フラグをブッ立てまくりで、次楽章へ!という感じですが、何とか回収していきたいです。(小並感)
というわけで、今回で一応『アズカバンの囚人』編こと、第4楽章は完結となります。
第2楽章でやらかしまくりだったロンですが、この楽章では一気に気の毒になりました。いろいろ思うところもできたでしょう。
というわけで、続きです。
「セブルス様、お客様です」
「こんな時間にか?」
羊皮紙に書き連ねたカレル文字と、その効力、ヤーナムから持ち出したいくつかの本を眺めながらつらつらと思索にふけっていたセブルスは、メアリーの言葉に顔をあげて問いかける。
「はい。プランク様がおいでです。お一人、生徒をお連れしています」
頷いたメアリーに、セブルスは眉をひそめたが、とりあえず話を聞いてみようと、デスクを立って、部屋の扉に向かった。
そこにいたのはプランクだった。どこか困惑した顔をしている。そして、彼女はすぐ後ろにもう一人連れていた。メアリーの話の通りに。
消灯時間を少し過ぎた夜中のことだ。書類仕事もひと段落付き、セブルスは趣味の薬学研究――ではなく、カレル文字の研究を行っていた。筆記者カレルによって記録された人ならぬ上位者の音を現した文字群だ。
専用の工房道具で脳裏に焼き付けることで様々な効果の恩恵に与れるが、最近のセブルスはそれを脳裏に焼き付けずに、別の形の
魔法陣や付与魔法に使う文字群といえば、古代ルーン文字が有名だろう。古い魔法体系の解析を行うなら、必ず頭に入れておくべきものだ。
とはいえ、古代ルーン文字とカレル文字では、帯びた神秘がまるで違うのだ。古代ルーン文字のように人間の解釈というバイアスを経ずに、上位者の音を直接文字に変換しているせいか、カレル文字の方は一文字で相当強力な効果を発揮するのだ。
みだりに人目につかせるのは問題かもしれないが、セブルス一人が使う分には問題ないだろう。それに薬学の研究のいい気分転換にもなる。
・・・研究の気分転換が研究というあたり、セブルスもたいがい学者バカである。元の生まれがヤーナムであれば、ビルゲンワースでは頭角を現していたかもしれない。
ともあれ。
こんな時間にどうしたのか、とセブルスは思考を巡らせる。今日この時間の夜間巡回の当番を思い出せば、なるほど、今はプランクが巡回当番であったはずだ。
深夜徘徊の生徒を見つけたというならば、速やかに寮監に引き渡せばいいものを、と思いセブルスがそちらに目を向けると、おやと彼は眉を動かした。
ロナルド=ウィーズリーだ。
パジャマ一枚でガウンもまともに羽織っていないため、すっかり冷えてしまっているだろう、教授室の明かりに照らされる彼は唇が紫色だ。
彼は幽鬼のようにふらりとセブルスを見たが、のろのろと視線を落とした。生気を失ったうつろな目をしていた。
「“闇の魔術に対する防衛術”の教授室で見つけてね。明日はホグワーツ特急で帰るだけだし、この様子で医務室に放り込むだけで済ますというのもね」
ならそちらの教授室に連れて行けばよいのでは?
