セブルス=スネイプの啓蒙的生活   作:亜希羅

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 前回はお付き合いくださり、ありがとうございます。評価、お気に入り、ここ好き、感想もありがとうございます。

 ヘザーとハリーJr.の冒険は書いてる私も楽しいです。本編主人公のセブルスさんをさしおいて、出番が多い。しょうがないです、彼らが主軸に来るのはプロット時点から決まってました。

 ちなみに、不気味な帰宅中もカットしましたが、ドラコとハーマイオニーも加わってワチャワチャしてました。いつまで経っても帰れないからカットになったんですけどね!

 というわけで、続きです。


【7】セブルス=スネイプ、終わらせる

 

 激闘は続いていた。

 

 調子っぱずれのメロディーを奏でながら回転し続けるメリーゴーランド。

 

 上下する木馬たちの間を縫って、ヘザーは影との戦いを続けていた。

 

 ヘザーは影の振るう刀を必死にかいくぐり、銃弾をお見舞いする。

 

 影もまた、ヘザーの銃弾を避け、あるいは木馬を盾にしてかいくぐり、刀を彼女に振り下ろそうとする。

 

 ヘザーは胸が痛んだ。影の気持ちは痛いほどわかる。

 

 あれは、アレッサの記憶だ。サイレントヒルに取り残された、苦しみの記憶。父と出会う前の、母と弟にあって、家族になる前の、一人ぼっちのころの記憶だ。病院の奥深くで、ベッドの上で死ぬに死ねないありさまだったころの。

 

 彼女が与えようとしているのは、一種の慈悲だ。死をもって、長引く苦痛を終わらせようとしているのだ。だとしても。

 

 「私は、終われないのよ!」

 

 ヘザーは吠えて、ハンドガンから鉄パイプに切り替える。

 

 だてに、近所の不良に交じって暴れたわけではない。刀と鉄パイプは固い音を立ててかみ合い、つばぜり合いに移行する。

 

 負けられないのだ。だって、ヘザーには帰りを待つ父母と友達がいる。一緒に戦う弟がいる。再会を約束したおじさんがいる。

 

 ヘザーが一人でへこたれるわけにはいかないのだ。

 

 だが、激闘を潜り抜けてきた鉄パイプは、ついに限界を迎えた。メキッと嫌な音を立てて、影の持つ刀の刃がその真ん中にもぐりこみ、そのまま切り落とされてしまったのだ。

 

 鍔迫り合いに押し負ける格好で、ヘザーは体勢を崩す。

 

 すかさず影が刀を振り抜こうとした。

 

 ヘザーはとっさに地面を転がる格好でその一撃を避けた。

 

 直後。

 

 「直れ(レパロ)!」

 

 怪物たちをどうにか蹴散らして柵に駆け寄ったハリーJr.の杖先が、すかさず立ち上がったヘザーに向けられていた。直後、ヘザーが手に持っていた鉄パイプは、時間が巻き戻ったかのように、切り落とされた部分が飛んで戻ってくっつくと、細かな傷まで新品のようにきれいになる。

 

 「ありがと、ジュニア!」

 

 ぎょっとしている影を無視して、ヘザーは鉄パイプを振り上げた。

 

 とっさに影は刀を振りかざそうとしたが、今度はヘザーの鉄パイプが影の手を強打し、その手から刀を弾き飛ばした。

 

 そして、今度こそ、鉄パイプは抉るように影を殴り飛ばしていた。

 

 影はメリーゴーランドの回転軸を兼ねた支柱に背中からぶつかると、ずるりと倒れ伏した。一度だけのろのろとヘザーの方を見上げた目は、信じられないものを見る目をしていた。しかし、すぐにがっくりと首をかしげて、そのままそれは動かなくなった。

 

 はあはあと息を切らすヘザーは、鉄パイプを下ろした。いい気分はしない。やり方はどうあれ、彼女は確かに、思いやりを持って行動してくれたのだから。

 

 影を見下ろすヘザーのところに、同じく息を切らしたハリーJr.が駆け寄る。

 

 「ヘザー!大丈夫?!けがは?!」

 

 「平気。あんたは?」

 

 「僕も大丈夫」

 

 頷いてハリーJr.も、影を見下ろした。影とヘザーが似ていることに気が付いているのだろう、彼はもの言いたげな顔で両者を見比べている。

 

