セブルス=スネイプの啓蒙的生活   作:亜希羅

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 前回は、評価、お気に入り、誤字報告、ありがとうございました。

 フロム熱への再点火方法を思い出せなくて、気が付いたら年をまたぐどころか、桜の季節になっていましたよ奥さん(誰?)。

 でも大丈夫。今頑張って続き書いてるから。

 Q.さっさと大事なことを言え。

 A.遅くなって大変申し訳ありませんでしたぁぁぁぁ!!許してください何でもはしませんが。


【12】セブルス=スネイプ、異世界の最深部へ②

 

 「・・・馬鹿な女だ」

 

 聞き終えた『バーティ』はそう嘲ったが、その言葉は覇気がなかった。

 

 「俺が何も知らないと思っているのか?レギュラス。

 あの女はアズカバンで死んだんだぞ?どうやってあんな言葉を残せるというんだ。どうせまやかしだろう?」

 

 「残響だ」

 

 半ば自分に言い聞かせるように言った『バーティ』に、レギュラスがかっとなって言い返そうとするより早く、セブルスが口をはさんだ。

 

 「生前の強烈な未練や思念は、時折本人を離れてそれ自体が形を成すことがある。

 まして、ここは“神”の力の及ぶ異世界だ。そういったものがより残りやすい場所でもある。

 本人がゴーストになったわけではない。ただ、その感情の残滓が木霊のように残っていたのだろう。

 ゆえに、ある意味では本人そのものよりも、よほど純粋だ。

 本来の世界よりも、そういった痕跡が残りやすくもある。もしやすると、他にもあるかもしれんな」

 

 構えこそ解いてなかったが、そう言い終えたセブルスに応えるように、レギュラスは続いて懐からもう一つ手紙を取り出した。

 

 こちらはただの羊皮紙の封筒だった。ずいぶん古びており、端の方は紙が劣化してボロボロになってきている上、まるで火にあぶられたように焦げている部分もある。

 

 「ごめん、勝手に中を見せてもらった。Mrs.クラウチのいた寝室にあったんだ」

 

 破られた封蝋に目をやりながら申し訳なさそうに言って、レギュラスは改めて『バーティ』に目を向けながら言った。

 

 「中身は、Mrs.クラウチの遺言状だ」

 

 息をのんだ『バーティ』に、レギュラスは封筒を押し付けながら言った。

 

 「読むべきだ。君は、確かに愛されていた。形は歪だったかもしれないけれど」

 

 ややあって、『バーティ』はのろのろと封筒から便せんを取り出して、目を通した。

 

 レギュラスは知っている。

 

 その内容は、脱獄して体調が回復後のバーティを案じて残されたものだ。

 

 イギリス国内では生きにくいだろうから、と前置きされたうえで、国外への脱出路や、新しい身元、必要なお金などの用意について書かれていた。

 

 どうしてもイギリスに残りたいなら、そのための新しい身元・顔を隠す方法も用意するよう、夫に託してあるとも書かれている。

 

 ・・・レギュラスは予想していた。この手紙の焦げ具合などから、ひょっとしたらこの手紙は現実には存在していないのかもしれない。今までのことを併せて考えると、クラウチ氏が隠滅しようとしたのかもしれない、と。

 

 へなりっと『バーティ』が座り込んだ。力の抜けた手から、古びた便箋と封筒が滑り落ちる。

 

 「知らない・・・俺は、俺は、こんなの、知らない・・・」

 

 途方に暮れたようにつぶやく『バーティ』は、手紙の存在を偽物とは言わなかった。

 

 知っているのだ。ホグワーツ在学時、母は体調が良ければほぼ毎日バーティに手紙を送ってきた。その手紙の字と、今手に持っている手紙の字が同じだったのだ。わからないわけがなかった。

 

 

 

 

 

 実際、現実世界では一度、寝室に入り込んだバーティに激怒したクラウチ氏が寝室を封鎖する前に、その手紙を発見して中身をろくに確認することなく魔法で焼却処分してしまったのだ。

 

 顔も名前も凶悪犯として知られていたクラウチJr.を“管理”し続けたクラウチ氏が、彼の将来をどう思っていたかは謎である。

 

 

 

 

 

 「バーティ・・・」

 

 「母さん・・・何で言ってくれなかったんだよ・・・。

 ううっ・・・」

 

 安堵と憐憫をないまぜにしたような顔をしたレギュラスに、『バーティ』が嗚咽を漏らした。

 

 それに反応するように、バーティ本体も地鳴りのような咆哮をあげた。悲壮さを感じさせるものだった。

 

 だが。

 

