルスは教えることにした。
「父親の方はマグルの作家をしている。性格は・・・今のジュニアを見ればわかるだろう。肝の据わり方と応用力ならば、並び立つものはそうはいないだろう。
姉の方はスクイブで、ジュニアより一つ上だ。少々乱暴だが、誰よりも家族思いで優しい、よい姉だ」
淡々と話すセブルスは気が付いていない。眉間のしわが緩み、自身が穏やかな表情をしていることに。
かつて、学生時代に見せたことのないそれを見るルーピンが、ひどく複雑そうな目をしていたことに。
「・・・リリーも元気にしているんだね?」
息子が助かっているなら、当然彼女も無事だろうと、確信をもってルーピンは問いかけた。
「無論だ」
「・・・君が助けたのか」
「夫を亡くし、親子別々に引き裂かれそうになった二人を、ともに安全に暮らせるようにしただけのことだ」
「リリーが、なぜ、再婚なんて・・・」
どこか非難するようにつぶやくルーピンに、セブルスは少しばかりむっとした。
「女手一つの子育ては辛かろう。それとも、彼女は未亡人として、新たに誰かに心許すことなく、一生ポッターの喪に服せとでもいう気かね?」
「いや、そんなつもりじゃ・・・うん・・・たぶん、実感がないんだね。
私の中では、リリーはジェームズの隣で赤ん坊のハリーを抱っこして笑っているところで止まってしまっているんだ。
だから、ジェームズが死んで、ハリーのためであろうと、見知らぬ誰かと再婚したっていうのに、いい気分がしないんだ。すまない」
セブルスの言葉に、ルーピンは首を振って、視線をさまよわせながら言った。
正直、セブルスはルーピンに対し、ハリー=メイソンの方がジェームズ=ポッターよりも数倍人間的にも優れている、リリーも安寧に過ごしているし、子供たち二人にも慕われている素晴らしい父親をやっていると言ってやりたかったが、あえて何も言わなかった。
それは、セブルスが知っていればいいことだ。
それでも、友情に縋り付いてしまうルーピンに言っても、きっと無駄に終わる。ジェームズが生きてたら、きっと彼だって!と言っていたように思われたからだ。
「スネイプ」
ここで、ルーピンは改まった様子で、セブルスに静かに頭を下げてきた。
「ありがとう。ハリーとリリー、二人を助けてくれて」
「・・・別に貴公のためではない。私はMrs.メイソンには恩義があった。私が獣に堕ちることなく人間性を残せておけたのは、彼女のおかげといってもいい。だから助けた。それだけの事だ」
淡々とセブルスは答えた。
ヤーナムの終わらない獣狩りの夜の血と獣臭の中で、リリーとの思い出は、摩耗して消滅しかねなかった人間性をつなぎとめる確かな楔だった。彼女の教えてくれた無償の愛が、今のセブルスを形作る一部になっているのは確かだ。
その恩を返すために、セブルスはリリーを助けた。それだけのことだ。それが気が付いたら、ここまで長く続いていた。いやな気はしないのだが。
とはいえ、ルーピンには、いくつか確認しなければならないことがある。
「・・・ダンブルドアは、二人を一緒にいさせるのを危険と判断していたと聞いたが?」
「・・・最近になってからなんだが、考えてたことがあるんだ」
頭をあげて、ルーピンは言った。
思い悩むように視線をさまよわせ、どこか苦々しげに彼は吐き出した。
「二人を一緒にいさせるのが危険なら、最初から生存を公表しなかったらいいじゃないか。
“例のあの人”に狙われて生き延びたものがいない、襲撃自体は大勢に知られたというなら、二人もその時死んだことにしてしまえば容易に身を隠せたはずだ。
ダンブルドアが言えば、魔法省だって聞く耳を持ったはずなのに。
だというのに、生存は公表された。その上で親子を引き裂くなんて。
・・・本当は、あの二人をあえて危険な目に遭わせようとしているかのようにも思えてしまって。
私はおかしいんだろうか?」
黙って聞いたセブルスに、ややあってルーピンは苦笑していった。
「すまない。おかしなことを言ったな。忘れてくれ」