 「・・・これはね、アレッサの記憶よ」

 

 「アレッサ・・・ヘザーの、前の・・・」

 

 「ええ。前の、私よ。サイレントヒルに置き去りにされた、記憶よ」

 

 複雑そうなヘザーの言葉に、ハリーJr.はあらためて影を見下ろした。

 

 ややあって、彼は動いた。影をそっと横にすると、その目を閉ざし両手を組ませ、取り出したハンカチで顔を覆う。

 

 「何で襲ってきたか、僕にはわからないし、ヘザーを襲ってきたのは許せないけど・・・でも、この人も姉さんなら、冥福を祈るくらいはいいよね?」

 

 「・・・ありがと」

 

 ハリーJr.の言葉に、ヘザーは軽くうつむいて小さくつぶやくように言った。

 

 ハリーJr.はきっと知らないだろう。その言葉だけで、ヘザーの中のアレッサがどれだけ救われたか。

 

 かつてアレッサが“終わり”を迎えた時、彼女は確かにほっとした。ハリーが泣きそうな顔で、差し出された赤子を受け取ったのを見届けて、力尽きたのだ。ハリーとセブルスは異世界から逃げ出したため、一人残されて。

 

 仕方がなかったのだ。それがつらかったとは言わない。でも、平気だったとも言えない。

 

 アレッサの死を、誰かが悼んでくれた。それだけでも、ヘザーはどこか救われた気がしたのだ。

 

 ヘザーも静かに目を閉じて、目の前の影に祈った。今度こそ終わらせるから安らかに、と。

 

 「さ、行きましょ」

 

 目を開けたヘザーは、しっかりした口調で言った。

 

 メリーゴーランドの反対の鉄柵を抜けると、寂れた売店が目に入った。

 

 「うっ・・・」

 

 「大丈夫?ヘザー。ちょっと休もう」

 

 再びの下腹部の痛みに、ヘザーがうめいて体をくの字に折ると、ハリーJr.が気づかわし気に声をかけ、売店近くのベンチにかけさせた。

 

 そうして、ハリーJr.は何かないかと売店に目を向けたが、商品はどれも傷んでいたり腐ってそうだったり、はたまた物騒で不気味な商品名で、気が滅入るだけだと彼は棚から目をそらした。

 

 そうして、彼はふと、カウンターに置かれているメモ帳に気が付いた。

 

 売店の品同様古びて色あせていたが、そこに刻まれた筆跡に、彼は覚えがあった。

 

 「! これって!」

 

 「どうしたの?」

 

 「ヘザー!ダメだよ、休んでなきゃ!」

 

 「もう大丈夫よ。言ったでしょ?あまり時間がないって」

 

 歩み寄ってきたヘザーに振り返ったハリーJr.に、彼女は平然と言ってのけ、ハリーJr.の手元を覗き込んだ。

 

 「何見てるの?」

 

 「これ、メモらしいんだけど、ほら、ここのサイン・・・」

 

 ハリーJr.の指摘に、ヘザーはその部分を見て大きく息をのんだ。

 

 見覚えのある筆跡。自身の不安を吐き出すように書かれたそこには、最後は娘シェリルを案じることで落ち着こうとしているようだった。末尾のサインは、ハリー=メイソン。

 

 「パパ・・・」

 

 思わずヘザーはつぶやいた。その青い目の端に涙が浮かんでいる。

 

 ここまで必死であったから、父のことを考える余裕がなかった。無事だろうか。生きているだろうか。思い出せば不安で胸が押しつぶされそうになる。

 

 普段はメイソン姉弟は父のことを普段は父さんと呼ぶが、余裕がなかったりしたら思わず幼少の呼び名をこぼしてしまう。

 

 「・・・もしかして、これ、昔父さんがこの町に来てた時に残したメモ?」

 

 「ええ。きっとそうだわ・・・」

 

 ハリーJr.の言葉に、ヘザーがうなずいた。どうしても、隠しきれなくて涙声になってしまっていた。

 

 「大丈夫だよ」

 

 そんなヘザーに、ハリーJr.がほほ笑んで見せた。

 

