セブルス=スネイプの啓蒙的生活   作:亜希羅

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 前回はお付き合いくださり、ありがとうございました。評価、ここ好き、誤字報告、お気に入り、感想もありがとうございます。

 アンケートのご協力もありがとうございました。先日の土曜日をもって締め切らせていただきました。

 というわけで続きです。


【5】セブルス=スネイプ、別れを告げる

 

 真白の霧に覆われた、湖に隣接した街、サイレントヒル。

 

 かつては観光地として栄えたその場所は、今や化け物の住まう廃墟となっている。

 

 静かなる丘のその名の通り、日ごろ沈黙が横たわっているその地は、今は少し騒がしかった。

 

 真紅の火花が飛び散る。間を縫うように漆黒の影がインバネスコートの裾をひるがえして動く。

 

 「てめえのせいだ!」

 

 怒声とともに、シリウス=ブラックは魔法を放った。

 

 死の呪文(アバダケダブラ)の緑色の光はないのは、己は正義の味方だという矜持があるためか。

 

 セブルスはその攻撃を流麗な狩人のステップで軽々と避ける。

 

 攻撃を仕掛けないのは、様子見をしているためだろうか。

 

 「てめえは、メイソンとあのガキの事情を知っていた!知っていてリリーとハリーを一緒に暮らさせたんだ!

 あの二人が巻き込まれたのは、テメエのせいじゃねえか!

 それを棚上げして理解者面しやがって!何様のつもりだ!」

 

 シリウスが叫ぶ。真紅の火花をセブルスは、銃撃で弾き飛ばすように相殺する。

 

 「そうだ。知っていた。知っていて、Mrs.メイソンとジュニアを、彼に預けた。

 だが」

 

 淡々とセブルスは言った。

 

 「Mrs.メイソンは、ハリーとヘザーの事情を知っていた。知っていてなお、共に暮らし家族となると決めてくれたのだ」

 

 リリーはサイレントヒルから帰還してから、変わった。『教団』の襲撃によって、やむなく知らされたハリーとヘザーの事情、そして自身の事情をハリーに打ち明けた。おそらく、契機はそれだ。

 

 きっと、そこから彼らは本当の意味で家族になれたのだ。

 

 イギリスに引っ越したばかりの彼らの食卓にお邪魔させてもらった時、すっかり落ち着いて笑顔のあふれる彼らを見て、セブルスは思ったのだ。彼らを逢わせてよかった、と。

 

 同時に思ったのだ。この光景を守ろう、と。

 

 だから、それを叩き壊す存在を、セブルスは許しはしないのだ。

 

 とはいえ、いくらシリウスといえど、ここまで愚かしさ極まる行動をとり続けるのも引っかかる。

 

 何しろ、この町はサイレントヒル。人の心に邪な誘惑を投げる、魔境なのだから。

 

 「一つ訊こう。

 貴様の望み通りになったとして、それを周囲が許すと思うのか。

 ルーピンが知れば貴様を非難すると思わんのか」

 

 セブルスが問うた。

 

 確かに、シリウスの言うことは一理あるのだ。

 

 ポッター母子をメイソン一家の一員としたのがよかったのは、セブルスにとってはという話だ。二人のことを大事に思う人間からは、よくも面倒に巻き込んだな、という恨みつらみが出て当然なのだ。

 

 ゆえに、セブルスはそのことについてはシリウスに何か言う権利はないと思っている。

 

 だが、だからと言ってシリウスの望み通りにしてやる義理はないのだ。

 

 仮にシリウスの望みがかない、リリーとハリーJr.がポッター母子としてイギリスで再び、今度はシリウスと共に暮らせるようになったとしよう。メイソン一家を知る者たちは、すぐさま異常に気が付いてシリウスのことを調べ、彼を非難するだろう。証拠はないからと殺人は適応外としても、誘拐は該当するはず。その点について彼はどう思っているのだろうか。

 

 「これから死ぬてめえに関係ねえだろ!

 てめえに分かるのか!アズカバンでいっそ死にたくなる思いをして!ようやく出られたと思ったら!ハリーは知らねえマグルを父さんなんて呼んでやがる!

 聞けばてめえのダチって話だ!信用できたもんじゃねえ!そう言ったら、ハリーもリリーも怒りだす!