「・・・では、今の貴公はハリー=メイソンJr.の家庭を特段問題視はしていないと?」
「問題視するほどよく知らないっていうのが大きいけれど、私でもわかることはある」
セブルスの問いに、ルーピンは肩をすくめてから答えた。
「ハリーは今の家族を大好きなんだというのは伝わるよ。折につけ、父さんが、母さんが、ヘザーが、と嬉しそうに言ってたからね」
「そうとも。あの家族は仲睦まじいものだ。私には、まぶしすぎるほどに」
あの家族の幸せを見守ることが、今のセブルスの生きがいだ。
その言葉を聞いたルーピンは、どこかうらやましげな表情をしたが、結局何も言わずにトランクを持ち上げた。
そろそろ出立するつもりらしい。大分長いこと話し込んでしまった。
「スネイプ。リリーとハリーを頼むよ。
もちろん、何か私にできることがあるなら、連絡をくれ。すぐに駆け付ける」
セブルスは静かにうなずいた。
ルーピンの彼らを案じる気持ちは伝わった。
「今のジュニアの家族たちに顔を合わせたくないのかね?」
「・・・言っただろう?私は再婚したリリーとその相手にいい感情を持てないんだ。少なくとも、今は。
もう少し、落ち着いたころにした方がいいと思うんだ。お互いのためにね。
ああ、勘違いしないでくれ。リリーとハリーが元気でいたことはうれしいんだ。それだけは確かだ。
じゃあ、私はもう行くよ」
最後に尋ねたセブルスに、ルーピンは苦笑交じりに言って、そのわきをすり抜けて教授室から出て行った。
ルーピンには、ハリーJr.のことで貸しを作ってしまった。だから、セブルスはフェンリール=グレイバックの傘下コミュニティはじめ、伝手のある人狼コミュニティの方にルーピンが職に困っているようだったら、優柔不断さに付け込んで魔法の腕をこき使ってやれ、と言ってやっておいた。ホグワーツを出て行っても、多少の食い扶持は保証されることだろう。
・・・彼も今回のことでいろいろ思うところができたようだが、それを今後生かせるかは謎だ。
だが、できるなら、敵になってほしくないものだ。彼が敵になったら、きっとハリーJr.とリリーは悲しむことになるだろうからだ。
ともあれ、この1年の激動は、こうして終息したのだ。
その日の午後、閉心術の訓練をしていたセブルスとハリーJr.だが、術式が逆行して、ハリーJr.はセブルスのホグワーツ時代の記憶の一端を垣間見てしまった。
・・・それは、あの最悪の昼下がりの記憶だった。セブルスはまだ覚えていたのか、と自身に少し驚いた。
逆さづりにされて下着を丸見えにされるセブルスと、それをあざ笑うジェームズ=ポッターとシリウス=ブラック、駆け寄ってかばおうとするリリー=エバンズに対して言い放ってしまった取り返しのつかない言葉による八つ当たりと、それによる決別。
セブルスとしては、普段以上に強固にしていたので、ヤーナムや他危険な場所のおぞましい記憶を覗かれなかっただけよかったとしているし、閉心術の練習中はこのような事故はつきものなので気にしていない(セブルスからしてみれば100年近く昔の記憶である)のだが、反動で息を切らすハリーJr.は涙目になって「なんてひどい!」と我がことのように怒った。
そうして、事故とはいえ、知られたくないことを知ってしまったこと、血縁上の父と、若き日の母の仕打ちを謝ってきた。
すんだことだ。それに、息子のジュニアには関係ないことだ。加えて、八つ当たりとはいえ、セブルスが言ってはならないことを言ってしまったのは事実だ。
何より、それまでリリーから受けていた忠言を半ば聞き流して、差別思想に染まってしまっている馬脚を現したというようにしか、彼女には受け取れなかったのだろうから。
いずれにせよ、ハリーJr.は閉心術をマスターした。
今の感覚を忘れないように、とセブルスはハリーJr.に言い渡した。予定していた残り20点の加点は、ハリーJr.が固辞したため、結局与えられずじまいだった。
その日の
『事は明夜起こるぞ』
生徒たちの喧騒と食器の音を打ち破るように、その声は発された。