 「あ゛あ゛あ゛?!」

 

 直後、『バーティ』が頭を抱えて苦悶の悲鳴を上げる。

 

 はっとレギュラスが顔をあげれば、いつの間にか現れた膿で汚れた包帯を全身に巻いたような異形が、奇妙にキリキリと全身を痙攣させつつも、首を振って彼方を指さしたのだ。

 

 直後。

 

 「うあああっ?!」

 

 突如として無言呪文で放たれた武装解除呪文(エクスペリアームス)の赤い光弾に、レギュラスは吹き飛ばされた。

 

 その手から杖が、懐から紫色の小箱も落ちて吹き飛び、セブルスの足元に転がる。

 

 黒い石造りの壁にたたきつけられ、そのまま滑り落ちたレギュラスに、間髪入れずに拘束呪文(インカーセラス)による縄が巻き付けられ、そのまま縛り上げられる。

 

 「お前は後回しだ。“絶望”して、死ね。

 先に“憂うつ”だ」

 

 ゆらりと幽鬼のように立ち上がって虚ろに言った『バーティ』に、縄を外そうともがくレギュラスが、ショックを受けたように目を見開いた。

 

 「バーむぐぅっ?!」

 

 レギュラスが呼びかけようとするが、その口元にまで縄がかかり、塞いでしまった。

 

 どこか満足げな空気を漂わせる異形をよそに、『バーティ』は再び杖をセブルスに向けようとする。

 

 だが、セブルスの方が先だった。

 

 拾い上げた小箱の中身を一瞥した彼は、そのまま小箱を白く巨大なバーティ本体に突き入れていた。

 

 白い光をあげながら、それがバーティ本体に埋め込まれるや、白い巨体が再度咆哮を上げた。今度は苦痛に満ちたものだ。小箱の中身はへその緒。バーティの肉体の一部だ。

 

 「がああ?!」

 

 悲鳴を上げて膝をつく『バーティ』に、セブルスは歩み寄った。

 

 「選べ。友と母の愛した人間として死ぬか、相まみえたこともない聖母とやらの走狗たる化け物として狩られるか」

 

 セブルスの言葉に、『バーティ』は動かない。

 

 焦れたように異形が、キリキリと痙攣しつつもせかすように彼方を指さす。

 

 お前がすべきは、そのような戯言に耳を貸すことではない、もっと崇高なる使命があるはずだと言わんばかりに。

 

 だが、次の瞬間、その膿で汚れたような包帯塗れの頭に青黒い光弾が命中していた。

 

 秘儀“夜空の瞳”。精霊に祝福された軟らかな瞳だ。瞳孔の奥に果てしなく広がる暗い夜空と、そこに吹き荒れる絶え間ない隕石の嵐。瞳をひと擦りして、それを召喚する秘儀だ。

 

 「黙っていろ、狗め。貴様には訊いていない」

 

 ぴしゃりと言い放ち、セブルスは再度バーティ本体を見上げた。

 

 「わかっているだろう。もはや人間に戻るすべは存在しない。

 人として終わらせるか、化け物として続けるか。二つに一つだ。

 選べ」

 

 苦悶の呻きをあげていた『バーティ』は、フードの端を転がるレギュラスに向けた。

 

 一拍の沈黙後、彼は動いた。

 

 いっそ無防備にも見えるように、セブルスに背を向けて膝をつき、フードを下ろした。

 

 死人のような顔色、血のような涙に塗れたおぞましさがあったが、その表情は覚悟を決めたものだった。

 

 頷いてセブルスは動いた。両手につけていた獣の爪を別の武器へ変える。

 

 折りたたまれた長大な柄を伸ばし、片手用の曲剣に接続して、両手持ちの大鎌としたその仕掛け武器の名は、“葬送の刃”。かつて、最初の狩人ゲールマンが振るった、隕鉄から鍛えられた強力無比にして、扱いの難しい仕掛け武器だ。

 

 ヤーナムにいたころのセブルスは、幾度となくこの大鎌によって首を切り落とされた。

 

 今にして思えば、あれはゲールマンにできる最後にして最大の手助けだったのだろう。苦痛を少なく、一撃で終わらすべく。彼は、“狩人の夢”に囚われていることを心底憎み、厭っていたようだったのだから。

 

 皮肉なことに、その手助けを拒むことこそが、そこから真に離脱することに必要なことだった。

 

 今、その大鎌――幾人もの狩人たちを介錯してきた刃は、セブルスの手に握られ、大きく振りかぶられた。

 

 あの日、狩工房は燃え上がり、異様に大きな月の下でゲールマンがセブルス相手にそうしたように。

 