セブルスがそういうより早く、プランクは苦笑していった。
「今、私の部屋にはアクロマンチュラの等身大のはく製があるんだ。捕食行動の再現魔法付きだ。で、この子は蜘蛛が苦手らしい。
そして、あんたはこの間のことで、ピーターとも面識があるとわかっている。
あんたなら、的確なことを言えそうだと思ってね」
「・・・入るならサッサとしていただきたい。帰宅後に夏風邪をこじらされても面倒ですからな」
吐き捨てて、セブルスは踵を返した。
あんな男のことで、いまさら何があるというのやら。そして、何がそこまでロナルドを悩ませるのか。セブルスとしては、逃げたネズミのことなどどうでもいい。
「かけたまえ。メアリー、すまないが温かい飲み物を頼む。二人分だ。一人は生徒で入眠前というのを忘れるな」
「わかりました」
頷いて簡易キッチンに立つメアリーをよそに、セブルス自身はデスクの上に出しっぱなしにしていたカレル文字関連の研究物資を素早く片付け、お気に入りのソファにかけた。
「邪魔するよ。さて、なんであそこにいたんだい?ルーピンなら昼間のうちに行っちまったよ?」
早速ロナルドの向かいに座ったプランクの問いかけに、メアリーの転寝用のブランケットを、浮遊術で肩に羽織らせてもらったロナルドは捨て鉢な調子で吐き捨てた。
「・・・減点したけりゃすればいいじゃないですか。罰則だって好きにしてください」
「寮杯の今年分は終わりだ。スリザリンが獲得した。明日帰るんだから、罰則というわけにもいかないよ。来期に持ち越しってのも面倒だからね。
・・・内緒だよ」
いたずらっぽく笑ったプランクに、セブルスはしょうがない、とため息一つで済ませた。
言外に見なかったことにすると言ったプランクに共犯にされたわけだ。通常であれば、罰則ものなのだが、ロナルドの様子から大目に見てもいいだろう。
「さっさと退学にすればいいだろ!どうせ何とも思ってないくせに!!」
ここでロナルドは叫んでセブルスをにらみつける。ボロリとその青い目から涙をこぼした。
「だって前にパパが言ってたんだ!!あんた、学生時代に闇の魔法に手を出して、グリフィンドール生をいじめて回ってた、闇の魔法使いの卵だって!学校辞めて姿をくらまして、死喰い人になったに違いないって!!
闇の魔法使いを出す寮のスリザリンの出身だし、間違いないって!!
なんで・・・なんで・・・なんでピーターはこんな奴にお礼なんか言いたがるんだよ?!」
プランクがあからさまに眉を顰めるが、セブルスは平然と聞き流した。別に罵倒などたいしたことではない。
そこまで来てセブルスは気が付いた。
ロナルドは、何かを握りしめている。くしゃくしゃになっているが・・・どうやら、紙束らしい。手紙だろうか?
そして、そのポケットから、ホッホッホと鳴くスニッチのようにも見える小さな生き物が頭を出していた。豆フクロウだ。どこか途方に暮れた様子だ。
「ルーピン先生だって、私が見てなかっただけだとか言って!
おかしいじゃないか!だってパパもママもそんなこと言わなかった!
むしろ、名前を聞いたら、気をつけろって言ってきて!かと思ったら、あっさり手のひらを返して、まったく違うことを言い出すし!
もう・・・何を信じりゃいいんだよ・・・」
呻いてロナルドはうなだれた。どうやら、相当参っているらしい。
「まあ、かかしを相手にするつもりくらいで、話してみないかい?
他言はしないよ。なんなら、誓約書でも書いておこうか?」
冗談交じりに言ったプランクに、ロナルドは黙ってうなだれた。
これは自分がいる意味があるのかとセブルスは立ち上がって、調合部屋で薬学の研究の続きでもやろうかと思ったが、プランクの視線に引き留められた。やむなく彼はソファに腰を下ろしなおす。
「・・・ビルは、首席だった。チャーリーも、クィディッチで活躍してて」
唐突に話題が飛んだ。なぜいきなり、彼の兄弟の話になった?