 「昔、父さんがこの町に来て、神とかいうやつをやっつけて逃げ出した。

 なら、父さんの子供の僕たちも、きっと大丈夫。神だかクローディアだかやっつけて、二人で、ううん、おじさんも一緒だから三人で逃げて、ハッピーエンドだよ」

 

 ヘザーは即座に気が付いた。

 

 ハリーJr.は強がって見せているが、本当は彼も不安で不安で仕方ないに違いない。なぜなら、杖を持っている右手が震えているからだ。

 

 一番大変で不安だろう、ヘザーを気遣って。

 

 「・・・そうね。さっさと終わらせて、帰りましょ。

 わかってるとは思うけど、帰ったら母さんと父さんに怒られるわよ」

 

 「うっ・・・!

 そうだね・・・」

 

 背筋を伸ばして言ったヘザーに、ハリーJr.は気まずそうな顔をした。

 

 母は普段から怒るときはキリキリと怒るし、物事をはっきりという。父は普段怒らない分、怒った時がとっても怖い。

 

 「大丈夫よ、おじさんも一緒に怒られるから」

 

 「どこが大丈夫なんだよ。もう」

 

 くすくす笑うヘザーに、ハリーJr.は仕方なさそうに肩を落とした。

 

 そうして、気を取り直した二人は改めて歩き出した。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 下水処理施設を抜け、廃墟の遊園地に至ったセブルスは、目の前の女に三度銃口を向けていた。

 

 「彼女は呼んだけれど、あなたまで呼んだ覚えはないわ。

 あなたのような不浄の生き物が、彼女のそばにいるだけでも許せないというのに、聖域のすぐそばにまで来るなんて」

 

 忌々し気に睨みつけてきたクローディアに、セブルスは銃口を突き付けたままうなるように言った。

 

 「私が不浄の生き物だということは否定はせんよ。肉を切り裂き血を浴びて遺志を奪い、啓蒙を脳髄に詰め込み続けた、成れの果てなのだから。

 だが、貴公の崇める神が、私より上等な存在かは甚だ疑問だがね。

 貴公、楽園を作るというが、そこがどんな所かわかっているのかね?」

 

 「苦しみのない世界よ。

 飢えも、老いも病もない、欲も争いもない、ただ神の救いを信じていられる真の平穏が、そこにはある・・・」

 

 うっとりと語るクローディアに、セブルスは鼻を鳴らした。

 

 「なるほど?

 貴公は、ずいぶんと都合よく考えているのだな」

 

 「自分に受け入れがたいことに、人間はどうあっても難癖をつけるものだわ。

 あなたはそもそも人間ではないけれど」

 

 「人間ではないからこそ、人間をそうたらしめるものを美しく思うのだ。

 貴公の言う楽園とやら、去勢された羊の飼育小屋にしか思えん。

 そもそも、貴公らの神がもたらす楽園とやらが人間に都合のいいものだという保証がどこにある。

 苦しみが恒常化してしまえば、それは当たり前になる。逃げようとも思わんだろうさ」

 

 「なんてことを!不浄の生き物だから、神も、その創造する世界も信じられないのね!」

 

 セブルスの言葉に、クローディアは眦を吊り上げて怒鳴った。

 

 平行線だった。セブルスはサイレントヒルの『教団』と、その信じる神は断固として認めない。クローディアは、自身の信じる神を絶対と信じて疑ってない。

 

 ゆえに、衝突は必然であったのだ。

 

 セブルスは今度こそ、獣狩りの短銃の引き金を引いていた。破裂音とともに吐き出された水銀弾は、クローディアに命中することはなかった。

 

 異世界の構造が変化していく。

 

 金網が床からせり出し、燃え盛る炎がセブルスとクローディアの間から噴き出して、両者を分断する。水銀弾はそれらにさえぎられてしまった。

 

 ガゴンと音を立てて、セブルスの立っている床が抜けた。

 

 「不浄の生き物の牙が、敬虔なる信徒に届くわけもない。

 あなたをアレッサのところには行かせないわ。けして」

 

 「子供たちに傷をつけてみろ!貴様の信じる神を八つ裂きにしてやる!」

 

 落下するセブルスが悔し紛れに叫んだ。

 

 それをクローディアは冷徹なまなざしで見降ろしていた。

 

 神の認めない不浄の生き物の戯言など屁でもない、というかのように。

 