 “死喰い人”のテメエに!マグルの友達なんぞ!できるわけがねえんだよ!あの子の父親は!ジェームズ唯一人だ!

 騙されてるって思って何が悪い!」

 

 どこか自分に言い聞かせるようにも聞こえるシリウスの言葉。その合間を縫って飛ぶ呪文を、セブルスはすべて避ける。あるいは防御呪文(プロテゴ)で防ぐ。

 

 「Mrs.メイソンやルーピンから聞かなかったのか。私は“死喰い人”であったことは一時(いっとき)たりともありはしない。

 それからもう一つ。その考えは、ジュニアとMrs.メイソンを真偽も見抜けぬ間抜けと評しているようにも聞こえるぞ。

 貴様は、何時までホグワーツに在校する気なのだ。貴様がアズカバンで年月を重ねる間、ジュニアとMrs.メイソンも相応に時を重ね、愛と絆を育んだと何故思えぬ。

 それでも友人だと言っていたルーピンに、何か言うべきことはないのか」

 

 セブルスの言葉に、シリウスは一瞬はっとした顔をした。

 

 だが。

 

 次の瞬間、彼はうつろな目をした。その耳に、呪詛じみた神の言葉が流し込まれる。一瞬差し込まれた疑問や思惟は押し流され、シリウスは再び顔を上げた。

 

 「黙れ!黙れ黙れ黙れぇぇぇ!

 てめえの言葉なんぞ信じられるかあああ!」

 

 憤怒で赤を通り越したドス黒い顔色になったシリウスが吠えた。

 

 それを見やり、セブルスは一つ眉をひそめた。やはり、この男はサイレントヒルの神に魅入られ、その影響下に置かれてしまっている。

 

 自力で振り払おうとして、立ち向かおうとするならいざ知らず、本人も受け入れ気味な部分がある。ゆえに、セブルスはこれ以上、何もできないと判断した。

 

 「・・・哀れよな、貴公。

 せめて一撃で殺してやろう」

 

 「ほざけ!」

 

 今度こそ血走った目のままに、シリウスは杖を振り上げた。

 

 「アバダ」

 

 シリウスがその杖先にほとばしらせたのは、緑色の閃光だった。臨界点を突破した憤怒と憎悪の前に、わずかな矜持さえ吹き飛んだらしい。

 

 しかし、それは致命的だった。

 

 左手の獣狩りの短銃の引き金を引けば、破裂音とともにシリウスの右手から杖が飛び穴が開き、彼はたまらず姿勢を崩す。

 

 そこにセブルスは踏み込んだ。

 

 ノコギリ鉈を消した右手を、その腹腔に突き入れる。

 

 ガンパリィからの内臓攻撃。狩人の得意技にして必殺技。シリウス=ブラックは知らない、セブルスの戦い方だ。

 

 「ごあっ・・・てめぇ、なんだ、そりゃ・・・?!」

 

 「さらばだ。二度と私の大事なものに手を出してくれるな、犬の糞め」

 

 血を吐きながら何が何やらという顔をしたシリウスは、内臓を引きずりだしたセブルスが吐き捨てるのと同時に崩れ落ちた。

 

 ここまで来れば、最後まで憎んでやった方がお互いのためにもなると、あえてセブルスは罵倒した。

 

 セブルスは右手に持っていたものを、汚らしいとばかりにさっさと放り捨てた。

 

 そうして、シリウスを見下ろした。さすがにただの人間の彼は、内臓を引きずりだされたことで死んでいた。

 

 ややあってセブルスは気分悪そうに眉を寄せ、口の中をもごつかせた。防疫マスクを引きずり下ろすと、彼はベッと何かを吐き出した。赤くてぬらぬらしたゼリー状の物質は、ヤーナムではよく見かけたものだ。それは“死血の雫”と呼ばれるもので、身に取り込むことで血の遺志に変換できたものだ。

 

 幼年期とはいえ上位者となり、さらに“聖母”の力を受けたバーティ=クラウチJr.の血と遺志を食らったセブルスは、さらに成長し、ある程度取り込む遺志を選別できるようになった。シリウスの遺志を取り込むなどごめん被ると、“死血の雫”に変換して吐き出したのだ。