 「レギュラス」

 

 『バーティ』が口を開いた。今度は虚ろではない、しっかりした口調だった。

 

 「ありがとう。すまない」

 

 泣きそうなのを我慢した、それでいて笑おうとしたのを失敗したような顔だった。おぞましさの中に、人間らしい輝きをその目に宿して。

 

 レギュラスはうめいた。縄で口をふさがれていなければ、そのまま叫んでいた。何を言おうとしたのか。それは彼自身もわからなかった。

 

 “夜空の瞳”の一撃でよろめいた異形が体勢を戻し、再び手を上げようとしたが、それも遅かった。

 

 そして。刃は振りぬかれる。

 

 血は出なかった。首は宙を舞うと同時に、空気に溶けるようにその胴ともども霧散して消えた。

 

 同時に、白く巨大なバーティ本体が咆哮した。否、断末魔を上げた。痙攣するようにその白い体躯をぶるぶると振るわせ、やがてぐったりと首を垂れて弛緩した。

 

 直後のことだ。

 

 ぐらりっと地面が揺れる。

 

 ミシミシと壁や天井が悲鳴を上げるようにきしみ始めた。

 

 「レギュラス、逃げたまえ」

 

 身にまとった赤黒い霧が色濃くなるのを歯牙にもかけず、セブルスはレギュラスに歩み寄り、解放呪文(エマンシパレ)で縄をほどきながら言った。

 

 「文句は後で受け付けよう。二位の国の支配者の喪失で、間もなくこの世界は崩壊するだろう。ここにいると巻き込まれるぞ」

 

 「・・・っ、わかりました。

 先輩、またあとで!」

 

 ぐっと唇をかみしめて溢れそうになる言葉を噛み殺し、レギュラスはそれでもそれだけは言って動き出した。

 

 急ぎ、レギュラスは自身の杖を拾い上げ、続けて地面に落ちていたバーティの杖も拾い上げた。

 

 そうして、赤黒い霧に包まれるように姿を消すセブルスを見届けることなく、そこを飛び出した。

 

 どこを走るべきなのか。道はいつの間にか形を変え、まったく別の地形に変化してしまっている。時間がない中で、迷うわけにもいかない。

 

 思わず足を止めたレギュラスを叱咤するように、その手の中が光った。バーティの杖だった。

 

 杖から延びた光の筋が、まるでレギュラスを導くように伸びていく。

 

 そういえば、先ほどセブルスは言っていた。ここは“神”の力の及ぶ異世界だ。そういったものがより残りやすい場所でもあるのだと。

 

 「・・・こっちこそ、ありがとう、親友(バーティ)

 

 まるでレギュラスを助けようというかのその光に、彼は小さくつぶやくと、駆け出した。

 

 あふれる涙をぬぐうこともせずに。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 “葬送の工房”では、いくつかの薬草も育てている。真白の葬送花の植えられた裏手の花畑を圧迫しない規模の手狭なものだ。

 

 メアリーはそんな薬草畑の手入れを終えたところだった。

 

 薬草畑の手入れ用のエプロンと白い球体関節は土で汚れ、片手には魔法で水が尽きないじょうろを、もう片方の手には引き抜かれた雑草を持っていた。

 

 狩人様は最近お忙しくされている。

 

 ヤーナムにいたころであれば、どこかへ行ってしばらく戻ってこないなんてよくあることだった。

 

 けれど、ここのところこんな長期留守にされるのはほとんどなく、久々のそれをメアリーはあまり好ましく思ってなかった。

 

 空っぽの胸の内側がチクチクするような気がするのだ。

 

 かといって、それを口にすることははばかられた。狩人様の邪魔をしてはいけない。それは狩人様の手助けをする人形のするべきことではない。

 

 わかってはいるのだ。

 

 今のメアリーにできるのはただ一つ。

 

 「夢の月のフローラ・・・どうか狩人様をお守りください・・・」

 

 片づけをしてから、墓石の一つにひざまずいて両手を組んで、お祈りをする。

 

 そのときだった。

 

 ざりっという石畳を踏みしめる音が聞こえた。

 

 狩人様がお戻りになられたのだろうか。

 

 メアリーが立ち上がって振り向くと、そこには確かに彼女の愛する狩人様が立っていた。

 

 だが、次の瞬間彼はふらりとよろめいた。

 

 その体を黒い靄のようなものが取り巻き、すぐに晴れる。

 

 思わずメアリーが狩人様に駆け寄ると、彼はそのままメアリーにもたれかかってきた。

 

 「・・・メアリー、後を頼む」

 