 崩壊した地面から、空中に放り出されたセブルスは、下に向かって右手をかざした。瞬間足場設置呪文を連発して、勢いを殺してどうにか落着する。

 

 以前、バーティ=クラウチJr.の作り上げた異世界にて、セブルスは同じく空中に放り出されてそのまま地面にたたきつけられて死んだことがある。あの時はとっさに動けなかったが、あれを教訓にして対策を考えていたのだ。

 

 舌打ち交じりに立ち上がったセブルスは、周囲を見回した。

 

 相変わらず視界のほとんどが暗闇に覆われ、少し離れたところに空中に灯る炎だけがわずかな光源になっている。

 

 そして、ガチャンガチャンという金属を打ち鳴らすような硬質な音がとどろいた。

 

 そこにいたのは、肉色の蜘蛛のような化け物だった。八本足は確かに蜘蛛だが、頭部はあおむけになったような人間のそれだ。瞼は縫われ、口にはポールギャグを咥えている。

 

 その大きさは、馬車馬よりも一回り大きいくらいだ。

 

 まったく、飽きさせないことだ。

 

 尖った鉤爪を振り上げる化け物蜘蛛に、セブルスは無言でノコギリ鉈を振りかざした。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 遊園地の奥にあった不気味なトンネル――血管と肉で編まれたようなそこを抜けたハリーJr.とヘザーは、やがて漆喰塗りの通路に差し掛かった。壁に刻まれている文言は聖書のようなそれだが、不気味なことに血のような赤いインクで描かれている。

 

 そして、そこを抜けた先に、いた。

 

 聖堂というには小さい、木造のそこは、列柱に支えられた蝙蝠天井をしている。奥にある簡素な祭壇が、三人の聖人をかたどったステンドグラスから差し込む光に照らされていた。

 

 その前に女がいた。

 

 喪服のような黒服に、プラチナブロンドをなびかせた、物憂げな女だ。ヘザーはその女を知っていた。

 

 「どうしてここに、というのは野暮ね。そう、あの男・・・スネイプが導いたのね。

 本当に、邪魔なことしかしない・・・。

 まあ、いいわ。あなたを招くのは予定通りなのだから」

 

 「「チェックメイト」」

 

 振り向いて言ったクローディアに、ヘザーは銃口を、ハリーJr.は杖先を、それぞれ突き付けた。

 

 「まだ早い」

 

 しかし、クローディアは淡々と言った。そんなもの屁でもないと言わんばかりに、怯えた様子など一切なく。

 

 「新たなる始まりの時はまだ来ていない。

 人々の罪が許される約束の時。

 私たちが待ち望む、静寂の楽園は築かれる。

 裁きと贖いの後に広がる、約束された永遠」

 

 うっとりと歌うようにクローディアは天井を見上げる。

 

 「ああ、アレッサ。

 あなたの望んだ世界は、あと少しで・・・」

 

 「そんなもの望んでない」

 

 「あなたじゃない、アレッサよ。

 いまだ眠る本当のあなた・・・」

 

 ぴしゃりと言ったヘザーを、クローディアは不快そうに睨んだ。

 

 対するヘザーは銃を下ろすと、少し眼差しを和らげた。

 

 その様子に、はっとしたハリーJr.が何事か言いかけるのを片手で制し、ヘザーはクローディアを見やった。とりあえず様子を見ようと、ハリーJr.もまた杖を下ろした。

 

 「私がアレッサなの。

 小さなクローディア。私の愛しき妹」

 

 先ほどまでのとげとげしい様子を一転し、柔らかな調子で語りかけたヘザーに、ハリーJr.はぎょっとした。クローディアははっとして、ゆっくりと祭壇から降りて、恐る恐る語り掛ける。

 

 「アレッサ?あなたなの?

 会いたかった・・・!」

 

 「私は別の世界なんていらない。今のままでいい」

 

 目を潤ませるクローディアに、ヘザーは静かに、しかしきっぱりと言い放った。

 

 「話してくれたじゃない。こんな世界、なくなってしまえばいい、と」

 

 「でも今の私はそれを望んでない」

 

 「アレッサ、あなたは幸せが欲しくないの?

 この苦しみに満ちた世界が見えなくなってしまったの?