 

 防疫マスクを着けなおしたセブルスは、そのままシリウスの死体を漁る。

 

 そうして、彼はあるものを引っ張り出した。一見するとよくある銀製の魔よけのお守りに見える。だが、それは一種の幻覚魔法、あるいはごまかしの魔法がかけられているらしい。セブルスの暴露呪文(レベリオ)によって、それはその本来の形をあらわにした。

 

 赤で描かれた独特の魔法陣。3つの円環を囲む二重の円環。教団の魔法陣だ。こんなものが刻まれたタリスマンを身に着けていれば、かの邪神の声が聞こえやすくなるに決まっている。どこで手に入れて・・・いや、考えるまでもない。

 

 舌打ち交じりに、セブルスは忌々しいタリスマンを血の遺志収納でしまうと、立ち上がって周囲を見回した。

 

 そうしてセブルスは、シリウスの死体の片足をつかんでズルズルと引きずって歩き出した。

 

 「杖は餞別代りに持たせてやろう。せめて好きなだけあの世で、親友と遊びたまえよ」

 

 そのまま、彼は湖のほとりまでシリウスを引きずってくると、躊躇なく男を湖の中に放り込んだ。

 

 ドボンッという水音がした。魔法で靴の重量を数十倍にさせているので、まず浮かんでこれないだろう。

 

 シリウスが浮かんでこないのを確認すると、セブルスは踵を返して霧の中に姿を消した。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 セブルス=スネイプに背を押されるような恰好で、メイソン姉弟はサイレントヒルの町中に駆け込んでいた。

 

 真白の霧に覆われた街並みでも、例にもれず化け物どもが徘徊していた。

 

 できるだけ二人は気配を殺して、化け物どものやり過ごしながら進む。

 

 「どこに行けばいいと思う?」

 

 「ブルックヘイブン病院へ行こう」

 

 「病院?」

 

 化け物どもに察知されないように二人はひそひそ声で話す。提案したのはヘザーだ。

 

 「一度うちに帰った時、手紙を2通もらったのよ。片方はクローディアからで、サイレントヒルへの招待状。

 で、もう片方がヴィンセントから。サイレントヒルに行くなら、その病院にレナードって人がいる。力になってくれるだろうって」

 

 「でも、ヴィンセントってクローディアの仲間*1でしょ?

 信用できるの?」

 

 「他に手掛かりがある?」

 

 「・・・しょうがないか。危ないと思ったらすぐに逃げよう」

 

 「もちろん」

 

 頷き合って、姉弟は霧の中を、途中で拾った観光地図を頼りに進んだ。

 

 

 

 

 

 例によって病院の中も化け物でいっぱいだった。目的のレナードという男がいるという隔離病棟を目指しながら、二人は病院内を探索することになった。

 

 内線電話を受けて、レナードの協力を改めて取り付けることに成功。その居場所も病院の地下だと判明した。

 

 一方で、この病院はやはり不気味な場所としか言いようがなかった。

 

 スタンレーを名乗る男が、そこかしこで不気味な人形を添えたメッセージを置いているのだ。ヘザーに対する一方的な愛のメッセージはストーカーのそれだ。弟さんも将来の兄を歓迎してくれるよね?(意訳)ということも何気に書かれていて、ハリーJr.もドン引きしていた。

 

 案の定、パズルじみた面倒な仕掛けも立ちはだかってくる。

 

 ヘザーとハリーJr.はああでもないこうでもないと奮闘しながら先に進み、ついに病院の地下――下水道らしき水に満ちた場所でレナードと接触できた。

 

 だが、レナードは信者じゃないという言葉で激高し、二人を敵扱いして襲ってきた。彼は人間でなく、下半身が鮫じみた不気味な怪物になっていた。

 

 二人の腰ほどの高さに満ちた水中を自在に移動するレナードに、ヘザーは拳銃が通用しないと歯噛みし、ハリーJr.は飛び散る水に呪文の詠唱を邪魔されて苦戦した。

 

 ヘザーはやむなく、鉄パイプでとびかかってきたレナードを叩き落した。狩人なみのパリィをとってみせたわけだ。

 

 水の上に浮かんでひるむそれを、二人はフルボッコにした。

 