 ひどく眠そうな声でそう言い残すと、セブルスはその身を黒い靄に包み込ませ、漆黒の軟体生物じみた上位者の赤子本来の姿へと変えてしまった。

 

 くったりと眠り込んで動かないそれを抱き上げるメアリーは、かすかにほほ笑んだ。

 

 「おやすみなさい、狩人様。あなたの夢が、よいものでありますように」

 

 そのまま彼女は工房の中に入った。

 

 狩人様が寒がられてはいけない。よく眠れるようにするのも、人形の務めだ。

 

 

 

 

 

 セブルスが人間の姿を保てなかったのは、もちろん理由はある。賢明なる読者諸氏はとっくにご存じであろう。

 

 再度の予言の破壊を行ったことにより、セブルスは世界の因果律に干渉するという上位者としての力を使ってしまい、そのため人間としての姿さえ保てないほど消耗してしまったのだ。

 

 ・・・とはいえ、以前ほど大きく消耗しているわけではない。

 

 というのも、以前とは対戦相手が異なったからだ。

 

 以前戦ったのは、ヴォルデモートである。前座として死喰い人十数名を挽肉にして遺志を奪ったが、肝心のヴォルデモート自身からは何も得られなかった。何しろ、奴は自身の魂を分割して、なおも生にしぶとくしがみついていたのだから。

 

 だが、今回は違う。

 

 今回の相手は、儀式によって変貌した、聖母(邪神)の下僕。内側に生贄から奪った遺志をため込む正真正銘の化け物である。

 

 さて、ここで思い返してもらいたい。セブルスは何であるのか。

 

 彼は、上位者であるが、その立場は血と遺志をわがものとして簒奪したものである。それ以前に数々の獣・上位者・狩人たちから奪った血と遺志でその身を鍛え上げてきたのだから。

 

 つまるところ、血と遺志は彼にとって奪いとり、己が糧とするものである。

 

 それも、ただの人間の遺志ではなく、邪神の走狗である化け物――末端といえど、上位者といえるような存在の遺志を奪い取ったのだ。

 

 今度の眠りは、単に消耗から回復するものという意味合いだけではない。もっとも、本人にその自覚があるかは怪しいところなのだが。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 さて、ホグワーツである。

 

 交代しながら、凶悪犯であるクラウチJr.が入ったという怪しい扉を見張っていた闇祓いの一人が、不意に気が付いた。

 

 昨日より臭くない気がする。音もしなくなったような?

 

 すぐにそれを他に知らせようと動くより早く。

 

 ドンッと、大きな音がした。扉の内側から、強くたたかれるような音だ。

 

 「開けてください!誰か!誰かいませんか?!」

 

 切羽詰まった叫びが、扉の内側から聞こえた。

 

 え?どういうことだこれ?!

 

 思わず硬直する彼をよそに、扉の内側の人物が舌打ちした。

 

 「くそっ!こうなったら!」

 

 あ、これは何かしでかす気では?

 

 慌てて彼が止めようと声を張り上げるよりも、扉の内側の声の主の方が早かった。

 

 次の瞬間、打ち付けられた板ごと扉が外向きに吹き飛んだ。おそらく、爆発呪文(コンフリンゴ)あたりを放ったのだろう。蝶番も壊れた扉のあったドア枠に、ガシャンっと何か音がした。

 

 鎖だ。おそらく、施錠したうえで内側から鎖で幾重にも巻き付けられていたのだろう。爆発呪文(コンフリンゴ)のせいでそれも砕けて、何本かの切れ端となって、床に転がるかドア枠の留め具にぶら下がっている。

 

 そして、もうもうと埃が舞い上がるそこから、彼が出てきた。

 

 ボロボロの外出用ローブにかすり傷をこしらえた黒髪の美男子は、おそらく慌ててかけたのだろう妙にきれいな眼鏡のずれを直し、左肩に担いだ人間を半ば引きずるように連れてきた。

 

 担がれているのも、同じくボロボロの人間だったが、鼻をつく血臭にヒッと彼は小さく悲鳴を上げた。

 

 「すぐに聖マンゴに連れて行ってください。止血はしていますが、足を切り落とされてかなりの出血があったんです」

 

 早口で言いながら歩み寄ってきた男に、彼は半ば反射的にかくかくとうなずいた。

 

 「何だ?!何の音だ?!」

 

 「どうした?!何があった?!」

 

 慌てて他のメンバーも駆け寄ってきたが、彼らは一様に息をのんだ。

 

 「レ」

 

 「レオ=ノワールと申します。当代ブラックの当主を務めておりますので、ご存じかと思いますが」

 