声を発したのは占い学教授のシビル=トレローニーだった。
カトラリーを持った両手をテーブルの上に弛緩させ、それでも眼鏡越しにぎょろぎょろと目玉を動かしながら、まるで別人のように荒々しい声音で、彼女は話し出した。
『聖なる母は待ち望んでおられる・・・地に満ちた罪の国を救わん時を・・・』
生徒・教職員全員が思わず絶句するのを歯牙にもかけず、彼女は続けた。
『10の心臓を得た崇拝者は、12年間鎖につながれていた・・・。
明夜だ。崇拝者は召使を連れた闇の帝王のお力により自由の身となる・・・11番目の血と10の心臓が捧げられ、崇拝者は肉の拘束より解き放たれるだろう・・・。
彼の者は二位の国の力を得、聖なる母を迎え入れんとするだろう・・・。
虚無と暗黒、憂うつをもって絶望を生み、誘惑、起源、監視、混沌、4つのしょく罪を並べ、母なる体躯と最後の知恵を肉のおりより解き放つだろう・・・。
聖なる母は、現世に降臨し、罪の国を救うであろう・・・』
ガクンッと彼女の首が傾げられた。そして、うめきながら彼女が顔をあげた時には、普段のシビル=トレローニーとなっていた。
「あら?ごめんあそばせ?このところ、よく眠れてないようで。わたくしとしたことが、夕食中にもかかわらず、ついうとうとと」
いつもの霧の奥から聞こえるような独特の調子で話し出したトレローニーに、まず食って掛かったのはマクゴナガルだった。
「シビル?!今のはどういうことですか?!」
「今の?ミネルバ?何のことでして?」
「質の悪い冗談はおやめなさい!」
髷にしてまとめている黒髪が乱れるのも構わず、ミネルバ=マクゴナガルは泣きそうな顔でトレローニーにつかみかかり、夕食中というのも忘れて彼女を詰問した。
この数年の忙しさは尋常ではない。ゆく年くる年トラブル塗れである。その後処理を一手に担うのは、校長ではなく、マクゴナガルである。
ようやく、ブラック脱獄の件も一件落着した(完全解決でないとはいえ)というのに。
そして、ここにきて、占いの才能絶無といえど、トレローニーがトラブル発生の予感を匂わせてきた。
うんざりだ。もううんざりだ。
イギリス唯一の魔法の名門校はどこへ行ってしまったのか!!いつからホグワーツはトラブルの吹き溜まりになってしまったというのか!
ギリンギリンと痛み出した胃に手を当てて、マクゴナガルは悲痛な声をあげながらうずくまる。
胃薬が足りない。胃が溶け落ちそうだ。白髪を通り越して禿げそうだ。
ざわざわと、他の生徒たちも騒ぎ出した。
「おお・・・トレローニー先生、新たな極致にお目覚めになられたのね・・・!」
感極まった様子でつぶやくのは、占い学でトレローニーの熱心な信者となったパーバティ=パチルである。
対照的なのが、ハーマイオニーでトレローニーの様子も気にすることなく、何事もなかったかのように悠々と食事を再開していた。・・・若干手つきが荒々しいところを見るに、いい加減にしてほしいとうんざりしているのかもしれない。
「怪しいもんだな」
腕組みして鼻を鳴らすのはセオドール=ノットだ。ハリーJr.やドラコと同じスリザリンで、死喰い人の親を持っているという話だ。
「というと?」
「さっきの話、まるであのお方の方こそ、崇拝者やら聖なる母やらのアシスタントにされてる感じだっただろう。
僕もその恐ろしさは伺っている。そんなこと、ありうるわけがないさ。
あのお方をまるでおまけ扱いだと?トレローニーのくせに!
どうせ、いつもの適当なおためごかしさ!
ネタが割れてウケなくなってきたから、方針転換したんだろう?」
同寮生の問いかけに、ノットは吐き捨てた。
「ドラコ?」
「・・・案外、本当の予言かもしれない」
ハリーJr.が気が付いた時には、ドラコは表情を硬くしてそう言っていた。
「闇の帝王のことを、大体の人は“例のあの人”と呼ぶんだ。名を呼ぶのも恐ろしい、と。
トレローニーもそうしていた。
それに、不幸大好きなトレローニーが不幸の権化のような闇の帝王のことをこれまで一言も言及しなかったんだぞ?
