本編ではあまり焦点の当てられなかったあのキャラも、ほとんど語られることなく退場したあのキャラまで……!?
各地を転々と移動する動く酒場──〈豚の帽子〉亭。
金髪の少年が店主を勤め、店員は少年以外いないがマスコットのような豚が一匹いる。提供する料理は類を見ないほど不味いが酒は一級品で、店主の雰囲気も相まって酒飲みたちから密かに絶大な支持を得ている。
そんな〈豚の帽子〉亭は、今日も今日とてブリタニアを練り歩き、手頃な丘に腰を下ろすことにしたようだ。近場には人口数百人の村があり、そこをターゲットとしたらしい。
「お疲れさん、ホークママ! しばらくはここに滞在するつもりだからゆっくり休んでくれ」
店を背負った巨大な緑の豚の背中から、快活な声が響く。その声に従うように、ホークママと呼ばれた緑の豚は派手に砂煙をあげて地中に潜り込む。数秒後にはその巨体は消え去り、〈豚の帽子〉亭と看板が掲げられた酒場のみがあった。
「さてさてさーて、随分と長閑でいい所じゃねーの。眺めもいいし、なにより風が気持ちいいな」
「おーいメリオダス! 酒瓶が一本割れてたから掃除しといたぞ! 感謝しろよな!」
「おう、サンキューな豚野郎。……まさか酒飲みたさに自分で割ったとか?」
「んなことするわけねーだろ! 俺をなんだと思ってやがる!」
「焼いたら美味そうな豚」
「直球!」
癖のある金髪を風で揺らし、メリオダスと呼ばれた少年はにしし、と笑った。
人語を解する不思議な豚──ホークは、ため息をつきながらトントコと店内へ引き返していく。
「んじゃ、オレは村まで買い出しに行ってくるから。もし誰か来たら適当に引き留めといてくれ」
「クソ不味い飯を出す酒場って言っとくぜ」
「おっとこんなところに豚の丸焼きセットが」
「めちゃくちゃ美味い飯を出す酒場だひゃっほー!」
「よろしい」
じゃあな、と手を振って軽い足取りで村へ向かうメリオダス。
その後ろで、ホークは安堵の息をついたとか。
■
「おっ。おつかいか? 坊主。偉えな」
「んーや、ちょっくら今夜に向けて買い出しをな。オレ、酒場の店主やってんだ。ほら、あそこに見えるだろ?」
「はっはっは、何言ってんだ坊主。あそこにはなんにも──んん? なんだありゃ!?」
「だから、オレの店」
「マ、マジか……」
「良けりゃ今夜来てくれよ。飯でも酒でも豚の丸焼きでも、なんでも振る舞うぜ」
「そ、そりゃあありがてえけどよ……大丈夫なのか?」
「酒は良いもん揃ってるぜ。バーニャエールにアバディンエール、その他名産品が盛り沢山だ。飯は不味いけどな、にしし」
無邪気に笑うメリオダス。容姿は完全に子供であり、どう考えても酒場を切り盛りしているようには見えなかったが、男はメリオダスの言葉を嘘だと思わなかった。言語化が少し難しいが、雰囲気というか、立ち振る舞いというか、そういったものが男に真実だと告げていた。
「分かった。そこまで自信があるなら、知り合いを誘って飲みに行かせてもらうぜ」
「お、嬉しいねえ。楽しみに待ってるぜ」
「ただ、俺たちは少々酒にはうるさいんでな。期待してるぞ」
「任せとけ、とびっきりのやつを出してやる」
そう言って、メリオダスは親指を立てた。
「ばあちゃん、これとこれ……あとこれをくれ」
「毎度さん。ちゃんと持てるかい?」
「ああ、これくらいなら全然平気だ」
「おや、強い子だねえ。それにしても……ここらじゃ見ない顔だね、近くにでも越してきたのかい?」
「いんや、ちょっと近くで店を構えてんだ。また時間が経てば違う場所に行くつもりだけど、しばらくいるつもりだからよろしくな」
「あんたが店を……?」
「そ。〈豚の帽子〉亭っつうんだ。よければ宣伝してくれると助かる」