しかし、プランクは黙って話を聞いた。セブルスも口をはさむことはなかった。ロナルドはおそらく、話しながら必死に整理しようとしているのだろう、と。
「パーシーも首席で、フレッドとジョージは・・・いたずらばっかりやってるけど、やっぱり優秀で。
ママは、僕には何にも言わなかった。言わなくても、上と同じくらいのことはできるだろうって思ったんだ。
でも、僕は・・・僕は、勉強はあまりできないし、箒もちょっとできる程度で・・・どうしたら、いいかわかんなくて・・・。
僕なりに、頑張ったんだ。スリザリンのいけ好かない連中に負けないように。
ハグリッドのドラゴンだって、ばれたら大変なことになるから、こっそり運び出そうって。
ネビルだって知ってたのに、あいつは告げ口して。グレンジャーだってそうだ。
賢者の石だって盗まれるってわかってたから、止めに行かなくちゃって。
何もかも、うまくいかなくて・・・何だよ、僕だけが悪いのかよ・・・」
ずるんっとひときわ大きく洟をすすって、ロナルドは続ける。
「秘密の部屋の時だって。
ジニーがさらわれたとき、助けなくちゃって必死になって。
手がかりがすぐそこにあるのに、子供はそこで待ってろって・・・なんだよ、今まで何にもやってこなかったくせに・・・僕らが手掛かりをつかんだとたん、しゃしゃり出てくるのかよ・・・そりゃあ、見つけたのは僕じゃなくて、グレンジャーたちだけど・・・」
そこまで言ってはっとした様子で、ロナルドは恐る恐るセブルスを見やった。
セブルスは黙って目を伏せていた。
・・・いろいろ言いたいことはあるが、とりあえず全部吐き出させることにしたのだ。
「・・・続けてみな」
頷いて見せたプランクに、ロナルドは安心したように息を吐いてから、のろのろと続けた。
「秘密の部屋の時、メイソンと話した。・・・メイソンの奴、思ったよりまともだったんだ。なんでこんな奴がスリザリンなんかにいるんだってくらい。
それを言ったら、メイソンの奴、怒り出して。『君がもの知らずなだけだろ?自分の考えだけで決めつけて、突っ走るから痛い目しか見ないんだろ?まずは落ち着いて、兄弟とかに相談したら?君の兄弟は落ちこぼれの問題児だって馬鹿にして、話も聞いてくれないの?僕は迷ったら、ヘザーや両親にも相談してる。みんな、ちゃんと聞いてくれるよ』って言って。
あの時は偉そうにって思ったけど・・・マルフォイも、グレンジャーも、相談できたから、秘密の部屋のことにたどり着けたんだって、気が付いて・・・」
ズビッと鼻をすすって、パジャマの袖で涙をぬぐうロナルドは、それでも続けた。
「エジプトで、ビルに会った時、思い切って相談してみた。
馬鹿だなって言われた。誰でも最初から優秀だったわけじゃないって。自分も、パーシーもたくさん勉強したし、チャーリーもいっぱい練習した、フレッドとジョージもいたずらグッズ発明の失敗を一杯やってるだろうって。
焦り過ぎだって。卒業まで7年も時間があるんだから、結果を出すのに焦らなくていいって。
それから・・・気づいてやれなくて済まないって謝られて。ビルが謝ることじゃないのに。僕が悪いのに・・・わかってるんだ・・・本当は、僕が悪いってことくらい・・・」
そうして、ロナルドはさらに続ける。
「エジプトから帰ったらスキャバーズが体調を崩して。
スキャバーズは・・・お古だけど、僕の、ペットだから・・・列車の中で、ゴイルに絡まれたときもあいつの指をかんで、守ってくれて・・・。
1年の時の罰則を受けることになった時だって、あいつだけはずっと態度を変えずにいてくれて・・・僕の、味方だったんだ・・・。
だから、今度は僕が守ろうって、僕の大事な家族なんだからって・・・」
ロナルドはここで、再びパジャマの袖で涙をぬぐった。
「スキャバーズの正体がわかった時、本当は卑怯だって怒らなくちゃいけなかったんだ!!友達を売るなんて!!卑怯者!お前のようなやつを一緒のベッドに入れてたなんて最悪だっていうべきだったんだ!
でも・・・人質を取られてたなんて・・・思いもしなくて。
助けを求めても誰も助けてくれなくて、友達にいじめられて無理やり言うことを聞かされてたなんて、思いもしなくて・・・。
しかもそれが・・・あの、“不死鳥の騎士団”の一員だったなんて・・・」
勢いがなくなり、ロナルドは顔をあげた。迷子の子供のように、途方に暮れた顔をしていた。
「もし、僕だったら?ジニーやパパとママ・・・ほかの家族たちを人質に取られて、みんなにひどいことするようにさせられたら?
僕・・・僕は・・・僕も、同じことをしちゃうかもしれない。あいつのこと、偉そうに非難できないって・・・!」
ゴソリッとロナルドは片手に握りしめていたクシャクシャの紙を取り出して、テーブルの上に置いた。それは、手紙――封筒と便せんだった。ポケットにいるのに飽いたのか、そこから飛び出してテーブルの上でころころと転がる豆フクロウが運んできたのだろうか?