 そして、びしょ濡れの二人がどうにかレナードを倒した直後、彼らは唐突に襲ってきた眠気の前に意識を失った。

 

 次に気が付いた彼らは病院の入り口にほど近い、事務室にいた。

 

 服はきれいに乾いており、先ほどまでの戦闘の痕跡はない。まるで夢から覚めたように。

 

 何がどうなっているのか。

 

 顔を見合わせる二人は、そばに落ちていた奇妙な紋章の入ったメダルに気が付いた。ヘザーが拾い上げて、よくよく見てみる。二重の円環と縦長の三角形に文字にも見える模様が組み合わさっている紋章で、手のひらサイズの銀のメダルだ。

 

 これが、レナードの守っていたメトラトンの印章だろうか?

 

 「これがあれば“神”に対抗できる?」

 

 「ヴィンセントとレナードはそう信じてるみたいね。

 持っていきましょ」

 

 ハリーJr.の問いかけに答えて、ヘザーはメダルをベストのポケットにしまった。

 

 「・・・一旦モーテルに戻りましょ。もうここに用はないわ」

 

 「だね。・・・おじさん、大丈夫だよね?」

 

 「あのおじさんが死ぬところ、想像できる?」

 

 「全然!ってか、ヘザーにも学校でのおじさんの武勇伝聞かせたじゃん。

 あれだけのことやったおじさんが負けるはずないって!」

 

 言いながら二人は事務室を出て、病院を後にした。

 

 「・・・学校が始まったら絶対無言呪文を習得する。呪文唱えられないと何もできないって情けなさすぎ」

 

 「よく言うわよ。魔法唱えられないって思ったら、その辺の棒きれ拾って殴りに行ってたくせに」

 

 「いや、それもだいぶ久しぶりだったし。やっぱさぼるのはよくないね」

 

 「私、いっそおじさんに弟子入りしてみようかな」

 

 「その手があったか!」

 

 じゃれ合いながら、二人は霧の中を進んだ。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 霧深い街、サイレントヒルにて、ヘザーとハリーJr.が不気味な冒険を続けていたころ。

 

 聖マンゴの一室でようやく目を覚ましたリリーは、ベッドの上で二人の子供たちの出奔を聞いて青ざめていた。

 

 

 

 ハリーが負傷する直前。家を包み込んだ異常に、リリーとハリーは家に居続けるより、子供たちと合流することを選んだ。

 

 状況に既視感を覚えた二人は、この異変の原因がサイレントヒルの『教団』によるものと判断し、ヘザーと一緒にいる子供たちを守ろうとしたのだ。

 

 だが、やってきた女――クローディア=ウルフによって化け物をけしかけられたのだ。倒しても倒しても次々襲ってくる化け物に、リリーとハリーは徐々に疲弊していく。焦りのあまり、ハリーが銃を忘れたのも痛手だった。そして、化け物を平然と使役するクローディアが放った一言――「子供たちがどうなってもいいの?」という言葉に、リリーは動揺して隙を作ってしまった。

 

 リリーをかばったハリーは、負傷した。化け物に、袈裟懸けに斬られてしまったのだ。万が一を考えて持ち歩いていた“鐘”を鳴らしたのは、リリーだった。

 

 最近は、魔法界そのものがきな臭く、特にセブルスは“例のあの人”と真っ向対決した。勝って見せたとはいえ、彼は身辺が非常に危ういことになっているだろう。だから、できればリリーはセブルスを巻き込みたくなかった。ただでさえ危ないのに、これ以上迷惑をかけたくなかったのだ。

 

 だが、ハリーの負傷にとうとうリリーは“鐘”を鳴らすことにした。セブルスが来てくれなければ、どうなっていたことか。

 

 聖マンゴにたどり着いたことで、緊張の糸が切れたリリーが魔力欠乏も相まって倒れても無理はなかった。

 

 

 

 リリーの目覚めにほっとするドラコとハーマイオニー、それから至極申し訳なさそうな顔をするルーピンに、彼女は自分が気絶していた間のことを尋ねた。

 

 そして。

 

 ヘザーが戻ってこないことに気が付いたハリーJr.が自分が捜しに行くと主張し、ドラコとハーマイオニー、そしてルーピンにリリーとハリーのことを頼み込んできたことを聞いた。

