すべての始まり   作:WaT=Vermillion

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第1話

「くそ、アリアたちめ……」

 一人の少年が公園のブランコに座りながら愚痴をこぼした。

 少年の恰好はある職業を連想させるものだ。

 ブレザーの隙間から時折見える銃がそれを確信させる。

「武偵なんて、くそくらえだな……」

 武装探偵、略して武偵と一般的には呼ばれている。

 この少年はある事件を境に、武偵を辞めたがっている。

 しかし、平凡を望む彼の人生は二年の始業式の日に大きく変動してしまっていた。

 神崎・H・アリア、この少女との出会いがきっかけだ。

 それからというもの、ハイジャックやら、聖女、吸血鬼、そしてホームズ一世。

 それ以降も、事件は起こっているものの、なんとか解決してきた。

 平凡を望む彼は、冷静になって考えた。これはいくらなんでもおかしいと。

 ストレスからか、アリアたちに八つ当たりしてしまった。

 しかし、アリアからのカウンターを受け、彼は今、家に帰れない状況下にある。

 携帯端末でニュースを見つめる。

「……また、絃神島かよ……こういうところに武偵を派遣しろよ……」

 絃神島は魔族特区と呼ばれる都市の一つであり、文字通り魔族を保護している都市である。

 だが、魔族が起こす事件に武偵は干渉しない。それは命惜しさ、というのも一つの理由だが、白雪曰く、攻魔士との仕事の商売敵になると厄介、と。

 深く溜め息をつく少年は携帯端末をポケットにしまうと、ブランコから飛び出すように降りた。

 日が傾け始めたからだ。もうそろそろ夜になる。

 少年は今、自分の部屋に帰ることができない。

 今、自分の部屋はアリアたちが占拠しているはずだから。

 何とかして今日の寝床を探さねばならない。

 その時、近くで一匹の犬が威嚇するように鳴いていた。

「こら、そんな子に近づいちゃダメ!」

 おばさんらしき声が犬を叱りつける。

 少年は好奇心、なんてものは捨てたはずだが、興味からその現場まで歩いて行った。

「あら、武偵さん! ちょうどよかった!」

「どうかしましたか?」

 少年はおばさんに聞き返しながら歩いていると、犬の向いているゴミ捨て場に少女が倒れ込んでいた。

 それを見て少年は目を丸くした。少女、と吐き捨てるのはもったいないほど美しかった。

 金髪の長髪、きれいな顔立ち、スレンダーな体型、どこかの兵士のような恰好、アリアよりはあるだろう胸。

 いかんいかん、と少年が首を振った。

「武偵さん、ここはうちの近所のゴミ捨て場なんだけど、この子がいると捨てるのも一苦労なのよ」

「は、はあ」

 そう言って、二人の視線は少女に下ろす。少年はこの時に気づいたが、少女は汚れていたのだ。それもただの汚れではない。何者かに襲われたような跡だ。切り傷も綺麗な肌に赤い線が入っているのが見られる。ただの少女じゃない。

「そういうことだから、これで引き受けて頂戴!」

 おばさんはそういって景気よく五万を少年に押し付けた。

「あ、あの! 引き受けるって! まだ!」

 少年は断ろうとした。明らかにただ事じゃない。しかし、おばさんは犬を引き連れてそそくさと背を向けて去ってしまった。

「じゃあ、頼むわねー!」

「ちょっと―!?」

 そう言い残され、少年は少女と置き去りにされてしまった。

 強制的に依頼を引き受けてしまった。

 このまま断るのも考えたが、内申点に引っかかるかもしれないので諦めた。

「仕方ない、か……」

 少年は倒れ込んだ少女をおんぶで担いでいく。

 アリアとは違って重い気がするが、兵士のような服装のせいだろうか。

 しかし、少女の温もりと僅かな胸が当たったを感じる。

 少年は顔が火照るのを抑え、携帯端末を取り出し、近くにホテルがないか検索した。

 検索結果は幸運にも、近くに安宿があったのを確認した。

 おばさんからもらった五万で充分に足りる。むしろ、お釣りが大きい。

 少年は目的地に向けて歩き出した。

「頼むから、面倒ごとは来てくれるなよ……」

 