「・・・ピーターからの、手紙、なんです」
「「!」」
「僕に、だますことになって済まないって。ウィーズリー家にお世話になりました、ありがとうって。
お詫びに、新しいペットとしてよかったら、そいつを飼えばいいって。ただの動物であることは保証するし、調べたらいいって。
他にも・・・スネイプ先生のこととか、書いてあって。母のことを知らせてくれてありがとうって、会う機会があったら伝えてほしいって。自分は先生の大切な人にひどいことしたから殴られても仕方ないって」
軽く目を見開くプランクとセブルスに、ぼそぼそとロナルドは続ける。
「あいつ、グリフィンドールの出身だって。でも、裏切り者の卑怯者で、“生き残っていた母子”を“例のあの人”に売って、マグルもいっぱい殺して、ブラックを陥れたって。
でも、それは人質を取られてて、誰も助けてくれなくて追い詰められてたからで。
後で手紙もくれたし、こいつも飼ったらいいって・・・。
スリザリンのメイソンや先生は・・・パパやママの言うのと違って、悪い奴じゃなくて。
何を信じればいいか、僕にはもう、わからないんです・・・」
呻いてうなだれるロナルドに、プランクはなるほど、と一つうなずいた。
幼少から刷り込まれて、入学してなおも信じてきた価値観が、ここにきて完全に破綻してしまい、途方に暮れているというところだろうか。
1~2年次は無邪気に、グリフィンドール=正義の味方!スリザリン=悪の巣窟と信じてきたのが、ハリー=メイソンJr.と話したことで価値観がぐらつき始め(大きなきっかけはそれだろう)、今年のピーター=ペティグリューとのあれこれで完全に破綻してしまったというところか。
ペティグリューが単なる卑怯者の裏切り者で済んでいたら、きっとロナルドはその価値観にしがみつき続けれていたのだろう。(ハリーJr.は例外扱いとして)
だが、ペティグリューにも事情があると発覚した。単なる悪い奴ではなくなってしまった。それ以前に、声をかけてきたハリーJr.とのやり取りも、それに拍車をかけてしまったというところか。
あくまでプランクの推測でしかないが、ルーピンがペティグリューのことをよく知る相手だから、ロナルドは“闇の魔術に対する防衛術”教授室を訪れていたのかもしれない。つまり、本当に話を聞いてほしかったのは、プランクやセブルスではなく、ルーピンの方なのだろう。
もの言いたげな顔で相槌を打つプランクと逡巡するセブルスをしり目に、うつむいて洟をすすりながら袖で目元をぬぐうロナルドの前に、熱い湯気を立てるマグカップが置かれた。プランクの方にも同様に置かれた。
「グリューワイン*1です。温めてアルコールを飛ばし、クローブ、シナモン、他いくつかのスパイスと柑橘類のスライス、はちみつを入れているので、飲みやすいかと。
プランク様の方には、アルコールは飛ばさない程度にしておきました」
「入眠前にお茶はよくない。茶葉に含まれるカフェインには覚醒作用があるらしいからな」
トレーをもってたたずむメアリーに、セブルスはうなずいていった。
「飲みたまえ。友人が品種改良・加工したスパイスだ。香りづけのみならず、体を温めてリラックスさせる効果もある」
セブルスの言葉に、ロナルドはのろのろと手を伸ばして、マグカップを持ち上げた。
「・・・美味しい。あっためたぶどうジュースみたいだ」
「こりゃいいね。赤ワインはあまり得意じゃないんだが、悪くない」
「ありがとうございます。こちらのレシピは、メイソン氏から教わったとセブルス様からお伝えいただいたものを、私が改良したものです」
「メイソン・・・? ひょっとして、メイソンの、お父さん・・・?」
メアリーの淡々とした言葉に、ロナルドはマグカップを抱えたまま目を見開いた。
「聞かなかったのかね?ハリー=メイソンJr.の父親はマグルだ。私は彼と文通を行っているし、Mr.マルフォイ――ドラコの父親のルシウス氏とも親交がある」
正直、今のロナルドには刺激の強い話かもしれないが、セブルスは答えた。
「で、でも、ルシウス=マルフォイは死喰い人だって・・・反省したって言ってたのも嘘だって、パパが・・・」
「一度過ちを犯した者に、悔い改める権利はないのかね?ずいぶん手厳しく、不遜なことですな。高々13の子供が断罪者にでもなったつもりかね?」
セブルスはできるだけ感情を殺すように淡々と言ったが、それはかえって冷たく聞こえ、ロナルドは黙ってうつむいた。
「言い過ぎだよ、セブルス。まあ、同意はするけどね」
プランクがたしなめ、改めてロナルドに向き直った。
「お前さん、人間を白と黒に無理やり二分しようとしてないかい?