 誰かが言うのをさえぎるように、男――レオは口を開く。有無を言わさぬ強い口調に、闇祓いたちは気圧される。

 

 「僕のことよりも、彼を。急いで!」

 

 再度促され、慌てて闇祓いたちはレオが肩に担いでいた人物を浮遊移動呪文で持ち上げて、改めて顔を見て絶句した。

 

 「ま、マッド・アイ?!なんでムーディがここに?!」

 

 仰天するメンバーの一人は、すぐに気を取り直した。

 

 確かに、顔色が紙のように白く、濃い血の臭いも彼からだとわかる。

 

 彼の特徴といってもいい魔法の義眼こそあったものの、ローブの裾から覗く足は片方なかった。元々片足が義足だったが、その足がさらに短くなっているのだ。ローブの色に紛れてわからないが、おそらく相当量の出血があったと思われる。

 

 「すぐに医務室へ!マダム・ポンフリーがいるはずだ!」

 

 「あなたもご同行願えますか?Mr.ノワール」

 

 声を張り上げる闇祓いたちに、レオと対外的には名乗っているレギュラスは、うなずいた。

 

 「僕のけがは大したことではありませんが、事情の説明が必要でしょう。異論はありません」

 

 ここでレギュラスは軽く周囲に目を走らせてから、つぶやいた。

 

 「・・・ホグワーツだったんですね」

 

 「ここがどこかわからなかったと?」

 

 「気が付けば、あそこに押し込められてまして。

 後で説明しますよ」

 

 小さく部屋を振り返ってからそうつぶやくレギュラスの肩越しに、闇祓いの一人が先ほどまで閉ざされていた部屋をのぞき込む。

 

 部屋の中は外に比べて暗く、よくわからない。

 

 それに、なんだか臭い。

 

 先ほどとは違う種類の臭さだ。なんといえばいいのだろうか。

 

 先ほどまでしていた臭さは、腋臭とか動物臭とか、どっちかといえば生き物じみた臭さだった。だが、これは種類が違った。なんというか・・・そう、腐臭や死臭などの、生き物として拒否したくなるタイプの臭いだ。

 

 ひとまずは、中から出てきた二人の保護。それが終わったら、部屋の中も改めて調べる必要がある。そこにいるだろう、バーテミウス=クラウチJr.の捜索が必要だ。

 

 こみあげる吐き気を誤魔化すようにローブの袖で鼻と口をいったん覆ってから、彼はすでに医務室に向かった他の面々を追った。

 

 開かれたこの場所は、残っているほかのメンバーに任せるのも忘れずに。

 

 

 

 

 

 その後のことは、端的に記そう。

 

 まず、医務室に運ばれたマッド・アイ=ムーディであるが、無事一命をとりとめた。

 

 失血からの貧血状態であり、さらにはかなり痛めつけられてひどく錯乱。気が付くやベッドの上でひどく暴れられたほどだった。

 

 闇祓いを引退したあたりから誇大妄想的な過剰自衛に陥っていたが、今や彼はそれをさらに悪化させて過剰自衛からの攻撃癖にまで発露させていた。杖があったら、癒師(ヒーラー)だろうが闇祓いだろうが魔法大臣だろうが有無を言わさず呪いの餌食にしていたことだろう。

 

 杖を取り上げて聖マンゴの一室に監禁状態の療養をさせているが、まったく落ち着く気配がない。

 

 レオ=ノワールことレギュラスの話では、おそらくバーテミウス=クラウチJr.に拉致され、痛めつけられた挙句殺されるところだったのだろう。

 

 特に痛々しいのが太ももに刻まれた“14121”の数字だ。いまだにクラウチJr.が何がしたくてそんな数字を刻んでいたかは定かではないが、殺されそうになった方からしてみればたまったものではない。

 

 一部のものは、レギュラスがクラウチJr.と共犯だったのを土壇場で裏切ったのでは?という猜疑の声を上げた(レオの正体を知り、かつ彼の学生時代の交友関係を知っていればそう考えても無理はない)が、クラウチJr.の闇の帝王への狂信ぶりを知る者はそれはないだろうと反論したので、事なきを得た。

 

 レギュラスはすでに“闇の印”を消し、闇の帝王とは手を切る格好になってしまっている。それを狂信者クラウチJr.が許すのか、という話だ。

 

 さて、肝心なクラウチJr.はどこにいるかと言えば。

 

 例のレギュラスが閉じ込められていた部屋の奥に闇祓いたちが調査のために立ち入ったところ、それが見つかった。

 