 

 ・・・おそらく、ヘザーはあのクローディアという女を追っていった。そして、ハリーJr.もまたそのあとを追ったのだろう。

 

 思い至ったリリーは青ざめた顔を、さらに紙よりも白くさせた。

 

 まさか。

 

 ガタガタと震え出したリリーに、ルーピンが「心配しないでくれ」と声をかけてきた。

 

 「スネイプもヘザーの後を追った。シリウスはジュニアについている。

 ・・・シリウスについては、ちょっと分別ないところはあるけど、まさかこの期に及んでスネイプとケンカするほど見境ないわけないさ」

 

 「違うのよ!」

 

 安心させようと微笑して見せたルーピンに、リリーは反射的に金切り声を上げた。

 

 ぎょっと見やってきた3人に、リリーはぐっと息をつめた。

 

 「ご、ごめんなさい。でも、そうじゃないの。そうじゃないのよ・・・」

 

 隠しきれない不安のままに、リリーは周囲を見回した。聖マンゴの病室は殺風景だ。

 

 リリーはできるだけ落ち着こうと深呼吸してから、揺れる瞳で枕もとのルーピンを見上げた。

 

 「クローディアを追ったということは、『教団』のところに行ったということ・・・つまり、“あの町”へ行ったということじゃない・・・!」

 

 “あの町”――サイレントヒル。その名を聞いた心に闇のある人間は、惹かれずにはいられない。リリーは注意深く、その名を出さぬようにしながら話す。

 

 「リリーおばさん。その、何があったんですか?

 ヘザーに、何があるんですか?」

 

 「ハリーと僕たちは、何に巻き込まれたんですか?僕たちには、知る権利くらいあるはずです」

 

 ずっともの言いたげな様子で見ていたハーマイオニーとドラコが、思い切ったように尋ねてきた。

 

 リリーは二人を見てから、ルーピンを見やり、ややあって疲れたようにため息をついてから口を開いた。

 

 「そうね。こうなってしまった以上、話すわ。

 でも、約束して」

 

 ひたとリリーは二人の子供と、ルーピンを見やっていった。

 

 「絶対に、彼らの後を追わないって。

 スネイプが一緒ならまず大丈夫だけど、“あの町”は危険なの」

 

 「“あの町”?」

 

 「約束して。でないと話せないわ」

 

 聞き返すルーピンには答えず、リリーは強いまなざしで言った。

 

 ハーマイオニーとドラコは顔を見合わせたが、ややあっておずおずとうなずいた。

 

 「わかりました」

 

 「約束します」

 

 「・・・わかったよ」

 

 ルーピンはもの言いたげな顔をしたが、ややあって力なくうなずいた。

 

 それを認めたリリーは、深くため息をつくと話し出した。

 

 12年前――当時住んでいたポートランドで、『教団』の襲撃に遭い、そこでヘザーの出生事情を聞いたこと。

 

 当時の5年前――つまり、今から17年前に、降神術によって邪神の降臨を目論んだダリアの野望を、ハリーとセブルスが阻止した。その時神の依り代とされたアレッサという少女は一人の赤子と引き換えに亡くなった。その、生まれ変わりのような赤子こそ、ヘザーなのだ、と。

 

 「あるんですか?そんなことが」

 

 「ハーマイオニー。あの異常な世界を目の当たりにしたでしょう?魔法であんなことができると思う?」

 

 胡乱な視線になったハーマイオニーをとがめることなく、リリーは言った。

 

 その言葉に、ハーマイオニーは沈黙した。読書家であり勉強家であるハーマイオニーにとっても、あんな異常事態はたとえ文章の中でさえ知らないものだった。

 

 魔法という点では純血魔法使いであるドラコの方が詳しいだろうに、その彼も知らないのだ。異常としか言いようがない。

 

 「あれはね、その“神”の力の片鱗なの。

 ヘザーとジュニアが行っただろう、“あの町”には“神”の力によって、強い影響が出ているの。

 私たちが日ごろ使う魔法なんて、足元にも及ばない。恐ろしく、おぞましく、狂気的で、でも・・・」

 

 ふっと、リリーの眼差しが陰りを帯びる。ごっそりとその表情が抜け落ちた。

 