人間はそこまで単純なものじゃないよ。世界はチェス盤でもなければ、人間はチェスの駒でもないんだから。
人間はもっと重厚で、それでいて譲れぬ何かを持ち続けるものじゃないかい?高々2色に選別できるものかい。
道理に合わぬものを無理やりそれに沿わせようとすれば、破綻もするさね」
プランクの言葉に、ロナルドは「でも」「だって」と言いかけるが、その後が続かない。なぜなら、彼はそれ以上の価値観を知らないからだ。誰もそんなこと、教えてくれなかったのだから。
それでも、それがおかしいとは気づき始めていた。
「・・・ところでセブルス、あんた、ペティグリューの件についてルシウス=マルフォイに報告はしたかい?」
「いいえ。私がせずとも、いずれ彼の知りうるところになるでしょうからな」
「ならちょうどいい。これは明日の朝一の職員会議で提案しようと思っていたことなんだが・・・スキャバーズとペティグリューのことさ。
ペティグリューがスキャバーズとして潜り込んでいたのは、エジプト旅行直前にした方がいいんじゃないかって話さ」
首を振ったセブルスに、プランクはにやりと笑っていった。
「!? ど、どうして?」
ぎょっとしたように目を丸くするロナルドに、プランクは真顔になってから続けた。
「職員会議中も言ったが、光の陣営の代表のようなウィーズリー家が死喰い人を匿っていたとなると大スキャンダルになる。
そうなったら、アーサーは職を追われ、あんたの家族もマスコミどもに追い回されることになる」
「で、でも、僕たちみんな、知らなくて」
「知る知らないは大した問題じゃない。死喰い人がそこにいたという事実があるのが問題だって言いだすやつがいるのさ。一流の魔法使いのくせに、動物もどき〈アニメーガス〉の区別もつかないのかって言われかねないよ。特に、アーサーを目の敵にしている奴からは、絶好の機会さ。
だから、本当のスキャバーズはエジプト旅行前にはぐれて、その時にペティグリューに入れ替わられたってことにした方がいい。
まだ魔法省への正式報告はされてない・・・正確には、明日の職員会議後に行われることになる。今ならまだ誤魔化しが利くんだ」
「・・・ずいぶんと都合のいい話ですな」
「世の中には都合のいい話なんてごまんと転がってるものさ。それともあんた、教え子の一人が高々ペットの一匹が原因で、それも本人の責任が無関係というのに一家離散して途方に暮れるところが見たいのかい?」
少々険しい顔になったプランクに正論を言われ、セブルスは黙って目をそらす。
非常に危険な提案だ。ウィーズリー家に口裏合わせの要請もしなければならない。ばれたら、ホグワーツの教職員全員虚偽報告で罪に問われるかもしれない。
少なくとも、ウィーズリー一家を巻き込んだことには罪悪感を感じているペティグリューが本当のことをばらす可能性は低い。
・・・問題はペティグリュー憎しで盲目的になっているシリウスだろうが、ホグワーツでの暴走のせいで、ろくに聞く耳は持たれないだろう。
「職員会議盗聴による噂の拡散は?既にされておりますが?」
「それなんだが、今朝原因のマクミランに確認を取ってみたら、どうも会議の後半あたりから聞いてなかったようでね。
よほどシリウス=ブラックの無実と、ピーターの境遇が衝撃的だったらしいね。
ピーターがネズミに変身していた時期とかは詳しく聞けていなかったようなんだよ」
またピンポイントで聞けてなかったらしい。なるほど、とセブルスはうなずいた。
時期があやふやなら、確かに誤魔化す算段も付くというものだ。
「よかったねえ、セブルス。あんたのバイオレンスな私刑も広まらなくて」
「そうですかな?腸を引きずり出さない分、十分手心を加えておったのですが」
「あんたの手心ってのは、どんだけ残虐なんだい!もう少し加減しな!