 その部屋の奥は探知魔法で探った結果、奥にもう一つ部屋があることが判明。

 

 粉砕呪文(レダクト)で壁を破壊して侵入した闇祓いたちは息をのんだ。

 

 死臭のような変な臭いがすると前記したが、その発生源はここだった。そして、正しくその臭いは死臭だった。

 

 明かりのないその部屋は真っ暗だった。闇祓いたちの光源魔法に照らし出されたのは、おぞましいとしか言えない光景だった。

 

 部屋の片隅にある、赤いハードカバーの本と白い香油、黒曜石製らしいゴブレットはまだ理解できる。何らかの魔術儀式をしようとしていたのではないか?と推測できる。

 

 だが、いかんせん部屋の真ん中を占拠している物体が異常すぎた。

 

 天井に吊り下げられたいくつもの布袋からは、音もなく血がしたたり落ちていた。

 

 その先にあるのは、古びたバスタブだった。

 

 なみなみと湛えられているのは、お湯などではなく、黒ずんだ血液だった。そこに湯あみするように身を沈めるのは、男が一人。

 

 見開かれた目に生気はない。半開きの口の中は乾ききり、掻っ捌かれた腹部からあふれた血は、上の布袋からしたたる血と混ざり合い、むき出しの臓物をねっとりと浸していた。

 

 言わずもがな、バーテミウス=クラウチJr.。その亡骸であった。

 

 たまらず何人かが吐き気を覚えて、その場を抜け出す。

 

 すさまじいまでの血臭と腐敗臭、それらが混ざり合った死臭に、思わずローブの裾で鼻を覆う者もいた。そうでなくても、あまりの凄惨さにまともに直視できるものはほとんどいなかった。

 

 なんだこれは。こんなおぞましい・・・猟奇的という言葉では片付かないほどの冒涜的な光景、闇の魔術について知識ある闇祓いたちでも見たことも聞いたこともなかった。

 

 ただ一つ、わかったことはあった。

 

 これは、このまま放置するわけにはいかない、ということは。

 

 だがしかし。しかしだ。

 

 このグロテスクでおぞましいものを、これから事細かに調べて片付けなければならないのだ。

 

 闇祓いたちはメンタルに多大なる犠牲を強いることを、ここに覚悟した。

 

 

 

 

 

 回収されたバーティ=クラウチJr.の亡骸(なぜか左手首がなかった)は、“悪霊の火”で完全滅却することが有無を言わずに決定した。

 

 現在進行形で、彼がいかなる魔術儀式を企てようとしていたか解析が進められている(レギュラスことレオの証言も加えて)が、その全容はいまだに明らかになっていない。どうも、既存の魔術体系にはない・・・国外、あるいはもっと古い体系の魔術儀式らしいのだ。

 

 それがいかなる目的のもとになされたのかはともかく、途中経過が明らかに尋常ではない。血液や心臓といった、強い魔力を宿すがゆえに、強烈な魔法契約や儀式の媒体に用いられるものを、ああも大量に用いるなど。

 

 いずれにせよ、それらを用いていた、あるいは利用されていたか、その一環であるためにクラウチJr.の遺体は魔法使い伝統の棺に納められて土葬ということは許されず、“悪霊の火”で灰にされ、その灰も小分けにされて別々の場所で消失呪文(エバネスコ)で消されることになった。やりすぎに思われるかもしれないが、一部の魔術儀式の媒体などは、そのくらいしなければ儀式の進行を止められなかったり、余波で呪いを拡散したりすることがあるのだ。やりすぎるくらいでちょうどいいくらいだ。

 

 クラウチJr.の葬儀は、ようやく正気を取り戻したクラウチ氏が真っ向拒否、絶縁を宣言してしまったため、宙ぶらりん――無縁仏のごとく捨て置かれると思われた。

 

 そこに待ったをかけたのが、レオ=ノワールだった。

 

 亡きレギュラス=ブラックと親交があったため、彼からクラウチJr.のことを聞いていたという(ことにした)レオは、彼の埋葬人を引き受け、異界を脱出してからその魔力を失わせた彼の杖のみを棺に納め、ブラック家ゆかりの墓所にひっそりと弔った。

 

 そうして、クラウチJr.の脱獄補助をしたクラウチ氏の刑罰に対しても、レオはしれっと言い放った。

 

 「今、魔法省は人員不足が深刻ですし、罰金だけで済ませてそのまま仕事を続けさせては?