「それは構わないけど、一人で大丈夫なのかい? 接客に調理にオーダーに……大変じゃないか?」
「まあ、それなりにだな。でももう慣れちまったからな、ばあちゃんが思ってるほどキツくはねえと思うぞ?」
「そうかい……それなら良いんだけどね……なにかあったらいつでも相談に乗るよ」
「さんきゅ! じゃあな!」
食材が入った紙袋を受け取り、手を振って去っていくメリオダスを、老婆は優しげな瞳で見送る。それから数秒経って、大人でも苦労しそうな重量の荷物を軽々と持って歩くメリオダスに、驚愕の視線を送った。
■
それから、何度か店と村を往復して仕入れを終えたメリオダスは、オレンジ色に染まった空を見上げて体を伸ばした。並みの人間ならそれだけで潰れてしまいそうな作業量をこなしたはずが、メリオダスはケロっとしている。
更にここから調理と提供の準備、それに加えて座席の調整や照明の取り替えなどハードすぎるスケジュールが待っているが、当の本人は顔色一つ変えずに淡々と、しかし高速でこなしている。
これが慣れか、とホークは内心で嘆息した。
そして、残飯処理係で良かったと思うのだった。
「おーいホーク、ちょっとこれ味見してみてくれ」
「お前、偶には自分で味見してみろよ」
「やだよ、不味いもん」
「分かってんならもう作るんじゃねえ! ……不味い!」
「やっぱり?」
「確信犯!」
プゴプゴと怒りを露わにするホークを諫めて、気は進まないが自分でも味見をしてみることにしたメリオダスは、スプーンを口に運ぶ。
途端に口の中に広がる過剰な塩気、苦味、甘味。食感はべちゃべちゃしていたり異様に硬かったり、果てには生焼けな箇所すらもある。紛うことなき残飯である。
そのあまりにも酷い味に、メリオダスは思わず舌を出した。
「不味い……けどまあ、大丈夫だろ」
「んなわけあるか!」
「もしかしたらこれを美味いっていう奴がいるかもしれねえだろ」
「いてたまるか! もしいたとしてもソイツはただの味音痴だよ!」
そんなやりとりを交わしていたメリオダスは、鍋をかき混ぜながらふと視線を感じ窓を見た。
「……?」
周辺には木々しか無いため小動物の類かと思ったが、それにしては気配が大きく、理性的だった。空はまだ赤く、日は沈みきっていない。つまり村で招待した彼らではないことは明白だ。そもそも気配は一つで、ずっと伺うようにこちらを見ている。
「ホーク、これ焦げねえように見張っててくれ」
「……? 良いけどよ、どこ行くんだ?」
「ん? すぐそこまで」
ギィ、と音を立てて木製の扉が開かれると同時、謎の気配は慌ててその場を離れる。
「逃しませんよーっと」
それは想定していたよりも鈍足で、人間離れした身体能力を持つメリオダスは軽く地面を蹴っただけで飛び上がり、あっという間に追いついた。
「うわあっ!?」
「おやおやおーや、子供じゃねえの。なにしてんだ? こんなところで」
気配の正体は、どこにでもいそうな少女だった。
特別な力も、武器も見当たらない。
「え、あ、えっと、あれ?」
「んー……聞きてえことはあるけど、とりあえず、店入るか?」
「あ、は、はい……」
メリオダスの提案に、少女は困惑しつつも頷いた。
「ほれ、〈豚の帽子〉亭特製アップルパイだ」
「あ、ありがとう、ございます……いただきます」
「あっ、メリオダスてめえ──」
「──おいしい!」
「なんつーもん、を……え? 今なんて?」
「とってもおいしいです!」
「──え?」
キラキラとした笑顔で一心不乱にアップルパイを口に運ぶ少女を、ホークは信じられないものを見るような目で見ていた。不味いと切り捨てられるだろうと思っていたメリオダスも、少女の予想外の反応に僅かに瞠目していた。