 少女が閉じていた瞼をゆっくりと開ける。

「ここ、は……?」

 見覚えのない部屋だ。時計も、装飾の何もかもが。

 緑の目を見開いた少女が布団から起き上がって部屋を見渡していると、ガチャリと部屋が開く音が聞こえた。

「ふぅ……女性の服選ぶのは大変だな……」

 少年が紙袋を両手に少女のいる部屋に上がり込んでくる。

「だ、誰ッ!?」

 少女は驚いたと同時に銃を召喚して、少年に向けた。

「おわッ!?」

 突然銃口を向けられ、腰を抜かした少年は紙袋を手放してしまった。

 今までいろんな拳銃を向けられたが、何もないところから出たのは初めてだ。

「あなたは誰なのッ!? ここでわたしに何をするつもりッ!?」

「お、落ち着けッ! 聞きたいのはこっちだッ! ゴミ捨て場に倒れ込んでッ!」

 少年の言葉に少女は銃口を下ろした。

「ゴミ……捨て場?」

「ああ、そうだよッ! お前こそ、その服装、いったい何者なんだよッ!」

 今度は少年が問い詰めた。

 拳銃は持っていたが、出す余裕はなかった。出せば、返り討ちに遭う可能性が高かった。

「わたしは……ッ! あれ……?」

 最初は威勢よく啖呵を切ったものの、しばらくして、おとなしくなっている。

「うん?」

 困っている少女の様子に少年は首を傾げた。

「思い出せない……」

 少女ははっきりと答えた。

「何だと?」

 困っている少女に少年がさらに問い詰める。

「じゃあ、生まれはどこかわかるか? どこで育ったとか?」

 少女は少年の問いに首を振った。

「ごめんなさい、思い出せないの」

「まさか、記憶喪失……なのか?」

 少年がそう結論づけると、少女が明るい表情を少年に向けた。

「でもね、ノエル! ノエル=ヴァーミリオンっていう名前は思い出せたのッ!」

 明るく答える少女、ノエルとは裏腹にキンジは残念そうに頭を下ろした。

「名前、だけ?」

「うん、ヴァーミリオン家の養子ッ! ……でもお父さん、お母さんの顔が思い出せない……」

 ヴァーミリオン家っと言われてパッと頭に浮かんでこない。それでも唯一の手掛かりだ。ないよりはいい。

 しかし、残念そうに緑の目を濡らすノエルに対して一言かけてあげることしかできなかった。

「……そりゃ、災難だったな」

 それでも、ノエルはボロボロになって倒れていたのだ。聞かないと気が済まない。

「お前、誰に襲われたとかわかるか?」

「……うん、確か誰かを追ってて、誰かに助けられて、誰かと一緒に落ちちゃって……」

 ノエルの話を聞いて誰か、が最大で三人、いや襲った者も言ってないから四人になるのか、と考える少年。しかし、不明な点がある。

「落ちてゴミ捨て場に?」

 あのゴミ捨て場にいたのは、ノエル一人、上空から落ちてくるなどあり得るだろうか。

「なんでゴミ捨て場に落ちていたのかはわからないけど、うっすらとそれしかわからなくて……」

 少年は考えれば考えるほど、頭が痛くなっていく。これは間違いなく――。

「こりゃ、五万じゃ安かったのかもな……」

 深い溜め息をついて呟いた。。

「どうかしましたか?」

 とうとう銃口を向ける気がなくなったノエルが訊ねてきた。

「お前、今銃を召喚したろ? その力は何なんだ?」

「これ? これは魔銃・ベルヴェルクと呼ばれるもので……」

 ノエルの説明が止まった。

 少年は一度咳払いをして訊ねる。

「で? どういった銃なんだ?」

 まさか、と思って聞いてみた。

「ごめんなさい、記憶が飛んで……」

 やっぱりか、と額を抑え始めた。

「厄介だな……。その記憶喪失をどうにかしないと……いや――」

 少年はボロボロの少女に、これ以上問い詰めるのも野暮だと思い、あることを思いつく。

「それよりシャワー浴びて来いよ。替えの服と下着、買ってきてやったから」

 手放した紙袋を広げて少女に見せる。