 ルーピンはその目を目の当たりにしてぞっとした。ジェームズと結婚してからも、死んだとされてたが実は生きていたと判明して、ようやく会いに行った時にも見なかった、ひどく暗い目つきだ。ともすれば、心を病んだようにも見える。

 

 「惹かれるのよ」

 

 「リリー?」

 

 「人には言えない罪悪感も、ぶつけられない憎悪も、そこから生まれる悲哀と憤怒も、“あの町”は受け止めてくれるの。

 今でも思い出して、“あの町”に行きたいという気持ちが沸き起こるの。

 こんなところにいるべきじゃない、“あの町”へ行かないと、て」

 

 ぼそぼそとつぶやくリリーを、3人は絶句して眺める。

 

 目の前にいるリリー=メイソンがまるで知らない人間のように見えたからだ。

 

 ややあって、リリーはかぶりを振ってから視線を上げた。その時には、すでにいつものリリー=メイソンに戻っているように見えた。

 

 「私は、“あの町”には行けない。()()行ったら、きっと正気を保っていられないわ。

 私は、家族を守って共に暮らしたいの。だから、行けないの。

 助けに行きたいけれど、ね」

 

 そうして、リリーは三人をひたと見据えて言った。

 

 「ジュニアやヘザーを大事に思ってくれてありがとう。今まで私とハリーを診ていてくれたことも。

 だからこそ、あなたたちは“あの町”へ行ってはダメよ。

 きっと、おかしくなってしまう」

 

 「・・・おばさんは、そこに行ったことがあるんですね?」

 

 「ええ。スネイプが助けてくれたわ。

 でなかったら、私は今、ここにはいないわ」

 

 ハーマイオニーの問いかけに頷いて、リリーは答えた。

 

 スネイプは、リリーは自力でどうにかできただろうと言ってくれたけれど、リリーは何度でも思う。自分一人では、きっと戻ってこれなかった。

 

 あの町に行って、ただ一つよかったと思える点は、心の底から自分の大切なものを再認識できたことだ。そこから、“メイソン一家の一員”に本当の意味でなれた。

 

 ・・・でなければ、どこかでリリーは耐え切れなくなって、ジュニアと名付けられた子供をかなぐり捨てて、逃げ出していただろうから。

 

 「長々と話してごめんなさいね。ハーマイオニーもドラコも、家に帰らなくて大丈夫?」

 

 青い顔のまま、ほほ笑んで尋ねるリリーに、ハーマイオニーもドラコもはっとした顔をした。

 

 立派な成人のルーピンはともかく、未成年の二人は保護者への連絡は必要不可欠のはずだ。

 

 元の世界に戻った後、聖マンゴに来る前に二人とも実家に連絡は入れたし、実はリリーが倒れてから気が付くまでの間、ルーピンが「私が見ておくから」と言って一度家に帰したが、それからも様子を見に来ていたのだ。

 

 特にドラコは、魔法界の状況が状況である。メイソン一家の窮状はマルフォイ夫妻も知るところだが、聖マンゴに行くのにいい顔をされなかった――どころか、猛反対されたのだ。それでもドラコはハリーJr.と約束したからと言い張ったため、出発と帰宅の時間厳守と、変装と各種魔法アイテムでがっちり防護されての外出なのだ。

 

 ドラコは急ぎ懐中時計を確認して、そろそろ帰宅時間だとわかるや、立ち上がった。

 

 「すみません、Mrs.メイソン。僕はそろそろ失礼します。お大事にしてください。くれぐれも無理されませんように」

 

 「私もそろそろお暇します。お大事にしてください」

 

 「ええ。ありがとう、二人とも」

 

 ニコリとほほ笑んだリリーに頭を下げて、ハーマイオニーとドラコは病室を後にした。

 

 それを見送ったリリーは、やがてルーピンに視線を移した。

 

 「リーマス、ハリーがどうなってるか、何か聞いてる?」

 

 リリーの問いかけに、ルーピンはぐっと言葉を詰まらせた。

 