 神が、神の助けが、必要なのよ」

 

 「苦しみを生み出しているのは人なんだから」

 

 すがるように語り掛けるクローディアに、ヘザーは柔らかな調子を徐々に強くしていく。

 

 「馬鹿は馬鹿なりにツケを払うのも当然でしょ」

 

 ついにヘザーは吐き捨てた。そうして銃口を持ち上げる。頷いてハリーJr.もまた杖先を持ち上げた。

 

 「夢見るあなたは幸せだろうけど、周りの人にはいい迷惑だよ!」

 

 「そうよ。

 それに、忘れてない?」

 

 ハリーJr.の追従にうなずいて、ヘザーは続けた。

 

 「私はあなたを許さない。

 父さんを傷つけ、母さんを追い詰め、弟と友達を怖い目に遭わせた」

 

 「私はただ、人々を救いたいだけ。

 そのために世界は生まれ変わらなくてはいけない。

 だから神が必要なのよ」

 

 「傲慢じゃない!誰もそんなこと頼んでない!」

 

 「神のため、人々のため、楽園のため。

 暴力を正当化するための言い訳じゃないか!」

 

 怒声を張り上げるメイソン姉弟だが、やがてヘザーがうめきながら腹を押さえてうずくまり、ハリーJr.はそんな彼女をかばうように前に出て杖先をクローディアに突き付けた。

 

 「神が育っている。

 私を憎んでいるのね」

 

 「当たり前、じゃない・・・!」

 

 「それでいい」

 

 苦痛をこらえて顔を上げたヘザーはクローディアをにらむが、女司祭は満足げにうなずいてそのままその場から立ち去った。

 

 ハリーJr.は急ぎクローディアの後を追って扉を開けたが、そこに彼女の姿はない。

 

 「消えた・・・?」

 

 戸惑うハリーJr.は、はっとして急ぎ踵を返してヘザーに駆け寄った。

 

 「ヘザー!」

 

 「平気。もう痛くないわ」

 

 「神が育つって・・・」

 

 「私の中には、降神術で宿った神がいるのよ。産み落とされたがっているのよ。ずっと。

 だから、母体が死なないように未来や危険を教えてくれたってわけね」

 

 戸惑った顔を擦るハリーJr.に、ヘザーは自嘲気味に笑った。

 

 「怖い?」

 

 「・・・わかったそれをどうするかはヘザーの自由じゃん。僕たちはそれに何度も助けられてるんだし。今更過ぎるよ」

 

 ハリーJr.は首を振ると、立ち上がったヘザーを見やった。

 

 「・・・僕ね、ちょっと納得した」

 

 「何が?」

 

 「覚えてる?ネバークラッカーとコンスタンスのこと」

 

 「もちろん」

 

 「あのときね、実は、ちょっと不思議なものを見たんだ。

 僕がネバークラッカーの説得をしているとき、ヘザーはコンスタンスの方を説得しようとしてたでしょ?

 そのときね、ヘザーの姿が全然違うふうに見えたんだ。真っ白なローブみたいなのを着た、黒髪の奇麗な女の人に見えたんだ。大人の姿にね。

 一瞬だけで、瞬きしたらすぐに元のヘザーに戻ったけど。

 ・・・もしかしたら、その時もヘザーの中のアレッサが手を貸してくれてたのかも」

 

 「神じゃなくて?」

 

 「ヘザー。僕は魔法使いだよ?魔法使いは神を信じないよ。

 見ず知らずの神様より、もう一人の姉さんの方がいいよ」

 

 「・・・そう」

 

 きっぱり言ったハリーJr.に、ヘザーは力なく微笑んだ。

 

 

 

 

 

 気を取り直し、二人は教会の探索を始めた。

 

 教会にかかった絵を見上げる。油絵だろう荘厳な宗教画は、ルネサンス期を思わせるリアリティをもって描かれている。

 

 「あれ?」

 

 「どうしたの?」

 

 ヘザーが絵の一つ一つのタイトルを読み上げ、そこに付随する神話*1のシーンを読み上げている中の出来事だった。不意に、ハリーJr.が気が付いた。

 

 「さっきの絵もだけど、赤とか黄色とか黒はいっぱい使われているけど、青系統の色がないような・・・?」

 