 少年は少女たちと一緒にいたおかげか、服や下着のサイズがだいたい予測できてしまう能力を得たのだ。

 もっとも、少女の喜びそうな高い服は買ってやれなかったがそれでも服を手に取って喜んでくれた。

「本当ッ!? でも、お金ならわたしが――」

 少女が手探りでお金を取り出してきた。

「どこから来たのかわからないお前の金なんて、ってそれが金か?」

 ノエルのお金は当てにしてはいなかったが、出してきたお金がどこの国の通貨か、まったく見覚えがない。

「うん、少ないかもしれないけど」

 役に立つかな、と期待するノエルに少年は残酷な事実を告げる。

「悪い、多分使えないぞ」

「そ、そうなんですかッ!?」

 ノエルは落胆して肩を落とす。

 少年は服を買っておいてよかったと胸を撫で下ろした。

「貰っといて正解だったかな……とりあえず浴びて来いよ」

「……わかりました」

 少年を半信半疑の目で見たノエルは、ボソッとベルヴェルクを召喚した。

「ベルヴェルク」

 ベルヴェルクを召喚して風呂場のドアに立てかけようとした。

「え?」

 一連の行動に疑問を抱いた少年は思わず口にした。

「一応、用心させていただきます。これが倒れたら覚悟してください」

 ノエルから注意を受けると、少年は風呂場から離れた。

「わかった。わかったから、とっとと浴びて来い」

 ノエルは念を押そうとした。だが、そういえば……。

「あの、名前は?」

「俺は遠山金次、キンジ、と呼んでくれ」

 ノエルは改めて、キンジに念を押す。

「キンジッ! 絶対覗かないでッ!」

「覗かないってばッ!」

 ノエルはそう言ってドアにベルヴェルクを立てかけて風呂場に入った。

「覗くわけが……あ、ノエルの奴、肝心なものを……」

 少年はあることに気づいた。それでノエルのいる風呂場にノックするわけにはいかない。

 なので、少年はそっとしておくことに決めた。

 過去の経験上、親切でやったら返り討ちに遭うことがあったからだ。

 それにしばらくしたらノエルの方が気づくだろう。

 それまではしばらく携帯端末をいじることにした。

 すると、理子から不在着信と、トークの着信が来ていた。

 悩んだ末、トークを開けると。

『おーい、キー君。どっこいっるのー?』

『アリアが騒ぎ始めたよ。早く帰ってきてー』

『ゆっきーが暴れそうだよー。早く帰ってきてー』

 と、少年に帰宅の催促をする内容がほとんど、だったのだが。

『キンジ、美女を連れてるんだって?』

『キンジ、女性物の服や下着を買ってどうしたんだ?』

『キンジ、美女と一緒に宿に泊まってるんだってな。どうぞ、お楽しみに』

 最後の三つが明らかに怪談話の類に入りそうな勢いなのだが、キンジは見なかったことにしようとした。

 すると、理子から着信が入ってきた。既読がついたからだろう。

 キンジはスルーも考えたが、今後のことを考えて着信に応じた。

「……なんだ?」

『キンジ、楽しみの途中で悪いな』

 やはり、いつもの天真爛漫な理子じゃなく、本性を現した裏理子が出ていた。

「何が楽しみだ。銃口を向けられたんだぞ」

『ふーん。そいつ、武偵なんだ』

「それがそうでもないらしいんだ」

『? どういうことだ?』

「とりあえず、動画モードにしておく」

 そう言ってキンジはノエルが持っていたお金を映した。

『なにこれ?』

 理子の声が軟化していった。

「ノエル曰く、お金、なんだとか」

『……』

 理子なら渡航の経験があるし、期待して聞いてみる。

「心当たりはあるか?」

『ない。ジャンヌに情報渡してもいい?』

 諜報科に渡すほどのことか。だが、キンジはそれでもいいと思った。

「いい。ノエルを知る手掛かりになるならな」

『わかった。みんなにノエルって子とよろしくやってる、って言っておくから安心して』