 ・・・ハリー=メイソンは一旦処置室から出された。ヘザーが施した応急処置のステープラーは外され、傷も塞がれはしたものの、失血量が半端ではないうえ、それもなかなか回復しないらしい。造血用の魔法薬も効果が薄いらしい。(輸血?他人の血を直接体に入れるなんて、なんて野蛮なんだ!と癒者(ヒーラー)たちは眉を顰める)

 

 いまだに意識不明のまま重症患者用の部屋に入院している。

 

 癒者(ヒーラー)たちによると、メイソン氏は強力な未知の呪いをかけられており、それが傷の回復を阻害しているのだ、ということだ。このまま目を覚まさなければ、命が危うい。

 

 一連のことをリリーに替わって聞いていたルーピンはどう説明したものかと頭を悩ませる。

 

 しかし、黙っていても仕方ない。ルーピンが答えないなら、彼女は他の癒者(ヒーラー)を捕まえて訊くことだろう。

 

 それに、ルーピンとシリウスが仕出かしたことを、ちゃんと話さなければならない。彼らこそが、教団のものにメイソン一家の居所を伝え、結果Mr.メイソンを殺しかけた張本人だということを。

 

 「落ち着いて聞いてくれ」

 

 覚悟を決めて、ルーピンは重い口を開いた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 さて、再び白い霧に覆われた湖畔の町、サイレントヒルである。

 

 相変わらず化け物どもが跋扈する大通りを抜けて、メイソン姉弟はモーテルへと向かっていた。

 

 白い霧の中は化け物どもの不気味な足音以外静まり返っている。

 

 セブルスとシリウスの姿は影も形もなかった。

 

 否。霧の中にわずかに鉄錆にも似た生臭さをかぎ取って、姉弟二人は眉をひそめた。

 

 やがて二人は気が付く。駐車場のアスファルトの上に、派手に赤い飛沫が飛び散っていることに。何だかわからないピンク色の長い肉塊や、ぶよぶよした赤い塊も転がっている。

 

 ヒッと小さな悲鳴を上げたのは、ハリーJr.かヘザーか。あるいは両者ともにか。

 

 恐る恐る二人はアスファルトにひざまずいて確かめる。

 

 「・・・大分乾いてきてる。結構前みたい」

 

 「死体はなさそうね。魔法で消したか、どこかに持っていったか」

 

 「化け物が食べちゃったとか?」

 

 「・・・あいつら、食べるの?」

 

 「・・・そもそも口が見当たらない奴が多かったね」

 

 軽口をたたく二人の顔はこわばっていた。

 

 決着はついたらしい。この猟奇的な痕跡から、おそらくはセブルスが勝った。シリウスは魔法を使う。こんな猟奇的な痕跡は残らないだろう。だが、肝心のセブルスはどこに行ったのか。

 

 「やあ、こんにちは」

 

 唐突にわきから声をかけられ、二人は飛び上がるほど驚いた。

 

 それでもとっさに、武器を構える。ヘザーは父のハンドガンを、ハリーJr.はヤマナラシの杖を。それぞれそちらに向かって突き付けた。

 

 「すまない。驚かせるつもりはなかったんだ」

 

 両手を上げて見せたのは、黒人系の男だった。青い制服コートと帽子を着こなし、肩掛けかばんを下げた、古式ゆかしい郵便配達員姿だ。

 

 メイソン姉弟はその男を知っていた。時折玄関先に来ていて、父や母と手紙のやり取りをしていた。父はともかく、母は少し警戒したような面持ちで接していたのが印象的だったのだ。

 

 確か。

 

 「ごめんなさい!ブラックウッドさん!」

 

 パッと杖を下げたハリーJr.に対し、ヘザーは険しい顔で銃を突きつけたままだ。

 

 「何でここにいるの?魔法使いだって思ってたけど、違ったの?あなたも、クローディアの仲間なの?」

 

 「まさか!私はここの出身なんだ。『教団』は関係ない。しがない郵便配達員さ」

 

 突きつけられたままの銃口に、ブラックウッドは両手を上げて降参ポーズのまま肩をすくめて見せる。

 

 ヘザーはそれを険しい顔で見ていたが、ややあって銃口を下ろした。

 

 「ありがとう。

 早速だが、セブルス=スネイプ氏から手紙を預かっている。渡してもいいかな?」

 

 「おじさんから? はい、お願いします」

 