 「神話の中にあったでしょ?赤の神と黄の神。

 この教団において、赤こそが聖なる色なの。青は神を否定する不浄の色なのよ。

 神話の出来事を語る宗教画に、不浄の色を使うわけがないわ」

 

 首をかしげるハリーJr.に、ヘザーがシレッと語った。

 

 「そっか。じゃあ、魔法陣が赤で描かれてたのも聖なる色だからか。

 あ!おじさんがヘザーの腕に何か描いた時、青色だったのはそれが“神”にとって不浄の色だったから、だから“神”の力を抑え込んで元の世界に戻れたってこと?」

 

 「・・・そういうこと」

 

 頷いたハリーJr.に、ヘザーはうなずきを返した。

 

 そうして、二人は礼拝堂を抜けて教会の奥へ向かう。

 

 懺悔室にて、泣きながら娘の死を語る女が許しを請うのを耳にし、ハリーJr.は何か声をかけようとしたが、ヘザーはそれを引き留めて首を振った。

 

 友や家族のためとはいえ、自分たちはこれから女性を手にかけようというのだ。何か言う資格はない。

 

 ハリーJr.もヘザーの視線にもの言いたげな目をしたが、結局何も言わずに姉とともにその場を後にした。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ドオッと蜘蛛型の化け物が地面に倒れる。死にかけの蜘蛛がそうするように八本足をモゾっと一度動かして、痙攣するとそのまま動かなくなった。

 

 セブルスは頭部に突き入れていた右手を一度振って血を払うと、そのまま踵を返した。

 

 腰の携帯ランタンにはすでに魔法の明かりを灯していた。

 

 セブルスはそのまま奥に立っている一枚板のような扉に手をかけた。扉だけがぽつんと立っているはずなのに、開けてみればその奥には別の通路が広がっている。

 

 セブルスは何でもないように扉を潜り抜けて通路に入り込んだ。すると、セブルスは触ってないのに勝手に扉が閉まった音がした。セブルスが振り返ってみればまるで元からそうだったかのようにのっぺらな壁が見えた。扉なんてなかったかのように。

 

 クローディアはセブルスとヘザーを引き離したがっているが、肝心の神の力を宿しているヘザーはセブルスとの再会を望んでいる。

 

 だからこそ、どんなにクローディアが妨害しようと完全に道が途切れることがないのだろう。

 

 領域から完全にたたき出されないのは侵入を得意とする狩人の領分のおかげだ。

 

 セブルスはそのままカンカンと固い音を立てる通路を歩きだした。壁は焦げや錆、あるいは火傷を思わせる赤みを帯びた模様に覆われ、鉄臭さや生臭さを混ぜたような悪臭が鼻につく。

 

 相変わらず他の化け物の気配も健在である。セブルスはそれを蹴散らしながらさらに奥へ向かう。

 

 そして、ある部屋の扉を開けて、彼は軽く眉を動かした。

 

 『ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!

 ダジゲデッ!ダジゲデッ!』

 

 『死゛ネ゛ッ!死゛ネ゛ッ!

 ヒッ、ヒヒヒヒッヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッ!』

 

 悲鳴と断末魔と笑い声の混声合唱を垂れ流すのは、二つの影だった。

 

 一つはまるで芋虫のように蠢く肉塊だ。例にもれずケロイドじみた表皮と膿で汚れた包帯のような模様をしている。

 

 そしてそれに馬乗りになって、包丁を振り上げるのは別の影だ。白衣とナースキャップ。羽織った血のように赤いカーディガンに、ほっそりした肢体を包んだ女だ。ただし、それらも火傷と膿に汚れたようなありさまで、空っぽの眼窩からは血の涙を滂沱の如くこぼしている。

 

 包丁が肉塊を抉ると、肉塊は苦痛にビチビチと跳ねる。だが、白衣の女はそれを歯牙にもかけずに包丁を延々と振り下ろす。

 

 一種の終わらぬ地獄絵図がそこにあった。

 

 「リサ=ガーランドか?」

 

 セブルスが呼び掛けると、ピタッと白衣の女の動きが止まった。そのまま女はのろのろとセブルスの方を見上げた。

 

 辛うじて顔はわかる、美人の面影のある顔は、血の涙にまみれ、それでも口の端を奇妙に吊り上げた笑顔をしていた。

 