 え?給料?休日?いらないでしょう?奥様の遺言や息子さんよりも仕事が大事なんですから。

 よかったですね。これからは死ぬまで無休で大好きな仕事ができますよ」

 

 温和な彼を見ることが多かった魔法省職員や純血貴族たちは、思い出した。

 

 ああ、彼もまごうことなくブラックの血族だった。その彼を怒らせたのだから、当然の結果でもあった。

 

 そう。レオ=ノワールことレギュラス=ブラックは怒っていた。去年、実兄がホグワーツでやらかした時は怒りよりもむしろ、申し訳なさの方が先立っていたが、今回の件に関して彼は激怒していた。

 

 そもそも、クラウチ氏がクラウチJr.をもっとしっかり見ておけばあんな惨事は起きなかったかもしれない。百歩譲って脱獄までは許容できても、その後のやり方が完全にまずい。奥方の遺言すら無視し、自分の都合しか優先していないのだ。できないならやるな。バーティには気の毒であろうが、レギュラスは内心でそう思ってすらいた。

 

 例の数字を刻まれた連続殺人事件の犠牲者たちだって、直接手をかけたのはバーティだが、クラウチ氏がバーティをもっとしっかり見ておけば、あるいは奥方の遺言を守るようにしておけば、あるいは死なずに済んだかもしれない。(もっとも、どうもバーティは彼の邪神の腹心たるバルティエルに魅入られていたようで、その程度で止まれたか怪しいところなのだが)

 

 ともあれ、そういう理由でレギュラスはクラウチ氏に激怒していた。下手にアズカバンに放り込むよりも(あれは絶対バーティに対して申し訳なさを感じていないだろう)、過労死させた方が溜飲が下がるというものだ。クラウチ氏本人は満足するだけで終わるかもしれないが、必要最低限の生活以外の福利厚生は一切保証させるつもりは(少なくともレギュラスには)ない。

 

 クラウチ氏がどうなったかは・・・レオの要望が通ったということだけを明記しておく。

 

 

 

 

 

 また、クラウチJr.の遺体回収に伴い、ホグワーツに出されていた厳戒態勢はひとまず解除となった。

 

 いまだに調査のために何人かの闇祓いと魔法省の職員が駐在、例の部屋の周囲は相変わらず立ち入り禁止であるものの、どうにか平穏な日常に戻りつつあった。

 

 

 

 

 

 さて、真白の雪化粧に覆われたホグワーツである。クリスマスは目前であった。

 

 今年のハリーJr.達学生組は、珍しくホグワーツへの滞在をきめていた。というのも。

 

 空き教室を貸し切って行われるマナー講座において、ダンス実習があり、今年のクリスマスパーティは、大広間でその実技発表をするのだ。

 

 もちろん参加は自由だが、せっかくだから参加しようとなったのだ。

 

 「あいたっ!」

 

 「あっ、ごめんなさい!」

 

 思わず顔をしかめたハリーJr.に、パートナー役を務めていたアステリアが慌てて謝る。ダンスの練習中のことだった。

 

 体を動かすのが得意なハリーJr.はダンスの振り付け自体は問題なかったのだが、社交ダンスとなると男女のペアを組むことが不可欠で、相手と息を合わせることが求められる。それには慣れておらず、うっかりアステリアに足を踏まれてしまったのだ。

 

 ついでに、ダンスにおける暗黙のルール(特定の曲目で踊ることは婚約者あるいは夫婦であるということを意味する、ダンスの参加順序は貴族間や職場社会でのパワーバランスに準じており、高位のものはファーストやセカンドを踊ることが多いなど)も覚えなければならなかった。

 

 「大丈夫だよ。なかなか慣れなくてごめんね」

 

 「そんなことないです。私のわがままで一緒に踊っていただいてるんですから・・・」

 

 にこりと笑っていったハリーJr.に、アステリアは頬を染めてうつむいた。つなげられている手が熱い気がするのは、きっと彼女の錯覚だ。

 

 むしろ、緊張でステップを間違えたのは、アステリアの方だというのに。

 

 実際、アステリアはまだマナー講座の参加資格(4年生以上であること)はない。だが、スリザリンの純血貴族で、実家でダンスの練習をしていたため指導役と足りないパートナー役を兼ねてダンス練習のみ参加となっているのだ。

 

 姉のダフネはアステリアに、変なことされそうになったらすぐに魔法で吹き飛ばすのよ?!と言い聞かせてきたし、今も教室の片隅でにらみを利かせていたが、アステリアはそんなこと気にならないくらい舞い上がっていた。

 

 やがて、ダンスの練習が終わる。

 

 空き教室はそんなに広くないので、一度にみんなということはできず、何組かのペアが順番に練習をすることになるのだ。

 