 頷いたハリーJr.に、ブラックウッドは手を下ろしてカバンから封筒を差し出した。

 

 「速達書留なんでね。サインを頼むよ」

 

 「はい、わかりました」

 

 ブラックウッドが差し出したボールペンを受け取って、ハリーJr.は素直に用紙にサインを書いてから、封筒を受け取った。

 

 「はい、確かに」

 

 「あの、ええっと、僕たちも、お願いすれば手紙を届けてくれますか?」

 

 用紙を受け取ったブラックウッドに、ハリーJr.が思い切ったように話しかけた。

 

 「はい。ご希望でしたら封筒や便せんに筆記用具、武器や医療品などの雑貨も販売してるよ」

 

 「郵便屋さんなのに・・・?」

 

 「それが私の、役目だからね」

 

 怪訝そうに聞き返すヘザーに、ブラックウッドはどこか遠い目をした。

 

 何か訳ありなのだろうか?と姉弟は顔を見合わせるが、ハリーJr.はすぐに気を取り直した様子で言った。

 

 「じゃあ、封筒と便箋とペンをお願いします。イギリスの通貨で支払えますか?」

 

 「はい。大丈夫だよ」

 

 頷いて見せたブラックウッドに、ハリーJr.は懐から取り出した財布で、指定された代金を支払い、代わりに封筒と便箋とペンをもらう。

 

 「ちょっと待っててください。すぐに書きますから」

 

 「わかったよ。焦らなくてもいいからね。そうそう、配達には別料金を取るからね」

 

 「何書くの?」

 

 「父さんと母さん、後ドラコとハーマイオニーたちと、ルーピン先生に、とりあえず無事だけでも伝えておこうと思って」

 

 「あ・・・。

 そうよね、ごめん・・・気が回らなかった・・・」

 

 「いいよ。ヘザーは自分のことでいっぱいだし。しょうがないよ」

 

 はっとしたヘザーに、ハリーJr.は微笑んで便箋にペンを走らせ始めた。

 

 

 

 

 

 続く

*1
不気味な帰宅中にハリーJr.もドラコ・ハーマイオニーともどもヴィンセントに会っている




【タリスマン】
 メトラトンの印章が刻印されたタリスマン。レナード=ウルフが保管していた。

 破邪の力が込められた聖なる印章は、選ばれたものにこそふさわしいとレナードは確信していた。

 アレッサは、その力を用いて終わらせようとしていた。それをヘザーはぼんやりと覚えている。



 Q.シリウスとの決着、あっさりしすぎでは?

 A.別にこれでシリウスが退場なんて一言も言ってないです。ここはサイレントヒル。神の力の及ぶ場所。どうなるかはまたそのうち。

 (ボソッ)一番最初のプロットでは、シリウスはサイレントヒル2のエディー=ドンブラウスキーみたいな感じになる予定でした。
 でも、ハリーSr.が死んでないので憎しみが足りないと脳内のクローディアおばさんが苦虫噛んだ顔で言ってくるので、胎教にご協力いただこうかとも思いました。
 とはいえ、実は私も、原作初読時はシリウスのことが大好きでした。(この扱いでは説得力がないでしょうけど)
 ゆえに、これ以上醜態をさらさせるのってどうなの?と迷いまして、アンケートとなりました。
 ご協力ありがとうございました。



 アンケートの結果、“奴は思い出にならないさ”となりました。
 思い出にならない→思い出の中でじっとしてくれない→復活確定からの再登場が約束されました。おめでとうございます。(どこが?)
 ちなみに、各項目の内約は以下の通りです。
 “すんなりご臨終”→セブルスさんにやられて今話で出番終了。
 “クルーシオを倍プッシュだ!”→セブルスさんにやられた後、本格的にサイレントヒルに取り込まれ、エディー=ドンブラウスキールートからの自我崩壊(セブルスさんともメイソン姉弟とももう関わらない)。
 皆さんが思い出にならないっていうから、再登場が確定しちゃったんです。
 どうして・・・どうして・・・。




 次回の予定は、来週!
 内容は、ヘザー&ハリーJr.のサイレントヒル観光の続き。不気味な遊園地探訪。ちなみに、セブルスさんはわがままなおっさんと逢引きだぁ。お楽しみに!
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