「……誤解のないように頼むぞ。無理なら伝えなくていい」

『あっそ。じゃあね』

「……じゃあな」

 それで理子との通話を切った。

「キンジー! ちょっと頼みがあるんだけどー!」

 ちょうど通話が切れたタイミングでドア越しにキンジを呼ぶ声が聞こえた。

 キンジは紙袋を持ってドアをノックした。

「服だろ? 忘れてただろ?」

「ありがとう! でもなんで、すぐに来なかったの?」

「来たら、お前に襲われるからな」

「お、おそ――ッ!?」

 ノエルからプシューという音が聞こえ、しばらく黙り込んだ。

「あの、ノエル。手だけでもいいから出してもらえるか? 服を渡せない」

「あ、ああ、そうだったね。ごめんね」

 ノエルはドアを少し開け、腕を出した。

 キンジはその腕に紙袋を手渡した。

「じゃ、もういいよな?」

「うん、ありがとッ!」

 再びドアを閉め、キンジは風呂場から遠ざかった。気づけばベルヴェルクが消滅していたが、この際いいだろう。

 キンジも再び携帯端末で時間をつぶすことにした。

 すると、今度はレキからトークの履歴を出してきた。

『キンジさん、今旅館に泊まっていますね』

『もしかして――』

 そこから先は読む気を失せた。

 ゾッとした。修学旅行での出来事を思い出した。冷汗が止まらない。

 待てよ、これって他の二人にはバレているんじゃないのか?

 そう思い、アリア、白雪のトーク履歴を見るが、未だ連絡なし。

 ホッと胸を撫で下ろしていると、風呂場からノエルが現れた。

「ごめん、待たせてしまって」

 ノエルは綺麗な金髪をファサっと靡かせ、セーターが小さかったからか、ボディラインがくっきり見え、へそまで見えてしまう。しかし、ホットパンツは少しサイズが大きかったが、ベルトでずれないようになっていた。

 キンジは安服で買った割には、似合っていると思った。モデルが良かったからだろう。高級服を着させてあげられたらまた一段と違っていただろう。

「いいよ。殴られたり、蹴られたりしない分、お前は良い方だ」

「えっ? そう、なの?」

「まぁ銃を向けられたのは慣れっこだしな」

「でも、腰を抜かしていたよね」

 ノエルはクスリと笑った。

「だって、お前が銃を持っていると思わなかったから」

 それを聞いたノエルが身構えた。

「まさか、身体検査したのッ!?」

 それを赤面しながら反論する。

「す、するわけないだろッ!」

「……フフフ、本当らしいね」

「何だよ、からかっていたのか?」

 キンジは不機嫌そうに返した。

「ごめん、キンジにそんな度胸ないもんね」

「ヘタレで悪かったな」

 不機嫌から苦笑いで返事した。

「ハハハ、ごめんなさい、つい」

「ったく……」

 キンジは少し火照った頬をポリポリと掻きながら、彼女に今後の方針を告げる。

「本題に入るけど、お前を明日から色んな場所に連れていくつもりだ」

「えっ?」

「お前の手掛かり、探さなきゃな」

「わたしの、ために? いいの?」

 ノエルは緑の瞳を丸くして言った。

「このまま放ってはおけないだろ? 最後まで面倒を見ないとな」

「わたしってそんなに子供かな?」

 眉をハの字にするノエル。

 それを見てキンジはクスっと笑いながら、話を続ける。

「そういう意味で言ってんじゃない。今のお前ははっきり言って身元不明だからな。だから――」

「わかりました、キンジ。これからよろしくお願いします」

 手を差し出すノエルにキンジは握手を交わした。

「よろしくな、ノエル」

 遠山キンジとノエルヴァーミリオン、二人はこうして出会いを果たした。

 しかし、この出会いはキンジにある運命が決定づけられたことは誰も知らない。

 そして、幾多の世界を揺らぐものになることも。

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