言っておくが、全身脱毛も駄目だよ!」
はーっとため息をつくプランクだが、ぶふっと噴出した音にそちらに目を向けた。
去年のロックハートを思い出したらしいロナルドが、口元を抑えてプルプルと震えて笑いをこらえている。
「なんで笑うんだい?」
「Mr.ウィーズリーは、去年のロックハートを目の当たりにしておりますからな。
Mr.メイソンがヅラデロイ=ロックハーゲという、素晴らしい名づけをしたほどでしたからな」
怪訝そうなプランクに、しれっとセブルスは言った。
ブハッとロナルドが再度噴出した。
「・・・それだけ元気があれば大丈夫そうですな」
ため息をついて言ったセブルスに、プランクもうなずいた。
笑う元気があれば、どうにかなることだろう。
「それから、老婆心ながら一つ忠告をしておこう。
愛情の反対は憎悪ではなく、無関心だ。
厳しい言葉や態度も、貴公を思えばこそ発されることもある。
ネズミのことを思った故やもしれぬが、貴公が言葉を向けるべき相手は、私やMr.メイソン以外にもいるのではないかね?」
「あ・・・」
ロナルドの笑いがおさまったタイミングで声をかけたセブルスに、小さくつぶやいて少年は視線を床に落とした。彼も馬鹿ではない。すぐに思い至ったらしい。
「では、そろそろ寮に戻りたまえ。貴公の夢が有意なものであればよいな」
そういって、セブルスは立ち上がった。
「寮まで送るとするよ、そら、さっさと立ちな」
プランクの言葉に、ロナルドはのろのろとはしていたが、それでも最初よりは幾分かしっかりした様子で立ち上がった。
「邪魔したね、セブルス。
メアリー嬢、グリューワイン、うまかったよ」
言い残して出ていくプランクに、ロナルドも黙って頭を下げてから続いて出て行った。
ホグズミード駅で列車待ちをしていたハーマイオニー=グレンジャーのところにやってきたロナルドが、ひどいことをたくさん言って冷たい対応をしてしまったことに対する謝罪をしたのは翌日の話だ。
その後、コンパートメントにハリーJr.とドラコ、ハーマイオニー、ネビルらと乗り合わせた彼は、そのまま他愛ない雑談を交えることになった。
・・・誰もが、彼がネズミを失い、新しく見慣れぬ豆フクロウを連れていることに気が付いたが、クルックシャンクスのお墨付きであることで、何もとがめはしなかった。
後日、セブルスはハリー=メイソンJr.からの手紙でそれをこっそり知ることになる。
* * *
さて、ようやく待ちに待ったサマーバケーションである。
が、セブルスはそれどころではなかった。
『葬送の工房』に帰宅して荷物を片付けるや、セブルスは即座に埃除けと劣化防止の魔法を解除して探し物にとりかかった。
例のトレローニーの予言についての確認である。
ようやく分霊箱が片付いたと思いきや、今年の夏はこのありさまである。
退屈しないと言えば聞こえはいいのだろうが、トラブルの絶えないことに遺憾の意を表明したい。
その一方で、血に飢えた狩人としてのセブルスが、好奇に胸を高鳴らせていた。
殺すべき獣に溢れ、世は汚物と汚濁に満ち満ちている。きっと、今度のことは狩人としての技量が必要になる。
素晴らしいじゃないか!存分に狩り殺したまえ!