 アステリアとハリーJr.を含む何組かのペアが壁際により、また別のペアが出てきて、音楽がかかると踊り始める。先ほどまではゆったりしたワルツであったが、今度は少し曲調が速い。ハリーJr.たちのような慣れないものではない、ある程度上達した者たちの練習のためだ。

 

 アステリアは気が付いている。

 

 ハリーJr.の視線が、今まさに踊っているとある女生徒に向けられているのを。

 

 よく一緒に行動するハーマイオニー=グレンジャーにではない。レイブンクローのクィディッチチームのシーカーを務める、アジア系の女生徒チョウ=チャンだ。

 

 一部の生徒はイエローモンキーなどと馬鹿にしているが、彼女は確かに華があって美しい生徒だ。地味で病弱なアステリアとは大違いだ。

 

 そのチョウ=チャンが今一緒に踊っているのは、ハッフルパフのクィディッチチームシーカーであるセドリック=ディゴリーだ。

 

 ディゴリーは確かに、ハンサムでだれにでも優しく公正だ。スリザリンの学生にも、よくしてくれている。

 

 そんな二人が並び立てば、完成された一枚絵のようになる。誰かがほうっとため息をついていたが、当たり前だろう。

 

 音楽を邪魔しないように、アステリアはこっそりハリーJr.に話しかけた。

 

 「あの、ハリーはパーティーのダンス実習でどなたを誘うか決まっていますか?」

 

 最初は、アステリアもMr.メイソンと呼んだのだが、ハリーでいいよ、と言われたので、それ以降はお言葉に甘えてハリーと呼ばせてもらっている。

 

 「え?あー・・・その・・・まだ決まってなくってさ。

 ハーマイオニーはもう決まったっていうしね・・・難しいね・・・」

 

 きまり悪そうに苦笑するハリーJr.に、アステリアはチャンスだ、と内心でぐっとこぶしを握り締める。

 

 この前、図書館で勉強に誘うときも一生分の勇気を振り絞ったが、今度はその比ではないぐらい緊張している。声もそれにつられて上ずってしまった。

 

 「あ、あの、もし、よろしければ」

 

 「じゃあ、私と組んでみない?」

 

 「メイソン、私とも踊って!」

 

 アステリアを押しのけて、ほかのスリザリンの女生徒たちが、音楽を邪魔しないくらいの声量ながら、一斉にハリーJr.に話しかける。

 

 ハリーJr.は血筋は確かに半純血ではある(アメリカの出身だという)。だが、マルフォイの跡継ぎとも親友であり、3年時点で守護霊呪文を使いこなす凄腕の魔法使いである。クィディッチでも花形ポジションのシーカーを務めて成績も悪くなく、優良株であるといえる。マルフォイとつながりを持ちたい純血貴族の女生徒たち(聖28家以外の魔法界では下位に位置する家柄や、新興の中流家系など)は、将を射んと欲すればまずは馬を射よとばかりに、ハリーJr.とつながりを持ちたがるのは当然と言えた。

 

 だが、ここはマナー講座のダンス練習中の教室である。

 

 じろりとほかの生徒たちからにらまれ、えへんっと咳払いされたのを合図に、はっと我に返った彼女たちはそそくさと姿勢を正す。「考えておいてね」と一言添えるのも忘れない。

 

 アステリアは出遅れた、と肩を落とすが、すぐに姿勢を正す。まだチャンスはあるはず。この練習が終わってから、ちゃんと誘おう!

 

 

 

 

 

続く

 




【アステリア=グリーングラスの杖】

 アステリア=グリーングラスが愛用する、長さ24センチの杖。

 ドラゴンの心臓の琴線に、ナナカマドが用いられている。

 グリーングラス家は、純血貴族間においては長く中立を保っていた。

 頭脳明晰で心優しいものを好むナナカマドは、闇の魔法使いを好まない。

 ゆえに、アステリアを使い手として見出したのだ。





 気が付けばアステリアちゃんが語ってた。ハリーJr.の恋模様をやりたかっただけなのに。なんでや。

 アステリアちゃんの人柄知らない(純血主義なのは確からしいけど、ハリーJr.にホの字ならあまり強調するのもなあ)から、おもっくそ捏造した。スマヌとしか。





 次回の投稿予定は未定です。

 内容については、ホグワーツにお帰りなさい!セブルスさん!

 クリスマスパーティー?やりますよもちろん!

 え?異世界にいただろう、帝王様とネズミの汚っさん?さあ?どうなったでしょう?(ヒント:楽章タイトル)そろそろ忘れられてそうなうっちゃらかしにしてたディゴリー君を添えて。

 お楽しみに!
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