メリオダスの料理を食べて心から美味しいと言う生命体は、恐らく後にも先にも、この少女が唯一と言ってもいいだろう。常人ならば舌に触れた瞬間吐き出すであろうそれを完食した少女は、輝くような笑みでメリオダスを見上げた。
「あの! これ、すっごくおいしかったです! そ、それで、そのー……わたし、今お金をもってなくて……」
「ああ、気にすんな。元々営業開始までに食おうとして用意しただけだからな。つーかこれに金出されるのはなんか辛いし」
「え……で、でも……」
「オレがいいって言ってるからいーの。それに、オレの飯を食って美味いなんて言われるの初めてだしな。その気持ちが何よりの代金ってことで」
「じゃあ、せめてお手伝いでも!」
「手伝いって、店の?」
「はい! 私、おかあさんがご飯屋さんをしてて、そこでお手伝いしてるので役に立てると思います!」
「オレは構わねえというか、むしろ大歓迎なんだけどな……もうこんな時間だし、親御さんが心配してんじゃねえのか?」
「あ……たしかに……」
外は既に夜の帳が降りている。
困ったようなメリオダスの言葉に、少女の最高潮だった気分が少し沈む。
どうしたものかとメリオダスが思案していると、不意に扉が開かれ、ドカドカと十数人の男たちが入ってきた。
「よう! 約束通り来たぜ!」
「おっ、いらっしゃい。ちょうど開こうと思ってたところなんだ、好きなところに座ってくれ」
「おう、そんじゃ失礼して……って、リリー? なんでここにいるんだ?」
「あっ、パパ! あのね、お兄さんに作ってもらったアップルパイがとってもおいしくてね、でもね、わたしお金がないからここでお手伝いしようと思って……いい?」
「ほう、この子の親父だったのか。ならタイミングばっちしだな。ちなみに危ないことは全部オレがやるから安心してもいいぞ」
ひょっこりと顔を出してそう補足するメリオダスに、リリーの父は頷いた。
「そういうことなら構わん」
「わーい! ありがとう! パパ大好き!」
「俺も好きだぞリリー。マスター、まずはリリー一推しのアップルパイをくれ!」
「あいよ!」
「俺もくれ!」
「俺にも!」
「毎度ー!」
元気な返事と共に厨房に引っ込み、数分ほどで人数分のアップルパイを作り上げたメリオダスはリリーに提供を頼むと、これから起こるであろう惨劇を予知してホークを送り出し、口直しのための酒を準備し始めた。
そして数秒後──予想通り、無数の叫びが店内に木霊したのは言うまでもない。
その側ではリリーが可愛らしく小首を傾げていたが、やがて合点がいったように手のひらをポンと叩いて。
「そっか! みんな、アップルパイがおいしすぎて倒れちゃったんだね!」
嘘偽りない本心で、とても嬉しそうにそう言った。
「中々愉快な奴らだったな」
「あっちからしたらたまったもんじゃねえだろ。よく殴られずに済んだな」
「それはオレも思う」
「全くこのバカ店主は……で、次はどこに行くんだ?」
呆れを含んだホークの言葉に、メリオダスはにしし、と笑った。
「そうだな……たしか北に騎士団が駐留する程度には規模のデカい村があったはずだ。そこにするか」
「騎士団って、お前自分の立場分かってんのかよ?」
「今更何言ってんだ豚野郎。騎士団が怖くて酒場の店主が務まるかっての」
そう言って、メリオダスは北を指して告げる。
「ホークママ! 次の目的地は向こうだ! よろしく頼むぜ!」
そうして、〈豚の帽子〉亭は再び歩み始めた。
はじめましての方ははじめまして!
当作品はあらすじにも記載している通り、様々なキャラの空白期間や妄想過去話などを書き連ねていくものです。
みんな大好きあの人から、一部の側面しか見えなかったあの人まで登場する(かもしれない)、オタクによって生み出された一話完結式の幻覚文章となっております。
よろしくお願いします。