一昨年のバジリスクや蜘蛛は素晴らしかったが、去年は結局適度なフラストレーション発散ができなかったのだ。
いっそ、ルーピンの脱狼薬をわざと手を抜いて、人狼化した奴の腸をえぐってやろうかと思ったほどだ。
万が一生徒にかぎつけられたり、巻き込んでしまったら目も当てられないので、自重したのだが。
ルーピンに対する配慮?そんなものは学生時代の時点で存在しない。奴は少し気遣いを割いていいモルモット程度だ。
話を戻す。
ようやく、セブルスはお目当ての書籍を見つけ、目を通す。
これだ。サイレントヒルの“教団”の儀式の一つ、“21の秘跡”。おそらく、これだ。
細かな手順などを省略して概要だけ言ってしまうと、21人分殺害して連中の言うところの“聖母”――要は、邪神を降臨させるというところだ。
これの内容を加味して、先の予言を解釈してみると・・・おそらく、第1の啓示の途中で何らかの事情により儀式を中断していたところを、闇の帝王からのちょっかいを受けて、再開できるようになってしまった、というところか。
・・・あのくたばり損ないは、どうして余計なことしかできないのか。
おとなしく亡霊に徹しておけば、まだ見逃してやってもいいものを。
闇の帝王のことはさておいて、直近の危機として、“21の秘跡”の実現がある。邪神が降臨してしまえば、どうなることか。
そもそも、サイレントヒルは海を越えたアメリカにあるはず。
それがなぜ、イギリスで邪神の召喚などという暴挙に及ぶのやら。
まあ、察知できただけ良しとする。
・・・なんとなく、セブルスがどうにかせずとも、別の何某がどうにかしたような気もする。
とにかく。
“21の秘跡”が進行中であるならば、まずは第1の啓示による殺人が行われたはず。
“21の秘跡”は4つの啓示によって成り立っており、以下のステップを踏む必要がある。
第1の啓示で10人殺して、その心臓を抜き取り、白の香油と黒曜石の酒杯で儀式を執り行う。
第2の啓示で、集めた10人分の心臓と、自らを生贄に、術者は不死身となり、その支配する異世界を形成する。そして、さらに4人の殺害が必要。
第3の啓示で、さらに4人の殺害が必要とされている。
第4の啓示で、最後に2人殺害し、晴れて儀式は完遂。“聖母”こと邪神が降臨する、とのこと。
もちろん、これは経典に載っていた原文そのままではなく、セブルスがざっくりと砕いた意訳に近い文なのだが。
たった21人殺して悲願が達成できるとは、ずいぶんお手軽な神だな、とセブルスは鼻で笑う。
たったの21回の挑戦で、確定でお目当ての呪われ濡れ結晶が出たら聖杯マラソンなんて言葉は存在せず、地底人など駆逐されることだろう。
それとも、それらの生贄の儀式に用いるアイテム(白の香油、黒曜石の酒杯)がそれだけ恐ろしい代物なのか。
・・・実は、あれらをいまだにセブルスは持っている。かなり強い神秘を帯びているので、どう処分したものかと迷い、ホグワーツ行きになってしまったこともあって、保管箱の肥やし状態になっていたはず。
というか、たぶん、あれはサイレントヒルの教団がどうやってか、複数所持していると思われる(以前、あれをジェイムス=サンダーランドが手にしているのを見かけたためだ)。どうやってあんなものを複数生産したのやら。末恐ろしい限りである。
いずれにせよ、このまま放置というわけにはいかない。
イギリスの命運などどうでもいいが、この国にはセブルスの大事な友や教え子たち、その家族が暮らしているのだ。
彼らの安寧こそ、セブルスの安寧でもある。
それを妨げるなら、上位者であろうが邪神であろうが、その臓物をぶちまける所存である。
まずは、第1の啓示の被害者たちから調べ上げるべきか。
セブルスはその伝手を持っている親愛なる友人たちに手紙を書くべく、レターセットを用意して万年筆を手に取った。
続く
【グリューワイン】
温めた赤ワインに、クローブ、シナモンなどの複数のスパイスと柑橘類のスライス、はちみつを加えたもの。
エイブリー印のスパイスは、食欲増進と加温、リラックス効果など、複数の効果を持つ。
もともとは、ハリー=メイソンが夜酒代わりに飲んでいたもので、そのレシピを自動人形のメアリーが改良した。
酒はヤーナムには似合わない。むしろ血に酔うのだ。
次回、サイレントヒル4 The ROOM編、スタート!
・・・の前に、クィディッチワールドカップの話。なんてものはありません。まあ、諸事情ありましてね。
そろそろヘザーをセブルスさんと絡ませたいと思いました。
そこの受話器をもって、警察へ連絡しようとされている皆さん。
セブルスさんが、守護霊呪文で月の魔物を呼び出す前に、逃げられた方がいいですよ?