 『ダ・・・レ・・・?』

 

 ふらふらと立ち上がった白衣の女に、セブルスは口を開いた。

 

 「セブルス=スネイプだ。その節は世話になった。

 ハリーも、貴公のことを気にかけていた」

 

 『はりー?』

 

 首を傾げた女に、ややあって変化が訪れた。

 

 獣のような泣き声を上げながら、包丁を取り落とした両手で顔を覆い、そのまま座り込んですすり泣きを始めた。

 

 「・・・貴公には、ヘザー・・・私が後見人を務める少女が世話になった。ゆえに、貴公が望むなら終わらせようと思う。いかがかな?」

 

 『終・・・ワ・・・ル・・・』

 

 すすり泣きの合間に、女がうめいた。考え込むようにうなだれるが、すぐさまぱっと顔を上げた。

 

 包丁をつかんで立ち上がると、ドアを開けて通路の奥へ脱兎のごとく駆け出した。

 

 セブルスはそのあとに続く。

 

 その先にいたのは、銃を構えるヘザーと杖を構えるハリーJr.だった。彼らに襲い掛かろうとしているのは、ぶよぶよした芋虫のごとき肉塊だった。

 

 『オォ前ノセイダァァァァ』

 

 肉塊が濁っただみ声で叫びながら踊りかかろうとした。

 

 そこに女が割って入る。

 

 『ヒヒッイヒッイヒャヒャヒャヒャヒャッ!』

 

 高笑いしながら、女は肉塊を背後から地面にたたきつけ、再び馬乗りになると包丁を振り上げた。

 

 「ヒッ」

 

 「ジュニア、見ないで!」

 

 思わず喉の奥で声を詰まらせるハリーJr.を背にかばい、ヘザーがそれを見やる。その顔は悲痛に歪んでいた。

 

 『オ前ノセイダァ!オ前ハァ、私ト一緒ニイルノヨォォォ』

 

 ケタケタ笑いながら包丁で肉塊をめった刺しにする女に、ヘザーが叫んでいた。

 

 「もうやめて!リサッ!」

 

 ピタッと女が動きを止めた。

 

 「ごめんなさい。巻き込んでしまって。あなたが看病してくれたの、うれしかったわ。怖かったと思うのに、優しい声をかけてくれて。

 あなたを、助けたかった・・・!」

 

 『アナタノセイジャナイ』

 

 泣きそうなヘザーの声に、“リサ”が口を開いた。濁った声音であったが、はっきりとした自我が感じられた。

 

 『自業自得ヨ。小遣イ稼ギデかうふまんトヨロシクシテシマッタ私ガ悪イノ。

 ビタミン剤ダト渡サレテ。麻薬ダナンテ知ラナカッタノ。ゴメンナサイ』

 

 “リサ”がヘザーの方を振り返った。表情は変わらない。血の涙を滂沱の如くこぼし、引きつった笑顔のままだ。けれど、なぜか今は彼女が泣いているのだと強く思えた。

 

 『・・・行ッテ。アナタガ元気デヨカッタワ。はりーニヨロシクネ』

 

 そのまま、“リサ”は再び包丁を振り上げた。

 

 「あの!ええっと、姉さんが世話になりました。その・・・こんなこと言うのも変かもしれないけど、お元気で!」

 

 『・・・アナタタチモ』

 

 声をかけたハリーJr.に、“リサ”は再び動きを止めて、優しげな声をかけたがそれだけだった。すぐに狂気に満ちた笑い声をあげながら包丁を振り下ろした。

 

 ザクザクという肉を切り裂く音と、女の哄笑、肉塊の悲鳴に、メイソン姉弟は目をそらしてそのまま踵を返し、奥のドアに飛び込んでいた。

 

 ・・・異様な女と肉塊に気を取られた二人は、一言もしゃべらなかったセブルスには気が付かなかった。

 

 セブルスは静かに二つの異形を見た。

 

 白衣の女はかつて、リサ=ガーランドと呼ばれていた看護師だ。彼女はかつて、生きながら炎に焼かれて炭化してそれでも身に宿した神のせいで死ぬに死にきれなかったアレッサの看護を強要されていた。当時サイレントヒルで流行っていた麻薬PTVを餌にされて。

 