それが、今回は、やった。
父上から聞いたことがあるんだ。本当の予言っていうのは、預言者自身も予言した時のことを覚えてないんだって。
案外、本当の予言かもしれない」
そう締めくくったドラコに、ハリーJr.のみならず、その言葉を聞いていたスリザリン生も顔色を変える。
「じゃあ、聖なる母とか、崇拝者とか、何のことだよ?」
「僕にわかるわけないだろう?」
困惑したブレーズ=ザビニの問いかけに、ドラコは首を振って吐き捨てた。
ハリーJr.はちらっと、教職員席の
セブルスおじさんは、いつも以上に固い顔をしているように見える。
おじさんなら何かわかるだろうか?
そう思っても、近寄ることもできず、ハリーJr.はもやもやしたものを抱えたまま食事を続けざるを得なかった。
一方のセブルスは、メアリーお手製の
生徒たちの前でなければ、頭を抱えていたことだろう。
なんでまた、あのエセ占い師は爆弾を落とすのだ!
本人の意図したところではないのだろう。予言というのは、ある日突然本人も意図しないところで、意図しないものを言ってしまうものらしいのだ。
だからと言って、トレローニーはいちいち言う内容が、どうしてイギリス全土を揺るがすような大仰なものばかりになるのだ。
13年前の時もそうだ。あの時だって、たまたま薬の材料の仕入れでホグズミードに赴いて、ホッグズヘッドで夕食を取っていたら、ろくに盗聴対策もされてない2階から、あの荒々しい声が聞こえてきたのだ。
あの頃は、啓蒙高い世界1周冒涜ツアーから帰ってきて、さほど時間が経ってなかったので、セブルスも少々やさぐれていたところもあって、うんざりした。
どうもダンブルドアが居合わせていたようだったし、まさかその渦中になるのがリリーとハリーJr.とは当時は思いもしなかったものだ。
話を戻す。
トレローニーの予言内容に、誠に遺憾ながらセブルスは心当たりがあった。
覚えがある、というべきか。だが、詳細な内容をとっさに思い出せないのだ。
おそらく、『葬送の工房』に置いている書籍の方にある。できる限り、急いで戻って確かめねばならない。
辛いけれど鶏の旨味たっぷりの
メアリーに申し訳ないことをしてしまった。
ちなみに。
この年の寮杯は、クィディッチの優勝杯獲得もあって、スリザリンが獲得することになった。
そして。明日は、生徒たちがホグワーツ特急に乗って帰宅するという夜のことだった。
夜間巡回に出ていたプランクが、目の下に大きな隈をつけて、無人となった“闇の魔術に対する防衛術”の教授室に途方に暮れた様子でたたずんでいた、ロナルド=ウィーズリーをつれて魔法薬学教授室を訪れたのである。
続く
【トレローニーの水晶玉】
シビル=トレローニーが用いる水晶玉。ホグワーツ城の尖塔の先、屋根裏部屋に居を構える彼女は、大いなる未来をそこに見出すという。
預言者カッサンドラの子孫という重圧の中、彼女には何も見えない。カッサンドラの子孫のくせに、未来も見えないのかと。
だから彼女は見えるはずのない不幸を詠うのだ。適わなければいいに越したことはないそれは、当たれば彼女の名声を高め、外れれば助かったことを喜べるものだからだ。
詠い続ける不幸の理由を、もはやシビルは思い出せない。
ちょっと前後するかもしれませんけど、第5楽章はいろいろ違う展開になると思うので、トレローニー先生の予言はがらりと変更させていただきました。元ネタはお察し。サイレントヒル2から10年経ってますからね。あらかじめ言っておくと、ウォル太君はかかわってきません。サウスアッシュフィールドもくそもないです。
・・・実はウォル太君、心臓集めの時、ハリー=メイソンさんに目撃されて口封じを目論んだんですが、返り討ちにあってそのまま逮捕、儀式は未遂のまま終わってしまったのですよ。アメリカでは。まあ、そうは問屋が卸さないのがヴァルティエルさんなんですがね。
帝王様の復活?まあ、おいおいやっていきますのでね。
トレローニー先生の予言の部分、フォントの関係で、一部ひらがなになってしまってます。ご容赦ください。
次回の投稿は、来週!内容は、『アズカバンの囚人』編、これにて完結!ロナルド=ウィーズリー、真夜中の告白。
ペットのネズミが実は虐殺犯の小汚いおっさんだった衝撃に打ちのめされた、少年の明日はどっちだ?!
お楽しみに!