 肉塊の方は、おそらくマイケル=カウフマン。『教団』と癒着していたアルケミラ病院の医師だ。アレッサの看護をリサに強要し、麻薬漬けにした。

 

 すでに死んで裏世界の怪物と化していたリサが、“神”が構築した異世界が崩れるどさくさにカウフマンを異世界に引きずり込んだのだ。

 

 おそらく、そのあと彼らはこのようになって、延々とこのようなことを繰り返していたのだろう。

 

 ザクッと肉塊に一層深く包丁を突き刺し、リサはのけぞるように上を見上げてケタケタと笑う。

 

 肉塊はいまだにびくびくと痙攣して、ダジゲデダジゲデと濁った悲鳴を上げている。

 

 セブルスは、憐れむような視線を二つの異形に向けた。

 

 「貴公、そのままでもいいかね?あいにく私は先を急ぐ身ゆえに、この場で決められぬというなら、放置ということになるが」

 

 セブルスの言葉に、肉塊の方が一層大きくはねた。ダジゲデダジゲデと鳴いている。

 

 「貴様はそこで蠢いているがいい。

 『教団』に加担して、奴らの楽園を良しとするなら、その末路も受け入れたまえよ」

 

 セブルスは肉塊を一瞥して、冷たく吐き捨てた。

 

 ややあって“リサ”は包丁を放り捨てると、セブルスの方に大きく腕を広げてとびかかろうとした。

 

 セブルスは獣狩りの短銃を素早く向けて、引き金を引く。放たれた水銀弾は、“リサ”の腹を抉り、そのまま彼女の動きを止めた。

 

 間髪入れずに、セブルスは彼女の腹に右腕を突き入れていた。

 

 ガンパリィからの内臓攻撃。狩人の得意技にして必殺技。

 

 『アリ・・・ガ、トウ・・・』

 

 「貴公の夢が、安らかなものであるよう、願う」

 

 かすかな礼の言葉に、セブルスは静かに言った。

 

 セブルスが腕を引き抜けば、“リサ”はずるりと倒れ伏した。

 

 セブルスは、その遺志を身の内に収めて踵を返す。

 

 『ダジゲデッ!ダジゲデッ!』

 

 「貴公の救いは、この町の神にでも請うことだ」

 

 肉塊がグネグネと芋虫のようにセブルスの足元にまとわりつこうとするが、セブルスは相手にするのも面倒と冷たく言い放ち、そのまま踵を返した。

 

 『ダジゲデッ!ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!ダジゲデッ!ダジゲデッ!』

 

 グネグネと蠢く肉塊を置き去りに、扉は閉ざされた。

 

 

 

 

 

 続く

 

*1
キリスト教とはまるで違う内容




 【リサの包丁】
 異世界に取り込まれたリサ=ガーランドが手に持っていた包丁。

 錆と刃こぼれが年月を物語っている。そのせいであまり攻撃力は高くないが、苦痛を長引かせるのには適している。

 カウフマンを求めてさまよっていたリサは、この包丁を見つけた。炎に巻き込まれた女がお父さんと叫びながら肉塊を滅多刺しにするのに用いていたのを。

 そして、その包丁は今、リサが手にしている。彼女を地獄に叩き落した医師を、切り裂くために。

 12年の歳月、滅多刺しにされ続けたカウフマンは手足を失い、肉の塊となりながらも、それでもまだ、生きている。



 Q.セブルスさんが戦った蜘蛛型の化け物はどこから来たんですか?

 A.『サイレントヒル ホームカミング』に登場したラスボスのクリーチャーです。適当なクリーチャーのモデルほしいな、と思って流用しました。



 Q.リサとカウフマン、サイレントヒル3に登場しないでしょ?!

 A.思いついちゃったんだから、入れないとと思って。
 リサに関しては、サイレントヒル0の方ではカウフマンとノリノリでからんで、トラヴィス(0主人公)にもエロく迫って見せたくせに、サイレントヒル無印でははかない感じになってたので、どう整合性をつけるかと思って、ついでに自己補完しました。
 カウフマンはともかく、リサには救いがあってほしいと思って、セブルスさんに終わらせてもらいました。



 次回の予定は来週。内容は、帰ってきちゃった狂える馬鹿犬VSメイソン姉弟。セブルスさんを添えて。お楽しみに。
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